学位論文要旨



No 113798
著者(漢字) 鞠,文軍
著者(英字)
著者(カナ) ジュ,ウェンジュン
標題(和) 粉塵中における火炎の伝ぱ機構
標題(洋) Mechanisms of Flame Propagation Through Particle Clouds
報告番号 113798
報告番号 甲13798
学位授与日 1998.07.16
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4220号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 平野,敏右
 東京大学 教授 幸田,清一郎
 東京大学 教授 越,光男
 東京大学 教授 河野,通方
 東京大学 助教授 堤,敦司
内容要旨 1.緒言

 浮遊可燃性微粒子群の燃焼は、液体燃料噴霧や微粉炭等を燃焼する装置内、あるいは粉塵爆発事故時などに起こる。したがって、ボイラーなどの各種燃焼器の効率向上や粉塵爆発事故に対する的確な防御をおこなうためには、粉塵中における火炎の伝ぱについて十分に理解することが必要である。

 そこで、本研究では、燃焼系を単純にするため、単一成分のStearic Acid(CH3(CH2)16COOH)を燃料として、浮遊可燃性固体微粒子群を形成した。浮遊可燃性微粒子群中の火炎の構造、可燃限界および火炎伝ぱ機構を明らかにすることを目的とし、浮遊可燃性微粒子群中を伝ぱする火炎を作り、火炎伝ぱの様子、反応帯の構造などを詳細に観測し、火炎伝ぱ機構を推論した。

2.実験

 本研究に用いた実験装置は、粒子群の生成装置、着火装置、光学測定系からなっている。使用した可燃性固体試料は、Stearic Acid(CH3(CH2)16COOH)である。火炎の自発光、粒子のレーザ散乱光、及び瞬間シュリーレン像をCCDビデオカメラと高速ビデオカメラを用いて観察した。燃焼反応の起こっている位置及び反応層の構造の検出を行うために、静電探針を用いた。検出したイオン電流と瞬間シュリーレン像との比較により、反応領域と反応層の構造を測定した。

 生成した粒子群中の粒子は球形と仮定し、74℃の液滴から固体粒子になるまでの冷却必要時間を計算した。実験時に粒子群を着火するまでの遅れ時間は0.5秒に設定したので、全ての粒子は着火時にはほとんど室温の固体粒子となっていることが予想される。

 形成された微粒子群の粒径分布は、粒子をサンプリングし顕微鏡観察により測定した。サンプリングは、鉛直方向に11mm離して水平に設置された2枚のシャッター板を点火位置付近に瞬時に挿入し、囲まれた空間内に存在する粒子をプレパラートガラス上に捕捉することによりおこなった[1]。本実験ではノズルの燃料圧送用の圧力p1を0-80kPaの範囲で変化させ、噴出用の空気の圧力paを10-100kPaの範囲で変化させて実験を行った。この装置により、燃料圧送用の圧力p1が一定の場合、噴出用の空気の圧力paを大きくすると小さい粒子の数が増大する。噴出用の空気の圧力paが一定の場合、燃料圧送用の圧力p1を大きくすると大きい粒子の数が増大することがわかる。

3.結果と考察

 種々の粒径分布をもつ微粒子群をp1およびpaを変化させることにより形成し、実験をおこなった。着火後、火炎は点火位置からほぼ球状に伝ぱしていくが、条件によっては点火位置に生じた火炎核がすぐに減衰し火炎伝ぱが起こらず微粒子群に着火しない場合があった。各条件における着火の可否の結果をまとめたのがFig.1である。着火可能な領域と不可能な領域に分けられることがわかる。

Fig.1 Flammable and non-flammable zones on a -pl diagram.○ represents a set of and pl at which the probability of ignition is about 20%.

 これまでの研究で、粒子の着火温度が燃料の種類より、主に粒子径に依存することが明らかにされている[2]。また、Chenらは、固体微粒子群中での火炎伝ぱが、主に80m以下の小さい粒子に依存していることを明らかにした[3]。そこで、粒子を小さい粒子と大きい粒子に分類してそれらの分布と燃焼限界との関係について解析した。小さい粒子と大きい粒子の境界の粒径を、40mにした場合、60mにした場合、80mにした場合について、小さい粒子と大きい粒子それぞれの単位体積当たりの密度を計算し整理した。境界の粒径がいずれの場合においても、小さい粒子の密度はの変化に強く依存し、大きい粒子の密度は、p1に強く依存している。Fig.2に粒子の境界の粒径を60mにした場合およびp1の値と粒径60mより小さい粒子および粒子全体の粒子密度の関係を示す。この結果をFig.1に示した着火限界の分布の様子と比較検討する。着火の境界の右上がりの部分が、小さい粒子の密度3×10-5g/cm3の等値線とほぼ一致していることがわかる。この着火の境界線が粒子が少なくなり着火できなくなる燃焼下限界である。燃焼下限界は、粒径60m以下の小さい粒子の密度のみにより決まり、大きい粒子の密度に依存しないということがわかる。右下がりの着火の境界線のうち、粒子の全密度が34×10-5g/cm3の等値線が粒子が多くなり着火できなくなる燃焼上限界とほぼ一致していることがわかる。

Fig.2Contours indicating equi-mass density for smaller and larger particles plotted on a -pl diagram,when a reference particle diameter is set to be 60m Solid lines:contours indicating equi-mass-density for smaller particles;broken lines:that for larger particles.

 小さい粒子(粒径60m以下)の密度と反応層構造の関係を明らかにするため、異なる粒子密度(小さい粒子と大きい粒子)の粒子群を選んで実験を行い、粒子群を伝ぱする火炎のイオン電流を静電探針を用いて検出した。測定結果の例をFig.3に示す。検出したイオン電流と同時に撮影した瞬間シュリーレン像との比較により、反応領域と反応層の構造を測定した。粒子群中に小さい粒子(粒径60m以下)の密度が多い場合、イオン電流は、点火からある時間を経過してからシュリーレンフロントの内側約0.5mmの位置から急激に上昇し始め、それから約10ms間でピークを経た後減少し、最後にゼロになる。イオン電流の波形はするどいピークを示す。

Fig.3Typical instantaneous schlieren images and ion-current fluctuation recorded.a:Mass density of total particles is 32×10-5g/cm3,and that of smaller particles(smaller than 60 m in diameter)is 12×10-5g/cm3.The maximum ion-current im is 0.43A.The half value period th is 10 ms.

 粒子群中に小さい粒子(粒径60m以下)の密度が少なく大きい粒子の密度が多い場合、イオン電流は、点火からある時間を経過してからシュリーレンフロントの内側約1-2mmの位置から上昇し始め、それから次々に小さいピークを経ていく。イオン電流の波形は、小さい粒子(粒径60m以下)の密度が多い場合より低い複数のピークを示す。また、反応層の幅は小さい粒子(粒径60m以下)の密度が多い場合より広い。

4.浮遊可燃性粒微子群中における火炎の構造と伝ぱ機構

 以上の光学的観察結果およびイオン電流の測定結果を総合すると、浮遊可燃性微粒子群中の火炎は以下の機構で伝ぱすると考えられる。火炎は着火位置から外側に向かって伝ぱするが、まずシュリーレンフロントとして観察される温度上昇開始部分が先行する。小さい粒子(粒径60m以下)の密度が多い場合、燃焼反応は、シュリーレンフロントの約0.5mm背後から開始する。これは、イオン電流が急激に上昇しているという測定結果から確認できる。この部分からは、炭素及び水素原子を含む燃料と酸素の燃焼による火炎特有の発光があるはずであるが、この発光は弱くて、本研究で用いたビデオカメラでは映像としてとらえられていない。燃料微粒子のうち小さいもの(粒径60m以下)は、シュリーレンフロントを通過すると直ちに消失しており、そこで蒸発し気化していると考えられる。ここで形成された蒸気がシュリーレンフロントの約0.5mm背後で燃焼する。この燃焼の機構は、気体燃料の予混合火炎の伝ぱ機構に類似していると考えられる。この場合、火炎は主にこの小さい粒子の蒸気により、維持されている。

