学位論文要旨



No 113810
著者(漢字) 蔡,品
著者(英字)
著者(カナ) ツァイ,ピン
標題(和) 高温雰囲気中におけるメタンガス衝突噴射による燃焼に関する研究
標題(洋)
報告番号 113810
報告番号 甲13810
学位授与日 1998.09.17
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4223号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河野,通方
 東京大学 教授 荒川,義博
 東京大学 教授 平野,敏右
 東京大学 助教授 畔津,昭彦
 東京大学 助教授 津江,光洋
内容要旨 1.はじめに

 近年,メタンを主成分とする天然ガスがクリーンな燃料として注目されている。内燃機関の分野では,天然ガスを燃料とした火花点火機関はすでに実用化されつつあるが,天然ガスの自発点火温度が高い等の理由により,ディーゼルエンジンに適用させるための研究はほとんど行われていない.一方,圧縮点火方式を利用するディーゼルエンジンは,熱効率が火花点火機関より高く,省エネルギー性が優れている.また,メタンが燃焼する際にすす等粒子状物質の排出量が少ないという利点を有しているため,ディーゼル機関の代用燃料として有望視されている.

 本研究では圧縮点火方式による天然ガス機関の開発に資するための基礎的知見を得ることを目的として,高温雰囲気場に噴射されたメタン噴流の燃焼特性および窒素酸化物(NOx)排出特性を調べた.燃焼特性に関しては,最高燃焼圧力と未燃炭化水素濃度をエンジンにおける熱効率の指標とし,それらおよびNOx濃度に及ぼす雰囲気温度,メタン噴射量,噴射圧力の影響を明らかにした.また,自発点火温度の高い天然ガスをディーゼルエンジンに適用させる場合,熱効率の向上が期待できる一方,燃焼ガス温度の上昇により窒素酸化物(NOx)の生成が増大することが予想される.そこで,本研究は噴霧燃焼においてNOx排出濃度を抑制する効果があると報告されている対向噴射方式に着目し,噴射圧力,インジェクタ間の距離等の噴射条件がNOx排出特性に及ぼす影響を明らかにし,対向噴射によるNOx排出の抑制効果を調べた.さらに,上述の実験結果を基に,NOx濃度を低減させるための燃焼方式について検討を行い,今後の技術的改善に向けた基礎的指針を得ることを試みた.

2.実験装置および方法

 本研究に用いた密閉燃焼容器は内直径100mm,厚さ50mmの円筒容器で,外周には圧力センサ,容器内壁上に置かれた2ヶ所の2点同時点火用の火花間隙,燃焼ガス希釈用コックとガスサンプリング用コックが取り付けられている.燃料噴射用のインジェクタは容器外周および容器側面にそれぞれ2個設置された.高温雰囲気場は水素,酸素,窒素,アルゴン予混合気を火花点火し,その燃焼ガスを用いて模擬された.本研究では,高温燃焼ガス中の酸素および窒素はそれぞれ16mol%,60mol%とした.模擬空気の温度は水素濃度と不活性気体のアルゴンの濃度により制御された.メタン燃料の噴射時刻は,希薄予混合火炎伝播の終了時刻とした.インジェクタの噴射時刻,噴射期間の制御は信号遅延回路によって行われた.燃焼ガス中のNOx濃度および未燃炭化水素濃度の測定はそれぞれ化学発光法(CLD法)および水素イオン化検出器(FID)を用いて行われた.

 メタン噴射条件として,一方向噴射および対向衝突噴射を用いた.実験は雰囲気温度,メタン噴射量,噴射圧力およびインジェクタ間の距離を変化させて行った.

3.実験結果および考察

 まず,メタンが一向噴射された場合の実験結果について述べる.メタン噴射量の影響については,総括当量比1.0以下の場合は,噴射量の増加に伴って,最高燃焼圧力が増加していることがわかる.これは噴射量が増加すると,燃焼反応に関与する燃料の全体量が増加すること,および燃焼ガスの平均温度が上昇することに起因するものと考えられる.一方,総括当量比が1.0より大きい場合は,噴射量を増加させても,最高燃焼圧力の増加はもはや確認できなくなる.これは,雰囲気中の酸素量により燃焼反応に関与する燃料の量が決定されるためであると思われる,メタン噴射量を変化させた場合のNOx濃度および未燃炭化水素濃度を測定した結果,燃焼ガス中のNOx濃度は総括当量比0.8付近で最大となっていることがわかった.また,NOx濃度においては総括当量比0.4以上,未燃炭化水素濃度においては総括当量比1.0以下の条件では、メタン予混合燃焼に比べ,メタンを直接噴射し,燃焼させた方がそれらの排出量がかなり少ないことがわかった.また,NOxの排出指数(単位メタン質量あたり生成されるNOxの量)は,噴射量の増大に伴い単調に減少していることが特徴的である.この結果から,初期に噴射されたメタンの燃焼においてより多くのNOxを生成していることが示唆されており,NOxの低減させるためには,初期の燃焼期間におけるNOxを抑制することが重要であると考えられる.雰囲気温度の影響については、雰囲気温度が上昇すれば,燃焼ガス中のNOx濃度が急激に増加することがわかる.また,噴射圧力を高くすると,NOx濃度の最大値が大きくなり,総括当量比に対する依存性が強くなる.

 次に,メタンを対向衝突噴射された場合の実験結果について述べる.メタンは半径方向および軸方向から対向噴射された。実験はまずインジェクタ間の距離を100mmに固定し,半径方向衝突するメタンの割合および衝突時期が燃焼特性およびNOxの排出特性に及ぼす影響を調べた.その結果,全量のメタンを対向衝突させた場合に,最も高い最高燃焼圧力が得られることが確認できた.しかしながら,その場合にはNOx濃度も増大していることがわかった.この結果を踏まえ,以下の実験は全量のメタンを対向衝突させる条件に限定して行われた.インジェクタ間の距離が100mmの半径方向およびその距離が50mmの軸方向の対向衝突噴射における実験結果から,対向衝突噴射のNOx排出濃度に及ぼす雰囲気温度,メタン噴射量,噴射圧力の影響は一方向噴射の場合とほぼ同様な傾向を示すことが明らかにされた.また,インジェクタ間の距離を変化させ,その距離が燃焼特性およびNOxの排出特性に及ぼす影響を調べた.その結果,一方向噴射および対向衝突噴射とも,最高燃焼圧力が高くなるにともない,NOx濃度が高くなることがわかった.しかしながら,一方向噴射に比べ,対向衝突噴射の方が同じ最高燃焼圧力が得られる場合には,NOx濃度を40%〜50%程度低減できること,および対向衝突噴射は一方向噴射と同じNOx濃度において,一方向噴射に比べ,対向衝突噴射の方が最高燃焼圧力を7%〜10%程度上昇できることが明らかにされた.実際のエンジンの観点から見ると,これらの結果は,対向衝突燃焼方式を採用すれば,同NOxは排出レベルに対して,内燃機関の出力の増大,または同出力に対してNOx濃度の低減に寄与することができることを示唆していると言える.

 対向衝突噴射の効果を明らかにするため,未燃炭化水素濃度が低く,かつNOx濃度に対して抑制効果の最も大きい場合,すなわちインジェクタ間の距離が31.7mmの対向衝突噴射に注目し,その燃焼過程を詳細に調べるとともに,一方向噴射の結果と比較した.その結果,一方向噴射に比べ,対向衝突噴射の場合,燃焼初期における正味熱発生率はかなり低くなっていること,対向衝突噴射は一方向噴射に比べ,噴射時間が半分と短いものの,その燃焼時間は逆に約2倍と長いこと等がわかった.また,一方向噴射と異なり,対向衝突噴射の場合は燃焼領域が燃焼室の中心付近にあることがわかる.以上より,この場合の対向衝突噴射においては,初期燃焼が抑制されていることより,NOx濃度が低くなったものと考えられる.一方,最高燃焼圧力は対向衝突噴射の方が一方向噴射に比べ高くなっており,これは,壁による熱損失が比較的少ないことによるものと思われる.

 対向噴射によるNOx濃度低減効果が,インジェクタ間距離に大きく依存していることについて考察を行った.インジェクタ間の距離からメタン噴流の衝突タイミングを計算し,既往の文献の点火遅れ時間と比較した.その結果,噴流衝突タイミングと点火遅れ時間との差が小さい場合,すなわち,自発点火が噴流同士が衝突の直前あるいはその直後に生じる場合,NOx濃度の低減効果が顕著であることがわかった.このことから,メタンと酸化剤が十分に混合されていない状態で,初期段階の燃焼を行わせることで,NOx濃度の低減が可能であることが示唆されている.すなわち,対向衝突噴射によりNOx濃度を抑制するには,適切な衝突タイミング,すなわち,点火遅れ時間を考慮したインジェクタ間距離の設定が重要であると考えられる.

4.結論

 高温雰囲気中にメタンを一方向および対向衝突噴射し,自発点火による燃焼実験を行った.メタン噴射量,噴射圧力,雰囲気温度およびインジェクタ間の距離がメタン噴流の燃焼特性およびNOx排出特性に及ぼす影響を調べ,以下の結論が得た.

 (1)NOx濃度の最大値は,雰囲気温度,噴射圧力条件によらず,総括当量比1.0以下で得られる.噴射圧力を高くすると,NOx濃度の最大値が大きくなり,総括当量比に対する依存性が強くなる.雰囲気温度が高くなると,NOx濃度が高くなる.

 (2)インジェクタ間の距離を変化させた場合,一方向噴射および対向衝突噴射の両条件において最高燃焼圧力が高くなるにともない,NOx濃度も高くなる.しかしながら,同じ最高燃焼圧力が得られる場合には,対向衝突噴射は一方向噴射より,NOx濃度を40%〜50%程度低減できる.また,同じNOx濃度において,一方向噴射に比べ,対向衝突噴射の方が最高燃焼圧力を7%〜10%程度増大させることができる.

