学位論文要旨



No 113836
著者(漢字) サレム・ハメッド モハメッド マムード
著者(英字)
著者(カナ) サレム・ハメッド モハメッド マムード
標題(和) 鉄筋コンクリートの修正引張剛性モデルと非線形動的解析への適用
標題(洋) Enhanced Tension Stiffening Model and Application to Nonlinear Dynamic Analysis of Reinforced Concrete
報告番号 113836
報告番号 甲13836
学位授与日 1998.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4233号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 教授 岡村,甫
 東京大学 教授 魚本,健人
 東京大学 教授 堀井,秀之
 東京大学 助教授 木村,吉郎
内容要旨

 非線形数値解析において空間的に分布したひび割れを有する構造部材は、分散ひび割れ法によってモデル化することが可能である。適切な仮定にもとづく一般性の高い有限要素モデルは、鉄筋コンクリート構造物全体の強度及び変形挙動の正確な予測に重要である。引張応力作用域での鉄筋コンクリート構成則導出には、ひび割れ間で発生する内部引張応力を正しく評価することが必要であり、コンクリートに埋め込まれた鉄筋の応力が引張鉄筋軸に沿って変化していることを空間平均化した構成モデルで記述することが不可欠である。

 本研究では、引張作用下、とりわけ平均ひずみの大きい塑性範囲における鉄筋コンクリートの引張挙動を扱うものである。本研究の目的は微視的付着特性から巨視的引張挙動を引き出すことである。微視的な付着-すべり-ひずみモデル、付着劣化、ひび割れ表面での引張軟化特性に基づき、コンクリート中の鉄筋の局所ひずみ分布、局所応力の分布を算出する手法を提示し、これから、鉄筋の巨視的な平均応力-平均ひずみの関係が、コンクリートの引張剛性と同様に、算出する方法を新たに提案した。鉄筋コンクリートの微視的挙動から、数値解析で用いる巨視的挙動を明らかにすることが可能となった。本手法に利点の一つに平均ひび割れ間隔を効果的に算出できることが挙げられる。ひび割れ表面での鉄筋の局所破壊に対応する終局の平均ひずみもまた、算出が可能である。提案するモデルの汎用性を確認するために、引張り応力下にある鉄筋コンクリート部材を用いて検証を行った。

 本研究では、引張部材のかぶりコンクリートの破壊と、それ以後の挙動についても取り上げている。割裂ひび割れは本研究の対象であり、割裂ひび割れが発生した後の、鉄筋の定着に影響を受けやすい部分での付着特性と鉄筋コンクリートの巨視的挙動を追跡している。

 導出された鉄筋コンクリートの引張剛性モデルを用いて、パラメータ解析を系統的に実施した。そしてパラメータの感度を総合的に評価して、引張剛性の概算を変えるマクロ式の提案も行なった。一方、新材料への応用の視点から、本解析モデルは鋼繊維補強コンクリートの場合にも適用できることが示された。微視的付着特性、ひび割れ位置での鋼繊維による応力伝達に基づき、コンクリートの引張剛性、鉄筋の平均的応答、および、SFRC引張部材での平均ひび割れ間隔が算出可能となった。

 有限要素解析を念頭においた引張剛性モデルを具体的に鉄筋コンクリート骨組み構造物の三次元非線形動的解析法に組み入れた。ここでは三次元骨組み要素の定式化を行い、これまでに開発されてきた有限要素解析プログラムCOM3の一部として導入された。この要素では、幾何学的非線形と材料非線形も考慮されており、任意の断面を定義することができることが特徴である。様々な検証解析が行われ、本研究による構成則の精度が確認されている。

 提案した骨組み要素は、鉄筋骨組み構造物と同様に鉄筋コンクリート骨組み構造物の解析手法として用いることが可能である。これを用いて、かぶりコンクリートの剥離も模擬することが可能であることを示した。三次元の固体要素を用いた場合と比較して、多層骨組み構造物の三次元動的解析の計算時間を、適度な範囲にまで短縮することができた。

 鉄筋コンクリート骨組み構造解析への適用例として、本論文では、さらにRC橋脚の杭基礎と地盤とを含んだ連成解析が取り上げられている。杭とその周りの地盤との間の境界面は、構造システム全体の変形とエネルギー消費に大きな役割を果たすので、地震動作用時における杭の引き抜けや地盤と杭の分離を解析の中で考慮する必要がある。境界要素は、COM3で用いられている平面要素の回転自由度を縮退することによって定式化されている。地盤の遠隔地からの影響は、反射を考慮しない入射せん断波が伝わるとして導入されている。これらの適用を検討した結果、本研究で提案した一般化RC引張構成則は十分に実用にも耐え得るモデルであることを示すことができたのである。

審査要旨

 鉄筋コンクリート部材の終局変形性能の定量評価法を確立することは,構造物の耐震性能設計の実現に向けて不可欠な事項である。鉄筋とコンクリートとの付着作用によって,ひび割れの分散性状と部材の変形特性は影響を受ける。曲げが卓越する部材の終局変形の算定には,付着効果を出来る限り正確に考慮することが求められ,今日ではTension-stiffnessの概念を用いて構造解析に取り入れられている。十分な分散性を有する配筋に対しては,既に高精度の定式化が達成されている。

 一方,鉄筋が局所配置されている場合や,鉄筋総量が示方書類で定める最小鉄筋比に近いか,あるいはそれを下回っている場合には,従来の平均歪みのみでひび割れ以後の平均伝達引張応力を評価することが難しいことも,低鉄筋比の構造物の実験などから判明してきた。既設構造物の多くがこの要件に当てはまるため,既設構造物の耐震診断システムを構築するには,既往のTension stiffnessモデルを低鉄筋比並びに局所配筋状態にまで拡張することが必要となる。このような背景のもとで本論文は,局所付着特性とひび割れ近傍の損傷並びにひび割れ面での軟化引張応力の伝達を考慮した一般化Tension stiffnessモデルの構築を試みたものである(Part1)。さらにこれを鉄筋コンクリート構造物の非線形動的応答解析に適用した(Part2)。

 第1章は修正引張剛性モデル(Tension stiffness)の構築に関する序論であり,既往のモデル化の概要と,適用範囲を拡張すべき方向について論じており,低鉄筋比,局所化配筋,高靭性コンクリートの3者を取り込む必要性を明らかにしている。

 第2章では鉄筋が分散配量され,しかもかぶりコンクリートの剥落がない理想的な条件を対象にして,鉄筋とコンクリートとの局所付着応力の分布,ひび割れ近傍での付着劣化,ひび割れ間に存在する引張軟化挙動の3者を同時に考慮した一般化Tension stiffnessモデルの導出を行っている。これにより,ひび割れ間隔や鉄筋塑性領域の局所化に関する情報が得られるとともに,鉄筋コンクリートの空間平均化された1次元引張剛性を得ることができる。さらにRC部材の長軸引張実験からモデル化の精度の検証を多角的に行った結果,既往のモデルを包含した上で,変形が局所化する低鉄筋比領域にまで適用範囲を広げることに成功している。

 第3章において,第2章のモデル化をかぶりコンクリートの剥落にまで拡張した。鉄筋回りの3次元応力を評価し,鉄筋周囲方向の破壊挙動と連成させることにより,かぶりコンクリートの破壊以後に至るまでTension stiffnessの評価を与えている。

 第4章は定式化された剛性モデルを用いたパラメータ解析を報告したものであり,RC部材の引張剛性に及ぼす影響因子(鉄筋比,材料強度,配筋詳細)の感度を求め,構造解析に使用しやすい形のマクロ評価式を提示している。

 第5章は一般化Tension stiffnessモデルを高靭性材料である繊維補強コンクリートに適用したものであり,モデル化の一般性を具体的に検証している。第6章は一般化されたTension stiffnessモデルに関する研究の纏めを行い,第7章で構造解析に適用する方法論について述べている。

 第8章は鉄筋コンクリート3次元非弾性はり・柱要素の定式化と,そのシステムに提案されたTension stiffnessモデルを組み込む方法について論じたものである。付着作用が及ぶ領域を特定して,提案されたモデルを直接適用する部位と,引張軟化特性のみを考慮する部位とを分離することで,構造解析の合理性と精度向上を図った。鉄筋コンクリート柱部材の振動台を用いた動的非弾性応答実験結果の対比から,Tension stiffnessモデルの妥当性を検証した。

 第9章は地盤との連成を考慮したシステム解析への適用について論じたものであり,一般化引張剛性モデルに関する基礎研究が実務(耐震性能評価)に反映される事例について述べ,第10章結論において基礎研究から応用に至るプロセスについて纏めている。

 これまで系統的な実験から,間接的に鉄筋コンクリートの引張剛性モデルを定式化してきたのに対して,本研究は微視的側面から挙動全体を把握し,最後に空間平均化することで実務に容易に応用できる形態にまでモデル化を発展させた。挙動の原点に立ち返り,論理の再構築を行うことで,適用範囲の一層の拡大を見ることができた。さらに,鉄筋コンクリート社会基盤施設の耐震性能評価の実務にまで適用できる形態に引張剛性モデルを纏めている。これらは,付着現象の定量化といった基礎的側面のみならず,実設計への貢献もあわせもった内容である。これらは,鉄筋コンクリート構造物の性能評価技術の向上に貢献するところが大きい。よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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