学位論文要旨



No 113819
著者(漢字) 大内,和良
著者(英字)
著者(カナ) オオウチ,カズヨシ
標題(和) 熱帯の対流の階層的な組織化のメカニズム : 2次元モデルによるスーパークラウドクラスターの研究
標題(洋)
報告番号 113819
報告番号 甲13819
学位授与日 1998.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3473号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木村,龍治
 東京大学 助教授 新野,宏
 東京大学 教授 山形,俊男
 東京大学 教授 山岬,正紀
 東京大学 助教授 松田,佳久
 東京大学 助教授 沼口,敦
内容要旨

 近年注目を集めている熱帯のスーパークラウドクラスター(超巨大雲塊,以下SCC)は,クラウドクラスター(雲塊)やメソスケールの対流など様々なスケールの対流が階層的に組織化された総観スケールの対流群で,マデン・ジュリアン振動(30-60日周期振動,以下MJO)の励起・維持において重要な役割を果たすことが示唆されている.しかしながら,その組織化のメカニズムやMJOにおける役割の理解は不十分な状況にある.

 SCCやMJOに関する従来の多くの研究では静力学モデルが用いられ,積雲対流はパラメタライズして扱われてきたが,本研究では,2次元の範囲内ではあるものの,個々の積雲対流を解像できる非静力学モデルを用いて議論する.本研究の第一の目的は,「積雲対流」「メソスケール対流」「クラウドクラスター」の階層を含み,ゆっくりした速度(10ms-1以下)で東進するSCCを再現し,その階層構造の形成・維持のメカニズムを理解することである.第二の目的は,SCCが励起する惑星スケールの波動を再現し,その振舞いを調べることを通して,MJOにおけるSCCの役割や両者の相互作用に対する基礎的な理解を得ることである.

 まず,SCCの階層構造の形成・維持のメカニズムの本質を明らかにするために,1万kmの狭い領域を用いて数値実験を行った.得られたSCCは,以下のような特徴的な時空間スケールをもつ対流の階層を含む.すなわち,小さなスケールからみると,「積雲対流」が集団化して,O(10km)の空間スケール,3 12時間の時間スケールをもつ「メソスケール対流(MC)」へ,MCが集団化して,O(100km)の空間スケール,0.5 2日の時間スケールをもつ「クラウドクラスター(CC)」へ.CCが集団化して1,000-1,500kmの空間スケール,34日の時間スケールをもつLCCへ,そして,LCCの集団として総観スケール(数千km)のSCCが形成され.SCCの階層構造を再現することができた.

 これらの階層のうち,メソスケール対流(MC)は,従来のSCCの研究において,その重要性は論じられていなかったが,本研究におけるMCは,CC以上のスケールへの組織化を論ずる上で重要である.また,MCの形成・維持において,従来の熱帯の雲システムにおいてその重要性が論じられてきた雨水の蒸発によるコールドプールと暖湿な環境風との相互作用(Yamasaki,1975.84他)がSCCにおいても本質的な役割を果たすことが示された.

 SCC全体としての東進に対して,Emanucl(1987)らが示唆したWISHE(地表東風の存在)が重要である.すなわち,下層の一般風が東風という状況下で,対流の持続による下層風の強化が対流の東側で海面からの蒸発を促進し下層を湿らせることにより,新たな対流が東側で起こりやすい状況が維持される.この場合,新たな対流を励起するメカニズムとして,従来ほとんど注目されなかった対流の励起する小規模(水平スケール10 100kmのオーダー)かつ10 20ms-1程度の位相速度をもつ重力波が重要であることが分かった.その役割は次のとおりである.下層が十分湿潤な状況下で,重力波に伴う上昇流は凝結・下層雲の形成をもたらし,遅れて伝播してくる重力波の上昇流に伴う力学的な効果や断熱冷却による雲の周囲の冷却(不安定化)によって下層雲は高い対流に成長する.なお,CCの集団としてのSCCの形成に対する重力波の重要性は積雲対流をパラメタライズしたモデルを用いた数値実験(Chao and Lin,1994)によっても論じられているが,個々の積雲対流を解像できるモデルを用いた本研究では,積雲対流の集団としてのMCやCCを表現することによってMCやCCから励起される重力波の重要性を論じている点や,CCからSCCへの組織化のみでなくMCからCCへの組織化に対しても重力波が本質的な役割を担うことを示した点が重要である.

 SCCは総観スケールくらいの水平スケールをもつが,この雲群はより大きなスケールの鉛直循環を励起する.この鉛直循環を伴う擾乱は東進重力波の構造をもち,SCCと協力的である.すなわち,wave-CISKのメカニズムの存在が,対流をパラメタライズしないモデルで示された.

 次に,領域を赤道一周相当の4万kmの広さにとってSCCが長時間持続できるかどうか,SCCによって励起される東進重力波が惑星スケールのMJOの振舞いをどの程度説明できるか,MJOとSCCはどのように相互作用するかを調べた.この実験では,現実大気の暖水域でSCCが活発な状況を想定して,海面水温の高い部分を1万km程度の領域に局在させ,また,計算機の制約から,1km格子域を中央の1万kmの領域に限定している.時間積分の結果,海面水温の高い領域に局在する準停滞的な大規模対流群と,15ms-1程度の速度すなわち約30日で4万kmを東進する伝播性の対流群との共存が得られた.

