学位論文要旨



No 113838
著者(漢字) 林,明華
著者(英字)
著者(カナ) リン,ミンホワ
標題(和) MBCモデルに基づく3次元解析手法の開発と不連続性岩盤におけるトンネルおよび空洞掘削の解析
標題(洋) Development of 3D analysis method based on MBC model and analysis of tunnel and cavern excavation in jointed rock mass
報告番号 113838
報告番号 甲13838
学位授与日 1998.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4235号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堀井,秀之
 東京大学 教授 龍岡,文夫
 東京大学 教授 東畑,郁生
 東京大学 助教授 古関,潤一
 東京大学 助教授 吉田,秀典
内容要旨

 近年、エネルギー・資源の貯蔵、電力需要の増加、環境保護意識の高揚といった種々の問題が生じているが、その結果として、地下空間の利用、特に大規模、大深度の地下空間の利用という要請が生じてきた。しかしながら、現在の設計・施工法の多くは、経済的に行なわれているのが現実であり、地質条件が厳しい、あるいはこれまでの建設実積を超えるような地下空洞の建設が行なわれる場合、現行の設計・施工は適切であるとは言い難しい。したがって、地下空洞の合理的でかつ経済的な設計・施工法の構築は非常に重要な工学的課題と言えよう。

 実際の空洞掘削中などの不連続性岩盤の力学的挙動は非常に複雑で、不連続面そのものの変形成分は、岩盤基質部のそれよりはるかに大きいことが知られている。したがったて、まず最初に圧縮下における不連続性岩盤の力学的挙動に立脚した解析手法を構築する必要がある。そこで前者の目的を達成すべく空洞掘削中に不連続性岩盤の支配的メカニズムの抽出を目的とした。

 BSS(ボアホール スキャニング システム)を用いた新しい岩盤変位計測システムを提案する。このシステムにおいては、任意の掘削ステップと計測点において、変位場計測が可能である。具体的には、ある段階に得られた不連続性岩盤の写真画像とその次の段階で得られたそれとを、画像解析手法(本論文ではマッチング法と呼ぶ)を用いて比較し、変位場を算出するものである。図1及び図2にマッチング法により求めた岩盤の地中変位を岩盤変位計(extensometer)を用いて計測した値と併わせてプロットしたが、両者は良好な一致を見ている。さらに、この手法においては、不連続性岩盤の支配的メカニズムと考えられるジョイント(節理)の変形(せん断すべりや開口)成分も抽出することが可能である。本研究では、提案する手法による種々の解析を通して、不連続性岩盤の変形成分のほとんどが不連続面の変形成分であるということを把え、これをふまえて解析手法の構築を行なった。

Figure 1: Displacement fieldafter the 6th bench is excavatedFigure 2: Displacement fieldafter all the benches are excavated

 岩盤節理の力学的モデルや不連続性岩盤の構成則に関する研究は、特にこの30年間に、多くの研究者・技術者によって、解析的あるいは経験的な手段によって提案されている。こうした手法の中で、堀井・吉田は、不連続性岩盤の力学的挙動を支配しているメカニズムは、その中に包含されているジョイントの変形(せん断すべりや開口)であるとし、マイクロメカニクスに基づいて、不連続性岩盤の連続体理論を提案した。著者らは提案した理論の妥当性を検討すべく、種々の地下空洞の掘削解析を行ない、解析結果と計測結果の良好な一致を得ている。これより著者らは提案している手法が、大規模地下空洞の掘削解析に適していると結論づけている。

 しかしながら、この解析手法においては、空洞の変形に及ぼすジョイント系が主として、空洞軸と平行方向に走向を持つジョイント系であるという点に着目し、2次元平面ひずみの条件下で解析手法を構築している。つまり、3次元的な掘削による影響は考慮されていない。加えて、ロックボルトやケーブルボルトといった岩盤支保は、空洞を安定させるという点で非常に重要であり、大深度地下空洞の掘削には、欠かすことのできない構造部材である。岩盤補強に関する技術はこれまで数多く開発されてきているが、その効果や適切な支保量に関しては依然として明確となっていない。したがって、本研究では、支保の効果を明確にすべく、堀井・吉田らの提案しているMBCモデルを拡張し、支保の効果を評価できるような構成則を考案し、それを3次元有限要素解析コードに組み込んだ。

