対流圏オゾンの増加及びその人間・植生や地球温暖化などに対する影響は最近注目され、特に人間活動が多い地域で発生した前駆体の増加によるオゾンレベルの上昇は非常に興味深い。ヨーロッパ及び北米については対流圏オゾンとその前駆体に関する研究がめざましく進歩しているが、東アジアにおいてはこれらについての知見がまだ不足している。本研究は人為的汚染発生源が多い北東アジア及び光化学的活性が高い東南アジアの熱帯地域を含む東アジアにおいて地表オゾン・一酸化炭素濃度分布、季節変動要因を明らかにするため、日本・隠岐(東経133°10’、北緯36°17’、高度90m、島根県北・日本海、1994年より)、ロシア・モンデイ(東経100°55’、北緯51°39’、高度2006m、イルクーツク南西・ロシア-モンゴル国境山岳シベリア地域、1996年より)、タイ・インタノン(東経98°33’、北緯18°33’、高度1400m、チェンマイ南西・タイ北山岳地方、1996年より)およびタイ・スリナカリン(東経99°07’、北緯14°22’、高度296m、カンチャナブリ北西・タイ中央ダムサイト、1996年より)の4つのステーションにおいてオゾン・一酸化炭素の通年観測を行った。以下、その解析結果について述べる。 隠岐において1994年3月-1996年2月の二年間に得られた地表オゾン・一酸化炭素の観測データより、オゾン・一酸化炭素濃度の季節変化は春に極大値・夏に極小値を持つことが分かった。以前の観測結果から、日本周辺のオゾン・一酸化炭素濃度は春極大・夏極小の季節変化が見られ、これは北東アジアの一般的なオゾン・一酸化炭素の季節変化と考えられる。このような季節変化は東アジアの気候変動および人間活動の影響により説明される。すなわち日本列島に到達する気塊の違いにより夏には太平洋からの海洋性気塊が輸送され、低いオゾン・一酸化炭素濃度が観測される。夏以外には大陸性気塊が輸送されることにより高いオゾン・一酸化炭素濃度が観測されるというものである。一方、特に人間活動の影響を受ける地域を通過した気塊では高濃度のオゾン前駆体が含まれ、その光化学反応がオゾン・一酸化炭素濃度と関与する可能性が非常に高い。 このようにオゾン・一酸化炭素の季節変化に対し、大陸性と海洋性気塊の入れかわり(Air mass exchange)及びそれぞれの気塊における光化学反応という2つの要因が考えられる。そこで通年のトラジェクトリー解析により詳しい検討を行った。図1には隠岐におけるトラジェクトリーカテゴリー分けで大陸性気塊に含まれるオゾン濃度の月別平均値を示した。図1に表すように各カテゴリーで異なるオゾン濃度の季節変化が見られた。まず、発生源がほぼないシベリア地域を通過した清浄な大陸性(OKI-N/NE)のオゾンの季節変化は春最大値、夏最小値を示す。このような気塊に含まれるオゾン濃度はバックグランド濃度と考えられ、それが春極大になる原因としては北半球で冬期に蓄積されたバックグランドレベルで存在したオゾン前駆体が春に光化学的オゾンを生成することが一つの原因として考えられる。 一方、中国や韓国など汚染物質の発生が高い地域を通過した大陸性気塊(OKI-WNW/W)は春から秋に高濃度オゾン、冬期に低濃度オゾンが観察される。この季節変化には2つの要因が考えられる。一つは清浄なN/NE気塊と同じようなバックグランドレベルのオゾンで、もう一つはこの地域で発生する汚染物質により光化学的に生成したオゾンである。前者が春に最大値を示すのに対し、後者は夏に最大値を示すものと考えられ、これらの和として観測されたような季節変動が説明される。WNW/WとN/NEカテゴリーのオゾン濃度の差を点線で示す。この差はバックグランドオゾンを除去し、WNW/W気塊に含まれる地域的光化学反応により生成したオゾンのみの指標になると考えられる。この指標(点線)から夏には光反応が強く、オゾン前駆体から光化学的に生成したオゾンが極大(20ppb以上)、冬には光反応が少ないため光化学反応から生成したオゾンは極小(5ppb以下)になることが分かる。さらに隠岐におけるオゾン及び一酸化炭素の相関を調べた結果から、夏に相関が高く、冬には低いことが分かった。この結果も同じように地域的な光化学反応性の季節変動で説明できる。 一方、一酸化炭素の季節変化はオゾンと異なり、清浄なN/NE気塊と汚染したWNW/W気塊に対し同じ形を示し、春に極大値、夏及び秋に極小値が観察された。一酸化炭素は主に自動車などから直接発生すると考えられる。WNW/Wカテゴリーで高い一酸化炭素濃度(180-260ppb)およびN/NEカテゴリーで低い一酸化炭素濃度(120-210ppb)を示す観察結果から、やはりWNW/Wカテゴリーの気塊が人為的汚染物質の発生する地域を通過していることが確かめられた。ただしWNW/WカテゴリーとN/NEカテゴリーの一酸化炭素濃度の差には季節変化が見られず、これは、WNW/W気塊が通過する地域で人為的に発生する一酸化炭素が季節に依存しないことを示している。そして、観測された一酸化炭素の季節変動は一酸化炭素の主な消失反応に関与するOHラジカルの季節変化を反映したものであると考える。 モンデイにおける1997年1月-12月までのオゾン濃度の季節変化も図1に示した。春に最・大夏に最小を示すオゾン変動は隠岐における清浄なN/NE気塊のものと一致している。モンデイは東シベリアの山岳リモートステーションであり、東アジアへ輸送される以前の人間活動の影響をほぼ受けないユーラシア大陸東部バックグランドに特徴的な気塊を表しているものと考えられる。観察されたモンデイのオゾンは夏以外ほぼ日変化が見られないためモンデイの大気は非常に清浄であると考えられる。季節変化については高度が異なるにも関わらず、秋期から冬期におけるオゾン濃度はモンデイと隠岐ともに良く一致し、一方春期および夏期においてはモンデイでは隠岐に比べて約10ppb高い値となっている。さらに、モンデイにおける一酸化炭素の季節変化も隠岐のものと一致している。ただし、隠岐と比べ、低い一酸化炭素濃度がモンデイで観察され、夏の極小値は90ppb以下であることが分かった。モンデイにおけるオゾンは夏に日変化が強く見られるが、一酸化炭素濃度は低く極めて安定している。夏期のオゾン日変化の要因はステーション周辺の土壌及び植生由来の自然起源のNOxやVOCなどから局地的に生成した光化学オゾンによるものと推察されるが、それらの微量成分ガスの測定はないためより詳しい解析は不可能である。 タイのインタノンおよびスリナカリンステーションは2カ所ともに人為発生源である大都市から離れているステーションである。図2はタイの2カ所のステーションにおける1997年3月から1998年2月までのオゾン濃度の日平均値の季節変化およびスリナカリンにおける一酸化炭素濃度の季節変化を示したものである。図2に見られるようにタイにおけるオゾンは雨期(6-10月)に濃度が低くなり、乾期(11-5月)には高くなる。最大月平均値はタイの夏である2-4月に45-55ppbとなり、最小月平均値は7-9月の間に約15ppbである。2カ所のオゾンデータを比較するとインタノンの方がスリナカリンより全体的に濃度か高い。しかし後者の方が日平均濃度のゆらぎが大きく見られ、これについては観測ステーションの周辺環境の違いにより説明できる。ただし両方のオゾンデータは互いに共通点が多く見られ、2カ所の距離は約500km離れていることを考えると、熱帯東南アジアの大陸地域の一般的なオゾン季節変化を代表するものと思われる。さらに、スリナカリンの一酸化炭素濃度はオゾンと同様に雨期極小・乾期極大の変動を示すことが分かる。このような季節変化はアジアモンスーンの影響が一つの原因として考えられる。タイに雨期に到達する気塊はインド洋からの海洋性気塊、乾期に東アジアまたは西アジアからの大陸性気塊であることがトラジェクトリー解析から分かるが、カテゴリー分けにより大陸性と海洋性気塊の長距離輸送の入れかわりはタイのオゾン季節変化を一部しか説明できなかった。一方、スリナカリンにおける一酸化炭素濃度の日平均濃度のゆらぎはオゾンのものと良く一致しており、オゾン・一酸化炭素日平均濃度の相関を一年間にわたりとると、高い相関(R=0.84)が得られた。その上、2カ所ともに乾期に強いオゾン濃度の日変化を示し、午後にピークおよび夜間に低いベースラインが観察された。オゾン・一酸化炭素の相関およびオゾン濃度の日変化から、タイのオゾンは長距離輸送よりむしろ局地的光化学オゾン生成反応に依存すると推測できる。また、夜間の低いオゾン濃度より、このような熱帯地域ではオゾンの地表面沈着・消失反応も重要であると考えられる。スリナカリンの一酸化炭素濃度がタイの夏に高濃度を示すもう1つの原因としてBiomass burningが挙げられる。これらの一酸化炭素や他の前駆体の光化学反応がタイの夏の極大オゾン濃度と関与している可能性も高い。 図1 隠岐における各カテゴリーのオゾン濃度の季節変化およびモンデイにおけるオゾン濃度の季節変化図2 インタノンおよびスリナカリンにおけるオゾン濃度の季節変化およびスリナカリンにおける一酸化炭素濃度の季節変化 |