学位論文要旨



No 113830
著者(漢字) タグエルディン,ハテム
著者(英字)
著者(カナ) タグエルディン,ハテム
標題(和) 構造物の大変形崩壊挙動を効率的に分析する新しい非線形解析法の開発
標題(洋) A new efficient method for nonlinear,large deformation and collapse analysis of structures
報告番号 113830
報告番号 甲13830
学位授与日 1998.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4227号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 目黒,公郎
 東京大学 教授 東原,紘道
 東京大学 教授 堀井,秀之
 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 助教授 山崎,文雄
内容要旨

 先の兵庫県南部地震は,防災先進国と言われてきた日本においても,強い地震動を受ければ土木構造物や建築構造物がさまざまな構造被害を受けることを再確認させた.その中でも構造物の崩壊被害は最も深刻な問題であり,構造物の挙動解析の研究における最重要課題の一つとなっている.兵庫県南部地震による直後の犠牲者の80%以上は構造物被害が直接の原因である.さらに,崩壊した建物に閉じ込められたために避難できず,結果的に焼死してしまった人々を加えると,人的被害の原因に占める構造物の崩壊被害の割合は圧倒的に高いと言わざるを得ない.

 上記のように地震による人的被害の軽減には,構造物の崩壊メカニズムの解明が不可欠であるが,崩壊に至るまでの挙動を高い精度で数値解析することは今日の先端技術を用いても簡単ではない.最大の理由は,現在最も一般的に用いられている有限要素法(FEM)を代表とするいわゆる連続体解析手法においては,解析対象となる構造物や媒質が連続体であると仮定していることによる.しかし崩壊挙動とは,まずひび割れが発生し,それが進展し,やがて元々は一体であった構造物が壊れて幾つかの部分に分かれて独立に挙動し,それがまた他の物体に衝突したり新たに接触したりする現象である.このような挙動は,連続体解析手法の基本的な仮定を満足しないことから,これらの手法を用いて崩壊までの挙動を追うことはできない.一方,拡張個別要素法(EDEM)のような構造物を非連続な多数の要素の集合体と考える非連続体解析手法では,連続体解析手法では追跡不可能な,構造物の崩壊挙動の解析が可能である.しかし解析の精度は前者ほど高くない.構造物の崩壊被害メカニズム解明の重要性と今日の構造解析手法の現状を考えると,微小変形領域から完全崩壊にいたるまでの一連の挙動を,高い精度で統一的に解析できるコンピュータ解析モデルが社会から強く望まれていることが認識される.

 本研究の目的は,様々なタイプの構造物の日常的な弾性応答から完全崩壊にいたるまでの挙動を,高い精度で効率よく解析する手法を提案することである.すなわち,ひび割れの発生から伝播,そして破壊の進展に伴う分離や滑り,再接触や衝突などの問題を簡単なモデルで統一的に解析するモデルを開発する.この手法では,解析対象構造物は仮想的に分割した小要素の集合体として考えている.これらの要素は,要素の辺に沿って分布する法線方向,接線方向の2種類のバネによって結合されている.この時,法線・接線方向のバネを各1本ずつ組み合わせた1組のバネが代表する領域は,隣り合った要素同士の中心線を適当に等分した大きさのセグメントとして表現される.すなわち要素の1辺に10組の分布バネを配置する場合は,1要素を10分割した大きさのセグメントが1組みのバネが挙動を代表する領域となる.鉄筋コンクリートを例にとれば,鉄筋とコンクリートは,それぞれ異なった材料特性を有する非線形のバネによって表現され,それらのバネが要素の辺に沿って分布していることになる.要素の局部的な破壊は,セグメントの破壊,すなわち要素をつなぐ分布バネの破壊としてモデル化される.バネの破壊はバネに作用する力から計算される主応力が破壊基準として設定した主応力を超えるときに発生するものとした.

 上記のようなコンセプトによる構造解析手法の定式化と解析プログラムの構築を行い,以下に説明するような様々なケースの解析を行った.そしてその結果を実験結果や理論解と比較検討し,提案モデルの適用性と結果の精度を確認した.

 まず最初に,静的弾性解析を行い,用いる要素のサイズと解析精度,シミュレーションに要するCPUタイムの関係を検討した.次に通常の3自由度要素を用いた解析手法では困難であったポアソン比の影響を,簡便的に材料特性に反映させるモデルの定式化を行った.そして,角柱供試体を用いて軸方向圧縮応力を作用させた場合のシミュレーション結果を理論値と比較し,両者が良い一致を示すことを確認した.

 静的弾性解析における提案モデルの妥当性を確認した後に,非線形材料モデルを用いて単調増加荷重条件のもとで,崩壊開始時点までの構造物の挙動解析を行った.まず最初に,提案手法を用いると,EDEMや剛体バネモデル(RBSM)などの従来の非連続体解析手法では,ひびの割れの発生位置や伝播方向,破壊強度が要素の形や配置法に強く依存する問題が生じず,これらの値が理論値通りに求まることを確認した.そして次に,様々な実験結果や他の解析法から得られた結果と提案手法による解析結果を比較し,供試体の大きさや鉄筋の配置による破壊挙動の変化を調べ,提案手法の妥当性を確認した.解析結果によれば,提案手法を用いると荷重載荷開始時から崩壊に至るまでのひび割れの発生やひび割れの伝播を,リーズナブルな解析時間と高い精度で得ることができることがわかった.

 地震荷重は荷重の載荷方向が交差する現象である.そこで次には,荷重の載荷方向が周期的に変化する荷重条件下の数値解析を行い,実験結果と比較した.その結果,交差する載荷重によって,一端発生したひび割れが開いたり閉じたりする,複雑なクラックの再開閉の問題を追跡できることがわかった.解析精度は一般的に高く,特に細長いフレーム構造のものにおいては信頼性が高い.

 最終的に本研究で目的とする崩壊挙動までを高精度に追跡するには,破壊は生じなくとも大きな変形が生じる問題に対応しうる手法となっている必要がある.そこで幾何学的な非線形性を考慮できるようモデルを修正し,座屈荷重,変形モード,座屈後の構造物の変形を精度良く再現できることを確認した.本手法の特長は,モデルが単純・明解であり,かつ幾何学的な剛性マトリックスを決定する必要がないために,結果としてどのような荷重状態や材料でも解析することができる点にある.

 破壊が進行していくと,構造体の一部が本体から離れて独立に挙動し,やがて他の要素と衝突するような現象が起こる.動的な大変形や非連続体挙動である.そこで次の課題として,要素間の衝突や再接触の問題に対応するモデルの修正を行い,衝突時に消費されるエネルギー散逸を考慮に入れた解析を行った.まず単体要素や集合要素が自由落下し,下にあった物体に衝突する際の挙動解析を行い,実際の現象と比較した.その結果,鉄筋コンクリートフレームに岩塊が落ちることを想定した解析では,複雑なフレームと岩塊の崩壊過程が,事前の特殊な想定なしで行えることが確認された.もちろんクラックの進展方向は応力条件と境界条件によって自然と決定されるものであり,事前の特別な知識や配慮は不要である.演算時間も他の非連続体解析手法と比較して実用上全く問題はない.

 最後に,本研究で提案し修正を施した手法を用いて,11階建ての鉄筋コンクリート構造のスケール供試体モデル(実物の1/15)を用いた振動台実験の再現を試みた.振動台から入力される地震動としては,波形の形状が同じで振幅の違う6種類の地震動を用いた.ただし,実際の実験においては用いた振動台の性能の限界から,供試体モデルを完全に崩壊させるまでには至らなかった,シミュレーション結果と実験結果との比較から言えることは,本提案手法を用いれば,複雑な動的非線形破壊挙動も非常に高い精度で解析可能な点である.さらに振動台実験では実施できなかった崩壊過程のシミュレーションを,地震波の振幅を振動台の性能を越える値まで増大させて行った.その結果,本解析手法が複雑な崩壊挙動までも追跡可能であることが示された.

 以上の結果より,本研究で開発した新しい構造解析手法は,弾性状態から完全崩壊にいたるまでの一連の挙動を,統一的に非常に高い精度で解析できることが確認された.その際に重要な点は,FEMなどのように事前に破壊箇所や破壊の進展方向を仮定する必要が全く無く,これらは応力条件や境界条件が破壊の進展に伴って変化していく結果として自然に決定される点である.しかもEDEMなどのように長時間のCPUタイムを必要としない点も有利な点である.

 本研究で提案する構造解析モデルは,様々な材料や構造体の非線形,大変形,崩壊などの挙動を,リーズナブルなCPUタイムで高精度に解析可能とする汎用的な構造解析環境を提供することを目的としたものである.故に個々の特殊な材料や構造体の解析を目的とする場合には,その材料特性を表現するモデルをバネモデルとして採用すればいい.本研究では研究の第一歩として,鉄筋コンクリート(RC)構造の解析を中心に説明を試みた.すなわち,従来の一般的な解析手法とは違って,RC部材や構造としての挙動をモデル化するのではなく,無筋コンクリートの材料モデルと鉄筋の材料モデルを使い,それらの挙動を表現するバネを配筋図に従って忠実に配置することで,RC構造としての複雑な挙動は自然に表現されるという立場をとっている.またここでRC構造を解析の中心とした理由は,RC構造が鉄筋とコンクリートという材料特性の異なる複数の媒質から構成される複合材料であり,その崩壊に至るまで挙動解析が依然として困難であること.また上記のような全く単純なモデル化によって,従来困難であった複雑な破壊挙動が,高い精度で追跡可能であることが示されれば,本提案手法が,鋼構造や土構造,セラミックスや他の様々な材料の挙動解析に対応可能であることを示すことにもなると考えたためである.

審査要旨

 先の兵庫県南部地震は膨大な数の土木・建築構造物を崩壊させ,多大な人的・経済的被害をもたらした.このような地震被害の軽減には,構造物の崩壊メカニズムの解明が不可欠であるが,崩壊に至るまでの挙動を高い精度で数値解析することは今日でも非常に難しい.本研究では崩壊に至るまでの破壊挙動を簡単なモデルで高精度に,しかもリーズナブルな計算時間で解析する手法の提案を試みる.

 本論文は全9章から構成され,まず第1章では研究全体の目的や背景,論文の構成を説明している.

 第2章では,本研究で提案する破壊解析法(2次元)の基本的な定式化を説明し,用いる要素のサイズの影響,ポアソン比の導入とその影響などを考察した.

 第3章は,材料の破壊基準の導入と,一方向載荷時の破壊挙動に与える要素配置の影響の検討である.そしてその影響が小さいことを確認の後,鉄筋コンクリート(RC)供試体の一方向載荷試験の再現を試みた.すなわち,2層のRC壁構造やサイズや鉄筋比の異なるRC供試体の破壊実験の数値シミュレーションを行い,荷重-変位曲線,クラックの発生箇所や進展方向が実験結果に良く一致することを示した.

 第4章では,荷重方向が交差する場合の材料特性モデルの導入と,梁-柱接合部や第3章で用いたと同様な2層のRC壁構造に交差荷重が作用した場合の解析を行った.その結果,クラックの発生位置や進展方向などの事前情報がなくとも,クラックは自然と発生し進展するが,載荷方向が途中で逆転することで,結果的にX型のクラックが生じることが示された.

 第5章は提案手法の静的大変形問題への適用法の説明である.荷重載荷による解析モデルの変形を考慮して載荷方向を再度決定し直すことによって,非常に大きな変形領域までの挙動解析を可能とした.そして静的大変形問題の典型例として座屈問題を取り上げ,柱構造の座屈挙動,Snap through座屈,支持条件の異なるフレーム構造の座屈現象などを解析し,理論解との比較から精度の高さを確認した.

 第6章では動的現象への提案モデルの適用法を解説した.また減衰の扱い方や解析モデルの動特性を調べるために重要な固有値解析に基づく固有周期やモードの求め方も示した.そして振子現象や元々一体であったモデルが破壊し複数のブロックになる現象などを再現し,理論解との比較から高い精度を確認した.また有限要素法(FEM)など,行列式を基本とした構造解析手法では,通常は周辺要素から完全に離れて独立で挙動する要素や要素の塊の挙動は,剛性マトリクスがsingularになることから追跡困難であるが,ここでは質量と減衰マトリクスを考慮した運動方程式を用いることで追跡可能とする手法も提案した.

 第7章では衝突問題を取り上げた.ここで言う衝突とは,初期状態で接していた要素との再接触はもちろん,全く違った要素との接触や衝突までを対象とする.要素の接触や衝突問題においては,判定条件の簡便化のために,要素同士の接触境界を円形と仮定した.新しい要素との接触が問題となるほどの変形領域では,矩形要素の角の部分は応力集中によって破壊され,丸みを帯びると予想されることからもこの仮定は妥当と考えられる.衝突時に消費されるエネルギーは,要素同士の接近時と離れる際のバネ剛性を変化させることで表現し,この変化率を変えながら,要素の運動エネルギーと要素間のバネに蓄えられた歪エネルギーの収支を調べた.その結果,提案手法が精度良く現象を再現していることを確認できた.

 第8章は本研究の最終目標「地震動を受ける構造物の崩壊過程の解析」であり,1/15スケールのRC構造モデルの振動台実験の再現を試みた.実験では同一形状で振幅の違う5つの地震波を順に入力し,破壊の進展具合や応答特性を調査している.そして最後に,振動台性能の上限に近い地震波を用いて崩壊を試みたが,崩壊には至らなかった.数値解析も全く同様の手順で解析を行ったが,解析結果の精度は入力のレベルを上げるに従って高くなり,最終的には驚くほどの精度となった.地震動が小さい場合の精度が低かったのは,用いた2次元モデルでは考慮していない奥行方向の壁の影響が,荷重が小さい範囲では無視できないためである.しかしやがて壁の下端が破壊し,全体の挙動に与える壁の影響が小さくなると,2次元モデルでの挙動再現が十分可能となる.振動台性能の上限で加振したケースの数値解析では,大変形モデルや鉄筋の切断の効果を考慮しても十分な精度の結果を得ることはできなかったが,この理由は現在のモデルでは,鉄筋の座屈やかぶりコンクリートの剥離などを考慮していないためと考えられる.この領域の現象の高精度な解析には,より詳細な材料モデルの採用が必要である.一方,提案モデルの適用変形領域の大きさを確認するために行った振動台の性能を大きく越える入力を作用させた解析結果は,本手法が崩壊挙動までの追跡を可能であることを示した.

 第9章では本研究の結論と今後の課題をまとめた.

 以上のように本研究で開発した新しい構造解析手法は,弾性状態から完全崩壊にいたるまでの一連の挙動を,リーズナブルなCPUタイムで統一的に高い精度で解析できる.その際に重要な点は,FEMなどのように事前に破壊箇所や破壊の進展方向を仮定する必要がなく,これらは応力条件や境界条件が破壊の進展に伴って変化していく結果として自然に決定される点である.しかも拡張個別要素法(EDEM)などのように長時間のCPUタイムを必要としない点も有利である.

 このように本研究は構造物の破壊解析と防災技術の発展に貢献するところが大である.よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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