 MBC解析による掘削に伴う3次元的変形挙動などを評価する目的で、トンネルの掘削を、解析条件を変化させて、解析を行なった。まず、最初に2次元解析と3次元解析を行ない、両者の違いの検討を行なった。その結果、一部を図3、4、5に示すが、これらによると、2次元解析では、掘削相当応力を一度に作用させて、応力解放を行なうため、3次元解析に比べてジョイントが変形する領域が大きく、それに伴って、トンネルの壁面変化量も大きくなっていることがわかる。なお、図3の変位はトンネルの最前面の中心右側の壁面における変位量を示しており、ジョイントは鉛直に切り立つセットを仮定して用いた。

Figure 3: Displacements by 2D and 3D analysesFigure 4: Distribution of fracture elements-2DFigure 5: Distribution of fracture elements-3D

 次に、ジョイントの走向を変化させて、解析を行い、前述と同様の箇所で壁面変位を計算し、その結果を図6に示した。本要旨では、紙面の都合上、図を載せられないが、この他にも初期応力などを変化させて解析を行い、解析より得られる結果から、トンネルの掘削に伴うトンネルの3次元的挙動が確認された。

Figure 6: Displacements with different joint strikes

 さらに、東京電力が建設した葛野川発電所の地下発電所掘削の解析を行なった。発電所建設地点では、空洞軸と直交するジョイント系が著しく卓越しているため、本研究では空洞の妻壁部に着目して解析を行なった。その解析結果の一部として、図7、8に岩盤の壁面変位を及び計測を合わせてプロットした。これらより、解析は計測と良好に一致していることがわかる。

Figure 7: Displacement at measured poinFigure 8: Displacement(3rd arch)

 最後に、提案するMBC解析に基づく設計及び施工管理を行なうことを目的として、MBC解析に基づく安全率の定義を試みた。これは従来の安全率とは異なり、岩盤構造物が限界状態に至るまでの余裕の程度を示したものであり、許容応力的なコンセプトに比べ、合理的であると思われる(図9参照)。両者の相異点を調べる目的で先程と同様のトンネル掘削の解析を行ない、両定義に基づく安全率の等高線をそれぞれ図10、11に示した。従来の定義ではモール円の半径と破壊包絡線に至るまでの距離の比であるにすぎず、掘削に伴ってトンネル周辺の岩盤でジョイントが変形し、それによって剛性低下が生じて、応力がこうした領域から堅固な領域へ再配分されるような効果が考慮にいれられない。一方、提案する手法ではそれらの表現が可能であり、より現実に近いものと思われる。

 以上に示した解析コードや提案する手法は地下空洞掘削解析に適しているだけでなく、合理的かつ経済的な設計・施工管理を可能にするものと考える。

Figure 9: Definition of safety factor[]stress state before excavation []:released stress due to excavation +1:safety factorFigure 10: Distribution of safety factor(MBC)Figure 11: Distribution of safety factor(current design method)
審査要旨

 岩盤の挙動は内在する節理(ジョイント)等の不連続面によって特徴づけられている。不連続面を有する岩盤に対するモデルとしては、マイクロメカニクスニ基づく連続体モデル(Micromechancis Based Continuum model,MBCモデル)があり、大規模岩盤空洞掘削の解析に適用され、実績を挙げている。しかし、この解析手法を実際の岩盤構造物に適用し、安全性を確保しつつ、経済的な設計・施工を実現するためには、多くの研究課題を克服しなくてはならない。本論文は、MBCモデルに基づく合理的な設計・施工を実現するために必要な諸問題を解決したものである。

 第1章では研究の背景、既往の研究、研究の目的が述べられている。

 第2章ではBSS(ボアホール・スキャニング・システム)を用いた岩盤変位の計測手法を提案し、現場における適用例を示している。MBCモデルの妥当性を検証するためには、モデルの基となっている岩盤挙動のメカニズムの妥当性を確認することが必要である。計測手法の開発目的は、ジョイントの挙動を計測し、解析結果と比較することにより、解析手法の妥当性を検証することにあるBSSにより、ボアホール壁面の画像が得られ、画像上の各点の位置はプローブに取り付けたリニアスケールにより計測する。変形前後の画像に対してマッチング(同じ模様の抽出)を行うことにより変位を計算する。また、変位の不連続量よりジョイントの開口変位量が計測される。東京電力葛野川地下発電所空洞掘削に対して、提案した手法を適用している。計測された岩盤変位は、近傍で計測された地中変位計による結果と一致しており、計測手法の有効性は示されたものと思われる。しかし、明瞭な変位の不連続点は現れておらず、ジョイントのせん断により発生しているのか、計測手法の誤差の問題であるのか、今後の研究により明らかにする必要性を提示している。

 第3章ではMBCモデルを拡張し、ロックボルトの効果を構成式の中で評価できるように定式化を行っている。不連続性岩盤の支保には、PSアンカー、ロックボルト、吹き付けコンクリートがあるが、ロックボルトの支保メカニズムは必ずしも明らかではなく、そのモデル化の方法は確立されていないMBCモデルでは個々の不連続面の挙動は平均化された構成式によって取り扱われている既存の実験結果に基づきロックボルトは個々の不連続面の挙動に影響を与えるものとして、ロックボルトの影響を考慮した不連続性岩盤の構成式を導いている。このような取り扱いには新規性が認められる。

 第4章ではMBCモデルによるトンネル掘削の2次元解析と3次元解析の比較を行っている。ジョイントの走向が空洞軸に平行で、大規模空洞のように掘削が断面の上から下に2次元的に行われる場合には2次元解析を行うことが許されるが、ジョイントの走向が空洞軸に平行でない場合、あるいは掘削がトンネル掘削の様に切羽が進行して3次元的である場合には、3次元解析を行うことが求められる。しかし、3次元解析が容易でないだけでなく、不連続面の方向性を反映することができる解析手法が存在しなかったことにより、3次元性の影響を評価した研究は存在しない。従って、2次元解析と3次元解析でどれほど差が生じるかは不明であった。一方、MBCモデルでは不連続面の方向性を反映することができる。ここではMBCモデルによりトンネル掘削の2次元解析と3次元解析の結果を比較し、両者の結果が大きく異なることを示している。さらに、不連続面と走向の角度を変化させたときの岩盤挙動の変化が示されている。これらの結果は、3次元解析の必要性を示している。

 第5章では、MBCモデルによる3次元解析の地下空洞掘削への適用性を確認するため、東京電力葛野川地下発電所空洞掘削時の妻壁における岩盤挙動の3次元解析を行い、実測結果との比較を行っている。地質不良部の存在する北側妻壁では掘削途中より大きな変位が生じて解析結果と実測結果は大きく乖離したが、南側妻壁では両者は良好な一致を示した。

 第6章では新しい安全率の定義が提案し、トンネル掘削のMBC解析結果より通常の安全率の空間分布と提案された安全率のそれとの比較が行われている。合理的な設計法を実現するためには、確保されている安全性を適切に定量化することが必要である。通常の安全率は、モールの応力円の半径とその中心から破壊基準線までの距離の比として定義されている。従って、掘削によってどれだけ破壊基準線に近づくかという、掘削の影響により安全性が変化する現象が表現されていない提案する安全率は、掘削によって解放する応力を実際の何倍にすると着目点において破壊基準が満足されるかを表しており、各掘削ステップに対して確保される安全性が定量化される

 第7章では得られた成果と結論がまとめられている。

 本論文では、MBCモデルに基づく合理的な設計・施工を実現するために必要な諸問題が取り扱われている得られた成果はどれも、MBCモデルを実務に適用する上で重要な役割を果たすものである特に不連続性岩盤における2次元解析と3次元解析結果の比較は、2次元解析の有効範囲を示しており、工学的判断の基礎を与えるものである。以上のように、本論文は岩盤力学における研究の発展と技術の進歩に貢献するところが大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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