学位論文要旨



No 113831
著者(漢字) 鄭,頤
著者(英字)
著者(カナ) ゼン,イ
標題(和) 極軟鋼からなるエネルギー吸収装置を用いた橋の地震時損傷の制御
標題(洋) Seismic Damage Control of Bridges Using Low-Yield Point Steel(LYPS)Devices
報告番号 113831
報告番号 甲13831
学位授与日 1998.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4228号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 教授 東原,紘道
 東京大学 教授 小長井,一男
 東京大学 助教授 舘石,和雄
 東京大学 助教授 阿部,雅人
内容要旨

 構造物にパッシブなエネルギー吸収装置を設置することによって,地震応答が大きく低減されることが知られている.なかでも,金属の塑性変形を利用したエネルギー吸収装置は,経済的で,地震応答低減目的の使用に適している.しかしながら,このように金属を利用した装置は,塑性変形が生じない限りエネルギー吸収装置として機能しないため,大地震時には有効であっても,中小地震時には十分な振動減衰効果が得られない.そのため,極軟鋼をエネルギー吸収材料として使用することが試みられている.極軟鋼は,通常の構造用鋼材と比べ3分の1程度と低い応力で降伏するが,破断ひずみは1.5〜2倍程度と優れた変形性能を有する材料である.極軟鋼をエネルギー吸収材料として用いることで,通常の鋼材を用いる場合と装置の寸法や剛性を変更することなく,より小さな変形レベルにおいてもエネルギーを吸収することが可能となる.

 本研究では,極軟鋼を用いて橋梁の地震時応答を効果的に軽減する方法を提案することを目的とした.従来,極軟鋼を用いたエネルギー吸収装置の開発は実験をベースとして試行錯誤的に行われてきている.したがって,橋梁構造系内において損傷を制御するために極軟鋼を用いることを考えると,理論的でかつ体系的な実験に基づいた解析手法を確立する必要がある.そこで,論文の前半においては,極軟鋼の力学的材料特性に焦点をあて,その構成則,エネルギー吸収特性,低サイクル疲労特性,ならびに地震力を対象とした損傷モデルについて検討を行った.後半では,極軟鋼の橋梁構造系への応用を検討し,鋼製橋脚基部への極軟鋼板貼付けや橋脚天端・桁間への極軟鋼塑性ダンパーの設置を取り上げ,非線形動的解析によって地震時挙動への影響を明らかにしている.

 論文の前半では,まず,極軟鋼のひずみ硬化特性を再現する等方硬化側と移動硬化側からなる混合硬化側を構築した.全長にわたって一定のモーメントが生じる曲げ棒型ダンパー状の供試体を対象に繰り返し載荷実験を行い,3次元有限要素法を用いてその精度を検証した.解析結果と実験結果を比較したところ,本混合硬化側は極軟鋼のひずみ硬化特性ならびにバウシンガー効果を再現できることが明らかとなった.次いで,極軟鋼の1〜10%程度の大ひずみ領域における破断までの低サイクル疲労試験を,種々の履歴特性について行った.その結果,低サイクル疲労にしばしば用いられるひずみベースの寿命予測式が成り立つことが明らかとなった.その際,ここでの低サイクル疲労試験は,曲げ棒型供試体によるものであるため,曲げによる試験結果と通常の引張り・圧縮による試験結果を変換する方法を提案している.さらに,載荷サイクル数を塑性変形によって吸収された全エネルギーによって置換することで,エネルギーに基づいた疲労予測式を提案した.この疲労予測式は,多軸応力下でかつ複雑なひずみ履歴に対しても成立することを確かめており,種々の設置条件下でのエネルギー吸収装置の設計に使用可能な実用上有用なものとなっている.また,低サイクル疲労試験結果に基づいて,地震載荷状態を対象とした損傷指標を変形量と累積エネルギーのべき乗で表した.橋桁に極軟鋼を設置した場合を対象に行った準動的ハイブリッド実験によって,極軟鋼からなるエネルギー吸収装置の実際の地震時挙動を再現し,本損傷指標の有効性を検討している.ここで提案した損傷指標によってハイブリッド実験時の極軟鋼の破断をよく近似でき,大地震時の極軟鋼エネルギー吸収装置の損傷レベルが容易に評価できることがわかった.

 論文後半では,まず,橋梁構造系への適用を念頭に,提案した構成則を用いて種々の極軟鋼エネルギー吸収装置をのエネルギー吸収特性の検討を行った.次いで,鋼製橋脚の耐震性能を向上させ,橋脚本体を地震時にも弾性に保つために,極軟鋼板を基部に設置し,主構造に先行して降伏させエネルギーを吸収させることを試みている.この場合についても,エネルギー吸収特性および等価減衰定数を提案した構成則に基づく3次元有限要素解析によって検討した.さらに,簡易モデルによって,鋼製橋脚の減衰定数を最大にする最適設計法も提示した.以上の結果を組み合わせ,長周期化によって地震力の低減を図ると共に,エネルギー吸収装置の設置によって上部構造の変位を抑え,また,極軟鋼板接着によって橋脚の減衰を高めることによって,橋梁構造全体系の損傷を制御することを試みた.橋梁構造系の非線形動的解析によって地震時挙動を確認している.この結果に基づいて,地震応答やエネルギー吸収性能に影響を及ぼすパラメータを整理した.その結果,適正に設計されたエネルギー吸収装置を用いることで,橋梁構造の非弾性応答を効果的に制御できることが明らかになった.

 以上より,極軟鋼からなるエネルギー吸収装置は,橋梁構造全体系の中で重要な要素として挙動し得ること,また,全体系の応答を制御し得ることが明らかになった.これらの知見に基づいて,高架道路橋の耐震性能向上を対象に,極軟鋼エネルギー吸収装置の設計法を構築した.また,ここで提示された解析方法は,他の材料からなるパッシブエネルギー吸収装置に対しても適応可能な有用なものであると考えられる.

審査要旨

 構造物の耐震性能の向上させる手段として,免震をはじめとした各種デバイスを用いる手法が阪神大震災以後とくに注目され,活発に研究開発が行われている.その一つの方法として極軟鋼(低降伏点鋼)を用いる方法が提案されている.

 極軟鋼は通常の構造用構造に比べ,降伏点が低くダクティリティに優れており,制震材,制震デバイスそのものを調べる実験的研究が主で,材料そのものその特性,構造体の一部として用いる研究などに乏しかった.

 本論文は,極軟鋼を対象に,低サイクル大ひずみ繰り返し下での力学的特性を基礎的な立場から検討し,制震デバイスとしての有効性を実験・解析を通じ明らかにするとともに,構造部材に近い形で極軟鋼を用いた鋼製橋脚の耐震性向上策を提案し,検討を加えることを主題としている.

 論文の前半では,まず,極軟鋼のひずみ硬化特性を再現する等方硬化側と移動硬化側からなる混合硬化側を構築した.全長にわたって一定のモーメントが生じる曲げ棒型ダンパー状の供試体を対象に繰り返し載荷実験を行い,3次元有限要素法を用いてその精度を検証した.解析結果と実験結果を比較したところ,本混合硬化側は極軟鋼のひずみ硬化特性ならびにバウシンガー効果を再現できることが明らかとなった.次いで,極軟鋼の1〜10%程度の大ひずみ領域における破断までの低サイクル疲労試験を,種々の履歴特性について行った.その結果,低サイクル疲労にしばしば用いられるひずみベースの寿命予測式が成り立つことが明らかとなった.その際,ここでの低サイクル疲労試験は,曲げ棒型供試体によるものであるため,曲げによる試験結果と通常の引張り・圧縮による試験結果を変換する方法を提案している.さらに,載荷サイクル数を塑性変形によって吸収された全エネルギーによって置換することで,エネルギーに基づいた疲労予測式を提案した.この疲労予測式は,多軸応力下でかつ複雑なひずみ履歴に対しても成立することを確かめており,種々の設置条件下でのエネルギー吸収装置の設計に使用可能な実用上有用なものとなっている.また,低サイクル疲労試験結果に基づいて,地震載荷状態を対象とした損傷指標を変形量と累積エネルギーのべき乗で表した.橋桁に極軟鋼を設置した場合を対象に行った準動的ハイブリッド実験によって,極軟鋼からなるエネルギー吸収装置の実際の地震時挙動を再現し,本損傷指標の有効性を検討している.ここで提案した損傷指標によってハイブリッド実験時の極軟鋼の破断をよく近似でき,大地震時の極軟鋼エネルギー吸収装置の損傷レベルが容易に評価できることがわかった.

 論文後半では,まず,橋梁構造系への適用を念頭に,提案した構成則を用いて種々の極軟鋼エネルギー吸収装置をのエネルギー吸収特性の検討を行った.次いで,鋼製橋脚の耐震性能を向上させ,橋脚本体を地震時にも弾性に保つために,極軟鋼板を基部に設置し,主構造に先行して降伏させエネルギーを吸収させることを試みている.

 この場合についても,エネルギー吸収特性および等価減衰定数を提案した構成則に基づく3次元有限要素解析によって検討した.さらに,簡易モデルによって,鋼製橋脚の減衰定数を最大にする最適設計法も提示した.以上の結果を組み合わせ,長周期化によって地震力の低減を図ると共に,エネルギー吸収装置の設置によって上部構造の変位を抑え,また,極軟鋼板接着によって橋脚の減衰を高めることによって,橋梁構造全体系の損傷を制御することを試みた.橋梁構造系の非線形動的解析によって地震時挙動を確認している.この結果に基づいて,地震応答やエネルギー吸収性能に影響を及ぼすパラメータを整理した.その結果,適正に設計されたエネルギー吸収装置を用いることで,橋梁構造の非弾性応答を効果的に制御できることが明らかになった.

 以上より,極軟鋼からなるエネルギー吸収装置は,橋梁構造全体系の中で重要な要素として挙動し得ること,また,全体系の応答を制御し得ることが明らかになった.これらの知見に基づいて,高架道路橋の耐震性能向上を対象に,極軟鋼エネルギー吸収装置の設計法を構築した.また,ここで提示された解析方法は,他の材料からなるパッシブエネルギー吸収装置に対しても適応可能な有用なものであると考えられる.

 以上,本論文は,制震材として用いる際に必要な極軟鋼の力学的特性に関して基本的かつ有用な情報を与え,また新しい使用形態を提案し,その有効性を学術的な立場から検出している.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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