1990年にフラーレンの大量合成法が可能になって以来6年余り、物理学者を筆頭に、化学者、生物学者らによって目覚ましい研究がなされ、超伝導の発見を初めとする数々の成果が上げられてきた。すでC60の基本的性質がほとんど明らかにされた今、C60そのもの以上に、有機化学の大きなビルディングブロックとしてC60や他のフラーレンがどういった可能性を秘めているのかということに注目が集まっている。 本研究では、こういった状況を踏まえ、基礎科学だけでなく応用まで含めた観点でC60の持つ可能性を探索的に追究している。このため、フラーレンポリマーの合成と物性、アルコール化C60であるフラレノールの水溶液中の挙動に関する電気化学的研究、およびフラーレン遷移金属化合物の合成とキャラクタリゼーションという3つの異なるテーマを軸に研究を進めている。 ポリマーの合成に関しては、次のような事項がC60をポリマーに組み込む利点として挙げられる。 i) フラーレンの持つ特性を他のポリマーの特性とを組み合わせられる。 ii) 加工、成形に有利。 iii)フラーレンを含んだポリマーはフラーレン特有の電気輸送特性や、光学特性、触媒性などをそのまま示すと考えられる。 すでにかなり多種類の官能基がC60に導入されているため、C60を含んだ全く新しいポリマー形の合成が可能な状況となってきていることも、ポリマー合成を目指す上で重要な要因として挙げられる。 C60の持つ重要な特徴の一つとして、電子がC60のケージ上で非局在化しているということがある。しかし、現在までに合成されたポリマーの報告によれば、C60の共役はケージ内に閉じこめられており、C60の共役系を分子外に引き出した例はない。共役のつながったポリマーの場合、蓄電池、非線形光学デバイス、磁性プラスチック等々、応用に対して非常に有望な材料となる可能性が強いため、本研究ではC60の特徴の中でも、特に共役系に注目した合成を行った。C60はほぼ球形をしているため、一般に共役系をその外まで延ばすのは難しいと考えられている。これに対し、C60を主鎖に取り込むときにシクロプロパン環を介してつなぎ、シクロプロパン環の持つ歪みを利用して共役系を延ばすことを試みた。つまり、炭素-炭素結合角は109.28度の時に歪みを生じないが、シクロプロパン環の場合これより大きくずれているために本来結合のボンドが性を持つように変化する可能性がある。 また、すでに側鎖にC60が導入されたポリマーと樹枝状ポリマーは数種類合成が報告されている一方で、より電子物性に興味が持たれる主鎖にC60を含んだポリマーは、主にC60の溶解度の問題から高分子になったものはほとんどない。これに対し、ここでは共役系を繋ぐ可能性を持つC60パールネックレスポリマーの設計と合成を行い、さらにその物性を評価した。 C60を主鎖に含んだコポリマーであるpoly(1,4-oxybisphenylene fullerenobisacet amide-co-isophthalamide)は、Scheme 1に示すようにシクロプロパン環を持ったC60(CHCOOH)2とジアミンを原料に、脱水縮重合により合成された。ジアミンには、共役系は途切れるが反応性の観点より4,4’-ジアミノジフェニルエーテルを選び、ジカルボン酸にはC60(CHCOOH)2と同時にイソフタル酸を用い、コポリマーの比率を変化させることでC60セグメントの及ぼす影響を調べた。C60(CHCOOH)2とイソフタル酸の仕込量の混合比率に応じ、C60(CHCOOH)2:イソフタル酸=m:nのそれぞれのコポリマーを[m/n]-コポリマーと呼ぶことにする。 Scheme 1 C60を主鎖に含んだコポリアミドの合成 生成物のアミド結合の形成は、赤外吸収スペクトルのC60(CHCOOH)2のカルボニル基の吸収が、C60(CHCOOEt)2のカルボニル基の1720cm-1付近から1660cm-1付近ヘシフトすることから確認できる。また、粘度測定と光散乱法による重合度の評価から、固有粘度は全てのポリマーが1.5から4程度の比較的高い粘度を持つことより、ポリマーの形成が確認でき、また光散乱法から、5万から6万の絶対分子量が得られていることから、主鎖にC60を含んだ分子としては初めての高重合体が得られたことが分かった。光散乱法の結果からは、[1/50]-コポリマーでは1分子平均3.4個、[1/5]-コポリマーでは1分子平均18.9個のC60が含まれていることになる。 次に、TG-DTA、DSCとFT-IRを用いて行った熱分析の結果、[0/1]-コポリマーの265℃付近のガラス転移温度はC60の比率が増してくるといったん上昇するが、転移幅が拡がり、明瞭でなくなる。これに対し分解温度はC60の存在により大きな変化を示していないが、分解温度は徐々に上昇するという挙動を示し、C60ホモポリマーでは400℃を越す分解温度を持つ。このように、C60ポリマーが熱的にかなり安定であることが明らかになった。 一方、コポリマーの紫外可視吸収スペクトルにはFig.1に示すように、シクロプロパン環を介した結合による共役系の広がりを示唆する興味深い結果が得られている。すなわち、C60の比率の増加に伴うスペクトルの立ち上がりのレッドシフトが、共役系の繋がりが広がったことによるバンドギャップの減少を反映している可能性がある。フォトルミネセンス測定からも発光スペクトルの低エネルギー側へのシフトが見られ、この結果を支持している。 Fig.1 C60(CHCOOH)2(上)と各コポリマー(下)の紫外可視吸収スペクトル 現時点で得られているポリマーからジアミンの種類、C60誘導体の構造異性体を変化させることなどでも様々なバリエーションが考えられ、物性評価と共に新物質合成としても今後期待できる分野であろう。 これに対し、フラレノールに関してはC60自体にはなかった水溶性という特性が化学修飾により付与されており、研究対象としたフラレノールは水酸基を約24個有するために、C60の高い対称性からハリネズミのようになっており、このように全方向に水酸基のみ露出している分子がどのような特性を示すのかという興味により研究を進めた。 サイクリックボルタンメトリーの結果、フラレノールが水のポテンシャルウインドウの範囲で電気化学的に不活性であることが分かったと同時に、フラレノール水溶液に白金電極を浸しただけでフラレノールが電極表面に十層以上の多層吸着が起こることが回転ディスク電極を用いた対流ボルタンメトリーと水晶振動子電極を用いた電極の微小重量変化測定により明らかになった。この吸着は大きな電位依存は示さないが、アノード分極時に促進されている様子が微小重量変化測定により観察された。また、いったん吸着したフラレノールが激しく水洗いしても容易に脱着せず、かなり安定に白金表面を覆っていることも分かった。さらに、一般に白金電極表面には電気分解により水素原子は単層吸着しかしないことが知られているのに対し、このフラレノールの吸着により、多層吸着が起こっていることがサイクリックボルタングラムの水素脱着ピークの増加とインピーダンス測定により認められている。これに関してフラレノールが水酸基で白金表面に吸着している場合に、フラレノールのケージと電極表面の隙間に水素原子が吸蔵される形で構造的に安定化され、多層吸着しているのではないかと考えている。 最後にC60遷移金属化合物に関しては、C60を疑似元素とみなすと初めての負の遷移元素とみなせるという観点より、正と負の遷移元素を組み合わせに注目して合成を行った。C60と錯体を形成することでよく知られたフェロセンは分解温度がC60よりかなり低いため、C60錯体を約370℃で熱処理をすれば錯体中のフェロセンは分解し、温度勾配を付けておくと分解で生じた炭化水素が昇華してC60のFe化合物が得られることが知られている。これと類似の方法で、フェロセンの替わりにハフノセンジクロリドやジルコノセンジクロリドなどを用い、C60のHfあるいはZr化合物の合成を試みた結果、スピン密度はC601個に対し約10%以下と低いが、約130K以下で零磁場冷却と磁場冷却にヒステリシスを持ち、温度変化に対して200Kまでほとんど一定の磁化率を示す(ジルコノセンジクロリドより合成された生成物:〜1.6x10-4emu/g,at 2000G)温度変化に対する磁化特性が再現性よく見られ、磁化の磁場依存から典型的な強磁性的挙動が観察された。強磁性相の収率がかなり低く、構造が決定できていないためにC60に由来する強磁性である確認ができていないが、再現性や、HfやZr、あるいはその酸化物や塩化物などが反磁性体であることを考慮すると、現在知られている16Kに強磁性転移温度を持つC60-TDAE+よりはるかに高い転移温度を持つC60化合物が生成している可能性がある。 |