学位論文要旨



No 113806
著者(漢字) 土屋,朋子
著者(英字)
著者(カナ) ツチヤ,トモコ
標題(和) 好中球スーパーオキシドアニオン産生系の活性化と触媒作用の分子機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 113806
報告番号 甲13806
学位授与日 1998.09.09
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1368号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 成内,秀雄
 東京大学 教授 横田,崇
 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 教授 北,潔
 東京大学 助教授 森,庸厚
内容要旨

 好中球、好酸球、単球やマクロファージなどの食細胞は、生体内に侵入した細菌や異物を貪食する際あるいは可溶性の刺激物に接触すると、急激に酸素を消費(respiratory burst)して、多量なスーパーオキシドアニオン(O2-)を産生する。O2-は、より反応性の強い活性酸素種に変換され、これらの食細胞の殺菌活性に重要な役割をはたしている。慢性肉芽種症(CGD:Chronic granulomatous disease)は、食細胞のO2-産生能を欠くため、生命に関わる重篤な感染を繰り返す遺伝性疾患である。食細胞のO2-産生系は、形質膜上の2種の蛋白質からなるシトクロムb558(gp91-phox,p22-phox)と細胞質性蛋白質(p47-phox,p67-phax,Rac)で構成される。好中球が刺激を受けると5つの蛋白質が形質膜上で複合体を形成し、O2-産生系は活性化状態と考えられている。そして、細胞質内のNADPHの電子を酸素分子(O2)に渡し、産生したO2-を細胞外およびファゴソームに放出する。

 シトクロムb558のサブユニットであるgp91-phoxは、NADPHと結合する他の類似酵素やフラボ蛋白質との1次および2次構造の比較からFADおよびNADPH結合部位が推定されている。シトクロムb558は、精製した後リン脂質とFADで再構築し刺激剤を添加すると、細胞質蛋白質と複合体を形成しなくても、NADPHに依存したヘムの還元とO2-産生を行うことが出来る。これらの事実からシトクロムb558は、NADPHから電子を受け取り同一分子内で酸素分子にまで電子を移動させることができるflavocytochromeと考えられ、O2-産生系の本体とされる。

 本論文では、好中球のO2-産生において中心的役割を担っているシトクロムb558の大サブユニットであるgp91-phoxのアミノ酸配列の中で、推定されている4カ所のNADPH結合部位に着目して、これらの部位およびその付近領域と同じアミノ酸配列の合成ペプチドを作成し、O2-産生に対する影響を調べた。その結果、2つの領域の配列に相当する合成ペプチドが、O2-産生を阻害することを見出した。すなわち、これらはgp91-phoxの418-435残基に相当するL418ペプチドおよび441-450残基に相当するL441ペプチドであり、このうちL418ペプチドは、現在まで報告されていない作用機構を持つペプチドであることを明らかにした。

 まずL418ペプチドの中で阻害に関わる最小アミノ酸配列を決定するため、そのILKSVWYKYCNNATNLKL配列の両端を順次減らしたペプチドを合成し、その阻害活性を細胞質画分と膜画分から成る無細胞系で比較した。その結果、L420ペプチドと名付けたKSVWYK配列のペプチドがO2-産生を阻害し、このペプチドがL418ペプチドの阻害中心であることを明らかにした。阻害中心であるL420ペプチドの各アミノ酸をA(Ala)に置換した合成ペプチドを作成し、O2-産生阻害活性を比較したところW(Trp)が、O2-産生阻害活性に必須であることが明らかになった。

