学位論文要旨



No 113778
著者(漢字) 金森,豊
著者(英字)
著者(カナ) カナモリ,ユタカ
標題(和) リンパ球前駆細胞が集積する新しいマウス腸管リンパ組織(cryptopatch : CP)の同定
標題(洋)
報告番号 113778
報告番号 甲13778
学位授与日 1998.05.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1363号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森,茂郎
 東京大学 教授 小俣,政男
 東京大学 教授 金ヶ崎,士朗
 東京大学 教授 高津,聖志
 東京大学 教授 武藤,徹一郎
内容要旨

 腸管上皮細胞間リンパ球(IEL)には胸腺外で発達分化するTリンパ球分画が存在することが多くの実験結果から示されているが,その発達分化の解剖学的部位や機構は未だに明らかでない.近年,IELがRAG-1分子のmRNAを発現しているという報告や腸管自体に骨髄前駆細胞からのTリンパ球の発達分化を誘導する能力があることが示され,IELが腸管局所で発達分化することが強く示唆されている.そこで、IELが腸管局所で発達分化するとの仮定のもと,その解剖学的部位の検索を行う目的でマウス腸管を詳細に検索した結果,今までに報告されていない興味深いリンパ組織を見出した.

対象,方法(1)マウス

 主としてC57BL/6マウス(0〜4,8〜20,110〜114週齢)の胃・十二指腸から大腸までの消化管を検索した.さらに,無菌マウス,ヌードマウス,TCRミュータントマウス,SCIDマウス,RAG-2ミュータントマウス,alyマウス(リンパ節欠損マウス),W/Wvマウス(c-kitミュータントマウス),IL-7Rミュータントマウスの消化管についても検索を行った.

(2)マウス腸管の免疫組織化学的検索

 上記種々のマウスの長軸方向に切開した腸管を約1cmの長さに切断し,O.C.T.コンパウンド中で急速凍結した.クリオスタットを用いて6mの厚さで新鮮凍結標本を作製し風乾した後,アセトンあるいはパラホルムアルデヒドで固定した.染色はヘマトキシリン・エオジン染色の他に各種モノクローナル抗体を用いた酵素抗体法や二重蛍光抗体法による免疫染色を行った.酵素抗体法では各種モノクローナル抗体(IgG;一次抗体)を反応させた後,一次抗体を作成した動物のIgGに対するビオチン化抗IgG抗体を反応させ,さらにアビジン・ビオチン・ぺルオキシダーゼ複合体を反応させてDAB(3,3’-Diaminobenzidine)発色を行った.その後核染色をヘマトキシリンにて行った.

(3)BrdU投与実験

 C57BL/6マウスに,BrdU(20mg/kg body weight)を腹腔内投与し(6時間ごとに5回),最終投与の1時間後に腸管を摘出して抗BrdUモノクローナル抗体を用い酵素抗体法でBrdU取り込み細胞を検索した.

(4)アポトーシス細胞の検索

 消化管でアポトーシスを起こした細胞が存在するか否かをMEBSTAIN apoptosis kit(MBL CO.,LTD)を用いてTUNEL法(terminal deoxynucleotidyl transferase[TdT]-mediated dUTP-biotin nick end labeling method)により検索した.

(5)エストロジェン投与マウスの消化管検索

 C57BL/6マウス1匹あたりエストロジェンを1mg皮下投与し,2週間後に腸管の組織学的検索を行った.

結果(1)マウス腸管粘膜固有層に存在するリンパ球様細胞の小集積

 C57BL/6マウス(8〜20週齢)の腸管をヘマトキシリン・エオジン染色し詳細に検索したところ,小腸では絨毛基部から筋層にかけての粘膜固有層に平均すると直径100mほどのリンパ球様細胞の小集積が数多く存在することを見いだした.このような小集積は十二指腸・空腸・回腸のみならず大腸にも存在し,その数は概算でマウス腸管あたり1,500箇所にも及ぶ.これらのリンパ球様細胞小集積には濾胞形成が全くみられず,パイエル板や,孤立リンパ小節のように濾胞関連上皮でおおわれてもおらず,今までに報告されている腸管リンパ組織とは明らかに異なった組織学的特徴を示した.我々は腸管陰窩の間に存在する小リンパ組織という意味でこのリンパ組織をクリプトパッチ(cryptopatch:CP)と命名した.