 小さい粒子(粒径60m以下)の密度が少なく大き粒子の密度の多い場合、燃焼反応は、シュリーレンフロントの約2mm背後から開始し、後続するいくつかのイオン濃度の高い局部反応帯で起こる。このことは、測定したイオン電流の多く小さいピークから確認できる。このいくつかの局部反応帯は大きい粒子のまわりに生じた可燃気体が拡散燃焼を起こしている局部の反応帯と考えられる。この場合火炎の燃焼機構は、次々に大きい粒子の周囲で起こる拡散燃焼によって維持されている。

5.結論

 Stearic acid固体可燃性微粒子群中を伝ぱする火炎について、詳細な観察および計測を行った。観察においては、直接発光、粒子のレーザ散乱光の同時撮影を実施した。計測では、静電探針による検出したイオン電流と瞬間シュリーレン像を比較して、反応領域と反応帯の構造を測定した。本研究により、以下の結果を得た。

 (1)固体可燃性微粒子群中に二つ燃焼限界が存在する。粒子数が少ないときの燃焼下限界は、大きい粒子の密度によらず、小さい粒子(粒径60m以下)の密度のみにより決まり、その時の小さい粒子の密度はほぼ3×10-5g/cm3となった。燃焼上限界は、主に粒子の全密度により決まり、そのときの粒子の全密度は34×10-5g/cm3であった。

 (2)固体可燃性微粒子群を伝ぱする火炎の構造および伝ぱ速度は小さい粒子(粒径60m以下)の密度に強く依存する。小さい粒子(粒径60m以下)の密度が多いほど火炎の伝ぱ速度が速い。

 (3)固体可燃性微粒子群を伝ぱする火炎の機構は小さい粒子(粒径60m以下)の密度によって異なる。小さい粒子(粒径60m以下)の密度が高い場合、火炎の伝ぱ機構は、気体燃料の予混合火炎の伝ぱ機構に類似していると考えられる。この場合、火炎は主にこの小さい粒子の蒸気により、維持されている。小さい粒子(粒径60m以下)の密度が低く大きい粒子の密度が高い場合、火炎の伝ぱ機構は、大きな粒子の周囲で起こる拡散燃焼によって維持されている。

参考文献1.Yang,X.M.,Tsuruda,T.and Hirano,T.,Proceedings of COMODIA,Kyoto,p.211.(1990)2.Chen,M.,Fan,L.and Essenhigh,R.,Twentieth Symposium(International)on Combustion,pp.1513-1521.(1984)3.Chen,J-L.,Dobashi,R. and Hirano,T.J.Loss Prev.Process Ind.,9(3),p.225.(1996)
審査要旨

 本論文は、「Mechanisms of Flame Propagation Through Particle Clouds」と題し、空気中に浮遊する可燃性微粒子群中での火炎の伝ぱ機構を明らかにするための基礎研究の結果をまとめたもので、6つのChaptersからなっている。

 Chapter1では、本研究を必要とする社会的背景ならびに浮遊可燃性微粒子群に関するこれまでの研究の進展と問題点について述べ、本研究の位置づけを行っている。

 空気中に浮遊する可燃性微粒子群中に形成される火炎に関する知識は、噴霧あるいは粉塵の爆発、大型燃焼器における微粒化した液体あるいは微粉化した固体燃料の燃焼を理解し、災害防止やエネルギーの有効利用にとって、不可欠である。しかし、そのような火炎に関する知識は、必ずしも、爆発や燃焼現象を理解するのに十分とは言えない。特に微粒子が固体である場合には、これまでの研究で得られたデータが大幅にばらついており、提唱されている火炎構造や火炎伝ぱ機構についても、提唱の裏付けの脆弱さが目立つという状況にある。そこで、本研究では、空気中に浮遊する可燃性固体微粒子群中を伝ぱする火炎について詳細に調べ、実用的に必要である爆発圧力や燃焼時間を考える上で不可欠な、その火炎の伝ぱ機構を明らかにすることを目的とした。

