自然界の様々な動物と植物の共生関係の中で、アリとアリ植物との間には高度に発達した共生関係が存在することが知られている。アリとアリ植物は共生様式によって一般に2つのタイプに分けられている。1つはアリがアリ植物を植食性昆虫から守る被食防衛型であり、もう1つはアリがフンなどを通じてアリ植物に栄養塩類を供給する栄養摂取型である。これまでのアリとアリ植物の共生に関する研究は、ほとんどが被食防衛型のものに関してであり、そのコスト-利益の関係や相互作用などについて多くの研究がなされてきたが、栄養摂取型では詳しい共生関係の解明はなされていなかった。そこで本論文の提出者は典型的な栄養摂取型のアリ植物として知られているアリノスダマに注目し、繁殖生態や進化生態などの面から共生関係の解明を試みている。アリノスダマはアカネ科アリノスダマ亜科に属する5属88種で、ニューギニア島を中心に分布する着生性のアリ植物であり、膨らんだ塊茎内の空洞にアリが住み着く。空洞の一部にアリが溜めたゴミやフンから、栄養塩類を吸収することがアイソトープを用いたHuxley(1978)の実験で示され、栄養塩類の摂取の困難な着生植物にとっては非常に有意義であると考えられていたものである。 本論文は4章からなり、第1章はアリがアリノスダマに与える影響、第2章はアリのコロニー間およびアリノスダマ個体間の血縁関係、第3章はアリノスダマの分子系統学、第4章はアリノスダマに生息する動物相について述べられている。 第1章ではバイオマスが非常に大きいアリとの共生において植物が受ける影響を調査している。塊茎部の直径が15-20cmのアリノスダマHydnophytum moseleyanum個体の中で、優占種のPhilidris sp.1の営巣していた個体と、アリの営巣が見られなかった個体とに分けて、総葉面積・花数・果実数・種子数・種子重量・発芽率・葉の食害率などを比較している。その結果、種子重量と発芽率はアリの営巣していたものの方が有意に高かった。相対光量子密度などの植物の生育環境に大きな違いはなかったので、これはアリとの共生によって得られた栄養塩類が種子に蓄積され、種子の肥大成長・発芽率の向上を促した可能性が高いと考察している。またアリの営巣は成長や花・果実数などには大きな影響を与えないが、種子生産の改善によって究極的にはアリノスダマの適応度を高めていると推定している。しかし、植食性昆虫による葉の食害率に有意差はなく、アリ個体数と食害率の間にも一切相関は見られず、アリの営巣に拘わらず食害率に変化はない。行動観察の面からも、アリは植食性昆虫に対して攻撃行動を示さず、アリが植物を防衛している可能性は極めて低いと考えている。またPhilidris sp.の生態についても、アリワーカーの攻撃性を利用した実験によって、このアリの1コロニーは数本の樹木に着生する多数のアリノスダマにまたがって広がっていることを明らかにしている。さらに、単雌多巣制であること、主なエサ源はマングローブ樹木に着くカイガラムシの分泌する甘露であることなどが明らかにしている。 第2章では、アリとの共生関係の程度が強いと考えられるAnthorrhiza caeruleaとその真正共生アリDolichoderus sp.を対象に、詳しい野外調査とDNA解析を行っている。アリの行動観察の結果、数本の樹木に着生しているアリノスダマを1コロニーが使用していると考えられたが、これはRAPD-PCR法を用いた分析でも確かめ、不明瞭だったテリトリーの境界も定めている。また、アリはA.caeruleaの種子を散布することが観察されたため、アリノスダマ個体群の血縁構造に影響を与えているであろうことを推定している。そこでアリノスダマについてもRAPD解析を行ったところ、同一のアリコロニーのテリトリー内に生えるアリノスダマの血縁関係は非常に高く、アリノスダマの血縁者は1つのアリコロニーの中に集中して分布していることをわからしている。このことから、A.caeruleaの分布・分散はDolichoderus sp.のテリトリアリティーによって非常に強く制約され、この植物の血縁構造は大きな影響を受けていると考察している。また、種子散布によりテリトリー内にA.caerulea個体が増殖することはDolichoderus sp.にとっても営巣場所の拡大などの利益があり、このように、A.caeruleaとDolichoderus sp.は、種子散布を通じた非常に強い相利共生の関係を持つことが分からせている。 第3章では、このように複雑で多様なアリノスダマとアリの共生関係がどのように発生・進化したかを探るために、分子系統学的な解析を試みている。本研究までアリノスダマとアリの共生の進化については、2つの仮説が提唱されている。1つは乾燥地で肥大した塊茎が貯水器官として発達(乾性適応)し、そこにアリが二次的に住み着き相利共生へと進化したというもので、もう1つは多雨林でアント・ガーデン型の着生性植物がまずアリとの共生関係を進化させた後、その仲間の一部が乾燥地へと進出し乾性形態を持つ種が出てきたというものである。これらの仮説を検証するため、アリノスダマ4属10種の葉よりcp DNAを抽出し、atpB geneとrbcL geneの間のnon-coding regionの塩基配列を決定し、そのデータをもとに近隣結合法で系統樹を作成している。その結果、乾性適応の進んだHydnophytum属の種はいずれも系統樹の根元近くで偽系統群となり、また、アリとの共生関係が強いMyrmecodia属の一部からAnthorriza属、Myrmephytum属が派生したことが示唆された。これらの結果は第1の仮説を支持するものであり、アリノスダマの祖先は乾燥地で乾性適応を発達させ、その後、アリとの高度な相利共生の関係をもつものが出現したと推定している。 第4章では、共生の程度が中程度であったHydnophytum moseleyanumに注目し、この植物がどのような動物と共生関係を持っているかを知るために、塊茎部の空洞に住みつく全動物相の調査を行っている。その結果、11種のアリに加えて39種の動物(昆虫やカニなどの節足動物と、ある種のトカゲ)が見いだしている。必ずアリのいる空洞で見つかる種が7種、アリがいる空洞・いない空洞の双方で見つかる種が6種みられたが、その他の全ての種はアリが住みついていない空洞内においてのみ見いだされている。ほとんどの動物種は着生性アリ植物を偏利共生的に利用し、捕食者や乾燥から身を守る隠れ家として使っている。そして、着生性アリ植物の存在によって、従来考えられていたよりもはるかに多様で複雑な空間構造が提供されるので、結果として樹上の動物相の多様性が維持されていると考察している。 付録では、これらの植物全般を対象に、アリの営巣率と種類相の調査を行っている。3属15種について調べた結果、営巣率が低く、住み着くアリも特定の種ではないというものから、極めて営巣率が高く特定のアリの種しか住み着かないものまで段階的に多様な共生関係が見られ、共生の程度は低いもの(arbitrary symbioses)から中程度のもの(moderate symbioses)、高いもの(specific obligate symbioses)まで、様々なものが存在することを分からせている。 以上のように、非常に多様なアリとアリノスダマの共生系を、詳細な野外調査と室内実験によって生態学的ないくつかの観点から解析し、これまで不明だった共生における相互作用や血縁構造、系統関係などを明らかにしていて、本論文における研究の成果は大きい。 なお、本論文の第1、2、3章は松本忠夫との、第4章は北出理および松本忠夫との、そして付録は寺山守および松本忠夫との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できるとは認める。 |