審査要旨 | | 鉄筋コンクリート部材の終局変形性能の定量評価法を確立することは,構造物の耐震性能設計の実現に向けて不可欠な事項である。鉄筋とコンクリートとの付着作用によって,ひび割れの分散性状と部材の変形特性は影響を受ける。曲げが卓越する部材の終局変形の算定には,付着効果を出来る限り正確に考慮することが求められ,今日ではTension-stiffnessの概念を用いて構造解析に取り入れられている。十分な分散性を有する配筋に対しては,既に高精度の定式化が達成されている。 一方,鉄筋が局所配置されている場合や,鉄筋総量が示方書類で定める最小鉄筋比に近いか,あるいはそれを下回っている場合には,従来の平均歪みのみでひび割れ以後の平均伝達引張応力を評価することが難しいことも,低鉄筋比の構造物の実験などから判明してきた。既設構造物の多くがこの要件に当てはまるため,既設構造物の耐震診断システムを構築するには,既往のTension stiffnessモデルを低鉄筋比並びに局所配筋状態にまで拡張することが必要となる。このような背景のもとで本論文は,局所付着特性とひび割れ近傍の損傷並びにひび割れ面での軟化引張応力の伝達を考慮した一般化Tension stiffnessモデルの構築を試みたものである(Part1)。さらにこれを鉄筋コンクリート構造物の非線形動的応答解析に適用した(Part2)。 第1章は修正引張剛性モデル(Tension stiffness)の構築に関する序論であり,既往のモデル化の概要と,適用範囲を拡張すべき方向について論じており,低鉄筋比,局所化配筋,高靭性コンクリートの3者を取り込む必要性を明らかにしている。 第2章では鉄筋が分散配量され,しかもかぶりコンクリートの剥落がない理想的な条件を対象にして,鉄筋とコンクリートとの局所付着応力の分布,ひび割れ近傍での付着劣化,ひび割れ間に存在する引張軟化挙動の3者を同時に考慮した一般化Tension stiffnessモデルの導出を行っている。これにより,ひび割れ間隔や鉄筋塑性領域の局所化に関する情報が得られるとともに,鉄筋コンクリートの空間平均化された1次元引張剛性を得ることができる。さらにRC部材の長軸引張実験からモデル化の精度の検証を多角的に行った結果,既往のモデルを包含した上で,変形が局所化する低鉄筋比領域にまで適用範囲を広げることに成功している。 第3章において,第2章のモデル化をかぶりコンクリートの剥落にまで拡張した。鉄筋回りの3次元応力を評価し,鉄筋周囲方向の破壊挙動と連成させることにより,かぶりコンクリートの破壊以後に至るまでTension stiffnessの評価を与えている。 第4章は定式化された剛性モデルを用いたパラメータ解析を報告したものであり,RC部材の引張剛性に及ぼす影響因子(鉄筋比,材料強度,配筋詳細)の感度を求め,構造解析に使用しやすい形のマクロ評価式を提示している。 第5章は一般化Tension stiffnessモデルを高靭性材料である繊維補強コンクリートに適用したものであり,モデル化の一般性を具体的に検証している。第6章は一般化されたTension stiffnessモデルに関する研究の纏めを行い,第7章で構造解析に適用する方法論について述べている。 第8章は鉄筋コンクリート3次元非弾性はり・柱要素の定式化と,そのシステムに提案されたTension stiffnessモデルを組み込む方法について論じたものである。付着作用が及ぶ領域を特定して,提案されたモデルを直接適用する部位と,引張軟化特性のみを考慮する部位とを分離することで,構造解析の合理性と精度向上を図った。鉄筋コンクリート柱部材の振動台を用いた動的非弾性応答実験結果の対比から,Tension stiffnessモデルの妥当性を検証した。 第9章は地盤との連成を考慮したシステム解析への適用について論じたものであり,一般化引張剛性モデルに関する基礎研究が実務(耐震性能評価)に反映される事例について述べ,第10章結論において基礎研究から応用に至るプロセスについて纏めている。 これまで系統的な実験から,間接的に鉄筋コンクリートの引張剛性モデルを定式化してきたのに対して,本研究は微視的側面から挙動全体を把握し,最後に空間平均化することで実務に容易に応用できる形態にまでモデル化を発展させた。挙動の原点に立ち返り,論理の再構築を行うことで,適用範囲の一層の拡大を見ることができた。さらに,鉄筋コンクリート社会基盤施設の耐震性能評価の実務にまで適用できる形態に引張剛性モデルを纏めている。これらは,付着現象の定量化といった基礎的側面のみならず,実設計への貢献もあわせもった内容である。これらは,鉄筋コンクリート構造物の性能評価技術の向上に貢献するところが大きい。よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |