廃水処理プロセスに対する社会的な要請は、近年きわめて多様になりつつある。すなわち、以前は除去対象とならなかった窒素などの栄養塩除去が必要になり質的により高度な処理が求められるようになったり、また、地球環境への配慮からできるだけエネルギーや資源を節約した上でそのような高度処理の要求に応えなければならなくなっている。このような情勢にかんがみ、本研究では、廃水を生物学的に処理した結果として生じる余剰汚泥の有効利用と廃水からの窒素除去とを両立させるという視点から廃水処理システムを見直し、余剰汚泥をいくつかの物理化学的方法で可溶化し、窒素除去に必要な有機物源として再利用することの有効性について実験的に検討している。 本研究は、「Chemically and Thermally Solubilized Sludge Hydrolysate As a Carbon Source for Denitrification(化学的手法および熱分解により可溶化した汚泥の脱窒有機物源としての利用)」と題し10章からなる。 第1章は「序論」であり、問題意識を整理したあと、本研究の目的および範囲が記されている。 第2章は「文献レビュー」であり、生物学的窒素除去(硝化と脱窒)、余剰汚泥処理処分技術、汚泥の可溶化の原理と方法などに関する既存の研究の概要を、主として工学的および微生物学的側面から整理している 第3章は「実験方法」であり、研究全体を通じて用いた実験手法や分析方法がまとめられている 第4章以降9章までが研究結果の章である。第4章は「栄養塩除去に必要な炭素源」と題し、どのような状況において窒素除去のために外部から炭素源を添加する必要性が生じるかをコンピュータシミュレーションにより解析し、明らかにしている。 第5章「汚泥の可溶化」では、物理化学的に汚泥を可溶化する方法として、アルカリ分解、酸分解、およびそれらとオートクレーブによる加熱処理の組み合わせを比較検討している。溶存性CODの生成量およびMLSSの減少量を指標として各分解法による汚泥可溶化の程度を評価したところ、アルカリ分解およびこれと熱処理の組み合わせにより30分〜6時間程度の時間で60%以上の汚泥の可溶化を達成できた。伝統的に行われてきた嫌気性生物処理による汚泥の可溶化が同様の可溶化率を得るのに15日程度かかるのに比べ、物理化学処理により格段に短時間で汚泥可溶化物を得られることが確認された。 第6章は「汚泥可溶化物の脱窒のための炭素源としての利用」である。この章では、前章において可溶化率の高い分解法であることがわかったアルカリ分解により得られた汚泥可溶化物を用いて脱窒条件下でバッチ実験を行い、汚泥可溶化産物の生物分解性を評価した。初期脱窒速度は、汚泥可溶化産物の場合も酢酸の場合もほぼ等しく、汚泥可溶化産物が脱窒の有機物源として有効であることが示された。しかし、汚泥可溶化産物を用いたときの脱窒速度は実験後半で減少する傾向が見られ、汚泥可溶化産物中の高分子化合物の加水分解速度が脱窒の律速段階になっていることが示唆された。 第7章は「異なった加水分解方法で得られた汚泥可溶化物を利用した脱窒」である。前の章の実験で、汚泥可溶化産物を脱窒の有機物源として使った場合にはCOD成分が処理水中に残存することがわかり、このことが問題になりそうだったので、汚泥可溶化物中の異なる有機物成分の分解に対して、汚泥可溶化産物への微生物の馴致がどのように影響するかを検討した。この検討のための指標として、たんぱく質分解に働く酵素としてプロテアーゼおよびL-アラアミノペプチダーゼ活性を、また炭水化物分解に働く酵素として-グルコシダーゼ活性を測定したところ、たんぱく質や炭水化物の中にも脱窒における生物分解性の高い成分と低い成分が存在していることが示唆された。また、汚泥可溶化産物の生物分解性について、それぞれの汚泥可溶化産物に馴致した活性汚泥を用いて調べた。その結果、アルカリ処理後オートクレーブして得られた可溶化産物を用いた場合に最も脱窒速度が速く、熱処理のみまたは酸処理後オートクレーブにより得られた可溶化産物はこれより脱窒速度が低いことがわかった。 第8章は「固定化細菌を用いたシステムでの好気条件下における有機物酸化・硝化・脱窒の同時進行」と題する。酸素供給のある好気条件下でも硝化と脱窒が見かけ上同時に進むことは同時硝化脱窒(Simultaneous Nitrification Denitrfication,SND)として知られている。このSNDにおいて汚泥可溶化物を利用して窒素除去を行うことを想定し、その可能性を検討した。固定化微生物を含む回分式硝化脱窒リアクターにおいては容存酸素濃度を3-3.5mg/Lに制御することで、好気工程に有機物を加えた場合でも、充分なアンモニア酸化と同時に硝酸あるいは亜硝酸の現象が観察され充分な脱窒が達成できることが確認された。 第9章は「浮遊および付着系におけるFISH法を用いた硝化細菌の検出」であり、浮遊活性汚泥および担体付着微生物中のアンモニア酸化細菌および亜硝酸酸化細菌の分布を見る目的で、蛍光In-Situハイブリダイゼーション(FISH)法の適用を試みた。アンモニア酸化細菌をターゲットにしたNEUプローブを硝化活性を持った活性汚泥または固定化担体に対して用いた結果、アンモニア酸化細菌は常に8-12mの厚さのクラスターを形成して存在することがわかった。また、NEUプローブと併せてプロテオバクテリアサブクラスに特異的なBETプローブを用いたところ、サブクラスに属するアンモニア酸化細菌の存在が示唆された。 第10章は「結論と今後の課題」であり、本研究全体を総括し結論をまとめた上で今後行うべき研究について提言している。 以上をまとめると、本研究は、汚泥可溶化産物はその生物分解性および脱窒時の代謝速度から見て脱窒のための有効な炭素源となりうることを実験的に示し、また、汚泥可溶化のための処理法としてアルカリ処理とオートクレーブの組み合わせが最も適していることを示した。さらに、副次的ながらきわめて実用的な成果として、回分式の硝化脱窒リアクターにおいて固定化担体を利用することの利点(SNDを積極的に利用できること)も示すことができた。これらは、今後、汚泥可溶化物を積極的に資源として利用して行く上で貴重な情報を与えている。以上のような観点から、本研究は都市工学とりわけ環境工学の発展に大きく寄与するものである。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |