学位論文要旨



No 113805
著者(漢字) 郭,蕾
著者(英字)
著者(カナ) グォ,レイ
標題(和) 低温感受性DnaA蛋白の遺伝学的並びに生化学的解析
標題(洋) Genetic and biochemical analysis of cold-sensitive DnaA proteins
報告番号 113805
報告番号 甲13805
学位授与日 1998.09.09
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1367号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 助教授 正井,久雄
 東京大学 助教授 中村,義一
 東京大学 助教授 岩森,正男
 東京大学 助教授 久保,健雄
内容要旨

 DNA複製の開始制御機構は細胞増殖や細胞周期の調節において重要である。大腸菌のDNA複製の開始制御において、複製開始蛋白であるDnaA蛋白の活性調節は重要な役割を担っていると考えられている。大腸菌のDNA複製は、20から40分子のDnaA蛋白が、DNA複製開始点であるoriC領域内に4ケ所存在するDnaA boxに特異的に結合し、開始複合体(initial complex)が形成されることにより開始される。この段階は高温を必要とせず、0℃でも進行する。さらに、oriC領域の2本鎖DNAはATP結合型のDnaA蛋白により開裂し、開裂複合体(open complex)が形成される。この段階には、30℃以上の高温が必要である。開裂複合体は低温では極めて不安定である。DnaA蛋白がADP結合型となると、この段階が阻害される。開裂複合体の形成に引き続いて、DNAヘリケースの活性を持つDnaB蛋白がDnaC蛋白及びSSBと共に複製開始複合体に結合し、プレプライミング複合体(prepriming complex)が形成される。この段階で、oriC部位の広い領域にわたって2本鎖DNAが開裂し、プライマーRNAの合成及びDNAポリメラーゼIIIホロ酵素により触媒されるDNA合成反応が開始される。これらのDNA複製開始の諸段階において、特に低温感受性であるDnaA蛋白の開裂複合体の形成は、DNA複製の開始を決定づける重要な過程であると考えられる。この開裂複合体形成に必要なDnaA蛋白の構造を明らかすることにより、DNA複製の開始調節におけるDnaA蛋白の機能を明らかにすることができると考え、本研究に着手した。

 DNA複製開始に必要なDnaA蛋白の構造について、すでに分子生物学的あるいは生化学的解析により、いくつかの知見が報告されている。すなわち、DnaB蛋白との結合にはDnaA蛋白のN末端から数えて111から148番目までのアミノ酸残基が関与すること、DnaA蛋白のATP、ADPに対する高い親和性にはK178、A184、D235残基が関与すること、DNA結合にはC末端部分の94アミノ酸残基が関与することが明らかにされている。しかしながら、開裂複合体の形成に必要なDnaA蛋白の構造についての解析は未だなされていない。開裂複合体の形成に必要なDnaA蛋白の領域を明らかにする方法として、dnaA遺伝子の低温感受性変異株を分離し、変異DnaA蛋白の機能を解析するという方法が考えられる。これまでdnaA遺伝子の低温感受性変異株dnaAcos変異株から、DnaAcos蛋白が精製され、この蛋白がATP及びADPに対する親和性を欠いていることが報告されている。しかしながら、開裂複合体形成に関する低温感受性DnaA蛋白に関する報告はない。

 本研究において、まず初めに、dnaA遺伝子変異を特異的に、かつ高頻度で分離するシステムを構築することを試みた。まず、染色体上のdnaA遺伝子が破壊され、dnaA遺伝子がプラスミド上にある株を得た。次に、PCR法によるプラスミド上のdnaA遺伝子の増幅をマンガンイオン存在下で行うことにより、DNA合成反応の忠実度を下げてdnaA遺伝子にランダムに変異を導入した。変異dnaA遺伝子を含むプラスミドを野生型dnaA遺伝子を含むプラスミドと置換し、温度感受性となるdnaA遺伝子変異株の分離を行なった。その結果、30株の低温感受性dnaA変異株と40株の高温感受性dnaA変異株を得た。分離した全ての低温感受性変異株について調べたところ、放射標識したチミンの取り込みでみたDNA複製活性が増殖の非許容温度では低下していることが示された。また、12種類の低温感受性変異株のdnaA遺伝子の塩基配列を決定し、それぞれが単一のアミノ酸置換変異を有することを見い出した。これらの12個のアミノ酸残基はすべてDnaA蛋白のN末端から数えて210番目のアミノ残基よりもC末端に位置していた。