 また,対流群の共存に加え,波数1のMJOに似た東進重力波(30日波)が非静力学モデルによる数値実験において初めて再現された.30日波は伝播性の対流群とほぼ同じ位相速度で東進し,対流群と協力的に維持されている.30日波の収束域・発散域の伝播は,一方で,準停滞的な対流群を活発・不活発化させる.活発期の対流群の内部においてSCCが顕著に見られ,10ms-1以下のゆっくりとした速度で東進する.従来の大部分の静力学モデルによる研究においては,SCCとマデン・ジュリアン振動とは同位相を保ちながら伝播するという特徴をもっていたのに対し,本研究では,ゆっくり(10ms-1以下)東進するSCCやそれに伴う鉛直循環と,30日波(約15ms-1)とが異なる位相速度で伝播する点で,近年の観測的研究と整合的な結果が得られた.SCCの遅い位相速度が得られたのは,海面水温の東西非一様(暖水域の存在)のためであることが示唆される.

 近年の観測的研究により,MJOは40 45ms-1の位相速度をもつ大規模(総観規模以上)な重力波と共存することも明らかになっている.本研究では,この共存を数値実験によって初めて再現した.この重力波は,位相速度から推察されるように,対流圏全層にわたる深い鉛直構造をもつ,凝結を伴わない内部重力波である.実際,この波は対流をmudulateはするものの,顕著には相互作用しない.この波は,SCC内に存在する2-4日の時間スケールをもつCCやLCCによって励起されていることが分かった.

審査要旨

 本論文は、熱帯海洋上で発達する対流性擾乱の構造とメカニズムを論じたものである。

 全体は5章からなるが、内容的には3部から構成されている。第1部では東風(貿易風)の中で、積乱雲の集団であるクラウドクラスターが東側で次から次へと発生する機構について、第2部では,クラウドクラスターの集団としてのスーパークラウドクラスター(超巨大雲塊、以下、スーパークラスターとかく)が形成され長時間維持されるメカニズムについて、第3部では、スーパークラスターとマデンジュリアン振動の関係について論じている。第1章は導入、第2章は数値実験の概要、第3章が第1部と第2部の内容を扱っている。第4章は第3部、第5章はまとめと議論に当てられている。

 熱帯海洋上の積乱雲の挙動に関しては、気象衛星による外向き長波放射の分布の解析などから、多くの知見が蓄積されている。それによれば、個々の積乱雲は、空間スケール数百kmのクラウドクラスターに組織化され、クラウドクラスターは、さらに総観スケールのスーパークラスターに組織化される。しかも、これらの積乱雲群の活動は数十日周期で変動している。この振動は赤道を取りまくグローバルな大気波動と関係していると考えられており、発見者にちなんで、マデンジュリアン振動と呼ばれている。

 このような熱帯海洋上の積乱雲の存在形態は、低緯度の大気循環や大気中の波動と深く関係しているが、そのメカニズムは十分に解明されていない。その理由は、積雲スケールの構造と総観スケールの構造が力学的にリンクしているため、定量的な研究が困難だからである。

 近年、数値的な研究手法が急速に発展したが、それでも、積雲スケールの構造を詳しく表現しようとすると、計算領域を狭く設定せざるを得なかった。一方、総観スケールの現象を扱おうとすると、個々の積乱雲を表現することができない。そのために、異なるスケール間の現象の相互作用を数値的手法で研究することがやりにくかった。本研究も数値実験に基づいているが、従来の研究と異なる点は、水平分解能1kmによって積雲対流スケールを表現しながら、1万kmや4万kmスケールの計算領域を設定したことである。

 論文提出者は、3種類の数値モデルを用いて積雲対流の組織化のメカニズムを研究した。第1部のモデルは、1kmの格子で2400kmをカバーするモデルである(全体の計算領域は7200km)。このモデルによって、個々の積乱雲から励起される内部重力波が、東側に次々と積乱雲(クラウドクラスター)を発生させる現象を再現することに成功した。東風の吹く赤道海洋上では、積乱雲の東側の風速が(西側に比べて)強くなり、海面からの水蒸気の蒸発が盛んになる。湿った気塊が内部重力波の上昇気流によって凝結高度まで持ち上げられると、その後は自励的に積乱雲が発達することを明らかにした。

 第2部のモデルは、1kmの格子で約1万kmをカバーするモデルである。論文提出者はこのモデルを用いて積乱雲群の階層構造の再現に成功した。すなわち、時間スケール数時間のメソスケールに組織化された積雲対流群は、時間スケール半日-2日程度のクラウドクラスターに組織化され、さらに、スーパークラスターへと組織化が行われる過程を再現した。特に、新しいクラウドクラスターが東側から古いクラウドクラスターに接近する場合、古いクラウドクラスターの鉛直循環が変化して衰弱する物理過程を明らかにした。また、その過程で、海上風と海面からの水蒸気の蒸発との関係が重要な役割を果たすことを示した。

 第3部では、計算領域を東西方向に4万kmに拡大し、地球を一周するモデルで計算した。但し、1kmの格子は海面水温の高い1万kmの範囲のみをカバーしている。論文提出者は、このモデルを用いて、スーパークラスターの作用により約30日で地球を一周する波数1の波動が励起、維持されることを示した。論文提出者は、この波動がマデンジュリアン振動であると推測している。また、スーパークラスターの東進速度が波動の東進速度より遅いことを示した。この性質は最近の観測結果をよく説明する。

 以上のように、論文提出者は、2次元モデルの範囲ではあるが、個々の積乱雲からグローバルな大気循環までを統一的に表現する数値モデルを用いることによって、熱帯海洋上の対流の階層的組織化のメカニズムを従来の研究よりきめ細かく説明することに成功した。この研究は気象学、特に、熱帯気象学の発展に大きな貢献をするものである。

 従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54052