学位論文要旨



No 113839
著者(漢字) アラビンタン,ヴァサンタデビ
著者(英字) Aravinthan,Vasanthadevi
著者(カナ) アラビンタン,ヴァサンタデビ
標題(和) 化学的手法および熱分解により可溶化した汚泥の脱窒有機物源としての利用
標題(洋) Chemically and Thermally Solubilized Sludge Hydrolysate As a Carbon Source for Denitrification
報告番号 113839
報告番号 甲13839
学位授与日 1998.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4236号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 味埜,俊
 東京大学 教授 松尾,友矩
 東京大学 教授 古米,弘明
 東京大学 助教授 迫田,章義
 東京大学 助教授 佐藤,弘泰
内容要旨

 生物による脱窒反応の制限因子は有機炭素源であることが多い。廃水処理プロセスから排出される余剰汚泥や最初沈澱池汚泥は有機分に富んでいるので、これらを、合成有機物源の代わりに脱窒の有機物源として利用できる可能性がある。しかし、そのためにはまず廃汚泥中の有機物を加水分解して可溶化してやらなくてはならない。そこで、本研究の目的は2つある。第一に、アルカリ処理、酸処理、熱分解を組み合わせることにより、汚泥を最も効率よく可溶化させる方法を見つけることである。もう一つは、可溶化汚泥に含まれる有機物の脱窒反応における生物分解性を調べることである。そして最終的には、以上の結果を組み合わせることにより、可溶化率および脱窒における生物分解性に最も優れた方法を用いて余剰汚泥を可溶化させ、その可溶化産物を脱窒に利用するためのシステムを提案する。

 まずはじめに、A2Oプロセス(リン窒素同時除去のための嫌気-脱窒-好気法)を例として、「IAWQ活性汚泥モデルNo.2」を用い、窒素除去に必要な炭素量の理論的評価を行った。COD/NH4-N比、SRT、温度、循環水量を変化させることによりこれらのパラメータの影響を評価した。流入水のCOD/NH4-N比が6.0以下の時に脱窒槽において外部からの有機物添加が必要となった。また、この比が3.6以下の時には外部有機炭素源による脱窒を後処理として付加する必要性が生じる。COD/NH4-N比の減少は返送汚泥中の硝酸性窒素を増やすのでリン除去の低下につながる。外部有機物源を添加しての後脱窒は、窒素除去という視点だけでなくリン除去にとっても必須である。流入下水中のリン濃度およびSRTは必要有機物量への影響は小さかった。温度が高くなると外部有機物の必要量は減少し、内部循環水量を減らすと後脱窒に必要な炭素量は増加する。返送汚泥率を一定にして内部循環率を上げると脱窒槽における炭素源必要量は増加するが後脱窒槽を付加する必要はなくなる。

 外部炭素源の必要性が確認されたので、メタノールや酢酸などの外部炭素源の代わりに余剰汚泥可溶化産物を用いる可能性を検討した。そのための方法として、アルカリ処理、酸処理、熱分解を取り上げ、これらの方法の汚泥量減容効果を実験的に評価した。pH11でアルカリ処理した汚泥を30分間オートクレーブで熱処理したときに68%という最大の汚泥量の減少が見られた。酸処理に比較してアルカリ処理のほうがより多くの汚泥可溶化が生じた。これはアルカリ処理では汚泥35-40%を占める主要成分であるたんぱく質の可溶化が進むのに対し、酸処理では主に汚泥中の含有率が10-15%である糖分が可溶化されることによると考えられる。また、オートクレーブによる熱処理のみでも汚泥中のたんぱく質の44%、糖分の41%が可溶化が達成された。

 次に、脱窒条件下で行ったバッチ実験によって汚泥可溶化産物の生物分解性を評価した。バッチ実験に用いる脱窒細菌の馴致には固定化担体としてプラスチック担体を投入した回分式消化脱窒リアクターを用いた。汚泥可溶化産物としてアルカリ処理汚泥の可溶化物を用い、これを分散活性汚泥のみかあるいは固定化脱窒細菌と活性汚泥の両方が入ったバッチ実験槽に投入して実験を行った。また、対照実験として酢酸を脱窒のための基質として用いた実験も行った。初期脱窒速度は、汚泥可溶化産物の場合も酢酸の場合もほぼ等しく、汚泥可溶化産物が脱窒の有機物源として有効であることが示された。しかし、酢酸が最後まで同様の脱窒速度を保ったのに対し、汚泥可溶化産物を用いたときの脱窒速度は易分解性有機物が消費され尽くした後には低い値になった。このことは、汚泥可溶化産物中の高分子化合物の加水分解速度が脱窒の律速段階になっていることを示唆している。回分実験における脱窒反応において最終的に利用された有機物量は、汚泥可溶化産物の場合CODとして全体の60-66%、酢酸の場合CODとして全体の83-93%であった。汚泥濃度が1.5-2g/Lの活性汚泥を含む脱窒リアクターに対し、担体に固定化した脱窒菌を添加したところ脱窒速度は2〜3倍に増加した。

 前の実験で、汚泥可溶化産物を脱窒の有機物源として使った場合にはCOD成分が処理水中に残存することがわかり、このことが問題になりそうだったので、汚泥可溶化物中の異なる有機物成分の分解に対して、汚泥可溶化産物への微生物の馴致がどのように影響するかを検討した。この検討のための指標として、たんぱく質分解に働く酵素としてプロテアーゼおよびL-アラアミノペプチダーゼ活性を、また炭水化物分解に働く酵素として-グルコシダーゼ活性を測定した。プロテアーゼおよびL-アラアミノペプチダーゼ活性はアルカリ処理汚泥可溶化産物に馴致した微生物のほうが酸処理汚泥可溶化物馴致微生物よりわずかに高かった。-グルコシダーゼ活性は逆に酸処理汚泥可溶化物馴致汚泥のほうがアルカリ処理汚泥可溶化産物馴致微生物よりわずかに高かった。アルカリ処理汚泥可溶化産物にたんぱく質が、また酸処理汚泥可溶化物に炭水化物が多く含まれていることを考え合わせると、汚泥可溶化物の有機物組成は酵素の誘導に影響していたことがわかる。脱窒におけるたんぱく質および炭水化物の分解速度は初期のほうが速かった。このことは、たんぱく質や炭水化物の中にも脱窒における生物分解性の高い成分と低い成分が存在していることを示唆している。

 汚泥可溶化産物の生物分解性について、それぞれの汚泥可溶化産物に馴致した活性汚泥を用いて調べた。その結果、アルカリ処理後オートクレーブして得られた可溶化産物を用いた場合に最も脱窒速度が速く、熱処理のみまたは酸処理後オートクレーブにより得られた可溶化産物はこれより脱窒速度が低かった。

 酸素供給のある好気条件下でも硝化と脱窒が見かけ上同時に進むことは同時硝化脱窒(Simultaneous Nitrification Denitrfication,SND)として知られている。このSNDにおいて汚泥可溶化物を利用して窒素除去を行うことを想定し、その可能性を検討した。そのために、好気条件下で有機物負荷や容存酸素濃度がSNDに与える影響を調べるバッチ実験を、浮遊活性汚泥のみおよび活性汚泥と固定化微生物の混合物を用いて行った。固定化微生物に対し、容存酸素が5.5mg/L存在する好気条件下で、COD当量で1000mg/Lより少ない濃度の酢酸を投与した場合には、NH4-Nの酸化で生じたNO2-Nからの脱窒が生じ、NO3-Nまで酸化される速度は非常に小さかった。初期COD濃度が1000mg/Lを越えた場合は、NH4-Nの酸化速度は影響されないのにNO3-Nは全く生成されなかった。このような現象は上澄み中に酢酸が存在する限り見られ、上澄み中の酢酸が消失すると直ちにNO3-Nが生成されだした。CODがl000mg/L以下ならば、NO3-Nの消失速度や全脱窒速度は容存酸素濃度が低いほど大きかった。しかし、浮遊活性汚泥を使った場合、容存酸素濃度が1.5mg/L以下になるまでは全く脱窒を生じなかった。有機基質として汚泥可溶化産物を用いた場合も、容存酸素濃度が3.3mg/L以下の場合に限ってではあるが汚泥可溶化産物中の易分解性有機物が消費されるまでは酢酸と同様の傾向が見られた。固定化微生物を含む回分式硝化脱窒リアクターにおいて容存酸素濃度を3-3.5mg/Lに制御したところ、好気工程に有機物を加えた場合でも、充分なアンモニア酸化と同時に硝酸あるいは亜硝酸の現象が観察され充分な脱窒が達成できることが確認された。

