学位論文要旨



No 113794
著者(漢字) 曺,潤鎬
著者(英字)
著者(カナ) チョウ,ユンホ
標題(和) 『円覚経』と宗密の「円覚思想」
標題(洋)
報告番号 113794
報告番号 甲13794
学位授与日 1998.07.06
学位種別 課程博士
学位種類 博士(文学)
学位記番号 博人社第217号
研究科 人文社会系研究科
専攻 アジア文化研究専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木村,清孝
 東京大学 教授 丘山,新
 東京大学 教授 末木,文美士
 東京大学 助教授 下田,正弘
 東京大学 助教授 池澤,優
内容要旨

 中国において八世紀初頭に出現し,禅の発達とともに東アジア仏教圏で影響力を増していった経典の一つに『円覚経』がある.中国仏教史上もっとも重要な人物の一人である宗密はこの『円覚経』を畢生の所依とし,これを軸にして思想体系を確立する.本論文は,宗密が生涯をかけて情熱を注いだ成果として生まれた彼の『円覚経』諸注釈書に対する本格的・総合的研究を試み,そこにおける彼の思想的立場を分析し,それを彼の全思想体系の中において確認し位置づけることを意図するものである.この課題の解明のためには,宗密が所依とする『円覚経』そのものに対する解明が必然的に要求される.そのため,本論文は二部構成となっている.

 第一部「『円覚経』の研究」においては,『円覚経』とは如何なるものか,『円覚経』の総合的研究を試み,その思想的特質・背景・成立年代・流布状況などの解明を目指した.第一章「『円覚経』の成立と受容」では,『円覚経』の中国撰述説と関連して,経録・伝記類における『円覚経』の記述から本経出現当時の状況や扱われ方,書誌学的問題などを検討した.第二章「『円覚経』の思想的位相」では,内容的側面から『円覚経』の思想的特質とその背景を考察した.第三章「『円覚経』とその周辺」では,東アジア仏教圏において本経がどのように受容され,展開されて行くのかの問題を検討した.

 第二部「宗密円覚思想の研究」では,『円覚経』研究において展開・形成され,そこに示される宗密の知的活動と宗教的信念にもとづく思想体系の総体を「円覚思想」という概念によって捉え,それの内実を明らかにすると同時に,その思想的・思想史的意義を検討した.第一章「宗密の伝記と著作」では,幅広い思想遍歴の経歴をもつ宗密の人物像を確認すると同時に,宗密の諸著作における『円覚経』注釈書の思想的位置とを明らかにし,また『起信論疏』と『普賢行願品別行疏鈔』の撰述年代の推定を行った.

 第二章「宗密円覚思想の基盤」では,『円覚経』諸注釈書の書誌学的特質と『円覚経』解釈論の特徴を明らかにした.第三章「宗密円覚思想の展開」では,『円覚経』研究において展開される宗密思想のあり方について考察した.すなわち,宗密における『円覚経』把捉の基本的立場,「円覚」の理解に見られる真理追究のあり方,縁起の捉え方の特徴,頓悟漸修の成仏論の形成・構造・内容・思想的意義などの問題を考察した.

 第四章「円覚思想と諸思想の関連」では,周辺思想との関連において「円覚思想」のもつ思想的広がりの問題を検討した.すなわち,「円覚思想」の体系において中国固有思想と禅仏教とがどう捉えられているかの問題と関連して,宗密における中国固有思想に対する受容と批判のあり方,宗密における教と禅の接点の追求とその接合の仕方などに検討を加えた.

審査要旨

 一般に中国華厳宗第五祖とみなされる宗密(780-841)は、概括的にいえば、時代の要請のもとに、中国仏教の方向を分立から融合へと転換させた中心的人物であり、その思想史上の意義はきわめて大きい。宗密とかれの思想に関して、これまでにも多くの研究が行なわれてきた所以である。しかし、それらの諸研究においては、宗密自身が出家後間もない頃に偽経『円覚経』を読んで感激し、壮年期に至ってしばらくその研究に専念して諸種の注釈書を残しているにもかかわらず、かれの思想形成に『円覚経』がいかに関わるのかという点については、関連的な言及、ないし不十分な検討がなされているのみである。本論文は、このような研究上の問題点を鋭く意識し、『円覚経』それ自体の思想の分析を行ない、その上で、宗密における「円覚思想」(『円覚経』にもとづく思想)の基礎的解明を試みたものである。

 本論文は、二部から成る。第一部「『円覚経』の研究」においては、『円覚経』の出現と流布、思想的特徴などが考察される。ここで著者は、『円覚経』の精密な思想的分析を遂行し、本経の全体像をほぼ浮き彫りにしている。第二部は「宗密「円覚思想」の研究」と名づけられ、宗密の伝記と著作の再検討を踏まえて、かれの「円覚思想」をめぐる諸問題が論ぜられる。ここでは、華厳宗の澄観らの思想とは明確に区別されるべき宗密の縁起観や独自の修道論の内実が詳しく究明されていること、宗密の結論的主張ともいえる教禅一致論の萌芽的様態が開示されていることなどが、とくに注目される。

 本研究に残された課題としては、例えば、『円覚経』の禅観思想がいかなる歴史的・思想的状况の中で成立したのか、宗密の「円覚思想」が以後どのような形で東アジア世界に受容されていくのかといった問題がある。個々の主題の中に、さらに掘下げが必要なものもいくつかある。けれども、それらは本研究の固有の価値を損うわけではない。しかも、本研究が挙げた諸成果の中には、明らかに従来の当該分野の研究水準を超え、その進展に資すると考えられるものが少なからず含まれている。よって、本審査委員会は、本論文を博士(文学)の学位を授与するに価すると判定する。

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