学位論文要旨



No 113817
著者(漢字) 戸谷,友則
著者(英字)
著者(カナ) トタニ,トモノリ
標題(和) ガンマ線バーストから探る宇宙の星形成史と超高エネルギー宇宙線
標題(洋) THE GAMMA-RAY BURST AS A PROBE OF COSMIC STAR FORMATION HISTORY AND ULTRA HIGH ENERGY COSMIC RAYS
報告番号 113817
報告番号 甲13817
学位授与日 1998.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3471号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 釜江,常好
 東京大学 教授 木舟,正
 東京大学 助教授 坪野,公夫
 東京大学 教授 岡村,定矩
 東京大学 助教授 川崎,雅裕
 東京大学 助教授 須藤,靖
内容要旨

 この論文はガンマ線バースト(GRB)に関する二つのテーマを中心的に研究したものである。一つはGRBの明るさ分布を宇宙の星形成史という観点から初めて解析したことであり、もう一つは、最近観測的に示唆されているGRBからのTeVガンマ線放射を、超高エネルギー陽子のシンクロトロン放射であるとする理論モデルをつくり説明したことである。その他、宇宙の星形成史に関連して、著者による最近の研究成果もおさめてある。

宇宙の星形成史に関する研究

 GRB明るさ分布の解析に先立ち、それに必要な宇宙の星形成史および銀河の光度密度の進化モデルを構築し、観測データとの整合性を調べた。その結果、赤方偏移(z)=0-1での銀河の光度密度進化の観測と理論モデルの比較は宇宙論パラメータへの依存性が強いことがわかった。そこで、宇宙論パラメータに制限を加える新しい方法を提案し、現在のデータからはゼロでない宇宙定数のある宇宙モデルが好まれることを示した。近年、宇宙年齢問題などから、ゼロでない宇宙定数のある宇宙モデルが脚光を浴びていることもあり、今回の結果は非常に示唆に富むものである。

 楕円銀河の標準的な形成のシナリオは、z>1での爆発的星形成によるものである。しかし、今回の理論モデルと最近の高赤方偏移の星形成率の観測の比較により、楕円銀河形成論で期待される非常に高い星形成率は観測データに比べはるかに高いという問題が明らかになった。また、z<1での楕円銀河の数密度が進化しており、標準的な楕円銀河形成のシナリオと矛盾するという解析結果がKauffmanらによって昨年提出されたが、こうした結果は標準モデルに反し、楕円銀河が比較的最近(z<1)に形成された可能性を示唆する。我々はこの可能性を詳しく調べるため、z<1の銀河の数密度変化を詳細に調べた。その結果、楕円銀河だけでなく、多くの銀河について数密度変化は見られなかった。これは、z<1では銀河の数密度変化につながる衝突や合体などのプロセスは重要なものではないことを示唆している。Kauffmanらと全く異なる結果だが、彼女らの解析の問題点も明らかにした。また、高赤方偏移で星形成率の観測値が低いという問題は、紫外線観測における宇宙塵の影響などを考えれば解決されると考えられる。

