学位論文要旨



No 113820
著者(漢字) エリック・ナナ・オワレ
著者(英字)
著者(カナ) エリック・ナナ・オワレ
標題(和) GPS全国観測網データに基づく日本列島のテクトニクスに関する新しい知見
標題(洋) A New Tectonic View of the Japanese Islands Based on GPS Dense Array Date
報告番号 113820
報告番号 甲13820
学位授与日 1998.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3474号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大久保,修平
 東京大学 助教授 佃,為成
 東京大学 助教授 加藤,照之
 東京大学 助教授 堀,宗朗
 京都大学 教授 林,春男
内容要旨

 宇宙測地技術に基づいて新しいテクトニクスの知見を得るために,国土地理院によって運用されている649観測点からなるGPS全国連続観測網のデータを解析した.この目的のため,1996年4月〜1997年3月の期間の地理院の業務解析によって算出されるSINEXファイルを使用した.

 まず,SINEXファイルの処理のため,一連の計算ソフトウェアを開発した.これによって得られた観測点毎の時系列データに基づき,直線回帰によって各観測点毎の年平均速度を算出した.このようにして得られた時系列データベースを用いて下記の解析を行った.

 日毎の観測点座標に最小二乗予測法を適用し,地震や地殻活動に伴うひずみ変化を見いだすことを試みた.南東北のNARUKO(鳴子)と房総半島のOHARA(大原)に適用し,関連する地震や地殻活動によるひずみ変化を算出することができた.

 続いて,最小二乗予測法(LSP)を速度ベクトルに適用した.このために3つの期間すなわち1)12ヶ月,2)18ヶ月,3)3ヶ月を用いた.LSPを用いて速度ベクトルを推定したのち,微分して7kmx7kmの格子上でひずみの計算を行った.得られた面積ひずみと最大ずりひずみはコンターで,また,ひずみの主軸については各観測点での値を算出して直交するバーで図化した.結果は明らかに日本列島のテクトニクスに関連したひずみをとらえている;1)日本列島は収束するプレートの影響によると考えられる圧縮ひずみの場にある,2)最大ずりひずみは最近の地殻活動とよく一致する,3)ひずみの主軸は収束するフィリピン海プレートと太平洋プレートの影響をよく反映している.また,九州地方の南北伸張がよく見えるが,旧来の測地測量結果とよく一致している.

 18ヶ月のデータについても同様の解析が行われたが,基本的には12ヶ月のデータと似た結果となった.これは12ヶ月データがその地域のひずみの基本的なパターンを示すとしてよい,ということを示している.次に,我々はより短い期間のデータ,すなわち3ヶ月のデータに同様の手法を適用することを試みた.このため1ヶ月ずつずらした3ヶ月の時間窓を設定した.このようにして4-6,5-7,…,1-3の各期間について最大ずりひずみのマップを作成した.しかしながら,結果を見るとひずみが図から図に大きく変化することが見て取れた.これはテクトニックな変動をしているのではないと思われる.詳細な調査は後日にゆだねるが,むしろ,それらは春から夏,夏から秋のような季節的な変化の影響によるものと思われる.

 そこで,もとのデータに改良を施すことを試みた.調査期間の各日毎にLSPを適用した結果,時系列のばらつきが大幅に改良された.これはLSPが局所的なノイズを軽減することが可能であるからと考えられる.

 最後に,日本列島の非弾性(塑性)的変形を堀・亀田(1998)の方法によって推定することを試みた.結果として得られた塑性ひずみは10-11の桁となり,全ひずみの10-7と比べると無視しうることが示された.このようにしてひずみのデータから地殻の応力を推定することが可能になった.得られた応力を地震の横波から得られるスプリッティングのデータと比較した.横波のスプリッティングは地殻上部の最大圧縮方向を示すものである.結果はGPSから得られた最大圧縮応力の方向と,四国のような例外はあるものの,一般的によく一致することが示された.

審査要旨

 本博士論文は,最近国土地理院によって導入された600点以上からなるGPSの全国観測網資料のうち,1996年4月〜1997年3月の1年間のデータを用いて日本列島の地殻変動を論じたものである.この目的のため,論文提出者は最小二乗予測法に基づく時系列処理を主とする一連の計算機プログラムを開発し,これを前記データに様々な形で適用した.本論文は全体で7章から構成されている.

 第一章では,全体の導入として日本列島全体のテクトニクスを,これまで主として測地測量によって得られた知見に基づいてレビューを行っている.これは,次に導入されるGPSによる解析結果の基本的視座を与えるものである.また,博士論文の全体の構成について述べられている.

 第二章においては,本研究の全編において用いられている最小二乗予測法の原理とそれに基づくひずみ,傾斜,弾性エネルギー等の数学的基礎が述べられている.

 第三章では,国土地理院のGPS観測データの時系列解析が行われる.地理院データは毎日の結果のファイルが提供されるが,これは時系列解析に不適当であること.そこで論文提出者は時系列解析に適当なデータ形式に変換して,前章で導入した最小二乗予測法を適用して解析を実施するための一連の計算機プログラムを開発した.これは極めて基礎的な作業であるが,今後地理院の全国観測網データが広く活用されることを考えると,このような基礎的な処理ルーチンを作成しておくことは重要と考えられる.なお,著者はこのルーチンを地理院のデータに適用し,生データでは識別が難しかった微細な地殻変動も最小二乗予測法に基づくひずみ計算によって捕らえることができることを示した.

 第四章においては,GPSの時系列データから推定された各観測点での年平均速度ベクトルを用い,これに再び最小二乗予測法を適用して1年間の日本列島の地殻ひずみについて論じている.ここでは,単に最小二乗予測法による変位の推定だけでなく,それに基づく主ひずみの解析を行い,日本列島全体の1年間のひずみの主成分(面積ひずみ,最大ずりひずみ及びひずみの主軸)を図化し,さらに地震活動データや他の研究成果と比較することによって,GPSデータを用いれば1年のデータだけからでも日本列島にかかるプレート運動や地殻活動の影響がよく見て取れることを著者は指摘している.これまでの測地測量では日本列島全体の地殻ひずみを抽出するのに数十年かかっていたことを考えると,これは大きな進歩といってよい.また,このようなひずみの図化は工学的見地からも有用なものであると考えられる.

 第5章において,前章の手法をさらに短期データに適用することによって3カ月というこれまでには考えられなかったような短期間の地殻変動を抽出しようと試みている.このような短期データから有用な情報を抽出するため,著者はさらなる時系列データの高精度化を図っている.データは1カ月ずつ期間をずらせた3カ月毎のデータに前章同様の解析手法を適用し,日本列島の最大ずりひずみのパターンの変化を求め,これを動画として見せる工夫をしている.日本列島のひずみを動画としてとらえる,というのはある意味ではこれまで地殻変動研究者が夢に見ていた成果である.こうして見る動画はまだ完璧なものとは言い難いが,その手法は今後GPSデータの高精度化が図られれば極めて有用なものになる.

 第6章では,上下変動データの解析を実施し,日本列島の上下変動を論じている.GPSでは上下変動の推定がもっとも困難とされている.そこで論文提出者は直接に上下変位を論じるのでなく,最小二乗予測法を適用した上で傾斜ひずみを算出し,その空間パターンを論じるという手法を用いている.これによって地殻の大きなブロック構造が見いだせると主張している.

 第7章においては,さらに解析をすすめ,地殻を弾塑性体とみなして塑性変形を見積もる,という新しい試みを行っている.このため,最近新たに開発された工学的手法をいち早く援用し,1年間のデータでは塑性変形は弾性変形に対して4桁程度小さい値になり塑性変形は無視しうる,という結果を得ている.従って,地殻はほぼ弾性体としてふるまうと考えてよく,ここから地殻の応力場を弾性論に基づいて算出し,結果を図化して示した.これを地震学的データに基づく応力場と比較検討し,GPSという地表データから求めた応力が地殻の平均的な応力場と,比較的良い一致を示すことを結論づけている.

 以上を要するに,論文提出者は大量のGPSの全国観測網データを効率よく処理する手法を開発し,さらに最小二乗予測法という,データに内在する信号を効率よく抽出する手法を適用すれば1年という短い期間であっても日本列島全体の変動場を見事に抽出することが可能であるということを示した.これは日本における地殻変動研究ばかりでなく,今後進展するであろうGPS全国観測網データを活用した地殻活動予測研究の先鞭をつけるものとして高く評価できる.これら一連の研究はきわめて独創的であり,また,その結果も科学的重要性を含んでいる.

 なお,本論文は加藤照之,El-Fiky,Miyazaki等との共同研究であるが,論文提出者が主体となって解析をおこなったもので.論文提出者の寄与が十分であると判断する.

 したがって,博士(理学)の学位を授与できると認める.

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