学位論文要旨



No 113840
著者(漢字) イマデ,スディアナ
著者(英字) I Made・Sudiana
著者(カナ) イマデ,スディアナ
標題(和) 生物学的リン除去プロセスにおける複合微生物系とその代謝
標題(洋) Complex Microbial Community and Its Metabolisms in Enhanced Biological Phosphorous Removal Processes
報告番号 113840
報告番号 甲13840
学位授与日 1998.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4237号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 味埜,俊
 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 教授 花木,啓祐
 東京大学 教授 古米,弘明
 東京大学 助教授 佐藤,弘泰
内容要旨

 富栄養化によって生じる環境影響を制御するためには、その原因物質であるリンの水環境への流入負荷量を減らさなくてはならない。1970年代以降、リン除去プラントの導入などにより廃水中のリン削減の努力が世界中で続けられてきた。化学沈澱法は廃水からのリン除去法としてよく利用されるが、発生汚泥量の増加をもたらし、その汚泥の処理処分が新たな環境問題を引き起こしかねない。これに対し、生物学的なリン除去法に対する期待が近年高まってきた。これは、活性汚泥中の微生物生理がよく研究されるようになったこと、また世界的な「グリーン」指向の高まりなどによるものである。廃水からのリン除去プロセスは一般にEBPR(Enhanced Biological Phosphorus Removal)と呼ばれ、標準活性汚泥法の原水流入端に嫌気工程を導入することにより達成できる。嫌気工程は微生物学的な選択槽として機能し、嫌気条件下で有機基質を摂取する能力を持つ微生物のみを選択的に優占させる。ポリリン酸蓄積微生物はポリリン酸分解で生じるエネルギーを嫌気的有機物摂取に使うことが出来るため嫌気工程の導入により優占するのである。EBPRは技術的にはすでに実用化され広く使われているが、その微生物群集構造および代謝機構については不明な点が多く、プロセス設計や運転管理の最適化はできているとは言いがたい。そこで、本研究では、EBPRに特徴的な微生物群集の構造とその代謝を明らかにすることを目指した実験的研究を行った。とくにリン除去の良いときとリン除去が悪化したときを比較してリン除去の不安定性の原因を明らかにすることを目的とした。

 本研究は実験的には大きく2つの部分に分かれる。まず第1部では、4つの嫌気好気活性汚泥法回分式反応槽を、酢酸かグルコースを主要炭素源としリン過剰または不足の条件で運転し、結果として生じるリン除去能力に優れたまたは乏しい汚泥の代謝の特性および微生物群集構造を解析した。とくに、その群集構造解析に関しては、形態学的な特徴による解析のほか、呼吸鎖キノンプロファイルをバイオマーカーとした化学分類学的な解析、リボゾームRNAをターゲットにした蛍光In-Situハイブリダイゼーション法(FISH)を用いた系統分類学的な解析も行った。

 まず、EBPRプロセスにおける細胞内蓄積物質であるポリリン酸・ポリヒドロキシアルカノエイト(PHA)・グリコーゲンの挙動を調べた。リンを制限することによってポリリン酸蓄積微生物(PAO)の増殖は阻害され、リン蓄積をしない微生物群集構造が出来上がった。そこではグリコーゲンを蓄積する微生物群(GAO)が卓越した。これに対しリンを充分に与えた場合にはPAOが卓越した。PAOもGAOもともに嫌気的に酢酸を摂取するとともにグリコーゲンを消費し、PHAを蓄積した。グルコースを基質とした場合は、グリコーゲンおよびPHAが蓄積した。PHA合成が行われるときに「解糖」が生じていることは、PHAの構成単位として3-ヒドロキシ吉草酸(3HV)が検出されたことから推定できる。3HVの合成はプロピオニル-CoAを経由して起こるとが推定され、この反応は還元力を消費する反応であることが知られている。微生物はこの反応により、細胞内の酸化還元バランスを維持しているのである。

 リンの投与量を制限した汚泥では4個の細胞集合を作る細菌が優占し、これがGAOであると推定された。ポリリン酸含有率の高い汚泥ではクラスターを形成する球菌が優占していた。キノンプロファイルの測定より、4種類の汚泥すべてが多種類のユビキノンおよびメナキノンを含んでいるがその中でユビキノンQ-8およびQ-10が最も多かった。また、リボゾームRNAをターゲットとしたFISHにより、系統分類学上でプロテオバクテリアサブクラスに属する細菌が最も多かったが、やはり各種のクラスに属する細菌が検出された。結論として、ここで解析した汚泥はリン含有率の高い汚泥も低い汚泥も、形態学的・化学分類学的・系統分類学的のいずれの立場からも多様性が高いと言える。EBPRの微生物群集は1種類のポリリン酸蓄積細菌が優占しているのではなく、複数の優占微生物種が共存していると考えるべきである。

 第2部では、EBPRプロセス中での原生動物と糸状性微生物の挙動に注目した。18Lの回分式嫌気好気リアクター1基を酢酸を主要炭素源として運転した。このリアクターの長期運転期間中、および糸状性微生物を含む種汚泥を新たに導入した直後の変化について解析を行った。微生物群集全体の構造はキノンプロファイル法およびFISH法により分析した。また、原生動物と糸状性微生物数を顕微鏡により観測し、リン除去効率との関連を解析した。リン蓄積細菌の細胞数も計測した。

 第1部の結果と同様に、汚泥のユビキノンの含有量がメナキノンより多く、ユビキノンの中ではQ-8がQ-9やQ-10より多かった。原生動物の中では繊毛虫類が多く、Carchesium、Vorticella、Ephystilisなどが見られた。その他ではBodoや同定不能の原生動物、あるいはNematodaや輪虫類も見られたが繊毛虫が圧倒的に多かった。リン除去が悪化している期間には原生動物数は一般に多かった。また、リン除去の回復と原生動物の減少が同時に観察された。原生動物数とリン蓄積細菌数の間には明かな逆相関があると言える。EBPRプロセス中の糸状性細菌としてはType021Nが多かった。糸状性微生物が過剰に増殖するとリン除去は悪化した。このとき、プロテオバクテリアサブグループもしくはグラム陽性高G+C含有DNAグループに属する細菌で4個の細胞集合を形成するもの(GAOと思われる)が数多く観測された。また、原生動物に捕食された細菌はプロテオバクテリアサブクラスに属するものが多かった。GAOはPAOよりサイズが大きいため原生動物に捕食されにくかったためかもしれない。以上のことから、繊毛虫類や糸状性細菌の増加とリン蓄積細菌の卓越は相反して生ずることが確認されたが、両者の間の生態学的な関連はまだ明かでなく今後検討する必要がある。

審査要旨

 微生物を利用した廃水からのリン除去法である嫌気好気活性汚泥法(以下、嫌気好気法)は、1970年代に開発されて以来、ユニークな廃水処理技術として工学的に注目されたのみならず、微生物学的な研究対象としても多くの研究者から取り上げられ精力的な研究が行われてきた。この嫌気好気法において高いリン蓄積能力を発揮しリン除去の中心的な役割を担う微生物が存在するはずで、その微生物を特定し、単離し、その特性を調べることは、プロセスの原理を理解し工学的に安定した技術として嫌気好気法を確立するためには非常に重要と考えられてきた。それにも関わらず、そのようなリン蓄積微生物はこれまで単離できずにおり、また単離できない理由も明らかにされていない。そこで、単離をして微生物の特性を調べて行くという伝統的な微生物学の方法ではなく、さまざまな微生物が共存し全体として1つの群集を形成しているような系-複合微生物系-の微生物群集構造を、近年になって新しく開発されてきた分子生物学的な手法や化学分類学的な手法を駆使して、単離操作をすることなく解析して行こうという試みがなされるようになった。本研究はそのような非常に新しい試みを先駆的に行ってきた結果をまとめたものである。

 本研究は、「Complex Microbial Community and Its Metabolisms in Enhanced Biological Phosphorous Removal Processes(生物学的リン除去プロセスにおける複合微生物系とその代謝)」と題し、7章よりなる。

 第1章は「序論」であり、生物学的リン除去の微生物学的な研究の現状を概観したあと、本研究の目的が記されている。

 第2章は「文献レビュー」であり、生物学的リン除去に関する既存の研究の概要を、主として生物化学的な代謝の側面、および、プロセス内で主要な機能を果たす微生物群に関わる微生物学的な側面から整理している

 第3章は「研究方法」であり、研究全体を通じて用いた実験手法や分析方法がまとめられている。また、本研究で用いた2種類の嫌気好気法実験装置の詳細が説明されている。

 第4章および5章が本論文の中心となる研究結果の章である。第4章は「酢酸とグルコースを基質としたときのリン除去汚泥の微生物群集構造と代謝」と題し、4つの嫌気好気法回分式反応槽を、酢酸かグルコースを主要炭素源としリン過剰または不足の条件で運転し、そこで得られるリン除去能力に優れたまたは乏しい汚泥の代謝の特性および微生物群集構造を解析した結果について述べている。とくに、その群集構造解析に関しては、形態学的な特徴による解析のほか、呼吸鎖キノンプロファイルをバイオマーカーとした化学分類学的な解析、リボゾームRNAをターゲットにした蛍光In-Situハイブリダイゼーション法(FISH)を用いた系統分類に基づく解析も行った。

 その結果として、ポリリン酸蓄積微生物(PAO)の卓越した汚泥と、リンを蓄積せずグリコーゲンを蓄積する微生物群(GAO)が卓越する汚泥では、形態学的には明らかな差があり、生理学的にも異なった代謝が見られたが、キノンプロファイルやFISHの結果によると両者は見かけ上はあまり差がないことがわかった。また、ここで解析した汚泥はリン含有率の高い汚泥も低い汚泥も、形態学的・化学分類学的・系統分類学的のいずれの立場からも多様性が高いと言えることもわかった。以上のことは、生物学的リン除去法汚泥の微生物群集は1種類のポリリン酸蓄積細菌が優占しているのではなく、複数の優占微生物種が共存していると考えるべきであることを示唆している。これまで、限られた種類の「リン蓄積微生物」が存在しそれらがリン除去を担っているという考え方が当然のように受け入れられてきたが、そのような既存の常識をくつがえす結果となった。

 第5章「リン除去活性汚泥法における原性動物と糸状性微生物の変動」では、リン除去プロセス中での原生動物と糸状性微生物の挙動に注目した。リン除去が悪化している期間には原生動物数とくに繊毛虫類が一般に多く、リン除去の回復と同時に原生動物は減少するという現象が認められ、原生動物数とリン蓄積細菌数の間には明かな逆相関があることが指摘された。また、糸状性細菌としてはType021Nが多く、糸状性微生物が過剰に増殖するとリン除去は悪化した。以上のように、繊毛虫類や糸状性細菌の増加とリン蓄積細菌の卓越は相反して生ずることが確認されたが、両者の間の生態学的な関連はまだ明かでなく今後検討する必要があるとしている。

 第6章は「結論」であり、本研究全体を総括し結論をまとめた上で今後行うべき研究について提言している。

 また、第7章は「付録」であり、各種の微生物や微生物群集の顕微鏡写真や画像情報が添付されている。これらは本研究に於いて重要な意味を持つデータと位置づけられる。

 本論文の最大の功績は、リン除去の良好な汚泥と良好でない汚泥の微生物群集構造を生理学的・微生物形態学的・化学分類学的・系統分類学的な視点からそれぞれ比較した上で、リン除去汚泥の本質的な多様性を指摘した点、およびリン除去の悪化に原性動物が関与している可能性を初めて実験的に示した点にある。これらの点は、今後の生物学的リン除去に関する基礎研究のありかたにに大きく影響を与えるものである。以上のような観点から、本研究は都市工学とりわけ環境工学の発展に大きく寄与するものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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