学位論文要旨



No 113795
著者(漢字) 小汐,由介
著者(英字)
著者(カナ) コシオ,ユウスケ
標題(和) スーパー神岡実験における太陽ニュートリノの研究
標題(洋) Study of Solar Neutrinos at Super-Kamiokande
報告番号 113795
報告番号 甲13795
学位授与日 1998.07.13
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3467号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 蓑輪,眞
 東京大学 助教授 森,俊則
 東京大学 助教授 柴橋,博資
 東京大学 教授 木舟,正
 東京大学 助教授 佐々木,真人
 高エネルギー加速器研究機構 教授 杉本,章二郎
内容要旨

 太陽ニュートリノの観測は天体物理学及び素粒子物理学の分野で重要な役割を果たしている。太陽ニュートリノとは、太陽中心での核融合反応により発生するニュートリノであり、日本、アメリカ、イタリア、ロシアなど世界各地で観測が行われている。太陽についての観測は、光、電磁波など様々な方法で行われているが、それらは太陽中心で発生してから太陽表面に到達するまでにおよそ百万年かかり、今現在の太陽中心における情報は得られない。それに比べ、ニュートリノは物質とほとんど相互作用を行わないので、太陽中心で発生してから約8分で地球に到達する。また、太陽ニュートリノを観測することは、太陽中心でのエネルギー発生が核融合反応によることの直接的な証拠となりうる。さらに太陽ニュートリノ観測により、質量などニュートリノ自身の性質を調べることもできる。

 現在までの様々な実験からの結果、太陽ニュートリノの数は理論計算よりも有意に少ないことが報告されている。(太陽ニュートリノ問題)この問題を解決する方法として、太陽のエネルギー発生のモデルに何らかの変更を加えるか、あるいは、ニュートリノ振動によるといったことが考えられている。本論文では、新しい高精度の検出器であるスーパーカミオカンデを用いて太陽ニュートリノ事象を観測し、そのフラックスと理論計算との比較を行う。さらに昼と夜の観測される太陽ニュートリノのフラックスの違いを詳しくみる。ニュートリノ振動の大角度解の場合、地球を通る間にニュートリノが再生されるので、昼と夜で観測されるフラックスに違いがでる。この解析は太陽のモデルによらないことから、もし違いが観測されるならばニュートリノに質量が存在することの決定的な証拠となる。

 スーパーカミオカンデ検出器は神岡鉱山の地下1000mに置かれた水チェレンコフ検出器である。直径39.3m高さ41.4mの円柱形の水タンクに純水50000トン、11146本の光電子増倍管が設置されている。検出器内に入ってくるニュートリノは水中で+e→+e反応を起こし、この反応による反跳電子からのチェレンコフ光を光電子増倍管で検出する。この方法の優れた点は、反跳電子の方向が元のニュートリノの方向をよく保存することから、入射ニュートリノの方向がわかること、また反応地点、反応時間、および反跳電子のエネルギーが精度良く測定できることである。また、検出器は様々な方法で較正されている。例えば、反跳電子のエネルギー、反応地点、方向については、電子ライナックを検出器のいくつかの地点に置いて較正する。これによりエネルギーについては±1.5%以下の精度で決定される。

 スーパー神岡実験は1996年4月1日から開始された。本論文での太陽ニュートリノの解析には同年6月から1997年6月までの実時間297.4日分のデータを用いた。数多くある事象から太陽ニュートリノ事象は以下のように選ばれた。まず宇宙線事象、粒子からの崩壊電子事象、雑音事象などを除去する。次に宇宙線粒子による酸素原子核破砕事象を除去する。高いエネルギーを持った宇宙線粒子は検出器内の酸素原子核を破砕して、放射性元素をつくり出す。それらは主に崩壊をするが、そのエネルギーは太陽ニュートリノ事象に近く、大きなバックグラウンド事象となる。そこで粒子の軌跡、およびその通過時間との相関をとり、それらの事象を除去する。続いて検出器を覆う岩盤に含まれる放射性物質による事象を除去する。まず、壁からの距離が2m以内で発生した壁際の事象を除去する。その結果、有効体積は22.5ktonとなる。さらに検出器の外から入ってくるという性質を用いてこのバックグラウンド事象を除去する。最後にエネルギーによるカットを行う。ここでエネルギー敷居値は、太陽方向からの信号が見え、かつ、できるだけ低いエネルギーである6.5MeVとした。最終的にこれらの事象選択により52368事象が残った。この事象から太陽ニュートリノ事象を太陽方向との相関をみて抜き出すと、4016.6事象となった。これをフラックスにすると、

