精密ろ過は水処理として、膜分離活性汚泥法による排水処理や、通常浄水等へ急速にその適用範囲を広げつつある。従来の精密ろ過の適用規模では予想もつかなかった大規模な水処理への展開が進みつつあるが、既存の代替技術と競合する固液分離や濁質の除去を主たる目的とした適用であるため、大規模処理への展開には、当然のことコストダウンが最重要な課題となっている。そのため、膜ろ過水の生産性を上げる目的で、膜ろ過として大きな孔径の膜を使用する方向に技術は動いている。 一方、水の微生物学的安全性の議論においては、病原性細菌のみならずクリプトスポリジウム等の原虫類、病原性ウイルス等の信頼性の高い除去技術として、膜ろ過は期待され、注目を集めている。上述のような意味で高い透過流束を与える孔径の大きい精密ろ過膜が使用されてくる中で、その孔径と近い大きさの細菌やウイルスが、実際どの様に阻止されるのかを知ることは、工学的にも重要な意味を持っている。しかし、このような精密ろ過膜の孔径と近い大きさの微小粒子の阻止メカニズムに関する研究は少ない。理論面でも、細孔モデルの検証や濃度分極の評価など、微生物粒子の精密ろ過における挙動もまだ解明されているとは言いがたい。そのためには、濃度分極、膜内での溶質の輸送、溶液環境の影響といった要因に着目し、膜ろ過における阻止率の定量的評価を行う必要がある。 本研究は、「Removal of Microbial Particles in Microfiltration Process(精密ろ過膜プロセスにおける微生物粒子の除去)」と題し、pHなどの溶液環境の影響、膜での粒子阻止機構に関する細孔モデルの適用可能性、バルク側の水理的条件の影響について理論的および実験的に検討したものである。全7章から成る。 第1章は「緒論」であり、本研究の背景、重要性、論文の構成、および研究の目的が述べられている。 第2章は「文献レビュー」であり、主として、膜ろ過における従来よりの物質移動理論を詳細にまとめている。 第3章は「実験方法」をまとめたものである。本研究では、ウィルスについては、RNA大腸菌ファージQ、MS2、fr、およびDNA大腸菌ファージT4(球換算直径それぞれ25,25,19,80nm)を、細菌としては、Pseudomonas,Alcaligenesと大腸菌に属する種のいくつかの細菌を取り扱っており、形態や大きさについて広範な実験条件を設定出来ている。 第4章は「膜細孔入口及び内部を考慮した細孔モデル」の細菌及びウイルスへの適性を検討したものである。細孔モデルの検討に於いては、異なる孔径のnucleporeおよびanoporeを用いて全量ろ過にて実験をおこなった。これらの膜は制御された細孔構造を持ち孔径分布が極めて狭いと考えられている。この実験における阻止率を既存の細孔モデルを用いて解析した。既存の非平衡熱力学に基づく輸送方程式を精密ろ過膜の孔径と同程度の大きさの溶質に適用できるように拡散項を省略し、移流項のみによって評価を行った。阻止率を細孔モデルで解析した結果、実験で得られた阻止率とモデルによる予測結果は、ウィルスに関してはよく一致したが、細菌の阻止率に関してはさらに検討を要することがわかった。ウィルスにおいては球換算直径による評価が膜での阻止を決定する大きさとなりうることが示されたが、一方、バクテリアに関しては細菌の短径が膜分離における細菌の阻止率を決める大きさと見なせることが明らかになった。細菌やウイルスの阻止率を説明しうる新たな考え方として、細孔の入口における立体障害のみにより阻止特性が決定されるとして、また立体障害の程度が微生物粒子と膜孔径の相対値により変化するとした新たな細孔モデルの提示を行い、それが実験結果を良く説明しうることを示した。 第5章は、「pH、電気伝導度、圧力、タンパク質のような不純物などの溶液環境要因の阻止率への影響」を調べたものである。全てのウィルスにおいて、概してpHが高いときよりも低いときにおいて高い阻止率を示したが、特に、等電点付近において最も高い阻止率が得られた。この結果は、微生物粒子の荷電の変化に基づくウィルスの凝集の程度の変化で説明された。また、ウィルスが混合された環境では、阻止率は高くなること、また、タンパク質のなどの不純物を含むとその蛋白質の等電点付近で阻止率が高くなることが、観察され、ウィルス相互の凝集、あるいは、ウィルス不純物間の凝集によってこれらの結果が説明された。 第6章は、解明を要するもう一つの重要な因子として「微生物の膜による阻止に対するバルク側の水理学的条件の影響」の検討を行ったものである。管状の精密ろ過膜を乱流条件下で、クロスフロー流速を0.9m/sから2.5m/sの間で変化させ、実験をおこなった。Q、MS2について、速度変化法を用いて実験値から得られた物質移動係数を算定したところ、物質移動係数は、膜壁での吸い込みフラックスの増大に伴って物質移動係数の増大が見られた。乱流での物質移動係数の相関式として通常よく用いられるダイスラー式を用いて計算された物質移動値は、フラックスの変化による影響を説明しておらず、全てのフラックスの範囲において一定の物質移動係数を与える。そこで、境界層での吸い込み効果をSherwood数の計算に反映させるようにダイスラー式の修正を行った。修正ダイスラー方程式を用いて得られた物質移動係数は実験において得られた物質移動の値とよく一致するものであった。このことにより、特に精密ろ過の範囲のフラックスにおいて、物質移動係数がフラックス速度の増大に伴って高まることが明らかになった。T4ウィルスを用いて水理条件の阻止率への影響を調べたところ、T4においては膜面での濃度分極現象は見られないことがわかった。これらの結果から精密ろ過において濃度分極を生じる粒子のサイズの限界がQとT4との間にあることが示された。また、分子サイズがウィルスよりも小さいDextranについても物質移動はフラックス速度の増加に伴って増加することが示された。 第7章は「結論および今後の課題」である。 本研究において、従来の細孔モデルとの比較や新たな細孔モデルの提示を通じて、膜入口及び内部でのウイルス、細菌の阻止に関する定量的評価を確立したことは、大きな成果である。また、高フラックス膜における膜近傍での物質移動機構を、物質移動相関式の係数にフッラクスの影響が現れるとして定式化に成功したことも大きな成果であり、実際の水処理の現場での現象の解明に大きく寄与するものである。よって、本論文は、都市工学とりわけ環境工学の発展に大きく貢献するものであり、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |