審査要旨 | | 本論文は3章からなり,(2,4-シクロヘキサジエン-1-オン)鉄錯体を用いるm-アシル置換ベンゼン誘導体合成法の開発について述べたものである。第一章は(2,4-シクロヘキサジエン-1-オン)鉄錯体と有機銅試薬との反応によるm-アシルフェノール合成法の開発について,第二章は鉄オキシム錯体と有機銅試薬との反応によるm-アシルアニリン合成法の開発について,第三章は鉄アルキリデン錯体とアルキル金属試薬との反応によるm-アシルアニリン合成法の開発について述べている。 第一章では,トリカルボニル(2,4-シクロヘキサジエン-1-オン)鉄錯体と有機銅試薬との反応によるm-アシルフェノール誘導体の合成について述べている。鉄錯体1とブチルリチウムとの反応では,式1のような1,2付加体が得られることが報告されていたが,本著者はトリチルリチウムを作用させると,式2のようなMichael型付加体が得られることを見いだしている。 このように用いるアルキルリチウムにより生成物が異なることから,様々な有機金属化合物との反応を試みた結果,鉄錯体1に高次有機銅試剤を作用させたのち無水酢酸を加え,さらに一酸化炭素を作用させると,トリカルボニル(5-アシル-1-アセトキシ-1,3-シクロヘキサジエン)鉄錯体4が高収率で得られることを見いだしている。反応は以下に示すとおりである。まずアルキル銅試剤が鉄の配位子である一酸化炭素を攻撃し,鉄アシルアニオン2が生じる。これを無水酢酸で処理すると,5-鉄(0)アシル錯体3が生成する。この錯体3に対し一酸化炭素を作用させるとアシル基が5位へ位置選択的に転位し、トリカルボニル(5-アシル-1-アセトキシ-1,3-シクロヘキサジエン)鉄錯体4が生成する(式3)。 中間体3に一酸化炭素に代えトリフェニルホスフィンを作用させたところ,ホスフィン錯体5が単結晶として得られたので,そのX線結晶構造解析を行い構造を確定するとともに,アシル基と鉄部分がシクロヘキサジエン環に対しエンドの関係にあること明らかにしている。 本反応における4-ジエン鉄錯体1から3への変換は,4-ジエン鉄錯体から直接中性の5-ペンタジエニル鉄アシル錯体への変換を達成した初めての例である。また,このシクロヘキサジエニル鉄アシル錯体からのアシル基の転位は5位へ位置選択的に進行しており,その結果通常のFriedel-Craftsアシル化反応では合成困難なm-アシルフェノール誘導体を選択的に合成することに成功している。 第二章ではトリカルボニル(2,4-シクロヘキサジエン-1-オンO-アルキルオキシム)鉄錯体と有機銅試薬との反応によるm-アシルアニリン誘導体合成法について述べている。 オキシム鉄錯体8は鉄錯体1とO-アルキルヒドロキシルアミンから収率よく合成でき,得られたオキシム鉄錯体8に高次有機銅試薬を反応させた後,無水酢酸,続いて一酸化炭素を作用させたところ,5-アシル鉄錯体10を位置選択的に収率良く得られる。さらに5-アシル鉄錯体10は炭酸カリウムのような弱塩基で処理するたけで,良好な収率でm-アシルアニリン誘導体に変換できることを見出している(式4)。 第三章ではトリカルボニル(アルキリデンシクロヘキサジエン)鉄錯体と有機金属試薬との反応による,m-アシル置換アルキルベンゼン誘導体の合成について述べている。 (シクロヘキサジエノン)鉄錯体1に代え,その炭素類縁体である(ブチリデンシクロヘキサジエン)鉄錯体13に有機リチウム試剤を反応させた後,塩化アンモニウム水溶液を加えたところ,5-シクロヘキサジエニル鉄アシル錯体14が生じ,これに一酸化炭素を作用させることにより,アシル基が5位へ位置選択的に付加した(アシルシクロヘキサジエン)鉄錯体15が得られた。さらに鉄錯体15をトリメチルアミンN-オキシドで処理すると,良好な収率でm-アシル置換ブチルベンゼン16に変換することに成功している(式5)。 さらにエトキシカルボニル基のような電子求引性基やアルキルチオ基のような電子供与性基を有するトリエン鉄錯体17,19の場合にも同様な反応が進行し,対応するm-アシル化体18,20を選択的に合成できることも明らかにしている(式6,7)。 以上,本著者はこれまで有機合成試剤として用いられることのなかった(2,4-シクロヘキサジエン-1-オン)鉄錯体およびその誘導体を利用し,通常合成が困難なm-アシル置換ベンゼン誘導体合成法の開発に成功している。この業績は有機合成化学や有機金属化学の分野に貢献すること大である。なお,本研究は林雄二郎氏,櫻井英博氏,岩越光彦氏との共同研究であるが論文提出者の寄与は十分であると判断する。従って,博士(理学)を授与できると認める。 |