近年の高強度の不安定核ビーム生成施設の発達により、これまで不可能であった安定線から遠く離れた原子核の研究が可能となった。11Li,11Be,14Be等、中性子数が極端に過剰で中性子の分離エネルギーが非常に小さい、いくつかの軽い原子核は、飽和した核子密度をもつコア原子核と、それをとりまく希薄で大半径の中性子層(中性子ハロー)からなる二重構造を持つことが知られている。これらの中性子ハロー核はその特異な構造のために、通常核での常識とは異なる性質をもつことが知られている。代表的な中性子ハロー核である11Liは9Liコアの周りに弱く束縛された2つのハロー中性子を持つ。この核において、例えば、異常に大きい相互作用断面積を持つこと、入射核破砕反応における破砕片の運動量分布が狭いこと、1MeV程度の低励起エネルギー領域においてクーロン分解反応の断面積が増大していること等の特異な現象が明らかにされてきた。本研究では、11Liと本質的に同じ波動関数をもつアイソバリック・アナログ状態(IAS)の性質を調べることにより、11Liの中性子ハロー構造を新しい側面から理解することをめざす。 まず、クーロンエネルギー差(△EC)は、11LiとそのIASの核内電荷密度の差に関する情報を与える。したがって、△ECの値からIASにおけるハロー陽子の空間分布について調べることができる可能性がある。一方IASの崩壊幅は2つのハロー中性子の波動関数と密接に関連があると思われる。実際、崩壊幅がハロー中性子軌道の配位に強く依存するという理論的予想が存在する。IASにおけるアイソスピンの混合も興味深い問題である。すなわち、コア部とハロー部の解離の結果としてIASにおいてアイソスピンが混合し、Fermi遷移強度の分裂が見られる可能性がある。さらには、ハロー構造が(P,n)反応の断面積に影響を与えることも考えられる。中性子ハローという特異な核子密度分布は光学ポテンシャルの吸収項を増大させたり、核子-核子有効相互作用に変化を与えたりする可能性がある。 本研究では、これらの予想を検証するため、11LiのIASを荷電交換反応11Li(p,n)11Be*を用いて調べた。反応は核子あたり64MeVの11Li不安定核ビームを用いた逆運動学の方式で調べられた。11Li(p,n)反応では、Fermi遷移によりIASが、Gamow-Teller(GT)遷移によりGT状態が生成される。これらの遷移を分離するため、Fermi遷移が抑制される11Li(d,2n)11Be*反応の測定も同時に行われた。逆運動学の性質により非束縛11Be*状態からの崩壊粒子は実験室系で前方角度に集中して放出される。そのため、複数の崩壊粒子を同時に検出することが効率的に行える。したがって、11Be*から放出されたすべての崩壊粒子の運動量ベクトルを測定し、それらから崩壊粒子系の不変質量、すなわち11Be*状態のエネルギーを構成するという手法を用いた。11LiのIASのアイソスピンは5/2であるが、反応により生成される他の状態のほとんどはアイソスピン3/2を持つ。アイソスピン保存則により、非束縛11Be*状態に対する多数の崩壊チャンネルの中で9Li+p+nチャンネル(T=5/2および3/2)に対してのみIASの崩壊が許される(図1)。したがって、IASは崩壊粒子9Li、pおよびnの同時測定により同定することができる。 図1:荷電交換反応11Li(p,n)11Be*および11Be*の粒子崩壊に関連するレベル図。表示されている値は11Beの基底状態を基準としたエネルギー(MeV)。破線はアイソスピンを保存する遷移を表す。 実験は理化学研究所加速器研究施設において行われた。核子あたり100MeVの18O一次ビームが厚さ1.4g/cm2の9Be標的に照射された。反応生成物中の11Liは入射核破砕片分離装置RIPSにより分離され、核子あたり64MeVの二次ビームとして取り出された。11Li二次ビームの強度は2×104個/秒程度であった。二次ビームは(CH2)n、(CD2)n、C標的(厚さはそれぞれ191、206、188mg/cm2)に照射された。C標的は、(CH2)nと(CD2)n標的中のCの寄与を見積もるために用いられた。11Be*状態から放出される崩壊粒子(9Li、pおよびn)は、標的の下流3.1mに置かれたプラスチックシンチレーターで構成されたホドスコープにより同時検出された。荷電粒子は、ホドスコープの波高情報(△EとE)、およびターゲットからホドスコープまでの飛行時間により識別された。また、ホドスコープの薄い△E層(厚さ0.5cm)において信号を発生せず、E層(厚さ12cm)において信号を発生する粒子を中性子として識別した。各終状態粒子の運動量ベクトルは、ホドスコープ面における粒子の到達位置と飛行時間によって決定された。 3つの崩壊粒子の運動量ベクトルから11Be*の不変質量および散乱角度が構成された。ここで崩壊エネルギーEd=M(11Be*)-(M(9Li)+M(p)+M(n))を定義する(M(A)は原子核Aの質量)。図2(a)と(b)はそれぞれ、11Li(p,n)反応と11Li(d,2n)反応における9Li+p+nチャンネルに対するEdスペクトルである。