内容要旨 | | 数万rpmあるいは数十万rpmという超高速で回転する軽量のターボチャージャーは自動車エンジンなどで広く用いられている。この高速,軽量のターボチャージャーは,回転弾性軸を支持する2つのすべり軸受の外側にコンプレッサとタービンとが取り付けられた,いわゆるオーバーハング型ロータの構造をしている。ロータを支持するすべり軸受には浮動ブッシュ軸受が用いられることが多い。この軸受は薄肉円筒状の浮動ブッシュを軸と軸受(固定ブッシュ)との間に挿入し,浮動ブッシュ内外に形成される直列二重の油膜でロータを支える構造をしたすべり軸受であり,すべり軸受の油膜において高速になると必ず発生する自励振動に対して優れた制振作用を持つといわれている。 浮動ブッシュ軸受には理論的に説明することのできない現象がある。一つは,浮動ブッシュ軸受で支えられた回転機械が理論的に求められる安定限界速度よりもはるかに高速回転で運転していることである。もう一つは,ジャーナル回転速度が増加するにつれ,ジャーナル回転速度に対する浮動ブッシュ回転速度の比(浮動ブッシュ回転速度比)が低下していくという現象である。このどちらの現象も,浮動ブッシュ軸受への給油圧力が比較的低く,回転体が高速で回転する場合に起こる現象である。 これらの未解明な現象を説明するために,軸受油膜の「軸方向破断現象」という概念が提唱されている。これは,超高速回転になると遠心力の影響が大きくなるためジャーナル表面近くの圧力が浮動ブッシュ内面近くの圧力よりも低くなり,低圧部において潤滑油中に溶け込んでいた気体が気泡となって現れるので潤滑油の密度および粘度が三次元的に分布するようになるという考えからなる。この概念をモデル化すると,このモデルはつぎの二つの要素から構成される。 一つは,油膜の流れ場および圧力場を支配する方程式群であり,もう一つは軸受すきまを満たす流体の物性値(密度および粘度)を表すモデルである。 ところが,現状ではこの理論解析モデルは複雑であるばかりでなく計算に要する時間が非常に大きいために,軸方向油膜破断現象の静的な特性,しかもごく限られた条件に対しての静特性しか判明していない。まして軸方向に油膜が破断した場合の軸受油膜が持つ動特性(ばね係数および減衰係数)を求める手法など未解明のままである。したがって,本研究ではすべり軸受の軸方向油膜破断に関する静特性を簡便に表現し,しかも短時間で計算することのできる理論モデルを新しく構築し,これを発展させてすべり軸受の動特性を求め,これらを利用して浮動ブッシュ軸受に関する上述の2つの現象を解明することを目的とする。 まず,すべり軸受の軸方向油膜破断に関する静特性解析手法について考える。まず,油膜の流れ場および圧力場を支配する方程式群は円筒座標系で記述したナビエ・ストークス方程式(NS方程式)および連続の式からなる。しかし,これらの偏微分方程式をそのまま連立させて解いたのでは計算時間はかなり大きなものとなるため,軸受すきまが薄膜であるという特徴を利用して,それらを単純な方程式群にする。すなわち,圧力項,粘性項だけでなく,流体潤滑理論では一般的に無視されることが多い遠心力項をも考慮してNS方程式を簡略化し,この簡略化した式から流れ場を求め,この速度式を連続の式に代入することにより修正レイノルズ方程式を導き出す。いま,ジャーナルが超高速で回転することを考えているので,ジャーナルとブッシュとが同心で回転するとみなすことができ,修正レイノルズ方程式を二次元問題(軸方向と膜厚方向)へと帰着させることができる。一方,軸受すきまを満たす流体の物性値を表すモデルには,キャビテーション圧力付近で流体の物性値が潤滑油の値から気体の値へと緩やかに変化するというKoenekeのキャビテーションモデルを用いる。そして,このキャビテーションモデル式と修正レイノルズ方程式,油膜の速度式とを連立させて解くことにすれば,解くべき偏微分方程式の数が一つだけ(修正レイノルズ方程式)になるので計算時間の大幅な短縮が可能となる。本近似解法によっても,キャビテーションモデル式とNS方程式,連続の式を連立させて解くことにより厳密な解を得ることのできる従来の手法と精度上遜色のない解を得ることができる(図1〜3)。つまり,軸方向油膜破断を簡便に表現し,しかも短時間で解析することのできる手法の開発に成功したのである。 図1 潤滑油密度に対する相対的な密度分布(従来の手法との比較)図2 周方向速度成分の膜厚方向分布(従来の手法との比較)図3 ジャーナル角速度とブッシュに加わるトルクとの関係(従来の手法との比較) つぎに,油膜が軸方向に破断した場合の軸受油膜が持つ動特性について考える。ジャーナルとブッシュとの相対的な微小運動による流体の物性値の変化が無視できるほどに小さく,微小運動後も全周にわたり油膜が存在すると仮定して,油膜反力の微小増分を求め,これと微小運動量との比から軸方向油膜破断が生じた場合の油膜のばね係数および減衰係数を求める。三次元的に分布する油膜圧力のため,計16個の油膜のばね係数および減衰係数を求めなければならないが,対称性を用いることにより,それらは半分の8個へと減る。これらの係数のうち,ばね係数の対角項および減衰係数の連成項はジャーナル回転速度が変化してもほとんど0のままであることから,それほど重要ではないので,詳細には調べない。そして,残りの4個の係数のうち,ばね係数の連成項および減衰係数の対角項はジャーナル表面における値とブッシュ表面における値とでほとんど差がないことから,計2個のばね係数および減衰係数(ばね係数の連成項と減衰係数の対角項)のみを詳細に調べることにする。これらに関して従来の手法(等粘度潤滑理論に基づくレイノルズ方程式に対してゾンマーフェルト境界条件を適用して求める手法)による油膜のばね係数および減衰係数との比較を行うと図4,5のようになる。ジャーナル回転速度が大きくなるほど軸方向油膜破断の影響は大きくなり,ジャーナル回転速度に比例して増加していたばね係数の連成項も減衰係数の対角項もその増加率を徐々に減らしていく。 図4 ジャーナル角速度とばね係数との関係(従来の手法との比較)図5 ジャーナル角速度と減衰係数との関係(従来の手法との比較) つぎに,ジャーナルも浮動ブッシュも共に振動することなく回転する状態(静的平衡状態)において,超高速回転になるとジャーナル回転速度が増加するにつれて浮動ブッシュ回転速度比が低下していくという現象について考える。浮動ブッシュ内側油膜では,ジャーナルが超高速で回転するために遠心力の影響が大きくなってくるとともに,ジャーナルと浮動ブッシュとの相対的な偏心率が極めて小さくなり0とみなしても構わなくなる。一方,浮動ブッシュ外側油膜では,浮動ブッシュ回転速度が遠心力の影響を考慮しなければならないほどには大きくならないために浮動ブッシュと固定ブッシュとの相対的な偏心率はそれほどには小さくならず,このため周方向に油膜が破断すると考えられる。これらより,内側油膜の解析には上述した軸方向油膜破断の静特性解析手法を適用し,外側油膜の解析には等粘度潤滑理論に基づくレイノルズ方程式に対してレイノルズ境界条件を適用することにする。さて,浮動ブッシュが静的平衡状態にあるので,浮動ブッシュ内外面に加わるトルクは釣り合う。このトルクの釣り合いから浮動ブッシュ軸受の静特性(浮動ブッシュ回転速度比,浮動ブッシュの固定ブッシュに対する相対的な偏心率および偏心角)を求めることができる。浮動ブッシュ回転速度比は図6のようになる。軸方向油膜破断を考慮しない従来の手法では浮動ブッシュ回転速度比はジャーナル回転速度に対して単調増加してしまうが,内側油膜における軸方向油膜破断を考慮することにより,ジャーナル回転速度が増加するにつれて浮動ブッシュ回転速度比が低下していくという現象を説明することが可能となる。 図6 ジャーナル角速度と浮動ブッシュ回転速度比との関係(従来の手法との比較) つぎに,浮動ブッシュ軸受で支えられた回転機械が理論的に求められる安定限界速度よりもはるかに高速回転で運転していることについて考える。軸受油膜の動特性が変わればロータ・軸受系の安定限界線図は全く異なるものになることもあるが,ロータの種類が変わっても系の安定限界線図が全く異なるものになることはないので,一番単純なロータであるジェフコット・ロータを用いて解析する。このロータを浮動ブッシュ軸受で支えた系の安定限界線図を求めると,図7のようになる。本手法による安定領域は従来の手法による安定領域よりも大幅に広くなり,高速域でいったん不安定になった系が軸回転速度の増加とともに再び安定になるという理論予測,あるいは高速域でいったん不安定になった系が軸回転速度の増加とともに再び安定になり,さらに増速すると再び不安定に逆戻りするという理論予測は,実際に観測されている現象と定性的に一致する。 図7 安定限界線図(従来の手法との比較) 最後に,本研究で得ることのできた新しい知見をまとめる。 1.軸方向油膜破断の静特性解析を簡便かつ短時間で行うことのできる手法の開発に成功した。 2.軸方向油膜破断が生じた場合の油膜の動特性を求めることができるようになった。 3.浮動ブッシュ回転速度比が低下していくという現象を説明することができた。 4.浮動ブッシュ軸受で支えられたロータ・軸受系が超高速域でも安定な状態で回転し続けることができるという現象を説明することができた。 |