(2)CPを構成する細胞の表面抗原の特徴

 次に,CPを構成する細胞を主としてリンパ球細胞表面抗原に対するモノクローナル抗体を用いた免疫組織染色により検索した.その結果,CPの細胞の多くはCD3,TCR,TCR,鎖,鎖を発現しておらず,成熟リンパ球はほとんど存在しないことが明らかとなった.さらに興味深いことに,CP細胞の多くがc-kit,Thy1,IL-7R,LFA-1陽性であった.さらに,大多数の細胞がc-kit,Thy1,IL-7R及びLFA-1を同時に発見していることを二重蛍光抗体法で確認した.また,CPの細胞はPgp-1,HSA,IL-2R,Ly-1,CD4,CD8を様々な頻度で発現していることから,様々な発達段階にあるリンパ球前駆細胞であることが示唆された.さらに,CPには非リンパ球系の細胞が存在しており,それらはCD11c陽性の樹状細胞の形態を示していることが二重蛍光抗体法で確かめられた(CP構成細胞の20〜30%).

(3)CPにおけるS期細胞,アポトーシス細胞の有無と,RAG-1分子陽性細胞の検索

 CPの細胞の多くがリンパ球前駆細胞であるとすれば,発達分化の過程として盛んに分裂していると考えられる.さらにアポトーシスを起こしている細胞が存在する可能性もある.そこで,BrdU投与実験とTUNEL法によるアポトーシス細胞の検出を行った.BrdU投与実験の結果,CPに存在する細胞の約20%がBrdU陽性細胞であった.この割合は胸腺髄質とほぼ同程度の割合であり,胸腺皮質よりは少なく,パイエル板よりは多いことが分かった.アポトーシス細胞は陰窩上皮細胞のごく少数に検出可能であったがCPには検出できなかった.さらに,先に述べたように,CPの細胞の多くがリンパ球前駆細胞であるとすればRAG-1分子の発現を検索することが重要と考え,抗RAG-1モノクローナル抗体を用いた免疫組織染色を行った.その結果,胸腺に反しCPにはRAG-1分子陽性細胞は認められなかった.

(4)CPの組織形成と発達に及ぼす胸腺の影響

 CPの組織形成を検討するために胎児期後半から生後,年齢を追ってマウス腸管の検索を行った.その結果生後1週目には粘膜固有層にCD11c陽性樹状細胞の小集積が出現し,生後14-17日になって初めて腸管にc-kit陽性細胞とCD11c陽性樹状細胞とが共存するCPが認められるようになった.また,胸腺が萎縮した超高齢マウス(110〜114週齢)にも若いマウスと同様にCPは存在し,エストロジェン投与マウスでは胸腺が著しく萎縮するにもかかわらずCPの数は約2倍に増加していた.

(5)無菌マウスのCP

 無菌マウスではパイエル板などの末梢リンパ組織の発達は十分でなかったが,CPは通常飼育マウスと同程度の大きさ・数が存在した.

(6)各種ミュータントマウスのCP

 ヌードマウス,TCRミュータントマウス,SCIDマウス,aly/alyマウス(リンパ節欠損マウス),RAG-1ミュータントマウス,W/Wvマウス(c-kitミュータントマウス)のいずれにおいてもCPは存在し,CP細胞はc-kitや各種リンパ球細胞表面分子の発現がC57BL/6マウスのそれに匹敵することが確かめられた.ただ唯一の例外としてW/WvマウスCPの細胞は予想通りc-kitの発現がきわめて弱かった.また,IL-7RミュータントマウスではCPはほとんど認めなかった.

考察

 今回我々が同定したマウス腸管リンパ組織CPは,今までに報告されている腸管リンパ組織とは発生,構成細胞,組織構築のいずれの点でも異なっている.すなわち,CPは生後14〜17日以降に初めて出現し,パイエル板や孤立リンパ小節には多数分布する成熟リンパ球はほとんど認められない.さらに,細胞の組織化された分布や濾胞形成も見られない.また,CPは濾胞関連上皮におおわれてもおらず,無菌マウスでも正常マウスと同等の発達をすることより,腸内菌叢とは無関係に発達分化するリンパ組織と考えられる.CPのリンパ球様細胞は,大多数がLFA-1陽性細胞であることより,血球系細胞の集積であると考えられる.また,CP中のリンパ球様細胞の多くがCD3,TCR,TCR,鎖,鎖陰性であり,成熟リンパ球がほとんど存在しないことが特徴的である.しかしながらその形態やc-kit,IL-7R,Thy1陽性であることなどから,これらの細胞はリンパ球系の未分化細胞であると考えられる.さらに様々な頻度で,Pgp-1,HSA,IL-2R,Ly-1陽性細胞が存在するにもかかわらず,B220陽性細胞はほとんど存在しない.骨髄中に存在する未分化なBリンパ球前駆細胞はB220陽性であることや胸腺内の未分化なCD3-CD4-CD8-Tリンパ球,いわゆるトリプルネガティブ細胞はその発達過程でThy1,Pgp-1,HSA,IL-2R,Ly-1を発現することが報告されており,これらの細胞表面形質からCPのリンパ球様細胞はTリンパ球前駆細胞の集積であることが強く示唆される.さらに,脾臓やパイエル板のTリンパ球領域に存在するCD11c陽性樹状細胞がCPに存在する事実もCPのリンパ球様細胞がTリンパ球系の細胞であることを支持する.また,胸腺が著しく萎縮し胸腺外分化T細胞が増加するといわれている超高齢マウスや,エストロジェン投与マウスでCPの数は通常マウスと変わらないか,むしろ増加するという結果が得られた.これらの結果はCP中の細胞が胸腺とは独立して発達分化する胸腺外分化Tリンパ球と密接な関連があることを提示している.一方,今回の解析ではCPにRAG-1分子陽性細胞は検出されなかった.

 今後は,CPリンパ球の分離精製を行い,これらがIELの供給元となり得るか否かを移入実験(in vivo)や培養系(in vitro)で明らかにすることが重要と考えられる.

審査要旨

 本研究はマウス腸管に存在するリンパ球前駆細胞の小集積を新たに発見し、その小集積をcryptopatchと名付けて組織学的、免疫組織学的解析を行ったものであり、以下のような特徴が明らかとなった。

 1、マウス腸管にはその直径が約100m程のリンパ球の小集積が散在性に粘膜固有層に存在し、総数はマウス腸管あたり約1500個と概算される。このリンパ組織は濾胞形成がみられず、小リンパ球様の細胞が密集しており、生後2週間程で腸管に出現するもので、明らかに従来から知られているパイエル板とは異なるものである。

 2、このリンパ球様細胞(cryptopatch)の小集積を免疫組織学的に検索した結果、ほとんどのリンパ球様細胞は細胞表面にc-kit、IL-7R、Thy1分子を発現しており、CD3、TCR、B220、免疫グロブリン鎖は発現していない。また、CD44、CD25、HSA分子を20-50%の頻度で発現している。さらに、このリンパ組織には、20-30%程CD11c分子を発現している樹状細胞が存在し、リンパ球様細胞を取り囲むように周辺部に存在している。

 3、cryptopatchのリンパ球様細胞は盛んに分裂増殖しているが、RAG-1蛋白の発現はみられず、アポトーシスを起こした細胞も検出されなかった。

 4、ヌードマウス、高齢マウス、リンパ球欠損マウス、リンパ節欠損マウス等のマウスにおいてもcryptopatchは存在し、また、エストロゲン投与マウスではcryptopatchの総数が増加するなど、cryptopatchリンパ球が胸腺外分化のリンパ球の前駆細胞である可能性が強く示唆された。

 以上、本論文は今までに同定されたことのない新しいマウス腸管リンパ組織を同定したことを報告しており、そのリンパ組織中のリンパ球が胸腺外分化リンパ球と密接な関連があることが示唆されており、胸腺外リンパ球の分化機構の解析に新たな進展が期待される内容のものとして興味深く、学位の授与に値するものと考えられる。

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