 

 となる。統計誤差は±2.5%、系統誤差は全体でである。この測定誤差は、同様の検出器であるカミオカンデに比べて(統計誤差±6.8%、系統誤差±11.8%)小さくなった。系統誤差は、主にエネルギー決定、角度分解能、有効体積外事象除去などの不確かさから生じる。一方、バーコール達による太陽モデル(BP95)から予測されるフラックスはであり、観測値は予測値に比べると有意に少ないことが分かった。また、昼と夜でのフラックスを比較したが、誤差の範囲内では有意な違いは見られなかった。

 スーパーカミオカンデ297.4日分のデータを用いた太陽ニュートリノ観測では、上で述べたように予測に対するフラックスの観測値は有意に少なく、その割合は

 

 であり、太陽ニュートリノ問題は依然として存在している。この問題を解決する方法として、主に(1)実験が間違っている(2)太陽モデルを変更する(3)ニュートリノの質量を仮定することが考えられる。しかし、スーパーカミオカンデにおいては、データの量・質、共に向上しており、実験の誤差で説明するのは非常に考えにくい。太陽モデルについては特にスーパーカミオカンデで観測される8Bニュートリノについては、予測されるフラックスに大きな理論の誤差が存在する。しかし、スーパーカミオカンデと他の実験、例えば塩素実験の結果と比較すると、太陽モデルの変更では難しくなる。それは、塩素実験ではエネルギー敷居値が低いので、8Bニュートリノに加えて7Beニュートリノも観測されるが、観測された8Bニュートリノと7Beニュートリノの比は、太陽モデルの変更だけでは説明することができないからである。現在、この問題を解決するために最も自然であると考えられているのが、ニュートリノ振動を仮定することである。過去の主な太陽ニュートリノの実験の結果をすべて説明するニュートリノ振動のパラメータ領域は図の黒い領域である。ただし、この解析は太陽のモデル計算に大きく依存してしまう。

 本論文では、さらに、太陽ニュートリノのフラックスの昼と夜での違いを詳しくみることによってニュートリノ振動のパラメータ領域に制限を与えた。ニュートリノ振動の解が大角度解ならば、地球を通る間にニュートリノが再生されるので、昼に比べて夜のフラックスが大きくなる。この解析は太陽のモデルによらないので、もし違いが出ればニュートリノ振動の決定的な証拠になる。しかし、現在までの観測からは実験誤差内では違いはみられなかった。このことから図の太線の内側のパラメータ領域が除外される。今回の解析では、過去の実験から許されているパラメータ領域のうち、大角度解の約半分を除外することができた。将来的には5年の観測で、大角度解については何らかの結論を出すことができる。また昼と夜の違いについて、特に地球のコアを通る時間帯について詳しくみることにより、ニュートリノ振動の小角度解についても調べることができる。しかし、現在までの観測結果では実験の誤差が大きく、結論付けることはできなかった。

 この他にもスーパーカミオカンデを用いた太陽ニュートリノの観測では、ニュートリノ振動に関する様々な研究が行うことができる。例えばエネルギースペクトル、またフラックスの季節変動をみることなどがあるが、これについては実験誤差がまだ大きく、現在なお研究中であり、近い将来にニュートリノ振動に関して決定的な結論が出せることが期待される。

図1黒く塗りつぶされた領域は、過去の太陽ニュートリノ実験から許されるニュートリノ振動のパラメータ領域。太い線の内側の領域は、スーパーカミオカンデで観測された太陽ニュートリノのフラックスの昼と夜の違いから除外される領域。内側の実線は、カミオカンデによって除外される領域。外側の破線はそれぞれ今後2年および5年の統計量で期待される除去される領域を示す。
審査要旨

