学位論文要旨



No 113829
著者(漢字) 王,印海
著者(英字) Wang,Yinhai
著者(カナ) ワン,インハイ
標題(和) 事故発生メカニズムを考慮した四枝信号交差点における車両対車両事故リスクの分析モデル
標題(洋) Modeling vehicle-to-vehicle accident risks considering the mechanism of accident occurrence at four-legged signalized intersections
報告番号 113829
報告番号 甲13829
学位授与日 1998.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4226号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 高橋,清
 東京大学 教授 森地,茂
 東京大学 教授 家田,仁
 東京大学 助教授 桑原,雅夫
 東京大学 助教授 天野,光一
内容要旨 1背景・目的

 交通事故は、社会に大きな経済的負担を与えている。日本交通政策研究会によると、1991年に日本で発生した交通事故が社会に及ぼすコストは、5.03兆円(およそ400億USドル)と見積もられている。従来から交通事故削減のために様々な対策が行われ、巨額な資金を費やしてきたのにもかかわらず、交通安全の水準はいまだ満足いくものには至っていないのが現状である。そこで今後は、従来の対策に加えて、より効果的に事故を減少させる対策を行うことが急務となっている。

 事故発生場所別に見ると、1995年に発生した人身事故のうち、交差点および交差点付近で発生したものは総事故件数の58.7%を占め、死亡事故では44.7%を占める。従って、交差点における事故を減少させる対策が効果的だと考えられる。そこで本研究では、四枝信号交差点における車両相互の事故を対象に、1.事故類型別に、事故率に対する交差点幾何要因および交差点環境要因の抽出、2.事故発生過程を考慮した事故リスク評価モデルの構築を目的とする。

2学術的背景

 従来の研究は、交通事故件数と、その要因の関係に着目したものが多い。しかし事故件数は交通量に依存するところが大きく、他の要因による影響を明確にすることが難しい。そこで本研究では、交通量で基準化した事故率と、要因との関係に着目して分析を行った。

 従来の研究によると、事故原因の90%以上が人的要因によって発生しているとされている。しかしながら、人的要因はデータとして得るのは困難という問題もあり、交通事故と人間の要素についての研究は、まだ十分には行われていない。運転者の行動を考慮するためには、交通量ではなく、個々の車の挙動に着目する必要がある。そこで、事故発生時の衝突のタイプによって、四枝信号交差点における車両相互の事故を11種類に分類し、それぞれタイプごとに車の挙動を考察した。

3交通事故データベースの構築

 モデルの構築のためには、事故発生件数に加え、方向別交通量や交差点幾何構造、交差点周辺の環境などを、4つの方向別(以下レッグ別)に分けて(すなわち交差点中心から見て北、東、南、西方向別に)整理したものが必要である。既存の事故データベースは、方向別には扱っていないため、本研究では、事故原票および事故発生状況図を参照することで事故発生レッグを特定化した。交通量データについては、警視庁統計表と道路交通センサスを用い、交差点環境データについては、交差点形状図および現地調査によって明らかにした。そして本研究では、東京都内の116交差点で、1992年から1995年に発生した人身事故のデータを収集した。

4事故リスク推定モデルの定式化とパラメータ推定

 本研究では、事故発生過程を考慮して、交差点レッグ別に事故率(事故リスク)を推定するモデルを構築した(以下、事故リスク推定モデル)。ここでは、事故原因を、1)走行している車両の進路を妨げる、歩行者や他の車両の存在(以下、ディスターバンス)と、2)ディスターバンスに対して、運転者が正確な操作を行うことができない場合の2事象に分けて定式化した。たとえば追突事故の場合、信号無視をして交差点を横断している歩行者や、赤信号は、円滑な交通流を乱すという点でディスターバンスであり、前車は減速する。そこで後続車が、正確な反応ができず、前車の減速に相応したギャップを保持することができなかった場合、追突事故が発生すると予想される。ここで、ディスターバンスを受ける確率をPo、後続車が前車への衝突を回避でできない確率をPfとすると、事故発生確率Priskは、式(1)で示される。

 

 簡単のため、同一交差点レッグを年iに通過する車の事故発生確率は、常に一定であると仮定する。事故の稀少性からPriskiは非常に小さく、交通量fiが非常に大きい。従って事故発生確率は、ポアソン分布に従うと考えられる。しかし実際のデータは、期待値と分散が等しいというポアソン分布の仮定を満たさない。そこで本研究では、この仮定を解消するため、負の二項分布を仮定した。ここで負の二項分布とは(2)式で示され、その期待値はポアソン分布と等しく、分散は、(3)式で示される。

 

 

 本研究では、全てのモデルについて、この負の二項分布を採用し、最尤法を用いてパラメータを推定した。それぞれの対数尤度関数は式(4)〜(6)で示される。

 

 

 

 RE1、AG1の事故リスクモデルの定式化において、ディスターバンスの発生は、ポアソン過程に、運転車の認知反応時間はワイブル分布に従うと仮定して定式化を行った。また、すべての事故に対するリスク推定モデルについては、対数線形モデルを採用した。

5結果と考察

 推定されたパラメータは、十分現象を再現していると考えられ、信号制御や車線構成などの多くの要因が有意となった。例えば追突事故について見ると、速度規制が低いレッグや、直進レーン数が多いレッグ、左折レーンや、歩行者横断防止用フェンスが設置してあるレッグ、直進右折分離の信号制御、青時間が長いレッグは、ディスターバンスが発生する確率Poが小さくなる。一方、左折角度、右折交通量、対向右折交通量、左折交通量、直進車車頭時間が大きいレッグでは、確率Poが大きくなることが明らかになった。同様に、交差点進入レーン数が多いレッグでは、後続の運転者が追突を回避できない確率Pfが小さいのに対し、勾配があるレッグや、速度規制が高いレッグ、オーバーパスの下のレッグでは、Pfを大きくするという結果が得られた。また中央分離帯は、通常交通流を円滑にするものであり、事故削減効果が期待できると予測しがちであるが、それはおそらく単路部での場合であり、交差点においては3つのモデルの全てにおいて、事故を増加させる要因になることが示された。また負の二項分布のパラメータは、0以上であり、有意であることから負の二項分布の適用がふさわしいと言える。モデルの再現性については、全事故に対するリスク推定モデルよりも、追突事故や右折直進事故リスク推定モデルの方が高く、行動理論に基づく定式化を行うことで、再現性が向上することが確認された。

審査要旨

 本論文は、Modeling vehicle-to-vehicle accident risks considering the mechanism of accident occurrence at four-legged signalized intersections(事故発生メカニズムを考慮した四枝信号交差点における車両対車両事故リスクの分析モデル)と題して、交通事故の統合的データベースの構築と、交差点環境要因と運転者の挙動とのインタラクションを明示的に事故発生プロセスに取り込んだ事故リスク分析モデルの構築を行い、これまでのように勘と経験に頼ることなく、より科学的に交通事故発生交差点の危険度評価や、今後の事故削減対策を行うための方法論の開発を行ったものである。

 交通事故は、人の命を奪うだけではなく社会に大きな経済的負担を与えている。それ故、従来から交通事故削減のために様々な対策が行われ、巨額な資金が費やされてきた。しかし、いまだ交通安全の水準はけして満足のいくものに至っていないのが現状である。

 こうした中で、交通安全に関する既往研究を概覧すると、交通事故件数を交通量や交差点環境要因などにより、重回帰分析をはじめとする多変量解析理論を用いて現状を説明するといった研究に止まっている。しかし、交通事故の発生をより詳細に分析するにあたっては、交差点の幾何要因も含めた交差点環境要因と運転者の挙動とのインタラクションとして捉えることが重要であり、そのための分析に必要なデータの体系的整備と交差点環境や運転者の挙動を明示的に取り込んだ事故発生モデルの開発が必要である。特に、発生した事故の約90%以上が、何らかのヒューマンファクターが関与しているとされており、運転の挙動を含むヒューマンファクターを交通事故発生プロセスのモデルに組み込むことは重要である。

 そこで本研究は、四枝信号交差点における車両相互の事故を対象に、

 1)交通事故データの体系的整理を行い、事故発生要因と考えられる交差点幾何要因および交差点環境要因を抽出し、要因間の関係に着目した分析を行うこと。

 2)四枝信号交差点内で発生する衝突事故のタイプを分類整理し、それぞれタイプごとに交差点環境と車の挙動との関連について考察するとともに、事故発生過程を考慮した事故リスク分析モデルの構築を行う。

 を目的とする。

 今回、四枝信号交差点における車両相互の事故に着目した。その理由としては、過去に発生した人身事故の内、交差点および交差点付近で発生したものは総事故件数の約6割を占め、死亡事故では約4割を占める。それゆえ、発生場所として交差点における事故を集中的に分析し、その対策を行うことは交通事故を軽減する上で効果的であると考えたからである。

 次に本研究の方法論上の独創的な点を列挙すると次の二点である。

 1)交通事故発生交差点において、事故原票および事故発生状況図、交通量データ、さらには交差点周辺環境に関するデータを統合的に整理した交差点交通事故データベースを構築した。構築したデータベースを用い、交差点における方向別(レッグ別)に事故の発生形態別を分析し、事故類型を11タイプに分類・整理した。

 2)事故発生プロセスを(1)走行している車両の進路を妨げる歩行者や他の車両の存在(以下、ディスターバンス)と、(2)ディスターバンスに対して、運転者が正確な操作を行うことができない状況に分けて定式化し、交差点レッグ別に事故率(事故リスク)を推定するモデルを構築した。モデルの定式化にあたっては、走行している車両の進路を妨げるディスターバンスを受ける確率と衝突を回避でできない確率とし、事故発生確率を上記の確率の積として定式化した。また運転者の挙動を反応時間遅れとして捉えモデルに組み込んだ。

 本研究は、9章によって構成されている。第1章では既往研究のレビューを行うとともに、研究の背景と目的、論文の構成が述べられている。第2章では一般的な交通事故発生過程を踏まえ、交差点内事故の発生パターン分類の基本的考え方を述べている。第3章では交通事故データベースを構築する上での基本フレームとデータ収集の方法などについて整理され、実際、データ収集を行った結果についての記述がなされている。収集されたデータは、第4章において統計的分析が行われ、交通事故発生要因の抽出における基礎的分析結果が提示されている。第5章では特に交通事故とヒューマン・ファクターにおける関係につての分析を行っている。第6章では本研究の核となる事故発生プロセスモデルの定式化を行い、第7章において実データを用いたパラメータ推定を行い、事故発生要因の検討を行っている。第8章では開発されたモデルを用い、個々の交差点における交通事故発生リスクの分析が行われ、第9章の結論に至る。

 本研究により得られたとりわけ有益な結論を以下に列記する。

 1)事故発生確率のパラメータ推定にあたり、事故の稀少性やデータの性質より、負の二項分布を採用し、最尤法を用いてパラメータを推定した。モデルの再現性の検討などの結果から、十分説明に耐えられるモデルが構築された。

 2)ディスターバンスが発生する確率については、次のような状況で小さくなる。(1)速度規制が低いレッグ、(2)直進レーン数が多いレッグ、(3)左折レーンや歩行者横断防止用フェンスが設置してあるレッグ、(4)直進右折分離の信号制御、青時間が長いレッグ。一方、左折角度、右折交通量、対向右折交通量、左折交通量、直進車車頭時間が大きいレッグでは、ディスターバンスが発生する確率が大きくなることが明らかになった。

 3)交差点進入レーン数が多いレッグでは、後続の運転者が追突を回避できない確率が小さいのに対し、勾配があるレッグや、速度規制が高いレッグ、オーバーパスの下のレッグでは、回避できない確率が大きくなるという結果が得られた。

 4)通常、中央分離帯は通常交通流を円滑にするものであり、事故削減効果が期待できるというのが一般的な理解である。しかし、交差点においては事故を増加させる要因になることが明らかとなった。

 以上のように、本研究は、その究極の目的である交通事故軽減に対する実務的ニーズとの適合性、学問的オリジナリティ、得られた諸結論の有用性、今後の発展の可能性と応用可能性の諸点からみて、工学的に高い価値のある論文と判定される。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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