 浮遊活性汚泥および担体付着微生物中のアンモニア酸化細菌および亜硝酸酸化細菌の分布を見る目的で、蛍光In-Situハイブリダイゼーション(FISH)法の適用を試みた。アンモニア酸化細菌をターゲットにしたNEUプローブを硝化活性を持った活性汚泥または固定化担体に対して用いた結果、アンモニア酸化細菌は常に8-12mの厚さのクラスターを形成して存在することがわかった。また、NEUプローブと併せてプロテオバクテリアサブクラスに特異的なBETプローブを用いたところ、サブクラスに属するアンモニア酸化細菌の存在が示唆された。

 以上を総括すると、汚泥可溶化産物は脱窒のための有効な炭素源と成りうると言える。アルカリ処理後オートクレーブをかけて得られた汚泥可溶化物において最も高い可溶化率と脱窒における生物分解性が得られた。ただし、あるシステムにおいて添加すべき外部炭素源に対する要求を満たすために最適な汚泥可溶化の方法を選択する場合、余剰汚泥からどのくらいの量の有機炭素源が実際に得られるか、また、その経済性はどうかについては更なる検討が必要である。

審査要旨

 廃水処理プロセスに対する社会的な要請は、近年きわめて多様になりつつある。すなわち、以前は除去対象とならなかった窒素などの栄養塩除去が必要になり質的により高度な処理が求められるようになったり、また、地球環境への配慮からできるだけエネルギーや資源を節約した上でそのような高度処理の要求に応えなければならなくなっている。このような情勢にかんがみ、本研究では、廃水を生物学的に処理した結果として生じる余剰汚泥の有効利用と廃水からの窒素除去とを両立させるという視点から廃水処理システムを見直し、余剰汚泥をいくつかの物理化学的方法で可溶化し、窒素除去に必要な有機物源として再利用することの有効性について実験的に検討している。

 本研究は、「Chemically and Thermally Solubilized Sludge Hydrolysate As a Carbon Source for Denitrification(化学的手法および熱分解により可溶化した汚泥の脱窒有機物源としての利用)」と題し10章からなる。

 第1章は「序論」であり、問題意識を整理したあと、本研究の目的および範囲が記されている。

 第2章は「文献レビュー」であり、生物学的窒素除去(硝化と脱窒)、余剰汚泥処理処分技術、汚泥の可溶化の原理と方法などに関する既存の研究の概要を、主として工学的および微生物学的側面から整理している

 第3章は「実験方法」であり、研究全体を通じて用いた実験手法や分析方法がまとめられている

 第4章以降9章までが研究結果の章である。第4章は「栄養塩除去に必要な炭素源」と題し、どのような状況において窒素除去のために外部から炭素源を添加する必要性が生じるかをコンピュータシミュレーションにより解析し、明らかにしている。

 第5章「汚泥の可溶化」では、物理化学的に汚泥を可溶化する方法として、アルカリ分解、酸分解、およびそれらとオートクレーブによる加熱処理の組み合わせを比較検討している。溶存性CODの生成量およびMLSSの減少量を指標として各分解法による汚泥可溶化の程度を評価したところ、アルカリ分解およびこれと熱処理の組み合わせにより30分〜6時間程度の時間で60%以上の汚泥の可溶化を達成できた。伝統的に行われてきた嫌気性生物処理による汚泥の可溶化が同様の可溶化率を得るのに15日程度かかるのに比べ、物理化学処理により格段に短時間で汚泥可溶化物を得られることが確認された。