 本論文は8章からなり、第1章は導入説明、第2章は太陽ニュートリノ問題の概説、第3章はスーパー神岡実験装置の説明にあてられている。第4章では実験装置のエネルギー較正、第5章では観測された事象の再構成の方法、第6章ではモンテカルロ法によるシミュレーションについて詳しく記されている。そして、第7章では観測データの解析とその結果が、また第8章で結論が述べられ、それに関する論考がなされている。

 太陽中での核融合反応にともなうニュートリノ放出のフラックスの計算予測値と比べて、地上での観測値に大きな欠損があるというのが「太陽ニュートリノ問題」と呼ばれるものである。

 太陽ニュートリノ問題は、米国のR.Davis Jr.らによるテトラクロロエチレン(ドライクリーニング液)による放射化学実験を最初とするが、ついで旧カミオカンデ(神岡実験)グループも全く別の検出方法により欠損があることを示している。その後ガリウムを用いた放射化学実験が、イタリアと旧ソ連で行なわれた。いずれも太陽ニュートリノの観測値が理論値の113795f04.gifであるという結果を出している。

 この太陽ニュートリノ欠損の説明として太陽のエネルギー発生モデルに何らかの変更を加えることも考えられたが、その後の太陽モデルの研究の進展により、この可能性は低くなってきている。もう一つの説明は、太陽中心で発生したニュートリノが地球に到達するまでに別種のニュートリノに変化してしまっているのではないかという、ニュートリノ振動モデルがある。ニュートリノ振動が起きるためには、二種のニュートリノに質量の差がなくてはならず、ニュートリノの質量は零であるというこれまでの考え方に大きな変更を迫るものとなる。この意味で、太陽ニュートリノ問題の究極的解決が待たれている。

 本論文は、前記の旧カミオカンデを大型化した後継実験装置であるスーパーカミオカンデを用いた最初の太陽ニュートリノ観測実験の結果についてまとめたものである。初期の297.4日間の測定データによる解析であるが、すでに旧カミオカンデ全体の統計量の4.7倍を超えている。スーパーカミオカンデ検出器では、太陽からやってきたニュートリノが水中の電子と弾性散乱をおこして跳ね飛ばされる反跳電子を検出している。データ解析にいろいろな工夫を凝らして、目的となるニュートリノ以外の雑音事象を除外しているが、反跳電子検出の閾値は7MeVとなっている。

 太陽ニュートリノのエネルギーはその発生の元となる反応によってことなるが、この閾値で捕らえられるのは主として8Bのベータプラス崩壊に伴って発生するニュートリノに限られる。

 解析の結果、太陽ニュートリノによると思われるものが最終的に4016.6事象得られた。理論的予測値との比をとると、0.365±0.010(統計誤差)(系統誤差))の値が得られ、これまでの実験と同様太陽ニュートリノの欠損を明確に示す結果となった。

 また、太陽モデルの不定性に依存しないでニュートリノ振動の有無を見るために、昼と夜で、太陽ニュートリノフラックスが違うか否かの検証を試みている。これは、ニュートリノ振動がおきている場合、地球を横切る際にニュートリノがまたもとの種類に再生される可能性があるためである。しかし、これまでのデータではこのような昼と夜のフラックスの違いは見られなかったと報告している。この結果をもとに、ニュートリノ振動を記述するパラメータである、二種のニュートリノの質量の自乗差と混合角について制限を与えている。既存の実験から得られている、許されたパラメータ領域のうち、混合角が大きい領域の約半分を除外している。

 以上に述べたように、この論文は太陽ニュートリノの欠損を明確に示すとともに、ニュートリノ振動の可能性について許されるパラメータ領域に制限を与えた重要なものである。また、この研究はスーパーカミオカンデ実験グループと呼ばれる研究者集団との共同研究であるが、論文提出者は実験装置の建設にも貢献し、太陽ニュートリノに関するデータを主導的に解析してこの結果を導き出しており、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 よって、博士(理学)の学位を授与できると認めるものである。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54050