本論文は、硬X線領域(2-10keV)において過去最高の感度を有するX線天文衛星「あすか」を用いて、宇宙X線背景放射の空間的な強度揺らぎの解析を行ない、その起源に制限を与えたものである。 1宇宙X線背景放射 宇宙X線背景放射(CXB)は、全天でほぼ一様に観測されるX線放射であり、その等方性から、銀河系外に起源をもつものと考えられている。1keV程度以下のエネルギー領域では、銀河系内起源の背景放射成分を無視できないが、CXBのエネルギー密度が最大になる数-数十keVの帯域では銀河系外からの放射が卓越する。以下では銀河系外に起源を持つ成分をCXBと呼び、その起源を議論する。 CXBの存在自体はX線天文学の初期から知られており、これまでも精力的な観測が行なわれてきたものの、その起源は未だ明らかにされていない。しかし、X線検出器の角分解能と感度の向上に伴ってCXBの半分近くが点源に分解されてきており、また、宇宙マイクロ波背景放射のスペクトル観測から、等方的に分布する高温プラズマのCXBへの寄与は0.01%以下と非常に小さいことが明らかになっている。従って現在では、CXBは検出限界以下の微弱なX線源の重ね合わせで説明できる、という説が有力になっている。また、CXBの表面輝度を説明し得るX線天体としては、活動銀河が有力視されてきた。ROSAT衛星による最新のX線源探査において、1keV付近のCXBのうち70-80%が点源に分解されることが明らかになり、しかもその大半が可視光で幅の広い輝線を伴う活動銀河(1型活動銀河)に同定されたことは、この説を裏付けるものである。 ところが、この説には、現在までに観測されてきた(1型)活動銀河の2-10keVの領域での平均エネルギースペクトルは傾き(photon index,)が1.7-1.9のベキ関数であり、同じ帯域でのCXBの平均スペクトル(=1.4)に比べて有意に軟らかく、既知の活動銀河だけではCXBを説明できないという問題点がある。このことは、より硬いスペクトルを持つ天体がCXBの担い手になっていることを示唆しており、この問題点を解決するためには、より硬い帯域での観測が重要である。 「あすか」衛星では、初めて2keV以上の領域での撮像が可能になったばかりか、この帯域で過去最高の検出感度を達成しており、CXBの研究に非常に適している。これまでの「あすか」衛星を利用したCXBの研究では、Large Sky Survey(LSS)、Deep Sky Survey(DSS)などの点源探査プロジェクトが精力的に行なわれてきた。これらの点源探査によって、2-10keVの領域においても、CXBの30-40%までは点源に分解されることが明らかになり、また、微弱な天体ほどエネルギースペクトルが硬い傾向が見えてきた。しかし、CXBの残り半分以上は未解明であり、CXBの起源を完全に解明したとはいい難い。 そこで、我々は点源探査よりも一歩踏み込んでCXBの起源に迫るために、「あすか」衛星で行なわれたCXB観測のうちで、明るい天体を含まず、最も露光時間の長い(約40万秒)の観測がおこなわれたSelected Area57(SA57)と呼ばれる高銀緯領域のデータを用いて揺らぎ解析を行なった。これは、直接解像することができないほど微弱な天体であっても、視野毎に含まれる数がバラつくことによって空間的な強度揺らぎを作り出すことを利用して、強度揺らぎから微弱な天体の平均的な性質を引き出すという手法で、点源探査よりも暗い天体にまで感度があるのが特長である。 2「あすか」衛星搭載X線CCDカメラの較正 「あすか」衛星は、4台の多重薄板X線望遠鏡を持ち、その焦点面検出器としてX線CCDカメラ(SIS)とガス蛍光比例計数管(GIS)を2台ずつ搭載している。特にSISは、GISに比べて視野が若干狭いものの位置分解能に優れていることから、揺らぎ解析には主にSISを利用した。SISの画像においては、空間分解能はX線望遠鏡の結像性能だけで決定され、Half Power Diameterにして約3分角である。 揺らぎ解析においては、バックグラウンドや検出効率など検出器に起因する画像の非一様性を最小限に抑えることが不可欠で、このためには検出器の性能に関する正確な知識が必要である。特にSISについては、衛星軌道上で動作特性が経年変化することが分かっており、充分な較正が必要である。 本研究では、SISの動作特性を、その経年変化まで含めて定量的に評価し、これらを注意深く補正したうえで議論を行なっている。 3宇宙X線背景放射の強度揺らぎ 精密な較正の結果に基づいて、検出器に起因する強度の非一様性を補正した上で得られたSISによるSA57の画像を図1に示す。なお、この視野のうち右上の1チップ分の領域を除いた部分の平均表面輝度は(5.44±0.10±0.27)×10-8erg s-1cm-2sr-1である。対応する視野内に見られる最も明るい天体の強度は5×10-14erg s-1cm-2(2-10keV)程度であり、CXBを構成する天体のうち明るい方から30%程度は既に除去されている。 この画像を1.9分角四方の100個(但し、うちS0C3/S1C1上の25個は使用していない)の領域(セル)に分けて表面輝度の頻度分布をとったものが図2である。この分布は、X線強度と個数密度の関係(logN-logS関係)を反映している。 まず、CXB中に微弱天体が占める割合を見積もるため、DC的に一様に広がる成分の寄与の上限を求めた。図2には、表面輝度の頻度分布と同時に、CXBが完全に一様な放射である場合に期待される光子数のポアソンゆらぎを点線で示した。観測された頻度分布の分散はポアソン分布よりも明らかに大きく、CXBの表面輝度そのものが空間的に変化していることを意味している。このような表面輝度の揺らぎは、各領域に含まれる微弱な天体の数の揺らぎに起因するものと考えられる。この分布から求められるDC的な成分の寄与の上限値はこの視野の平均強度の3分の1程度であり、このことはCXB全体の強度の少なくとも60%は微弱天体の重ね合わせであることを意味している。2keV以上のエネルギー領域において、微弱天体の寄与が半分を超えることを示したのは、これが初めてである。 さらに、CXBの大部分が微弱天体に起因することが分かったので、CXBが全て点源に分解されるものと仮定して、図2のような輝度分布から解析的にlogN-logS関係を求め、logN-logS関係に新たな制限を与えた(図3)。最も厳しい制限が与えられたのは(1-2)×10-14erg s-1cm-2であり、従来の検出限界(4-5)×10-14erg s-1cm-2の数分の一までlogN-logS関係を延長することができた。 4微弱X線源のエネルギースペクトル 微弱X線源の正体を探るため、図1と同様の画像をエネルギーバンド毎に作成し、各セルのエネルギースペクトルを求めた。セル毎のばらつきは大きいものの、0.8-6.0keVの領域におけるスペクトルの傾きは平均=1.38±0.02であり、CXBの平均スペクトルと概ね一致する。 さらに、揺らぎ成分のスペクトルを調べるため、同じ帯域で明るいセルと暗いセルのスペクトルの差をとった。特に、2.0-6.0keVで揺らぎを作っている成分は=1.26±0.12と非常に硬く、これらがCXBのスペクトルを硬くしている成分であることを強く示唆している。 5ROSAT衛星の結果との比較 2-6keVで揺らぎを構成している天体の起源を探るにあたって、ROSAT衛星による探査とその光学同定の結果を参照できるかどうかを検討し、この考えを支持する幾つかの状況証拠を得た。 例えば、0.8-2.0keVと2.0-6.0keVのそれぞれのバンドで、表面輝度分布が相似形になっていることを示した。これは、両バンドで中心的な役割を担う天体が、同じlogN-logS関係に従うことを意味しており、両バンドで共通の天体を観測していることを示唆している。図4は、両バンドについて、表面輝度分布を特徴づける量として、セル毎のX線計数率の平均〈D〉と分散の平方根の比をとった結果である。この比は、もしCXBが単一の種類の天体で構成されているならば、帯域によらず一定になることが期待されるものである。図4に示すように、観測値は統計誤差の範囲で一致している。 また、ROSAT衛星によるlogN-logS関係を、=1.4-1.7を仮定して2-10keVにおけるlogN-logSに換算すると、ROSAT deep surveyがカバーしている範囲(0.5-2keVで〜10-14erg s-1cm-2)が、ちょうど我々の与えたlogN-logS関係と重なることを示した。このことも、ROSAT衛星による探査で検出された天体が2-6keVで揺らぎを構成している天体に対応することを示唆している。 これらのことよりROSATによる探査で検出された天体は、2-6keVで揺らぎを形成している天体に対応していると考えてよいことになるが、もしそうだとすると、CXBの担い手の大半も、可視光で1型の特徴を示す活動銀河だということになる。しかし、前述のように、近傍の活動銀河では可視光で1型の特徴を示す活動銀河のX線スペクトルは、一般にCXBのスペクトルより軟らかい。我々の得たX線スペクトルとROSATによる点源探査の結果を最も素直に解釈するならば、遠方の宇宙には可視光では1型の特徴を見せるにも関わらず、X線スペクトルは硬いという、近傍にはないタイプの活動銀河が多数あるものと判断せざるを得ない。このような天体と、従来観測されてきた活動銀河のスペクトルの食い違いの原因としては、中心核の光度が近傍の活動銀河よりも平均で1桁ほど高いことや、活動銀河の進化と関連した環境の違いなどが考えられるが、これを解き明かすことは今後の課題である。 6結論 我々は「あすか」衛星による最も長い観測が行なわれたSA57と呼ばれる領域の空について揺らぎ解析を行ない、従来の点源探査に比べて数倍深い情報を引き出すことに成功した。その結果2-6keVのエネルギー領域においてCXBの少なくとも60%が微弱天体の重ね合わせで説明できることを明らかにし、検出限界より暗い(1-2)×10-14erg s-1cm-2までlogN-logS関係に制限を与えた。また、これらの微弱X線源の平均的なエネルギースペクトルはCXBの平均スペクトルとほとんど同じで非常に硬いことを明らかにした。これらの微弱天体は遠方の活動銀河である可能性が高いものの、既知の活動銀河とのスペクトルの違いの原因の解明は今後の課題である。 図1:SIS-0によるSA57の画像(2.0-6.0keV)。検出器に起因する強度の非一様性を除去した後のCXBの輝度分布をグレイスケールで示す(色が濃いほど表面輝度が高い)。また、図中のグリッドは揺らぎ解析のためのセルで、それぞれ1.9分角四方である。各セル内でX線計数率を測定し、場所毎の強度の違いを分析する。図の右上のチップ(S0C3/S1C1)のごく近くに銀河団があるため、このチップは解析に用いなかった。図2:各セルの2.0-6.0keVバンドでのX線計数率の頻度分布。点線は、CXBが完全に一様な放射である場合に期待される、光子数のポアソンゆらぎに基づくX線計数率の分布である。観測された頻度分布の分散はポアソン分布よりも明らかに大きく、CXBの表面輝度が場所毎に有意にゆらいでいることを示している。図3:logN-logS関係。斜線でハッチしてある部分が本研究で得られた制限。0.8-6keVのX線計数率に基づいて得た結果を示す。比較のため、過去の報告も重ねて示してある。点線は、HEAO-1A2によるlogN-logS関係(Piccinotti et al.1982)をX線源が一様等方に分布しているものと仮定して延長したもの。白丸つきのと黒丸つきのヒストグラムは、それぞれ「あすか」のDSS(Ogasaka et al.1998)とLSS(Ueda et al.1998)の結果である。画面右下の蝶ネクタイ形の領域と四角で示した点は「ぎんが」による揺らぎ解析(Hayashida 1990)と点源探査(Kondo 1992)の結果を示している。図4:表面輝度分布の分散と平均の比/〈D〉。黒で全視野(100セル)についての値、灰色で銀河団に近いチップを除いた場合の値を示す。 |