学位論文要旨



No 113842
著者(漢字) シュレスタ,ビジャヤ
著者(英字) Shrestha,Bijaya
著者(カナ) シュレスタ,ビジャヤ
標題(和) ウォーターフロント都市開発の類型 : 統合されたデザイン構造について
標題(洋) Urban Waterfront Development Patterns : An Integrated Design Structure
報告番号 113842
報告番号 甲13842
学位授与日 1998.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4239号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西村,幸夫
 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 助教授 太田,勝敏
 東京大学 助教授 北沢,猛
 東京大学 講師 小泉,秀樹
内容要旨

 臨海部の産業構造転換、都市デザインにおける環境的価値の認識、都市社会の変化といった共通の要因によって、世界中の都市部ウォーターフロントが大きく変化していった。イギリスではウォーターフロントの変化は臨海産業の衰微に起因する都市内の問題であると考えられている一方、アメリカにおける見方では、その変化は都市更新の一過程と考えられている。アジアでは、横浜や香港のように土地を多く得たいという都市において、ウォーターフロントの変化はおもに新しい経済活動の場を設けるために都市空間を再構成しようとする行政の政策によるものである。西洋の都市と異なり、これらのアジア都市はインナーシティの問題を経ておらず、港湾活動が過剰な状態に陥る前に、機能の計画的な移動が行われてきた。しかし、アメリカで1960年代初頭にはじまったウォーターフロント都市開発の計画・デザインの考え方は、1970・80年代のヨーロッパ都市に、また80年代後半から90年代のアジア各国やオーストラリアに大きく影響を与えたということができる。

 ウォーターフロントの変質を生み出す要因のすべては都市開発の枠組みによるものであるが、計画的・都市デザイン的視点からみてウォーターフロント開発は特別のものであることが多くの理由から指摘できる。ウォーターフロント開発は埋め立てを行い、水面を取り込み、多くの開発主体を巻き込む。実際、ウォーターフロント開発は都市更新や新規開発を行った後の都市にとってもっとも新しい機会である。現在までに完成をみたウォーターフロント開発プロジェクトは殆どない。

 1960年代にはじまったウォーターフロント開発は1970年代にはうまくいかなくなり、1980年代には旧来の都市開発手法が公民協調の新しい方向へ変化したが、これも1990年代には景気後退のために危機の状態に陥った。ウォーターフロント開発は明確な理論的基礎を欠いており、現在進行中のウォーターフロント開発は以前おこなわれた都市開発の経験的知識に基づいている。

 この論文は異なる都市における3つの著名な事列、すなわちバッテリーパーク(BPC,ニューヨーク)・みなとみらい21(MM21,横浜)・中環及湾仔填海計画(CWRP/Central and Wanchai Reclamation Project,香港)を比較研究することにより、都市計画・都市デザインの視点からウォーターフロント開発を論ずるものである。ロンドンのドックランドはこれら三例とは異なって長い歴史を持ち、ウォーターフロントの計画やデザイン上重要であるということから、背景的な事例研究を行う。それぞれの都市は異なるウォーターフロントの開発手法をとりながら異なる計画的・社会政治学的な次元を持つが、経済面や、CBDに近い位置取り、また都市に新しい場をつくるための割り当て土地利用といった点で比較が可能である。

 論文全体は四部に分かれる。第1部では文献研究を行い、分析のための構成を示す。四つのウォーターフロントの事例研究は第2部で示される。第3部は三章に分かれており、配置マスタープラン、開発コントロール、そして都市開発プロセスと実施の枠組みという相互関係のある三つの分析について論考する。最後に第4部で結論及び助言を述べる。この研究では、複雑な現象であり何年あるいは何十年を必要とするウォーターフロント開発において、都市デザインの枠組みが欠如していたことが認識された。都市デザインの枠組みを提案し、その枠組みに基づき次の章でウォーターフロント開発の様々な側面について分析する。

 三例のマスタープランの検証から判ったことは、BPCに比較してCWRPやMM21のマスタープランは、水際の空間、通りから水面への眺め、公共空間等といった公共の領域を扱う上で弱点があるということである。このことは開発コントロールに関する分析でも強調される。アジア都市は都市デザインの要素を誘導する開発コントロールの手法を欠き、実施していない。公園や遊歩道といった多くのオープンスペースが水際に沿って配置されているものの、歩行者を水際に導いていくためのデザインツールは成功していない。実際、ウォーターフロントのデザインは「外側は内側(outside is inside)」であるべきだが、MM21、CWRPとも「インナーモール」に重点を置き、通りから切り離された歩行者ネットワークを提唱している。さらにこれらの例は、開発コントロールと実施の枠組みにおいて他の非ウォーターフロント地区にも適用可能な通常の都市計画プロセスをなぞり、ウォーターフロントの場所性が公共に与える格別の機会を見失っている。対照的に、BPCでは通常の計画プロセスでは1969年の開発マスタープランを実施できず、1979年の新しいマスタープランではウォーターフロントの土地を開発するために都市デザインのアプローチをとった。アジアの事例では、都市計画・開発コントロールは空間形成や街路景観のデザイン等の質的な面よりも、交通や他の施設等のインフラを量的に供給することに重点が置かれる。さらにこれらのアジア都市において、香港では経済上の理由によって、また横浜では戦争や地震によって、都市構造は継続的な変化の状態にある。その結果、これらの都市は計画及びデザインにおいて伝統的なヴォキャブラリーを有してこなかった。ウォーターフロントにおける新しい都市形態は周囲の既存地域と明確な違いをもってつくられ、「構築的破壊(constructive destruction)」または「破壊的構築(destructive construction)」であったと言える。

 また、都市開発プロセスと実施の枠組みの検証によって、アジアの事例とアメリカの比較対象の間の明らかな違いがもうひとつ示される。BPC開発の初期段階では政治上の論争が特徴的であったことに対し、アジアの都市では政治的な意見の一致がプロジェクトの円滑な「開始(startup)」を導き、スケジュールに沿った円滑な実施を行っているのである。

 それにも関わらず全ての事例において、土地の埋め立てによる完全な利益を得ること、水面の取り込み、周囲の地区との統合といった点において成功したとは言えなかった。土地の埋め立てが都市デザインという目的を取り込み得ていたならば、ウォーターフロント開発はもっと実りのあるものになっていた可能性がある。

 最後に、広範囲にわたるが明快な助言が述べられる。まず、ウォーターフロント開発は政治上の強固な責任に基づくグループ間で意見の一致を必要とする長期計画ということである。BPCの初期の場合のような数人の政治家間の浅いコンセンサスは、数年後に計画が実行されるときまで維持できない。第二に、ウォーターフロントの敷地はその都市の他地区と比較して特別の性質のものということである。そのため、計画のアプローチと開発コントロールの仕組みは、既存の仕組みではうまく実行されなかったウォーターフロントの事例とは異なるものでなければならない。第三に、公民協調の原則に基づくウォーターフロント開発は柔軟なアプローチを必要とする。特に、地方のコンテクストをもつウォーターフロント地区を形成していく際にデザインガイドラインは有効である。デザインガイドラインは全ての主体に有益である。開発者と協議する際には計画利益の道具となり、開発者にとっては投資の源であり費用と利潤を計算できる。建築家にとってはデザインの枠組みとなり得る。建築家と開発者の両者が時間を節約できる。一般市民にとっては公的な確実性と考えうる。開発グループ間の協議の場は必要であり、これらのガイドラインは意見の一致の後のわずかな修正をみることとなる。第四に、都市構造のうちごく小さな部分が多くの点において望ましく、有益である。それは部分ごとに行われるインクリメンタルな開発を促し、市場の状況にすばやく反応することができる。第五に、MM21・CWRPともに開発コントロールは単純であり、はじめから政治上のコンセンサスがとられていることから都市デザインガイドラインが適用可能であることが言える。

 最後に、BPCからは開発における都市デザインのアプローチの重要性を学ぶことができ、またMM21やCWRPでは開発の実施を成功させるために政治上のコンセンサスの必要性が教訓であったことが指摘できる。

審査要旨

 本論文は、1960年代から先進国を中心に実施されてきたウォーターフロント開発について、そのデザイン構造をさまざまな側面から論じた論文(英文)である。

 ウォーターフロント開発は、水辺空間を不特定多数に解放するという基本的な動線計画をその出発点から内在している開発として特異であるといえる。また、水辺空間は計画対象地から見ると縁辺部であり、縁辺部が計画の主要な関心となるという意味においても、これまでにない形態の開発行為であるといえる。したがってウォーターフロント開発には、従来の大規模開発にはない、独自の計画的意図が共通してみられる。本論文はこうした共通した計画的意図に着目し、それが文化や地域性を越えて普遍的であるか否かを比較研究によって明らかにしようとしたものである。

 論文は3部から成っている。

 第1部は、ウォーターフロント開発に関する文献研究で、これまでの研究成果が網羅的にレビューされているほか、ウォーターフロント開発の歴史が述べられている。これらを通してウォーターフロント開発を分析する際の枠組みが述べられる。

 第2部は、本研究で比較対照する4事例、すなわちバッテリーパーク(ニューヨーク)、みなとみらい21(横浜)、中環及湾仔填海計画(Central and Wanchai Reclamation Project,香港)およびドックランド(ロンドン)、の開発計画の歴史と現況をまとめている。

 第3部は、本論文の中心的な部分で、4事例、とりわけ状況の近似しているニューヨーク、横浜、香港の3事例について、配置マスタープラン、開発コントロールおよび都市開発プロセスと実施の枠組みに関して、比較検討をおこなっている。最後に結論と今後に対する提言をおこなっている。

 中心となる第3部は、第4章のマスターレイアウトプラン分析、第5章の開発コントロール機構の比較分析、第6章の開発プロセス及び実施、そして結章から成っている。各側面からの分析を通してバッテリーパーク開発計画の優位性が明らかに示されている。とりわけ、ウォーターフロント空間自体のデザインの質、通りから水面へ向かうビスタの形成、周辺地区とのなじみ易さの点でその傾向は顕著である。この結論へ導くために、筆者はgrid axialityやconvex ringiness,complexity and coherence analysisなどの分析手法によって、定量的にもバッテリーパーク開発計画の優位性を示している。また、マスターレイアウトプランの分析では、特に周辺街区との関係の変遷に着目し、ここでもバッテリーパーク開発計画のマスタープランの変遷が、自己完結型の計画案から周辺との関係重視型へ変化してきた過程を明確に指摘している。

 結論において、ウォーターフロント開発が長期にわたる開発であることから、計画の立案主体(政策決定権を有する主体)と実施主体とのコンセンサス形成の仕組みが重要であること、ウォーターフロント開発がこれまでにない特色を持った開発であることから、従来型ではない開発コントロールの枠組みが必要であること、ウォーターフロント開発におけるデザインガイドラインの有効性、などについての主張が明らかにされている。

 ウォーターフロント開発は比較的新しい形態の開発行為であり、これをマスタープランの段階から実施体制の段階まで総体的にとらえて比較検討した、文明史的視点を有する総合的な研究として有用であるといえる。また、マクロからミクロまでの諸空間レベルにそれぞれ対応した比較検討ツールを開発し、これによって複数のウォーターフロント開発を定量的に比較検討できる手法を示し得たのは今後の研究に対する貴重な貢献である。

 以上、本論文はウォーターフロント開発の比較研究として有用であり、新しい比較方法を提起し得た点で貴重であるといえる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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