ガンマ線バーストと宇宙の星形成史

 ガンマ線バーストは、発見以来25年以上たつにも関わらず未だにその正体が全く分からない謎の天体である。GRBの空間分布は非常に等方的であるが、明るさ分布では暗いものほど一様分布の期待値に比べ数が少なく、これはGRBが宇宙論的な距離にあると考えると説明できることは良く知られている。しかし、この明るさ分布は宇宙論的な効果の他に、GRBの発生頻度の時間的進化をも反映しているはずである。現在考えられているGRBのモデルのほとんどは、大質量星の最期の重力崩壊や中性子星生成に関連するものであるが、大質量星の寿命は宇宙論的な時間スケールに比べはるかに短い。従って、我々はまずGRBの明るさ分布は実は宇宙全体の星形成率の時間的進化、すなわち宇宙の星形成史を反映している可能性が高いことを指摘する。そして、この仮説に基づき、コンプトン衛星で観測されたGRBの明るさ分布と、近年急速に明らかになりつつある宇宙の星形成史との間の整合性を詳細に調べた。最もよく議論されているGRBのモデルは連星中性子星の合体である。まず、銀河の進化モデルに基づいて我々の計算した宇宙の星形成史を用い、連星中性子星合体の頻度進化を計算し、GRB分布と比較したところ、よく一致することを見いだした。この場合、星形成率が過去に向かって増大して行くために、ガンマ線バーストの距離指標が今まで考えられているよりも遠くなった。今までは最遠方のGRBの赤方偏移が1程度と考えられていたが、我々の結果では2から4程度である。一方、もしGRBが大質量星の重力崩壊に直接関係していれば、単純に星形成率とGRB発生頻度が比例すると期待されるが、この場合は観測されたGRB分布とは一致しなかった。この違いは、連星中性子星の合体説では、連星形成から合体までの時間の遅れにより、発生率の進化が星形成率と若干異なることによる。また、最近の紫外線観測データから、宇宙の星形成史を直接推定する試みがなされているが、この観測データはz=0-1での星形成率の進化が急すぎて、GRB分布とは一致しない。ただ、GRBの絶対光度のばらつきや、紫外線観測における宇宙塵の影響などを考えると、観測されている星形成率進化とGRB分布を矛盾なく説明できる可能性もあり、この点は今後のGRB及び銀河観測の進展を待たねばならない。

ガンマ線バーストからのTeVガンマ線放射

 宇宙論的な距離にあるガンマ線バーストからもしTeV領域のガンマ線が放射されていても、それは銀河間赤外線背景放射との電子・陽電子対生成による強い吸収を受け、我々が観測することは極めて難しい。にもかかわらず、最近、幾つかの観測グループはGRBからのTeVガンマ線検出を示唆する報告を行っている。これらが事実とすれば、通常のkeV-MeV領域のガンマ線よりはるかに巨大なエネルギーがTeV領域で放出されていることになり、我々のガンマ線バーストの理解に大きな変更を迫る。

 我々は、このようなTeVガンマ線は1020eVという超高エネルギー陽子によるシンクロトロン放射で放出されるというモデルを作り、無理なく説明することに成功した。従って、GRBからのTeVガンマ線観測が確定すれば、地上で観測される超高エネルギー宇宙線がGRBの中で加速されているという説に非常に強いサポートを与えることになる。ところで、超高エネルギー宇宙線のスペクトルにはGZKカットオフとよばれる特徴が見えるはずであるが、現在の観測データにはそれが明確に見えていないという問題点がある。今回のモデルでは、最大エネルギー付近の陽子のみがGRBを脱出できると予想され、これはちょうどGZKカットオフを打ち消す効果を持っており、この問題を解決する可能性もある。

 さらに、このモデルにより、1994年におきたGRB940217からの90分間に及ぶGeVガンマ線放射も自然に説明できることがわかった。また、このモデルで超高エネルギーガンマ線として放射された巨大なエネルギーは最終的にGeV領域の宇宙背景放射を形成すると期待されるが、そのフラックス、スペクトルともに観測されている銀河系外GeVガンマ線背景放射を説明できることを示した。

審査要旨

 本論文は5章からなり、第1章はIntroduction、第2章は全宇宙の星形成史、第3章はガンマ線バースト(GRB)と星形成史との関連、第4章はガンマ線バースト(GRB)でのTeVガンマ線放出について、各々、観測結果の解析や理論モデルの構築を行ない、既存の研究結果と比較検討している。最後の第5章では、それらの結果をまとめ、その意義や既存の研究結果の違いを評価し、将来への展望を述べている。

 博士論文提出者が、本論文で展開した新しい知見は、最近宇宙物理学の中心テーマとなってきた、ガンマ線バーストと呼ばれる極めて特異な現象に関するものである。

 第2章では、宇宙の星形成史および銀河の光度密度の進化モデルを構築し、観測データとの整合性を調べている。ここで(銀河の)光度密度とは、単位体積の中にある銀河の明るさを積分したものである。赤方偏移(z)=0-1の範囲で光度密度をzの関数として変化する様子(進化)を観測と比較したところ、モデルで使う宇宙論パラメータに強く依存性することがわかった。そして、宇宙定数がゼロでない宇宙モデルが、観測データに良く合うこと見い出した。この解析では、過去に楕円銀河が爆発的な星形成を経験したとするの標準シナリオと観測データが大きく矛盾するが、本著者は、紫外線観測における宇宙塵の影響などを考慮すれば解決できる可能性があると結論している。

 第3章では、本論文の目玉の一つである、ガンマ線バーストと宇宙の星形成史の関係について論じている。ガンマ線バースト(GRB)の空間分布は非常に等方的であるが、明るさ分布では暗いものほど数が少なくなっている。後の事実は、GRBが宇宙論的な距離にあることで説明されている。本論文提出者は、はじめて、宇宙論的な効果の他に、GRBの発生頻度の時間的進化も反映されているはずであることを指摘した。GRBのモデルのほとんどは、大質量星の最期の重力崩壊や中性子星生成に関連するものであるが、そうすると、GRBの明るさ分布は宇宙全体の星形成率の時間的進化、すなわち宇宙の星形成史を反映しなければならない。この仮説に基づき、コンプトン衛星で観測されたGRBの明るさ分布と、宇宙の星形成史との間の整合性を調べている。

 最もよく議論されている連星中性子星合体モデルを、銀河の進化モデルと宇宙の星形成史を用いて調べたところ、観測されているGRB分布とよく一致することを見い出した。このシナリオが正しいと、観測された星形成率が過去に向かって増大して行くために、ガンマ線バーストの距離指標は、星形成史を考慮しなかった場合よりも遠くなる。具体的には、今までは最遠方のGRBの赤方偏移がz=1程度と考えられていたが、z=2-4程度に伸びることになる。

 第4章では、本論文の第二の主要課題である、ガンマ線バーストからのTeVガンマ線放射について、議論を展開している。その前提となるのが、宇宙論的な距離にあるガンマ線バーストから、地上のAir Shower検出器(チェレンコフ光望遠鏡またはシンチレーター・アレー)で、TeV領域のガンマ線が受かったとの報告である。

 TeVを越えるエネルギーのガンマ線は、銀河間赤外線背景放射と衝突し、電子・陽電子対生成を起こすため、地球に達するまでに数100分の1にまで吸収される。幾つかの観測グループの、方向・時間共にGRB起源と矛盾しないTeVガンマ線が検出されたとの報告が事実なら、GRBでは、巨大なエネルギーがTeV領域で放出されていることになる。これはガンマ線バーストの標準的な理解に大きな変更を迫る。本論文の著者は、このようなTeVガンマ線は1020eVという超高エネルギー陽子によるシンクロトロン放射で放出されるというモデルを作り、地上での観測を説明する。この解釈が正しければ、地上で観測される超高エネルギー荷電粒子宇宙線もGRBで加速されているという説に強いサポートを与える。

 本論文の第2章の内容は、既に2篇の論文として公表済あるいは印刷中である。一篇は佐藤勝彦氏と吉井譲氏、もう一つは吉井譲氏との共著であるが、本論文提出者が主としてデータを解析し、理論計算を行なったもので、本論文提出者の寄与が大きいと判断した。また第3章の内容は、単独で、2篇の論文として公表済あるいは投稿中である。第4章の内容も、単独で掲載される予定である。これらの内容もすでに学会で高い評価を得つつある。本論文の内容は宇宙物理学、とくにガンマ線バーストを通して宇宙論に新しい観点を加えた意義は大きく、博士(理学)の学位を授与するに十分であると認める。

UTokyo Repositoryリンク