好中球、好酸球、単球やマクロファージなどの食細胞は、生体内に侵入した細菌や異物を貪食する際あるいは可溶性の刺激物に接触すると、急激に酸素を消費(respiratory burst)して、多量なスーパーオキシドアニオン(O2-)を産生する。O2-は、より反応性の強い活性酸素種に変換され、これらの食細胞の殺菌活性に重要な役割をはたしている。慢性肉芽種症(CGD:Chronic granulomatous disease)は、食細胞のO2-産生能を欠くため、生命に関わる重篤な感染を繰り返す遺伝性疾患である。食細胞のO2-産生系は、形質膜上の2種の蛋白質からなるシトクロムb558(gp91-phox,p22-phox)と細胞質性蛋白質(p47-phox,p67-phax,Rac)で構成される。好中球が刺激を受けると5つの蛋白質が形質膜上で複合体を形成し、O2-産生系は活性化状態と考えられている。そして、細胞質内のNADPHの電子を酸素分子(O2)に渡し、産生したO2-を細胞外およびファゴソームに放出する。 シトクロムb558のサブユニットであるgp91-phoxは、NADPHと結合する他の類似酵素やフラボ蛋白質との1次および2次構造の比較からFADおよびNADPH結合部位が推定されている。シトクロムb558は、精製した後リン脂質とFADで再構築し刺激剤を添加すると、細胞質蛋白質と複合体を形成しなくても、NADPHに依存したヘムの還元とO2-産生を行うことが出来る。これらの事実からシトクロムb558は、NADPHから電子を受け取り同一分子内で酸素分子にまで電子を移動させることができるflavocytochromeと考えられ、O2-産生系の本体とされる。 本論文では、好中球のO2-産生において中心的役割を担っているシトクロムb558の大サブユニットであるgp91-phoxのアミノ酸配列の中で、推定されている4カ所のNADPH結合部位に着目して、これらの部位およびその付近領域と同じアミノ酸配列の合成ペプチドを作成し、O2-産生に対する影響を調べた。その結果、2つの領域の配列に相当する合成ペプチドが、O2-産生を阻害することを見出した。すなわち、これらはgp91-phoxの418-435残基に相当するL418ペプチドおよび441-450残基に相当するL441ペプチドであり、このうちL418ペプチドは、現在まで報告されていない作用機構を持つペプチドであることを明らかにした。 まずL418ペプチドの中で阻害に関わる最小アミノ酸配列を決定するため、そのILKSVWYKYCNNATNLKL配列の両端を順次減らしたペプチドを合成し、その阻害活性を細胞質画分と膜画分から成る無細胞系で比較した。その結果、L420ペプチドと名付けたKSVWYK配列のペプチドがO2-産生を阻害し、このペプチドがL418ペプチドの阻害中心であることを明らかにした。阻害中心であるL420ペプチドの各アミノ酸をA(Ala)に置換した合成ペプチドを作成し、O2-産生阻害活性を比較したところW(Trp)が、O2-産生阻害活性に必須であることが明らかになった。 これらペプチドの阻害様式を解析するために、CLA(2-methyl-6-phenyl-1,3-dihydroimidazo-[1,2-a]pyrazine-3-one、ウミホタル誘導体)依存化学発光法を用いてO2-産生反応への影響を検討した。L418ペプチドは、O2-産生が最大速度に達した後に反応液に添加しても、O2-産生阻害を示した。すなわちこのペプチドは、O2-産生系が活性化した後にも作用して阻害活性を示すものであった。このような阻害様式を示すペプチドは現在まで知られておらず、このことを確認する実験を行った。その結果、L418ペプチドは細胞質蛋白質の膜移行を阻害せず、無傷好中球をホルボールエステルで刺激して、シトクロムb558と細胞質蛋白質の酵素複合体を形成させた後に分離した活性化膜でもO2-産生を阻害することが明らかになった。これらの結果より、L418ペプチドは、細胞質蛋白質とシトクロムb558の複合体形成には影響を及ぼさず、O2-産生を阻害していることが示された。そこで、細胞質蛋白質を必要としない膜画分のみでO2-を産生する系を新たに開発して検討したところ、このペプチドは、この系でもO2-産生を阻害した。さらに、あらかじめ膜画分とL418ペプチドをSDS存在下で処理するとL418ペプチドの阻害活性が認められ、これらの結果からこのペプチドは、シトクロムb558に作用してO2-産生を阻害していることが確認された。 一方、L418ペプチドのNADPHに対する阻害様式を反応速度論的に解析した。その結果、L418ペプチドは反競合阻害(uncompetitive inhibition、不競合阻害ともいう)の特徴を示し、NADPH存在下では、活性化したシトクロムb558とNADPHの複合体に作用していることが明らかになった。すなわちL418ペプチドは、活性化しNADPHと結合できる状態になったシトクロムb558に作用し、NADPHからシトクロムb558への電子移動を阻害している。 以上の結果よりL418ペプチドは、構造が変化したシトクロムb558すなわち活性化したシトクロムb558に作用し、NADPHからの電子移動を阻害していることが明らかになった。従って、シトクロムb558で推定されているNADPH結合部位の近傍であるgp91-phoxの418-435配列は、活性化に伴ってNADPHからシトクロムb558に電子が移動するのに重要な役割をしていると考えられる。 |