 Chapter2は、「Dependence of Flammability Limits of a Combustible Particle Cloud on Particle Diameter Distribution」で、ステアリン酸を、加熱して液状にした後、常温の空気中に噴霧して生成させた、可燃性固体微粒子群の燃焼限界が、粒子の大きさに依存する様子を調べた結果について述べている。

 燃焼下限界ならびに上限界が存在するが、前者は、60m以下の粒子の質量密度に、後者は、全粒子の質量密度に、それぞれ依存することを示した。すなわち、燃焼下限界は、60m以下の粒子の質量密度が約3x10-5g/cm3となる条件と一致し、燃焼上限界は、全粒子の質量密度が約34x10-5g/cm3となる条件と一致する。

 Chapter3は、「Effects of Particle Diameter Distribution of Particle Cloud on Flame Structure」で、火炎の様子が、粒子密度分布に依存する様子について、直接写真、レーザホログラフィー、シュリーレン写真を用いて調べた結果について述べている。

 火炎構造と伝ぱ速度は、粒子群の質量密度ならびに数密度と密接な関係にある。質量密度と数密度の両方がともに大きいとき、シュリーレン面の背後に直接写真上では黒く写るダーク領域があり、その背後に小球状のブルー火炎群からなるブルー火炎領域が観測される。さらにその背後には、輝炎が観測される。これに対して、質量密度あるいは数密度が小さくなると、ダーク領域がなくなり、ブルー火炎領域の幅が大きくなる。

 Chapter4は、「Reaction Zone Structures Through Combustible Particle Clouds」で、マイクロ静電探針および高速度シュリーレン写真法を用いて、火炎中における燃焼反応が起こっている領域とその特性を調べ、反応領域の構造について論じている。

 小さな粒子の質量密度が高い場合には、伝ぱ火炎からのイオン電流は、単一の鋭いピークを示し、顕著な燃焼反応がダーク領域で起こっていると推定できる。これに対して、小さな粒子の質量密度が小さく、大きな粒子の質量密度が大きい場合には、イオン電流は、幾つかの比較的小さなピークを示し、ブルー火炎領域内の球状ブルー火炎群で主たる燃焼反応が起こっていると推定できる。

 Chapter5は、「Spatial Temperature Distributions Through Combustible Particle Clouds」で、火炎の温度分布を微細熱電対で計測し、解析した結果について述べている。得られた火炎の温度分布は、本研究で推定した火炎構造を裏付けている。

 Chapter6は、「Flame Structures and Flame Propagation Mechanisms Through Combustible Particle Clouds」で、Chapter2からChapter5で述べた結果に基づいて、火炎の伝ぱ機構について論じている。

 小さな粒子の密度が大きい場合、火炎の伝ぱは、小さな粒子が予熱帯で気化して生成した可燃性気体と空気の予混合火炎帯における燃焼によって維持される。これに対して、小さな粒子の密度が小さく大きな粒子の密度が高い場合には、火炎の伝ぱは、個々の大きな粒子の周りに形成される、拡散火炎群における燃焼反応によって維持される。

 以上要するに、本研究は、空気中に浮遊する可燃性固体微粒子群中を伝ぱする火炎を詳細に調べた基礎研究の結果をまとめたもので、防災ならびにエネルギー有効利用に有用な基礎知識の蓄積に寄与したものである。本研究の結果は、粉塵爆発防止用の機器あるいは石炭を微粉状で用いる燃焼装置を設計する際に必要な資料の作成に役立つものであり、燃焼学ならびに化学システム工学に貢献するところ大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認める。

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