 さらに、4種の低温感受性変異DnaA蛋白I219N、R334H、R342H、E361Gの多量生産株を構築し、それぞれの変異DnaA蛋白を精製して生化学的解析を行った。試験管内oriC複製系において、これらの変異DnaA蛋白はいずれも30℃では野生型DnaAと同程度の活性を示したが、20℃では著しく活性が低下していた。4つの変異DnaA蛋白のoriC DNAの二重鎖DNAの開裂活性は、高温(38℃)では、野生型DnaA蛋白と同様であったが、低温(28℃)では著しく低下していた。一方、野生型及び変異DnaA蛋白のATPに対する親和性、ATPとの複合体の解離速度、及びoriC DNAとの結合活性に差は認められなかった。以上の結果は、これらの変異DnaA蛋白のoriC DNAの二重鎖DNAの開裂活性の低温感受性が、複製活性の低温感受性の原因となっていることを示唆している。DnaA蛋白の4つのアミノ酸残基I219、R334、R342及びE361は、DnaA蛋白のoriC DNAとの開裂複合体形成に重要な役割を果たしているものと考えられる。

審査要旨

 本研究は、低温感受性大腸菌複製開始因子DnaA蛋白の遺伝学的及び生化学的解析を行い、下記の結果を得ている。

 (1)dnaA遺伝子変異を特異的に、かつ高頻度で分離することのできるシステムを構築した。システムの構築にあたって、まず、染色体上のdnaA遺伝子が破壊され、dnaA遺伝子がプラスミド上にある株を得た。次に、PCR法によるプラスミド上のdnaA遺伝子の増幅をマンガンイオン存在下で行うことにより、DNA合成反応の忠実度を下げてdnaA遺伝子にランダムに変異を導入した。変異dnaA遺伝子を含むプラスミドを野生型dnaA遺伝子を含むプラスミドと置換し、温度感受性のあるdnaA遺伝子変異株の分離を行なった。その結果、30株の低温感受性dnaA変異株と40株の高温感受性dnaA変異株を得た。分離した全ての低温感受性変異株について調べたところ、放射標識したチミンの取り込みでみたDNA複製活性が増殖の非許容温度では低下していることが示された。また、12種類の低温感受性変異株のdnaA遺伝子の塩基配列を決定したところ、それぞれが単一のアミノ酸置換変異を有することを見い出した。これらの12個のアミノ酸残基はすべてDnaA蛋白のN末端から数えて210番目のアミノ残基よりもC末端に位置していた。

 (2)4種の低温感受性変異DnaA蛋白であるI219N、R334H、R342H、E361Gの多量生産株を構築し、それぞれの変異DnaA蛋白を精製して生化学的解析を行った。試験管内oriC複製系において、これらの変異DnaA蛋白はいずれも30℃では野生型DnaAと同程度の活性を示したが、20℃では著しく活性が低下していた。4つの変異DnaA蛋白のoriC DNAの二重鎖DNAの開裂活性は、高温(38℃)では、野生型DnaA蛋白と同様であったが、低温(28℃)では著しく低下していた。一方、野生型及び変異DnaA蛋白のATPに対する親和性、ATPとの複合体の解離速度、及びoriC DNAとの結合活性に差は認められなかった。以上の結果は、これらの変異DnaA蛋白のoriC DNAの二重鎖DNAの開裂活性の低温感受性が、複製活性の低温感受性の原因となっていることを示唆している。DnaA蛋白の4つのアミノ酸残基I219、R334、R342及びE361は、DnaA蛋白のoriC DNAとの開裂複合体形成に重要な役割を果たしていると考えられる。

 以上、本研究では、大腸菌複製開始因子DnaA蛋白の遺伝学並びに生化学的解析を行うことにより、大腸菌DNA複製開始段階の開始複合体の形成に高温が必要であることを明らかにした。この研究はDNA複製開始制御機構の解明において重要な貢献をなし、学位の授与に値するものと考えられる。

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