 これらペプチドの阻害様式を解析するために、CLA(2-methyl-6-phenyl-1,3-dihydroimidazo-[1,2-a]pyrazine-3-one、ウミホタル誘導体)依存化学発光法を用いてO2-産生反応への影響を検討した。L418ペプチドは、O2-産生が最大速度に達した後に反応液に添加しても、O2-産生阻害を示した。すなわちこのペプチドは、O2-産生系が活性化した後にも作用して阻害活性を示すものであった。このような阻害様式を示すペプチドは現在まで知られておらず、このことを確認する実験を行った。その結果、L418ペプチドは細胞質蛋白質の膜移行を阻害せず、無傷好中球をホルボールエステルで刺激して、シトクロムb558と細胞質蛋白質の酵素複合体を形成させた後に分離した活性化膜でもO2-産生を阻害することが明らかになった。これらの結果より、L418ペプチドは、細胞質蛋白質とシトクロムb558の複合体形成には影響を及ぼさず、O2-産生を阻害していることが示された。そこで、細胞質蛋白質を必要としない膜画分のみでO2-を産生する系を新たに開発して検討したところ、このペプチドは、この系でもO2-産生を阻害した。さらに、あらかじめ膜画分とL418ペプチドをSDS存在下で処理するとL418ペプチドの阻害活性が認められ、これらの結果からこのペプチドは、シトクロムb558に作用してO2-産生を阻害していることが確認された。

 一方、L418ペプチドのNADPHに対する阻害様式を反応速度論的に解析した。その結果、L418ペプチドは反競合阻害(uncompetitive inhibition、不競合阻害ともいう)の特徴を示し、NADPH存在下では、活性化したシトクロムb558とNADPHの複合体に作用していることが明らかになった。すなわちL418ペプチドは、活性化しNADPHと結合できる状態になったシトクロムb558に作用し、NADPHからシトクロムb558への電子移動を阻害している。

 以上の結果よりL418ペプチドは、構造が変化したシトクロムb558すなわち活性化したシトクロムb558に作用し、NADPHからの電子移動を阻害していることが明らかになった。従って、シトクロムb558で推定されているNADPH結合部位の近傍であるgp91-phoxの418-435配列は、活性化に伴ってNADPHからシトクロムb558に電子が移動するのに重要な役割をしていると考えられる。

審査要旨

 本研究は好中球スーパーオキシドアニオン産生系の活性化と触媒作用を明らかにするため、中心的役割を担うと考えられているシトクロムb558の機能領域を検索し、その役割の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.シトクロムb558の推定されているNADPH結合領域およびその近傍のアミノ酸配列に相当する合成ペプチドのO2-産生に対する影響を無細胞系において検討し、gp91-phoxの418-435残基に相応するペプチド(ILKSVWYKYCNNATNLKL、L418ペプチド)に阻害活性を認めた。

 2.gp91-phoxの418-435残基に相応するペプチド(L418ペプチド)の構成アミノ酸をC末端とN末端側から順次削ったペプチドを合成してO2-産生阻害を検討し、KSVWYK配列が阻害活性を有する最小単位であることを明らかにした。また最小単位ペプチドの各アミノ酸をアラニンで置換したペプチドを作成してO2-産生阻害を検討し、W(Trp)が重要であることを示した。

 3.O2-産生阻害を化学発光法で測定することにより、L418ペプチドは活性化したO2-産生系に作用してことを明らかにした。さらにin vitro translocation実験、活性化膜系を用いたO2-産生阻害実験により、L418ペプチドは細胞質蛋白質には作用しないことを示した。

 4.新たに開発した膜画分のみでO2-産生する系でのO2-産生阻害実験により、L418ペプチドがシトクロムb558に作用していると考えられる結果を得た。さらに膜画分をL418ペプチドとSDS存在下で加温処理するとO2-産生活性を失うことから、L418ペプチドはSDSで変化を受けたシトクロムb558に作用することが考えられた。

 5.L418ペプチドによるO2-産生阻害を反応速度論的解析で検討し、L418ペプチドはNADPHが結合できる状態にあるシトクロムb558に作用する反競合阻害剤(不競合阻害剤ともいう)であることを示した。

 以上、本論文はシトクロムb558の推定されているNADPH領域に対するペプチドを用いてこの領域の役割について解析を試み、シトクロムb558のサブユニットであるgp91-phoxの418-435配列が好中球スーパーオキシドアニオン産生に関与することを明らかにしたものである。本研究は活性化によってシトクロムb558の構造変化が起こる事に関して生化学的な裏付けをもたらし、好中球の活性酸素産生機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値する。

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