学位論文要旨



No 113828
著者(漢字) ムナフ,ユールマン
著者(英字)
著者(カナ) ムナフ,ユールマン
標題(和) 傾斜実験と振動台実験による土留め擁壁の地震時挙動の研究
標題(洋) Study on Seismic Performance of Soil Retaining Walls by Tilting and Shaking Table Tests
報告番号 113828
報告番号 甲13828
学位授与日 1998.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4225号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 古関,潤一
 東京大学 教授 龍岡,文夫
 東京大学 教授 小長井,一男
 東京大学 教授 東畑,郁生
 東京大学 助教授 目黒,公郎
内容要旨

 日本で擁壁構造物の耐震設計を行う際には、壁面に作用する土圧の評価法として物部岡部理論を用いることが多い。この理論は、世界的にも広く用いられている。物部岡部理論は震度法と極限釣合い法に基づいており、クーロン土圧理論で用いられる土くさびに作用する力の釣合い式に、地震慣性力の影響を追加することにより導かれたものである。現行の耐震設計でこれを用いる際には、地盤のせん断抵抗として残留強度に相当する安全側の値が設定される。しかし、このような設定では、大きな地震荷重に対して理論が適用できなくなる限界があることが指摘されている。

 1995年の兵庫県南部地震では、他の土木・建築構造物と同様に、擁壁構造物も多大な被害を受けた。これらを対象とした現地調査と逆解析結果によれば、現行の設計指針あるいは設計規準で規定されている耐震設計法に基づいて設計された擁壁の実際の耐震性能は擁壁の形式によって異なること、および、現行の設計地震荷重と耐震設計法の組み合わせのもとでは、極めて大きな地震荷重に対する擁壁の安全性を必ずしも保証できないことが明らかにされている。

 以上の背景のもとで、本研究では、大きな地震荷重にも適用できる擁壁構造物の合理的な耐震設計法を確立することを目的として、片持ち梁式、重力式、もたれ式擁壁と3種類の補強土擁壁を対象とした模型実験を実施した。擁壁模型は高さ50または53cmで、奥行き60cmの土槽内に厚さ20cmの支持地盤を作成した上に設置した。擁壁背面に水平な裏込め地盤を作成した後、地盤内の応力レベルを大きくして土圧の測定精度を向上させるために、1.0または3.1kPaの等分布荷重を裏込め地盤表面に作用させた。支持地盤と裏込め地盤はいずれも気乾状態の豊浦砂を用いて、間隙比約0.65の密な状態となるように作成した。なお、実験で用いた豊浦砂の強度特性を明らかにするために、9.8kPaの低拘束圧下における平面ひずみ圧縮試験を別途実施した。

 これらの模型を用いて、地震慣性力を静的な力に置き換える震度法で想定している荷重条件を再現するために、土槽全体を徐々に傾斜させる実験を行った。また、地震時の動的な荷重条件を再現するために、土槽全体を振動台の上に設置し、周波数5Hz、繰返し回数約100回の正弦波を入力加速度波形として、振幅を段階的に増加させながら水平方向に加振する実験を行った。各実験では、擁壁模型が裏込め地盤と支持地盤に接する面の奥行き方向中央付近に二方向荷重計を連続的に設置することにより、擁壁模型に作用する土圧の直応力成分とせん断応力成分の分布状況とその変化特性を測定した。このほかに、擁壁模型の変位量と、水平加振実験では模型各部の応答加速度を測定するとともに、裏込め地盤の変形状況を記録した。

 各実験で得られた擁壁模型頂部の水平変位が急増し始める時点における限界水平震度の実測値を、裏込め地盤のせん断抵抗として平面ひずみ圧縮試験で得られたピーク強度を用いた場合の現行の耐震設計法に基づく計算値と比較すると、傾斜実験では前者のほうが大きく、水平加振実験では後者のほうが大きかった。これらの理由として、計算では裏込め地盤内で生じる進行性破壊の影響を考慮していないこと、および、2種類の実験では地震荷重の作用時間が異なることが考えられた。

 さらに、水平加振実験における限界水平震度の実測値と計算値の比率に基づいて推測した相対的な耐震性能は、「もたれ式擁壁<重力式擁壁<片持ち梁式擁壁≒短い一様長さの補強材を用いた補強土擁壁」の順となり、兵庫県南部地震における被災事例の逆解析で得られた傾向と定性的に対応した。また、補強土擁壁では、頂部の補強材の一部を長めに延長することによって、全体を一様に延長した場合よりも効率的に耐震性を向上できることを示した。

 補強材の一部を延長した補強土擁壁を除く各実験では、裏込め地盤中に単一のすべり面が生じた。これが水平面となす角度の実測値は、物部岡部理論で地盤のピーク強度を用いて得られる計算値と傾斜実験ではほぼ一致したが、水平加振実験では実測値のほうが大きかった。最初に形成されたすべり面上でのせん断抵抗が急激にピーク強度から残留強度まで低下することを考慮すれば、これらの現象が説明できることを示すとともに、この考えに基づいて地震時主働土圧を計算する方法を提案し、実測値との比較を行った。

 本研究において提案した手法は、物部岡部理論と同様に震度法と極限釣合い法に基づいている。しかし、地震荷重が増加する過程での主働土圧の発現機構が、最初に形成されたすべり面によって支配される点が、すべり面の位置が連続的に変化する物部岡部理論とは異なっている。提案手法では、地震荷重がある限界値に達すると、これよりも傾斜のゆるやかなすべり面が新たに形成され、それ以上の地震荷重に対する土圧発現特性を支配することになるため、極めて大きな地震荷重に対する適用性が高い。また、裏込め地盤の締固めの程度の違いをピーク強度の違いとして合理的に反映させることができる。さらに、物部岡部理論を用いた場合よりも裏込め地盤中の破壊領域が小さくなり、大きな地震荷重下でも妥当な大きさの破壊領域を与えるという利点を有する。

審査要旨

 道路・鉄道施設において多用されている擁壁構造物には重力式擁壁、片持ち梁式擁壁、あるいは補強土擁壁などの異なる形式がある。1995年の兵庫県南部地震では、これらの形式が異なる擁壁が異なる挙動を示した。しかしながら、擁壁構造物に対して用いられてきた震度法と極限釣合い法に基づく既往の設計法では、形式によって異なる耐震性を必ずしも合理的に評価できないことが指摘されている。一方、この地震以降、稀に生ずるような極めて大規模な地震を想定した設計法の導入が大きな検討課題となっている。従来、裏込め土のせん断抵抗角として残留強度に相当する安全側の設計値を用いているため、大きな地震荷重に対して設計が成立しない場合があるという問題点も生じている。

 本研究では、計6種類の異なる形式の擁壁模型を用いて、震度法で想定している疑似静的な荷重条件を再現する傾斜実験と、実際の動的な荷重条件を再現する振動台実験を行った。さらに、模型実験において裏込め土中のすべり面の発生を詳細に観察し、その結果判明したすべり面の発生特性に基づいて、裏込め土内で生じるひずみの局所化の影響を考慮して地震時主働土圧を計算する新しい手法を提案し、実測値との比較を行った。

 第一章は序論であり、研究の背景や目的を説明するとともに、論文の構成を記述している。

 第二章では、兵庫県南部地震での実例と既往の研究をまとめ、本研究の必要性と目的を示している。

 第三章では、実験に用いた模型擁壁について説明している。また、支持地盤及び裏込め土として使用した豊浦砂の低拘束圧下における平面ひずみ圧縮試験結果と、これで得られた強度特性を用いて既往の設計法に沿って実施した模型擁壁の安定計算の結果を示している。

 第四章では、模型実験法を説明し、各種の計測器の検定結果をあわせて示している。特に、土圧の計測に用いた荷重計の出力に含まれる慣性力および重力の影響を補正する方法について検討している。

 第五章では、傾斜実験と振動台実験の結果を示している。補強材の一部を延長した補強土擁壁を除く全ての擁壁において、裏込め土中に単一のすべり面が生じ、発生後の模型の傾斜角と振動台加速度の増加にかかわらず、すべり面の位置が変化しないと言う新しい知見を示した。この観察結果が第八章で活用されている。また、擁壁模型頂部の水平変位が急増し始める時点における限界水平震度の実測値を、前述した安定計算で安全率が1.0となる計算値と比較し、両者の差を裏込め土内で生じる進行性破壊の影響で説明している。また、傾斜・振動台実験における各擁壁の安定性の差を、2種類の実験での地震荷重の作用継続時間が異なることの影響で説明している。さらに、振動台実験における限界水平震度の実測値と計算値の比率に基づいて異なる形式の擁壁間での相対的な耐震性能を評価し、この模型実験結果が、兵庫県南部地震における実例と定性的に対応することを示している。最後に、補強土擁壁では、盛土頂部に近い補強材の一部を延長することによって、効率的に擁壁の耐震性を向上できることを示した。

 第六章では、振動台実験で計測された土圧の位相特性と、模型各部の加速度応答特性について分析している。本実験条件の範囲内では、擁壁背面に作用する土圧が極大値となるのは、もたれ式擁壁の上部背面以外では、外向きの水平慣性力が作用して擁壁が最も外側に変位した時点であった。これは、既往の設計法で想定している位相特性と一致する。また、同一の加振加速度における擁壁頂部の応答加速度の増幅率と位相差の発生状況は、各擁壁の間で顕著な差は見られなかったが、擁壁背面に作用する土圧合力の動的な振幅成分と擁壁頂部の応答変位振幅の比は、従来型の擁壁よりも補強土擁壁のほうが小さかったことを示している。この要因が、前述した耐震性の違いの一因となっていることを議論している。

 第七章では、擁壁背面に作用する土圧の鉛直方向分布と、その合力の作用位置等について分析している。補強土擁壁の下部背面に作用する土圧が小さめである以外は、土圧分布はおおむね静水圧的であるが、合力の作用位置は静水圧分布よりもやや高く、特に振動台実験では加振加速度が大きくなると作用位置はさらに高まった。これは、既往の耐震設計法で仮定している土圧分布が、転倒モーメントに関して危険側の設定であることを示している。

 第八章では、裏込め土内で生じるひずみの局所化の影響を考慮して地震時主働土圧を計算する新しい手法を提案し、実測値と比較している。裏込め土中に生じたすべり面の角度が、その際の水平震度と地盤のピーク強度を用いて得られる計算値とほぼ一致すること、およびその後すべり面上でのせん断抵抗が急激にピーク強度から残留強度まで低下することにより土圧が急激に増加する傾向が、実測値にも見られることを示している。裏込め土の締固めの程度の違いを合理的に考慮することができるこの提案手法は、大きな地震荷重に対する適用性も高いことを示している。

 第九章では、結論と今後の課題を記述している。

 以上を要約すると、本研究は、形式の異なる擁壁の耐震性能の違いと地震時主働土圧の発現特性を実験的に明らかにするとともに、大きな地震荷重下でも適用できる合理的な地震時主働土圧計算手法を提案してその妥当性を検証したものであり、土質工学の分野の研究と防災技術の発展に貢献するところが大である。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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