この研究論文では、『君主論』という作品が「論文」という形式をそなえている典型的な古典であるという前提に立って、その「論文」としての作品の性格と特質を文体と構造の側面から考察することに主なる目的が設定されている。 またこうした目的に適合する先行の研究がほとんど皆無であったので、いくつかの『君主論』テキストの注釈(特にMario Puppoのものは語義を決定する上で非常に有益であった)を頼りに、自作の資料を用いて作品を検討するという方法が基本的にとられている。 文体については、作家自身が冒頭で述べていることを念頭に置きながら、その実際のありようを調査し、それと作家の思想とがいかなる関係にあるのかに着目したつもりである。また作品の構造の特質を論理構造として措定し、その構造を統べる包括的な概念にまで論理的に到達することに主眼を置いて、概念相互の関係を考察したつもりである。さらに文体が概念といかに連絡しあっているのか、文章がどのような経過をたどって抽象概念に到達し思想を形成するのか、その一連の流れに着目したつもりである。 ラティニスム(例えば綴りの側面でiをeにするrebellati,rebellione,reputazione,remedio,respondo,respetti,respettivo等。)、当時の書記官が好んで用いる定型的な表現や語(demum assediato,non solum posse defendere,書記官が日常の業務で使用する決まり文句(ヴェットーリ宛ての書簡をはじめとして作品中で14例が見られ、用いられる場面としては、いくぶんかのliricoな調子を与えたいようなものと、惰性で文章を綴っているときの習いからくるような退屈さから用いられているようなものがある。)、linguaggio aulico(重くて複雑な思考の展開に用いる)、linguaggio popolare(具象的、視覚的、動的イメージを表現する時に用いる)、「例として引用するが…。lo non dubitero mai di allegare」の法律学者の表現、あるいは文体に影響を及ぼしうるような諸問題点として統辞法の癖、<per+不定詞>の言い回しで原因、理由の意味、あるいは独立奪格句(能動の意味で用いられる過去分詞で「彼らを殺したので…。Li quali morti,occupo e tenne el principato di quella citta sanza alcuna controversia civile.」といった文法的な現象、あるいはdantescoの問題については、扱われる論点があまりにも広範囲にわたると予想されたので本論文中には言及されていない。 構造の中で問題化される「ヴィルトゥ」と「フォルトゥナ」の概念が、それらを包み込むような方法で、磁場として働いている「変化、時勢mutazione,le qualita dei tempi」の概念によって支配されている、という着眼、そしてこの「変化、時勢mutazione,le qualita dei tempi」の考え方が極めて西欧的な発想、キリスト教的思想の所産であり、絶対者としての「神」と深い関係に置かれていながら、マキアヴェッリにおいてはそれが逆説的に思想の上に反映しているということ、したがって「状況」とか「時勢」といった抽象的な概念で把握されるだけでは全く不十分であるということ、マキアヴェッリの思想が本質的には政治ではなく歴史に源泉をもっているということ、などを主張したつもりである。 |