学位論文要旨



No 113821
著者(漢字) 潘,秀鎬
著者(英字)
著者(カナ) バン,スホ
標題(和) (2,4-シクロヘキサジエン-1-オン)鉄錯体を用いるm-アシル置換ベンゼン誘導体合成法の開発
標題(洋) New Method for Preparation of m-Acylbenzene Derivatives by the Use of Tricarbonyl(2,4-cyclohexa-dien-1-one)iron Complex
報告番号 113821
報告番号 甲13821
学位授与日 1998.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3475号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 奈良坂,紘一
 東京大学 教授 橘,和夫
 東京大学 教授 中村,栄一
 東京大学 教授 川島,隆幸
 東京大学 助教授 澤村,正也
内容要旨

 フェノール、アニリンおよびアルキルベンゼンなどの位置選択的なm-アシル化反応は困難な問題とされている。筆者は、フェノールやアニリンなどの等価体としてトリカルボニル(2,4-シクロヘキサジエン-1-オン)鉄錯体を用いて、m-アシルフェノールやm-アシルアニリン、およびアルキルベンゼン類のm-アシル体を選択的に合成する方法を開発することができたので、以下報告する。

1.m-アシルフェノール誘導体の合成

 これまでトリカルボニル(2,4-シクロヘキサジエン-1-オン)鉄錯体1とブチルリチウムとの反応では、式1のような1,2付加体が得られることが報告されている。一方私はトリチルリチウムを作用させると、式2のようなMichael型付加体が得られることを見いだした。

 

 このように用いるアルキルリチウムにより生成物が異なることがわかったので、さらに様々な有機金属化合物との反応を試みた。その結果、鉄錯体1に高次有機銅試剤を作用させたのち無水酢酸を加え、さらに一酸化炭素を作用させると、トリカルボニル(1-アセトキシ-5-アシル-1,3-シクロヘキサジエン)鉄錯体4が高収率で得られることを見いだした。本反応は以下に示す機構で進行しているものと考えられる。すなわち、まずアルキル銅試剤が鉄の配位子である一酸化炭素を攻撃し、鉄アシルアニオン2が生じる。これを無水酢酸で処理すると、5-鉄(0)アシル錯体3が生成する。この錯体3の構造はIR、低温1H-NMR、13C-NMRによって決定した。この錯体3に対し一酸化炭素を作用させるとアシル基が5位へ位置選択的に転位し、トリカルボニル(5-アシル-1-アセトキシ-1,3-シクロヘキサジエン)鉄錯体4が生成する。

 

 中間体3に一酸化炭素に代えトリフェニルホスフィンを作用させたところ、ホスフィン錯体5が単結晶として得られたので、そのX線結晶構造解析を行い構造を確定するとともに、アシル基と鉄部分がシクロヘキサジエン環に対しエンドの関係にあることが明らかになった(Figure1)。

 

 本反応を利用すると、アシル基のRがメチル基,第一級、第二級、第三級アルキル基のいずれの場合も、高収率で対応する(アシルシクロヘキサジエン)鉄錯体4を得ることができた。さらに得られた鉄錯体4をトリメチルアミンN-オキシドで酸化すると、良好な収率でm-アシルフェノール誘導体6、7に変換することができた。

 

 本反応における4-ジエン鉄錯体1から3への変換は、4-ジエン鉄錯体から直接中性の5-ペンタジエニル鉄アシル錯体への変換を達成した初めての例である。また、このシクロヘキサジエニル鉄アシル錯体からのアシル基の転位は5位へ位置選択的に進行しており、その結果通常のFriedel-Craftsアシル化反応では合成困難なm-アシルフェノール誘導体を選択的に合成することができた。

2.m-アシルアニリン誘導体の合成

 前述した鉄錯体1のm-アシル化反応をトリカルボニル(2,4-シクロヘキサジエン-1-オンO-アルキルオキシム)鉄錯体に適用すれば、m-アシルアニリン誘導体が合成できると考え検討した。

 オキシム鉄錯体8は鉄錯体1とO-アルキルヒドロキシルアミンから収率よく合成することができた。得られたオキシム鉄錯体8にs-Bu5Cu3Li2を反応させた後、無水酢酸、続いて一酸化炭素を作用させたところ、5-アシル鉄錯体10を位置選択的に収率良くで得ることができた。さらに5-アシル鉄錯体10は炭酸カリウムのような弱塩基で処理するたけで、良好な収率でm-アシルアニリン誘導体に変換することができた。

 

 本反応の一般性を検討した結果、式6に示すようにRがメチル基、第一級、第二級アルキル基、フェニル基いずれの場合も、良好な収率で対応するm-アシルアニリン誘導体を得ることができた。またオキシムのE体、Z体いずれを出発物質に用いても、ほぼ同じ結果を与える。

 

3.m-アシル置換アルキルベンゼン誘導体の合成

 (シクロヘキサジエノン)鉄錯体1に代え、その炭素類縁体である(ブチリデンシクロヘキサジエン)鉄錯体13に有機リチウム試剤を反応させた後、塩化アンモニウム水溶液を加えたところ、5-シクロヘキサジエニル鉄アシル錯体14が生じ、これに一酸化炭素を作用させることにより、アシル基が5位へ位置選択的に付加した(アシルシクロヘキサジエン)鉄錯体15が得られた。さらに鉄錯体15をトリメチルアミンN-オキシドで処理すると、良好な収率でm-アシル置換ブチルベンゼン16に変換することができた。

 

 さらにエトキシカルボニル基のような電子求引性基やアルキルチオ基のような電子供与性基を有するトリエン鉄錯体17、19の場合にも同様な反応が進行し、対応するm-アシル化体18、20を選択的に合成できることも明らかになった。

 

審査要旨

 本論文は3章からなり,(2,4-シクロヘキサジエン-1-オン)鉄錯体を用いるm-アシル置換ベンゼン誘導体合成法の開発について述べたものである。第一章は(2,4-シクロヘキサジエン-1-オン)鉄錯体と有機銅試薬との反応によるm-アシルフェノール合成法の開発について,第二章は鉄オキシム錯体と有機銅試薬との反応によるm-アシルアニリン合成法の開発について,第三章は鉄アルキリデン錯体とアルキル金属試薬との反応によるm-アシルアニリン合成法の開発について述べている。

 第一章では,トリカルボニル(2,4-シクロヘキサジエン-1-オン)鉄錯体と有機銅試薬との反応によるm-アシルフェノール誘導体の合成について述べている。鉄錯体1とブチルリチウムとの反応では,式1のような1,2付加体が得られることが報告されていたが,本著者はトリチルリチウムを作用させると,式2のようなMichael型付加体が得られることを見いだしている。

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 このように用いるアルキルリチウムにより生成物が異なることから,様々な有機金属化合物との反応を試みた結果,鉄錯体1に高次有機銅試剤を作用させたのち無水酢酸を加え,さらに一酸化炭素を作用させると,トリカルボニル(5-アシル-1-アセトキシ-1,3-シクロヘキサジエン)鉄錯体4が高収率で得られることを見いだしている。反応は以下に示すとおりである。まずアルキル銅試剤が鉄の配位子である一酸化炭素を攻撃し,鉄アシルアニオン2が生じる。これを無水酢酸で処理すると,5-鉄(0)アシル錯体3が生成する。この錯体3に対し一酸化炭素を作用させるとアシル基が5位へ位置選択的に転位し、トリカルボニル(5-アシル-1-アセトキシ-1,3-シクロヘキサジエン)鉄錯体4が生成する(式3)。

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 中間体3に一酸化炭素に代えトリフェニルホスフィンを作用させたところ,ホスフィン錯体5が単結晶として得られたので,そのX線結晶構造解析を行い構造を確定するとともに,アシル基と鉄部分がシクロヘキサジエン環に対しエンドの関係にあること明らかにしている。

 本反応における4-ジエン鉄錯体1から3への変換は,4-ジエン鉄錯体から直接中性の5-ペンタジエニル鉄アシル錯体への変換を達成した初めての例である。また,このシクロヘキサジエニル鉄アシル錯体からのアシル基の転位は5位へ位置選択的に進行しており,その結果通常のFriedel-Craftsアシル化反応では合成困難なm-アシルフェノール誘導体を選択的に合成することに成功している。

 第二章ではトリカルボニル(2,4-シクロヘキサジエン-1-オンO-アルキルオキシム)鉄錯体と有機銅試薬との反応によるm-アシルアニリン誘導体合成法について述べている。

 オキシム鉄錯体8は鉄錯体1とO-アルキルヒドロキシルアミンから収率よく合成でき,得られたオキシム鉄錯体8に高次有機銅試薬を反応させた後,無水酢酸,続いて一酸化炭素を作用させたところ,5-アシル鉄錯体10を位置選択的に収率良く得られる。さらに5-アシル鉄錯体10は炭酸カリウムのような弱塩基で処理するたけで,良好な収率でm-アシルアニリン誘導体に変換できることを見出している(式4)。

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 第三章ではトリカルボニル(アルキリデンシクロヘキサジエン)鉄錯体と有機金属試薬との反応による,m-アシル置換アルキルベンゼン誘導体の合成について述べている。

 (シクロヘキサジエノン)鉄錯体1に代え,その炭素類縁体である(ブチリデンシクロヘキサジエン)鉄錯体13に有機リチウム試剤を反応させた後,塩化アンモニウム水溶液を加えたところ,5-シクロヘキサジエニル鉄アシル錯体14が生じ,これに一酸化炭素を作用させることにより,アシル基が5位へ位置選択的に付加した(アシルシクロヘキサジエン)鉄錯体15が得られた。さらに鉄錯体15をトリメチルアミンN-オキシドで処理すると,良好な収率でm-アシル置換ブチルベンゼン16に変換することに成功している(式5)。

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 さらにエトキシカルボニル基のような電子求引性基やアルキルチオ基のような電子供与性基を有するトリエン鉄錯体17,19の場合にも同様な反応が進行し,対応するm-アシル化体18,20を選択的に合成できることも明らかにしている(式6,7)。

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 以上,本著者はこれまで有機合成試剤として用いられることのなかった(2,4-シクロヘキサジエン-1-オン)鉄錯体およびその誘導体を利用し,通常合成が困難なm-アシル置換ベンゼン誘導体合成法の開発に成功している。この業績は有機合成化学や有機金属化学の分野に貢献すること大である。なお,本研究は林雄二郎氏,櫻井英博氏,岩越光彦氏との共同研究であるが論文提出者の寄与は十分であると判断する。従って,博士(理学)を授与できると認める。

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