 第6章は「汚泥可溶化物の脱窒のための炭素源としての利用」である。この章では、前章において可溶化率の高い分解法であることがわかったアルカリ分解により得られた汚泥可溶化物を用いて脱窒条件下でバッチ実験を行い、汚泥可溶化産物の生物分解性を評価した。初期脱窒速度は、汚泥可溶化産物の場合も酢酸の場合もほぼ等しく、汚泥可溶化産物が脱窒の有機物源として有効であることが示された。しかし、汚泥可溶化産物を用いたときの脱窒速度は実験後半で減少する傾向が見られ、汚泥可溶化産物中の高分子化合物の加水分解速度が脱窒の律速段階になっていることが示唆された。

 第7章は「異なった加水分解方法で得られた汚泥可溶化物を利用した脱窒」である。前の章の実験で、汚泥可溶化産物を脱窒の有機物源として使った場合にはCOD成分が処理水中に残存することがわかり、このことが問題になりそうだったので、汚泥可溶化物中の異なる有機物成分の分解に対して、汚泥可溶化産物への微生物の馴致がどのように影響するかを検討した。この検討のための指標として、たんぱく質分解に働く酵素としてプロテアーゼおよびL-アラアミノペプチダーゼ活性を、また炭水化物分解に働く酵素として-グルコシダーゼ活性を測定したところ、たんぱく質や炭水化物の中にも脱窒における生物分解性の高い成分と低い成分が存在していることが示唆された。また、汚泥可溶化産物の生物分解性について、それぞれの汚泥可溶化産物に馴致した活性汚泥を用いて調べた。その結果、アルカリ処理後オートクレーブして得られた可溶化産物を用いた場合に最も脱窒速度が速く、熱処理のみまたは酸処理後オートクレーブにより得られた可溶化産物はこれより脱窒速度が低いことがわかった。

 第8章は「固定化細菌を用いたシステムでの好気条件下における有機物酸化・硝化・脱窒の同時進行」と題する。酸素供給のある好気条件下でも硝化と脱窒が見かけ上同時に進むことは同時硝化脱窒(Simultaneous Nitrification Denitrfication,SND)として知られている。このSNDにおいて汚泥可溶化物を利用して窒素除去を行うことを想定し、その可能性を検討した。固定化微生物を含む回分式硝化脱窒リアクターにおいては容存酸素濃度を3-3.5mg/Lに制御することで、好気工程に有機物を加えた場合でも、充分なアンモニア酸化と同時に硝酸あるいは亜硝酸の現象が観察され充分な脱窒が達成できることが確認された。

 第9章は「浮遊および付着系におけるFISH法を用いた硝化細菌の検出」であり、浮遊活性汚泥および担体付着微生物中のアンモニア酸化細菌および亜硝酸酸化細菌の分布を見る目的で、蛍光In-Situハイブリダイゼーション(FISH)法の適用を試みた。アンモニア酸化細菌をターゲットにしたNEUプローブを硝化活性を持った活性汚泥または固定化担体に対して用いた結果、アンモニア酸化細菌は常に8-12mの厚さのクラスターを形成して存在することがわかった。また、NEUプローブと併せてプロテオバクテリアサブクラスに特異的なBETプローブを用いたところ、サブクラスに属するアンモニア酸化細菌の存在が示唆された。

 第10章は「結論と今後の課題」であり、本研究全体を総括し結論をまとめた上で今後行うべき研究について提言している。

 以上をまとめると、本研究は、汚泥可溶化産物はその生物分解性および脱窒時の代謝速度から見て脱窒のための有効な炭素源となりうることを実験的に示し、また、汚泥可溶化のための処理法としてアルカリ処理とオートクレーブの組み合わせが最も適していることを示した。さらに、副次的ながらきわめて実用的な成果として、回分式の硝化脱窒リアクターにおいて固定化担体を利用することの利点(SNDを積極的に利用できること)も示すことができた。これらは、今後、汚泥可溶化物を積極的に資源として利用して行く上で貴重な情報を与えている。以上のような観点から、本研究は都市工学とりわけ環境工学の発展に大きく寄与するものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク