学位論文要旨



No 113822
著者(漢字) 森田,澄人
著者(英字)
著者(カナ) モリタ,スミト
標題(和) 北部伊豆・小笠原弧の構造及び火山発達史
標題(洋) Structural and volcanic evolution of the northern Izu-Bonin Arc
報告番号 113822
報告番号 甲13822
学位授与日 1998.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3476号
研究科 理学系研究科
専攻 地質学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 徳山,英一
 東京大学 教授 末廣,潔
 東京大学 教授 玉木,賢策
 東京大学 助教授 石井,輝秋
 東京大学 助教授 小屋口,剛博
内容要旨 【はじめに】

 島弧はプレートの沈み込みに伴い、活動的な地学現象を絶えず繰り返しながら発達し続けている.伊豆・小笠原弧は古い大陸物質や付加体を含まず、ほとんどが島弧自身の火山性の岩石や砕屑物で構成されているため構造が比較的単純である.また一部の火山の山体上部を残してほとんどが海面下に存在しており、侵食の影響をあまり受けず形成時の地形をより良く保存していることから、島弧の構造及び火山発達史の研究に適したフィールドといえる.

 伊豆・小笠原弧は約48Maにフィリピン海プレート東縁部で形成を開始し(Mizuno et al.,1977)、四国海盆の拡大(27-15Ma)によって現在の九州パラオ海嶺と分断されたと考えられている(Okino et al.,1994).北部伊豆・小笠原弧には海溝陸側斜面の蛇紋岩海山列を除いて三つの火山地形カテゴリー、1)背弧の雁行状火山群、2)島弧中軸部の背弧側に分布する小海丘群、3)火山フロントの大型火山列、が存在する.雁行状火山群(最大直径20km)は、南北方向の島弧軸に対しておよそ東北東-西南西方向で斜交する長さ約150kmの火山列が、背弧域に幾列も連なって分布するものであり、この特異な配列をした火山群の成因について未だ充分な説明は成されていない.また島弧中軸部の背弧側には島弧内リフト帯が展開しており、小海丘群は主にこのリフト帯内に集中して分布する.雁行状火山群やリフト帯は海面下に存在するため、特に雁行状火山群は地質学的データに非常に乏しく、リフト帯に関しては火山フロントのすぐ背弧側に位置する背弧凹地(玉木ほか,1981)についてのみ詳細な構造及び地質に関する研究が行われてきた.本研究は、主に背弧の雁行状火山群とリフト帯に注目し、北部伊豆・小笠原弧の構造地質、及び火山岩と火山砕屑物の特性から、その発達史を解明することを目的としている.

【データ及びサンプル】

 本研究では、地形及び地質構造の解析のため、東京大学海洋研究所白鳳丸航海と洞海タグボート・アジア丸航海において、サイドスキャンソナーIZANAGIによる海底音響画像とシングルチャンネル地震波探査による地震波断面図を採取した.また火山岩の記載及び化学分析のためにハワイ大学モアナウェーブ号航海による120地点のドレッジサンプリングを行った.ドレッジには海底音響画像を活用し、非常に厳密な個々の火山の判別とドレッジ・ポイントの決定を行った.さらに岩石及び底質の分析には工業技術院地質調査所白嶺丸航海と海洋研究所淡青丸航海で採取したグラブ及び柱状サンプルを使用した.

【地形及び地質構造】

 各火山カテゴリーにおける活動の特徴と、構造発達史を含めた相互関係を明らかにするため、個々の火山地形の解析と、海底音響画像及び地震波断面図を用いた構造の解析を行った.

 リフト帯内には、ほぼ島弧軸方向(南北方向から北北西-南南東方向)の正断層群が顕著に発達している.リフト幅は調査海域で65-130kmに及び、南に向けて広くなる傾向がある.リフト帯内でも、より火山フロントに近い東側の背弧凹地で特に変形が顕著であり、最上部の堆積層までが断層によって切られている.リフト帯内に位置する雁行状火山群の東側部分も正断層群によって切られ東西に引き伸ばされているため、火山群の形成時期がリフト活動以前であったことが明らかである.小海丘群は雁行状火山群上にオーバープリントし、またリフト帯内では部分的に正断層群に沿って連なった海丘列や小海嶺を形成している.その形態、大きさ(平均直径300-500m)、及び分布状況から、小海丘群はリフト火山活動に伴った単成火山群と考えられる.

 リフト帯より西側の雁行状火山群には、平行なフラクチャー群を持つ火山が多数認められた.フラクチャーの走向は一貫して北西-南東方向から西北西-東南東方向を示しており、側噴火の小海丘が西北西-東南東方向に配列する火山も認められる.また各火山の形態にもほぼ同方向(北北西-南南東方向から東西方向)の伸長性を示すものが多数存在し、中には火山基底部の長径/短径比が4.0に及ぶ割れ目噴火タイプの火山も存在する.これらの方向はリフト帯内の正断層群の走向や小海丘の配列方向と著しく対照的であり、調査海域近傍での本島弧と太平洋プレートとの相対運動方向(西北西-東南東方向:Maruyama and Seno(1986))に近似している.

【火山岩の記載と化学分析】

 各火山カテゴリーから得られた岩石の特性を求めるため、目視及び鏡下観察による記載とXRFを用いた化学分析を行った.

 雁行状火山群から採取された岩石は大部分が厚いマンガン酸化物(最大5cm以上)に覆われているが、小海丘群の岩石はほとんど被覆されておらず、これは両者の形成年代の差異を示している.小海丘群の岩石は比較的空隙率が高く、岩石学的には玄武岩と酸性火山岩のバイモーダルを示すが、大部分がカンラン石に富んだ(3-15%)玄武岩で、斜方輝石や斜長石斑晶をあまり含まず(図1)インターグラニュラー石基を持つ.これと対照的に雁行状火山群の岩石は、塊状でカンラン石をほとんど含まず(図1)、斜長石に富んだ安山岩質玄武岩から安山岩が主体である.火山フロントの岩石は主に軽石質のデイサイトまたは流紋岩で、有色鉱物斑晶はほとんど含まない.

図1.各火山カテゴリーの有色斑晶鉱物のモード組成

 岩石の化学分析の結果、雁行状火山群の岩石は比較的アルカリ元素(特にRb.K)に富み、高-中カリウム系列に相当する.また小海丘群は中-低カリウム系列に、火山フロントの岩石は低カリウム系列に相当する.雁行状火山群上にオーバープリントしている小海丘の岩石の一部には、雁行状火山群のトレンドに傾倒した組成を示すものが含まれており、先行した雁行状火山群の成分を持ったソースまたは地殻によるリフト・マグマの汚染を暗示している.

【表層堆積物の組成】

 火山砕屑物の分布様式を求めるため、表層サンプルの岩相と鉱物組成の地域的変化を調査した.調査海域東側の背弧凹地及び前弧斜面で得られた底質サンプルは、軽石や火山灰を含む砂質堆積物で特徴付けられる.堆積物中の有色鉱物組成は、きわめて単斜輝石とカンラン石が優勢であり、斜方輝石及び角閃石はほとんど含まない(図2).これに対して背弧凹地よりも西側の表層堆積物は、火山灰を挟むこともあるがシルトや粘土が優勢である.有色鉱物組成は、東側とは対照的にカンラン石が非常に少量で、普通角閃石を含む(図2).

図2.表層堆積物中の有色鉱物のモード組成

 この東西海域における堆積物組成の対照性は火山砕屑物の供給源を反映しており、リフト活動に伴ってつくられた地形が砕屑物の供給経路をコントロールしていると考えられる.背弧凹地から東側では火山フロントから供給された軽石質堆積物が特徴的であるが、鉱物のモード組成は単斜輝石とカンラン石が優勢である.これは、火山フロントの岩石が有色斑晶鉱物をほとんど含まないため、リフト火山活動による小海丘玄武岩が有色鉱物の供給に貢献しているものと解釈される.また背弧凹地よりも西側では、ボリュームで圧倒的に優勢な雁行状火山群を起源とした普通角閃石を含む砕屑物が、カンラン石に富む小海丘群起源の砕屑物の量を大きく上回ったと考えられる.このような東西の対照性は、背弧凹地の西側斜面が砕屑物供給経路の障壁となり、火山フロントからの新規火山砕屑物がこれより西側にはほとんど供給されなかったことが原因と考えられる.

【北部伊豆・小笠原弧の発達史】

 雁行状火山群の山体表面に、太平洋プレートと伊豆・小笠原弧の相対運動方向に一致するフラクチャーや側噴火の小海丘列が存在すること、また個々の火山が同方向の伸長性を示すことは、Nakamura(1977)の火山体構造と広域応力場の概念より、プレート収束運動による広域圧縮応力場が雁行状火山群の形成及び成長過程に著しく影響を及ぼしたことを意味している.このようなフラクチャーや山体の伸張性を示す雁行状火山群の火山の年代は4.52Maより古く、伸長性を持たない円錐形火山は4.79Maよりも若い年代を示している(Ishizuka et al.,1997).このタイミングはフィリピン海プレートの沈み込み開始(4Ma)や中央構造線の右横ずれ運動の開始(5-4Ma)(杉山,1992)に調和的であり、これらの運動が北部伊豆・小笠原弧における東西圧縮応力を緩和したと推定される.

 雁行状火山群の一部と考えられる火山は古いもので17.30Maを示している(Ishizuka et al.,1997).また、四国海盆形成の最終ステージ(19-15Ma)には太平洋プレートの斜め沈み込みが原因と考えられる海盆拡大軸の反時計回り回転が起こっている(Okino et al.,1994).これらは、北部伊豆・小笠原弧が19Maから5-4Maにかけて、太平洋プレートの沈み込みによる圧縮応力を受け続けていたことを示唆している.雁行状火山群は、四国海盆拡大の最終期頃から5-4Maまではこの応力場の下で形成された.

 リフト帯の西縁部に位置する小海丘からは2.2Maまたは2.4Maの年代が得られており(Ishizuka et al.,1997)、東縁部のスミス凹地内のリフト火山活動が2.35Ma以後を示すこと(Shipboard Scientific Party,1990)を考慮すると、およそ2.4Maにリフト帯の東西全域でリフト火山活動が始まったと推定される.本島弧は5-4Maからこのときまでに、東西方向の圧縮応力場から引張応力場に転換し、以後リフト帯内では雁行状火山群は断層群によって切られ、火山活動は小海丘群の形成に移行した.

 リフト帯の中でも、火山フロントに近い位置は最も熱的に高く変形しやすいため、これが要因となってリフト帯東縁部の顕著な断層活動と沈降運動をもたらしたと考えられる.この変形に伴った背弧凹地の形成は、火山フロントから背弧側への砕屑物供給経路の障壁となり、現在の表層堆積物に見られるような前弧側と背弧側における対照性をつくりだした.これは島弧内リフト活動が起こるときの火山砕屑物の堆積プロセスに新たな制約を与えるものである.

 火山活動の推移は,前期中新世以後150km以上に及ぶ広大な幅を誇った雁行海山群の火山活動から,2.5Maからのリフト小海丘群の活動,そして現在の火山フロント付近に集中した活動を通して,本島弧は徐々に火山活動の幅を狭めており,上記のような地殻応力場に応じた火山発生形態を示したことが明らかになった,また各火山活動を通して,火山岩は液相濃集元素(アルカリ元素)に富んだ組成から枯渇した組成へと変化していったことを示していることから、本島弧下のウェッジマントル内が低温から高温へと変化していった可能性を示唆している.

 以上の総合的な結果は,特に背弧海盆を持った海洋島弧の一例として,四国海盆拡大(27Ma-15Ma)以後における,本島弧の成長過程の全体像を明瞭にした.

審査要旨

 本論文は3章からなり,第1章は北部伊豆・小笠原弧の構造地質学及び火山地形学,第2章は火山岩石学及び記載岩石学,第3章は本島弧の構造及び火山発達史の復元について述べられている.

 研究対象である北部伊豆・小笠原弧には3つの火山群として,1)背弧の雁行海山群と2)小海丘群,及び3)現在の火山フロントの火山群が存在している.雁行海山群は島弧軸に対して斜交する長さおよそ150kmの海山列が,本島弧の背弧域に幾列も連なって分布するものであり,小海丘群は最大直径が2km以下の小火山群である.これらの火山群は形態的に区分が可能であり,各火山群をトレースし,その構造上の関係や,火山岩組成の特徴とその変遷を時間軸をもって明らかにすることは,プレート沈み込み帯における海洋島弧形成の全体像を初めて捕らえられるものとして期待された.

 第1章では,サイドスキャンソナーIZANAGIによる海底音響画像と,シングルチャンネル地震波探査による海底下地震波断面図,及びシービームによる高解像海底地形図を用いて,3次元的な地形と地質構造の解析を行っている.その結果として,侵食の影響を受けにくい海底地形の特徴を生かし,島弧の基本構造と各火山群の相互関係が明らかにされた.本島弧中軸部に島弧全体を分断する現在進行中の巨大なリフト構造帯を発見した.このリフト帯は調査海域で最大130kmの幅を持ち,これまで観測されていたリフト構造の3倍以上に及ぶ.このリフト帯内の島弧軸方向を示す正断層群によって,雁行海山群が切られるなどの著しい変形を受けていることや,リフト帯内の小海丘群がこの島弧内リフト活動に伴った火山群であり,正断層群に沿った島弧軸方向の配列を示すことなどを明らかにし,両者の火山活動の前後関係を求めることに成功している.

 地形の解析では,雁行海山群の個々の火山にプレート相対運動方向に対応する顕著な構造的特徴を発見し,プレート沈み込みに伴った地殻圧縮応力を原因とする,火山発生形態への著しい影響が認められた.このように,先行した雁行海山群とそれに続くリフト小海丘群の構造上の特徴から,両者の火山活動期において,本島弧が島弧横断方向について圧縮応力場から引張応力場へ転じたことが示された.

 第2章では,各火山群の火山岩と火山砕屑物に関して,それらの分布と岩石学的特徴について述べられており,特に各火山群の岩石から求められた絶対年代に基づいて岩石化学的な変化が議論されている.岩石サンプルの採取にはIZANAGI海底音響画像を利用し,過去にない非常に厳密な精度で個々の火山の判別とサンプリングポイントの決定を行っている.

 その成果として,前期中新世以後,150km以上に及ぶ広大な幅を誇った雁行海山群の火山活動から,2.5Maからのリフト小海丘群の活動,そして現在の火山フロント付近に集中した活動を通して,本島弧は徐々に火山活動の幅を狭めており,それに伴って火山岩は液相濃集元素に富んだ組成から枯渇した組成へと変化していったことが明らかにされた.このことは,本島弧下のウェッジマントル内が低温から高温へ変化していったことを意味している.以上の結果は,後期漸新世から中期中新世までに起こった四国海盆拡大以後における,本島弧の火山活動を象徴する特徴として重要視される.

 第3章では,本論文の第1章と第2章及び既存の研究結果から北部伊豆・小笠原弧の総合的な発達史がまとめられている.地殻応力場の変遷とそれに伴う島弧構造発達史と火山発生形態の変化,また火山活動範囲や岩石組成の変化及び火山起源物質の供給パターンの変遷について明らかにし,特に背弧海盆を持った海洋島弧の一例としてその成長過程の全体像を明瞭にしている.

 以上のように,本論文は時間スケールを軸とし,海洋島弧の総合的な構造及び火山の発達に関して初めて明らかにしたものであり,今後の研究に新たな制約を与えるものである.その手法,結果,議論とも十分な評価を与えることができる.

 よって,博士(理学)の学位が授与できると認める.

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