(p,n)反応におけるスペクトルには、Ed〜1MeVにピークが見える。一方、(d,2n)反応におけるスペクトルにははっきりとしたピークが現れていない。2つのスペクトルは、ピーク以外の部分、特にEd>2.5MeVの領域では、ほとんど同じ形を持っている。図2(c)は、ピーク成分を見るために、(p,n)反応でのスペクトルから(d,2n)反応でのスペクトルを差し引いたものである。ただし、差し引く時に(d,2n)反応でのスペクトルはEd>2.5MeVの領域で(p,n)反応でのスペクトルにあうようにスケールされた。上述のように、(p,n)反応では、FermiとGT遷移の両方が許されるが、(d,2n)反応では、Fermi遷移が抑制される。したがって、図2(c)はFermi遷移の成分を示すものと考えられる。このことを確認するため、図2(c)の成分に対応した11Be*の実験室系での散乱角度分布を調べた(図3)。角度分布は0度にピークを持つ形をしており、反応における角運動量移行が0であるということを示している。このことは、IASを生成するFermi遷移の性質と一致する。 したがって、図2(c)のFermi成分のスペクトルに見えるピークは11LiのIASに対応すると考えられる。ピークのエネルギーと幅から、IASの励起エネルギーと幅は、それぞれ、21.16±0.02MeV、0.49±0.07MeV(FWHM)と決定された。励起エネルギーから求めたクーロンエネルギー差(△EC)は1.32±0.02MeVであり、7Liや9Liに対する△ECの値(それぞれ、1.65、1.57MeV)よりかなり小さい。この小さい△ECは、IAS内の荷電分布が空間的に異常に広がっていることに対応している可能性がある。11Liの2つのハロー中性子の軌道配位は、通常の殻模型で予想される(1p1/2)2に加えて、(2s1/2)2が混合したものであるといわれている。2s1/2の波動関数は、1p1/2のそれに比べて、9Liコアの外側からより遠くまでしみだしている。したがって、(2s1/2)2の混合はIASのクーロンエネルギーを下げる役割をする。実際、ハロー中性子の配位が(1p1/2)2だけであるとして計算した△ECの値は、実験値よりも高く、(1p1/2)2と(2s1/2)2がほぼ同じ割合で混合させて計算した値が実験値を再現することが示された。IASの幅に関しては、2つの理論的予想が存在する。一方はハロー中性子の配位を(1p1/2)2だけであると仮定し幅0.1MeV以下を、もう一方は、(2s1/2)2配位だけであると仮定し、幅約1MeVを求めた。両者の違いは、(1p1/2)2に対する遠心力障壁の存在によって理解できる。今回の実験値0.49±0.07MeVは、両者のほぼ中間にあり、このことからも、(2s1/2)2配位の強い混合が示された。 図2:(a)(p,n)反応、(b)(d,2n)反応における9Li+p+nチャンネルに対する崩壊エネルギー(Ed)スペクトル。(c)Fermi遷移に対する9Li+p+n崩壊エネルギースペクトル(本文参照)。点線は検出器のアクセプタンスを表す。図3:実験室系におけるFermi遷移に対する11Be*の散乱角度分布。実線および一点鎖線は共にFermi遷移に対するDWBA計算の結果を、破線はガウス分布を表す。 Fermi遷移に対する(p,n)反応の微分断面積もまた、ハロー構造の特質を調べるための情報となりうる。11LiからそのIASへのFermi遷移の場合、反応の運動量およびエネルギー移行が小さい。この場合、重心系0度での微分断面積(F(0°))とFermi遷移強度(B(F))には、比例関係F(0°)=B(F)が成立する。したがっての値がわかれば、F(0°)の実験値から、B(F)を求めることができる。の値は、核子あたり62MeVのエネルギーにおける11Li+p弾性散乱の実験から得られた光学ポテンシャルと、通常核に対して適応されている核子-核子有効相互作用の理論的予測値を用いて、の値が計算された。F(0°)の実験値との計算値からB(F)を求めると、その値は(4-5)±1となった。したがって、IASへのFermi遷移強度は和則値N-Z=5をほぼ尽くしていることがわかった。ここで用いた11Liに対する光学ポテンシャルの吸収項は、中性子ハローの効果のため9Liのそれよりよりも大きい。したがって、弾性散乱と同様に(p,n)反応の断面積においても中性子ハローの影響が見られていると考えられる。 本研究では不安定核ビームを用いた逆運動学の荷電交換反応と不変質量法を組み合わせた新しい実験手法を確立し、11LiのIASを測定することができた。その結果、非常に小さいクーロンエネルギー差および、IASの大きい崩壊幅が明らかになり、これらは11Liの2つのハロー中性子の軌道において(2s1/2)2配位がかなりの割合で混合していることを示している。また、IASへのFermi遷移強度は和則値をほぼ満たしており、一方(p,n)反応の微分断面積は光学ポテンシャルを通して11Liの中性子ハロー構造の影響を受けていることが示された。本研究で用いた実験手法は、他の未測定の中性子超過剰核のIASやGT状態の研究に対しても適用することが可能である。 |