学位論文要旨



No 113813
著者(漢字) 寺西,高
著者(英字)
著者(カナ) テラニシ,タカシ
標題(和) 荷電交換反応による11Liのアイソバリック・アナログ状態の研究
標題(洋) Isobaric Analog State of 11Li Studied via Charge-Exchange Reactions
報告番号 113813
報告番号 甲13813
学位授与日 1998.09.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3470号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 酒井,英行
 東京大学 教授 片山,一郎
 東京大学 教授 大塚,孝治
 東京大学 助教授 久保野,茂
 東京大学 教授 早野,龍五
内容要旨

 近年の高強度の不安定核ビーム生成施設の発達により、これまで不可能であった安定線から遠く離れた原子核の研究が可能となった。11Li,11Be,14Be等、中性子数が極端に過剰で中性子の分離エネルギーが非常に小さい、いくつかの軽い原子核は、飽和した核子密度をもつコア原子核と、それをとりまく希薄で大半径の中性子層(中性子ハロー)からなる二重構造を持つことが知られている。これらの中性子ハロー核はその特異な構造のために、通常核での常識とは異なる性質をもつことが知られている。代表的な中性子ハロー核である11Liは9Liコアの周りに弱く束縛された2つのハロー中性子を持つ。この核において、例えば、異常に大きい相互作用断面積を持つこと、入射核破砕反応における破砕片の運動量分布が狭いこと、1MeV程度の低励起エネルギー領域においてクーロン分解反応の断面積が増大していること等の特異な現象が明らかにされてきた。本研究では、11Liと本質的に同じ波動関数をもつアイソバリック・アナログ状態(IAS)の性質を調べることにより、11Liの中性子ハロー構造を新しい側面から理解することをめざす。

 まず、クーロンエネルギー差(△EC)は、11LiとそのIASの核内電荷密度の差に関する情報を与える。したがって、△ECの値からIASにおけるハロー陽子の空間分布について調べることができる可能性がある。一方IASの崩壊幅は2つのハロー中性子の波動関数と密接に関連があると思われる。実際、崩壊幅がハロー中性子軌道の配位に強く依存するという理論的予想が存在する。IASにおけるアイソスピンの混合も興味深い問題である。すなわち、コア部とハロー部の解離の結果としてIASにおいてアイソスピンが混合し、Fermi遷移強度の分裂が見られる可能性がある。さらには、ハロー構造が(P,n)反応の断面積に影響を与えることも考えられる。中性子ハローという特異な核子密度分布は光学ポテンシャルの吸収項を増大させたり、核子-核子有効相互作用に変化を与えたりする可能性がある。

 本研究では、これらの予想を検証するため、11LiのIASを荷電交換反応11Li(p,n)11Be*を用いて調べた。反応は核子あたり64MeVの11Li不安定核ビームを用いた逆運動学の方式で調べられた。11Li(p,n)反応では、Fermi遷移によりIASが、Gamow-Teller(GT)遷移によりGT状態が生成される。これらの遷移を分離するため、Fermi遷移が抑制される11Li(d,2n)11Be*反応の測定も同時に行われた。逆運動学の性質により非束縛11Be*状態からの崩壊粒子は実験室系で前方角度に集中して放出される。そのため、複数の崩壊粒子を同時に検出することが効率的に行える。したがって、11Be*から放出されたすべての崩壊粒子の運動量ベクトルを測定し、それらから崩壊粒子系の不変質量、すなわち11Be*状態のエネルギーを構成するという手法を用いた。11LiのIASのアイソスピンは5/2であるが、反応により生成される他の状態のほとんどはアイソスピン3/2を持つ。アイソスピン保存則により、非束縛11Be*状態に対する多数の崩壊チャンネルの中で9Li+p+nチャンネル(T=5/2および3/2)に対してのみIASの崩壊が許される(図1)。したがって、IASは崩壊粒子9Li、pおよびnの同時測定により同定することができる。

図1:荷電交換反応11Li(p,n)11Be*および11Be*の粒子崩壊に関連するレベル図。表示されている値は11Beの基底状態を基準としたエネルギー(MeV)。破線はアイソスピンを保存する遷移を表す。

 実験は理化学研究所加速器研究施設において行われた。核子あたり100MeVの18O一次ビームが厚さ1.4g/cm29Be標的に照射された。反応生成物中の11Liは入射核破砕片分離装置RIPSにより分離され、核子あたり64MeVの二次ビームとして取り出された。11Li二次ビームの強度は2×104個/秒程度であった。二次ビームは(CH2)n、(CD2)n、C標的(厚さはそれぞれ191、206、188mg/cm2)に照射された。C標的は、(CH2)nと(CD2)n標的中のCの寄与を見積もるために用いられた。11Be*状態から放出される崩壊粒子(9Li、pおよびn)は、標的の下流3.1mに置かれたプラスチックシンチレーターで構成されたホドスコープにより同時検出された。荷電粒子は、ホドスコープの波高情報(△EとE)、およびターゲットからホドスコープまでの飛行時間により識別された。また、ホドスコープの薄い△E層(厚さ0.5cm)において信号を発生せず、E層(厚さ12cm)において信号を発生する粒子を中性子として識別した。各終状態粒子の運動量ベクトルは、ホドスコープ面における粒子の到達位置と飛行時間によって決定された。

 3つの崩壊粒子の運動量ベクトルから11Be*の不変質量および散乱角度が構成された。ここで崩壊エネルギーEd=M(11Be*)-(M(9Li)+M(p)+M(n))を定義する(M(A)は原子核Aの質量)。図2(a)と(b)はそれぞれ、11Li(p,n)反応と11Li(d,2n)反応における9Li+p+nチャンネルに対するEdスペクトルである。(p,n)反応におけるスペクトルには、Ed〜1MeVにピークが見える。一方、(d,2n)反応におけるスペクトルにははっきりとしたピークが現れていない。2つのスペクトルは、ピーク以外の部分、特にEd>2.5MeVの領域では、ほとんど同じ形を持っている。図2(c)は、ピーク成分を見るために、(p,n)反応でのスペクトルから(d,2n)反応でのスペクトルを差し引いたものである。ただし、差し引く時に(d,2n)反応でのスペクトルはEd>2.5MeVの領域で(p,n)反応でのスペクトルにあうようにスケールされた。上述のように、(p,n)反応では、FermiとGT遷移の両方が許されるが、(d,2n)反応では、Fermi遷移が抑制される。したがって、図2(c)はFermi遷移の成分を示すものと考えられる。このことを確認するため、図2(c)の成分に対応した11Be*の実験室系での散乱角度分布を調べた(図3)。角度分布は0度にピークを持つ形をしており、反応における角運動量移行が0であるということを示している。このことは、IASを生成するFermi遷移の性質と一致する。

 したがって、図2(c)のFermi成分のスペクトルに見えるピークは11LiのIASに対応すると考えられる。ピークのエネルギーと幅から、IASの励起エネルギーと幅は、それぞれ、21.16±0.02MeV、0.49±0.07MeV(FWHM)と決定された。励起エネルギーから求めたクーロンエネルギー差(△EC)は1.32±0.02MeVであり、7Liや9Liに対する△ECの値(それぞれ、1.65、1.57MeV)よりかなり小さい。この小さい△ECは、IAS内の荷電分布が空間的に異常に広がっていることに対応している可能性がある。11Liの2つのハロー中性子の軌道配位は、通常の殻模型で予想される(1p1/2)2に加えて、(2s1/2)2が混合したものであるといわれている。2s1/2の波動関数は、1p1/2のそれに比べて、9Liコアの外側からより遠くまでしみだしている。したがって、(2s1/2)2の混合はIASのクーロンエネルギーを下げる役割をする。実際、ハロー中性子の配位が(1p1/2)2だけであるとして計算した△ECの値は、実験値よりも高く、(1p1/2)2と(2s1/2)2がほぼ同じ割合で混合させて計算した値が実験値を再現することが示された。IASの幅に関しては、2つの理論的予想が存在する。一方はハロー中性子の配位を(1p1/2)2だけであると仮定し幅0.1MeV以下を、もう一方は、(2s1/2)2配位だけであると仮定し、幅約1MeVを求めた。両者の違いは、(1p1/2)2に対する遠心力障壁の存在によって理解できる。今回の実験値0.49±0.07MeVは、両者のほぼ中間にあり、このことからも、(2s1/2)2配位の強い混合が示された。

図2:(a)(p,n)反応、(b)(d,2n)反応における9Li+p+nチャンネルに対する崩壊エネルギー(Ed)スペクトル。(c)Fermi遷移に対する9Li+p+n崩壊エネルギースペクトル(本文参照)。点線は検出器のアクセプタンスを表す。図3:実験室系におけるFermi遷移に対する11Be*の散乱角度分布。実線および一点鎖線は共にFermi遷移に対するDWBA計算の結果を、破線はガウス分布を表す。

 Fermi遷移に対する(p,n)反応の微分断面積もまた、ハロー構造の特質を調べるための情報となりうる。11LiからそのIASへのFermi遷移の場合、反応の運動量およびエネルギー移行が小さい。この場合、重心系0度での微分断面積(F(0°))とFermi遷移強度(B(F))には、比例関係F(0°)=B(F)が成立する。したがっての値がわかれば、F(0°)の実験値から、B(F)を求めることができる。の値は、核子あたり62MeVのエネルギーにおける11Li+p弾性散乱の実験から得られた光学ポテンシャルと、通常核に対して適応されている核子-核子有効相互作用の理論的予測値を用いて、の値が計算された。F(0°)の実験値との計算値からB(F)を求めると、その値は(4-5)±1となった。したがって、IASへのFermi遷移強度は和則値N-Z=5をほぼ尽くしていることがわかった。ここで用いた11Liに対する光学ポテンシャルの吸収項は、中性子ハローの効果のため9Liのそれよりよりも大きい。したがって、弾性散乱と同様に(p,n)反応の断面積においても中性子ハローの影響が見られていると考えられる。

 本研究では不安定核ビームを用いた逆運動学の荷電交換反応と不変質量法を組み合わせた新しい実験手法を確立し、11LiのIASを測定することができた。その結果、非常に小さいクーロンエネルギー差および、IASの大きい崩壊幅が明らかになり、これらは11Liの2つのハロー中性子の軌道において(2s1/2)2配位がかなりの割合で混合していることを示している。また、IASへのFermi遷移強度は和則値をほぼ満たしており、一方(p,n)反応の微分断面積は光学ポテンシャルを通して11Liの中性子ハロー構造の影響を受けていることが示された。本研究で用いた実験手法は、他の未測定の中性子超過剰核のIASやGT状態の研究に対しても適用することが可能である。

審査要旨

 本論文は、11Li(p,n)11Be*反応を用いた中性子ハロー核11Liのアイソバリック・アナログ状態(IAS)の実験的研究に関するものであり、7章からなる。第1章は[「導入」部分であり、本研究の意義が中性子ハロー構造の特異性と、それにより現れ得る現象という観点から述べられている。第2章「実験手法」においては、11LiのIASを生成し測定するために用いた実験手法の特長と実験により得られる物理量について述べられている。第3章「実験装置」においては、実験に用いた施設および設置した検出器について述べられている。第4章「解析」においては、測定データの解析から11Be*の崩壊エネルギーや散乱角度等を求めるまでの過程が詳述されている。第5章「実験結果」においては、崩壊エネルギースペクトル中のIASピーク同定と、その散乱角度分布、微分断面積および崩壊粒子間の相関の測定結果をまとめている。第6章の「議論」では、得られた結果から11Liの中性子ハロー構造および非束縛原子核10Liの性質について議論している。第7章は「結論」である。

 近年の高強度の不安定核ビーム生成施設の発達により、これまで困難であった安定線から遠く離れた原子核の研究が可能になった。中性子数が極端に過剰で中性子の分離エネルギーが非常に小さいいくつかの原子核は、通常核と同じ様に飽和した核子密度をもつ芯原子核と、それをとりまく希薄で大半径の中性子層(中性子ハロー)からなる二重構造を持つことが知られている。このような中性子ハロー核はその特異な二重構造のために、通常核での常識とは異なる性質を示すことが期待される。

 代表的な中性子ハロー核である11Liは9Li芯と弱く束縛された2つのバレンス(ハロー)中性子の系として考えることができる。11Li(中性子数8)の2つのバレンス中性子の配位は通常の殻模型で予想される(1p1/2)2状態に加え(2s1/2)2状態がかなりの割合で混合していると考えられているが、その混合率の値は確定されていない。また、11Li(9Li+n+n系)の構造を理解する上で、非束縛原子核10Li(9Li+n系)の性質が有用な情報となり得るが、実験的にはほとんど調べられていない。11Liの中性子ハロー構造に関するこれらの情報は、11Liと本質的に同じ波動関数を持つIASに関するエネルギー、崩壊幅、崩壊様式および生成断面積等を調べることにより得られると期待される。

 論文提出者等は、これまで観測されたことのない11LiのIASを荷電交換反応11Li(p,n)11Be*を用いて生成し、エネルギーや崩壊幅等の測定に成功した。実験は理化学研究所の不安定核ビームライン(RIPS)において、逆運動学的手法すなわち64A MeVの11Liをビームとして使い行なわれた。この実験の特長は次の2点である。i)11Be核の励起状態に現われるIASは、アイソスピン選択則のため9Li+p+nチャンネルのみに崩壊する。不安定核二次ビーム11Liを用いた逆運動学の(p,n)反応では、これらの崩壊粒子は実験室系前方に集中して放出されることから、崩壊粒子9Li+p+nを全てを同時検出しIASを同定することが比較的容易である。ii)このように全てを検出すれば不変質量法を用いてIASの質量(崩壊エネルギー)を良い分解能(350keV程度)で求めることが可能である。

 収集されたデータは次の手順で解析された。i)プラスチックシンチレーター・ホドスコープの波高および時間情報から崩壊粒子の識別を行い、9Li+p+n同時検出のイベントを選別し、各粒子の運動量ベクトルを得る。ii)3つの崩壊粒子の運動量ベクトルから11Be*の崩壊エネルギーと散乱角度、および2崩壊粒子間の相対エネルギーと角度相関を得る。

 この様にして得られた、(p,n)反応における11Be*9Li+p+nチャンネルへの崩壊エネルギー(Ed)のスペクトル中にIASに対応するピーク(Ed=1.02±0.02MeV;幅0.49±0.07MeV)が確認された。ピークエネルギーから11Be*(IAS)の励起エネルギー21.16±0.02MeVおよび11LiとIASの間のクーロンエネルギー差△EC=1.32±0.02MeVが導出された。理論計算によれば、△EC11Liの(2s1/2)2バレンス配位の混合率に依存する。△ECの実験値と理論値を比較することにより、11Liにおいて(1p1/2)2と(2s1/2)2配位がほぼ同じ割合で混合されていることが明らかにされた。

 IASの3崩壊粒子のうち9Liとn間の相対エネルギー(E(9Li+n))のスペクトルを見ると、E(9Li+n)=0-0.2MeVに位相空間の状態密度分布から予想されるよりも多くのイベントが集中していることから、IASの崩壊様式は11Be*(IAS→10Li(g.s.)+p→9Li+p+nであることが明らかになった。また、pとn間の崩壊粒子角度相関から、両者はともに軌道角運動量0で放出されることが示された。このことから10Liの基底状態はE(9Li+n)=0-0.2MeVにあるs-wave状態であることが明らかになった。

 IASの崩壊幅(0.49±0.07MeV)は(2s1/2)2バレンス配位に対する11Be*(IAS)→10Li(g.s.)+p崩壊幅の一粒子極限値(Wigner limit)(1.5MeV)の30%であり、△ECから得られた結果と矛盾しないことが示された。

 11LiからIASへのフェルミ遷移に対する(p,n)反応の0度における微分断面積(18±6mb/sr)から導出した核子-核子有効相互作用の強度およびフェルミ遷移強度には中性子ハロー構造による異常がみられないことも示された。

 この様に論文提出者は、i)不安定核二次ビームによる逆運動学の荷電交換反応と不変質量法を組み合わせた新しい実験手法を確立し、ii)中性子ハロー核11LiのIASをはじめて観測し、iii)11Liの構造に関連する情報を他の実験的研究とは異なる側面から明快に引き出すことに成功した。本研究は、安定線から遠くはなれた原子核の非束縛状態の研究に対して極めて有効な新たな実験手法を開拓したものである。

 なお、実験は東京大学、理化学研究所および立教大学による共同研究であるが、論文提出者は実験の設計段階から参加し、実験の準備、遂行およびデータ解析において常に中心的役割を果たした。特に実験データの解析は、ほぼ全てを論文提出者一人で行った。

 以上のことから、審査委員全員が、博士(理学)の学位を授与できると認めた。

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