 (3)対向衝突噴射においてNOx濃度を抑制するには,初期燃焼を抑制させることが重要であり,これは点火遅れ時間を考慮したインジェクタ間距離の設定を行うことによって実現可能であることが示唆された.

審査要旨

 修士(工学)蔡品提出の論文は,「高温雰囲気中におけるメタンガス衝突噴射による燃焼に関する研究」と題し,7章からなっている.

 近年,メタンを主成分とする天然ガスがクリーンな燃料として注目されている.内燃機関の分野では,既に天然ガスを燃料とした火花点火機関は実用化されつつあるのに対し,ディーゼル機関に適用させるための研究は,ほとんど行われていない.圧縮点火方式を利用するディーゼル機関は,理論的にその熱効率が火花点火機関のそれより高く,省エネルギーおよび二酸化炭素排出低減の観点から有利であると言われている.また,すすなどの粒子状物質の排出量が少ないことにより,天然ガスはディーゼル機関の代用燃料として有望視されている.このような背景から,本研究では,高温雰囲気場に天然ガスの主成分であるメタンを噴射し,自発点火による燃焼実験を行うことで,メタン噴流の燃焼特性および窒素酸化物排出特性を調べ,圧縮点火方式による天然ガス機関の開発に資するための基礎的指針を明らかにしようとするものである.最高燃焼圧力と未燃炭化水素濃度を機関の熱効率の指標とし,それらおよび窒素酸化物濃度に及ぼす雰囲気温度,メタン噴射量,噴射圧力の影響を調べている.また,噴霧燃焼において窒素酸化物の排出量を抑制する効果があると報告されている対向衝突噴射方式に着目し,噴射圧力,インジェクタ間の距離等の噴射条件が窒素酸化物濃度に及ぼす影響を明らかにし,対向噴射による窒素酸化物排出の抑制効果を調べている.さらに,上述の実験結果を基に,窒素酸化物排出量を低減させるための燃焼方式について検討を行っている.

 第1章は序論であり,本研究の背景を述べ,関連する研究の成果を紹介しながら,研究の目的と意義を明確にしている.

 第2章では,実験装置および方法について述べている.まず,実験に用いた円筒形燃焼容器,吸排気系などの装置全体概要について説明している.次に,メタン噴射量,燃焼圧力履歴,燃焼ガス成分の測定方法および燃焼挙動の可視化方法について説明している.さらに,vitialed air方式による高温雰囲気場の形成方法について述べている.

 第3章では,高温雰囲気場にメタンを一方向から噴射した場合について,雰囲気温度,メタン噴射量,噴射圧力が燃焼特性および窒素酸化物排出特性に及ぼす影響を調べている.その結果,雰囲気温度が高くなると,窒素酸化物濃度が急激に増加すること,メタン噴射量を増加させた場合,燃焼ガス中の窒素酸化物排出指数が単調に減少していること,また,噴射圧力が増加すると,窒素酸化物濃度の最大値が大きくなることが示されている.

 第4章では,高温雰囲気場にメタンを円筒燃焼容器の半径方向から対向衝突噴射させた場合の燃焼実験を行っている.一方向噴射に比べ,対向衝突噴射の方が同じ最高燃焼圧力に対して,窒素酸化物濃度は減少すること,また同じ窒素酸化物濃度に対して,最高燃焼圧力は増大することを明らかにしている.

 第5章では,円筒燃焼容器の軸方向から対向衝突噴射させた場合について,メタン噴射量,雰囲気温度およびインジェクタ間距離が,燃焼特性および窒素酸化物排出特性に及ぼす影響を調べている.その結果,適当なインジェクタ間距離を設定することにより,対向衝突噴射方式が窒素酸化物濃度の低減に対して有効であることを明らかにしている.

 第6章では,第4章,第5章の対向衝突噴射の結果を統合し,一方向噴射の結果と比較している.対向衝突噴射は一方向噴射に比べ,同じ窒素酸化物濃度に対して最高燃焼圧力を7〜10%程度増大できること,また同じ最高燃焼圧力に対して窒素酸化物濃度を40〜50%程度低減できることを示し,対向衝突噴射の効果を明らかにしている.また,対向衝突噴射の場合,一方向噴射に比べて,燃焼時間が増大すること、および燃焼初期における熱発生率が抑えられていることを示し,これらと窒素酸化物低減効果の関連性について考察を加えている.

 第7章は結論であり,本研究において得られた結果を要約している.

 以上要するに,本論文は,高温雰囲気場に噴射されたメタン噴流の燃焼特性および窒素酸化物排出特性に及ぼす雰囲気温度,メタン噴射量,噴射圧力およびインジェクタ間距離の影響を明らかにするとともに,熱効率の向上および窒素酸化物排出低減に関して,対向衝突噴射方式が有効であることを示したものであり,燃焼学上および内燃機関工学上貢献するところが大きい.

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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