学位論文要旨



No 113846
著者(漢字) 成,波
著者(英字)
著者(カナ) チェン,ボ
標題(和) ファジィ論理を用いたルールベース・ドライバモデルに関する研究
標題(洋)
報告番号 113846
報告番号 甲13846
学位授与日 1998.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4243号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 藤岡,健彦
 東京大学 教授 吉本,堅一
 東京大学 教授 月尾,嘉男
 東京大学 助教授 金子,成彦
 東京大学 助教授 鎌田,実
内容要旨

 日本における年間交通事故死者数は毎年およそ1万人であることは周知であり、交通安全問題は環境問題と並んで非常に重要な課題になる。従って、近年車両運動性能に関する研究の中心が予防安全(Active Safety)に移行している。予防安全技術は、事故につながる要因を事前に少なくする技術である。交通事故の原因の大半はドライバの認知・判断・操作の誤りであるので、予防安全問題は車だけの特性でなく、それを運転するドライバの特性にも深くかかわってくる問題である。従来、ドライバモデルの研究は数多く行われてきているが、その大部分は本論文の分類に従えば、ドライバの反射動作を中心とする技能ベース・ドライバモデルであった。人間の環境認知、状況判断行動などを含むルールベース・ドライバモデルはほとんど研究されていない。

 近年、交通事故の低減と交通渋滞の緩和のために、ITS(Intelligent Transport Systems)という名称の下、アメリカ、ヨーロッパ、日本などで様々な研究開発が行われている。このうち自動車技術が最も関与する「安全運転の支援」分野では、危険警告、運転補助、自動運転などの具体的検討項目があげられる。危険警告と運転補助では、そのタイミングが重要である。基本的には、ドライバが助けて欲しいと思ったときに助け、助けが必要ないときには割り込んでこないようなシステムが理想である。こうするために、自動車側はドライバの判断特性に似たような危険判断アルゴリズムが必要となる。自動運転では、もっとも肝要なところが人間ドライバの代役となる車両制御アルゴリズムであるのは言うまでもない。とくに日本では、自動運転専用の車線を設けることは非常に困難なので、手動運転、自動運転の車が混在する交通状況になると思われる。そのため、自動運転の車が手動運転の車と同様の運動をとる必要が生じる。この場合には、自動運転車は操作動作だけでなく、状況判断も人間らしく行わなければならない。

 したがって、ドライバの判断を含むドライバモデルが交通事故の解析や運転の自動化に不可欠である。このような背景のもとに、本論文はファジィ論理を用いたルールベース・ドライバモデルを提案し、様々な運転環境のもとで実際にモデルを構築し、さらに構築の手法を体系的に論じている。

 本論文は8章による構成される。以下に本論文の内容を要約する。

 第1章では、従来のドライバモデルに関する研究を概説し、本研究の背景、目的および本論文の構成を述べている。

 第2章では、ドライバモデルの構築に用いられるファジィ制御の基礎理論を概説している。まず従来の制御方法との比較によりファジィ制御の特徴を述べる。次にファジィ論理における基礎理論、ファジィ制御の推論方法、ファジィ意思決定の扱い方などを概説する。最後にドライバモデルを構築する際の問題点とファジィ制御の適応の可能性について検討する。

 第3章では、本研究で使用されるドライビング・シミュレータについてその概要を述べている。

 第4章では、本論文で提案したドライバモデルを概説している。実際のドライバの運転特性を分析した上に、ドライバの階層モデルを提案し、さらに各階層の役割及び扱い方を考察している。

 このモデルは、ドライバがタスク運転により車を制御するという見方によりなるものである。即ち、ドライバは様々な判断・操作をタスクに従って集約し、練習により熟達する。車を運転する時にまずタスクを選択し、そして決められた手順(ルール)に従い車を運転するという考え方である。図1は本論文で提案したドライバモデルを示すものである。

図1 ドライバの階層モデル

 このモデルは4つの階層により構成され、それぞれはタスク選択(Task Selection)、計画(Planning)、行動(Maneuver)、動作(Action)である。ドライバは、タスク選択階層では、決められた走行経路と当面の道路状況により適当なタスクを選択する。計画階層では、状況判断に従い実行すべき走行行動とタイミングを決定する。さらに変化している道路状況に応じて計画を調整する。行動階層では、具体的な走行目標(目標位置、目標距離、目標速度等)を決定し、決められた順番で下の階層にある操作動作を実行する。動作階層では、ドライバは操作動作を通して車両を直接制御する。車両の動特性および人間の操作特性はこの階層に含まれる。操作動作は、先行車追従、目標速度追従、車線変更、車線維持、定位置停止などが挙げられる。

 本論文の以下の章で障害物回避、追い越しと合流の3つのタスクに絞り、ドライバのルールベース行動をファジィ論理を用いモデル化を行っている。

 第5章では、障害物緊急回避場面を取り上げ、回避する際のドライバの注視挙動と操舵動作の関係に着目し、ドライビング・シミュレータでの障害物回避実験によりドライバの注視挙動と操舵動作を調べ、ドライバの障害物回避時の予見、判断及び操舵動作の関係を明らかにしている。即ち、(1)ドライバの注視挙動は、障害物を発見してから「回避できた」と判断するまでの間の障害物を見つめる"回避段階"と、「回避できた」と判断してから車の状態を安定するまでの間の収束コースを見ている"収束段階"と、車が収束コースに収束した後通常の注視距離に戻る"復帰段階"の3つの段階に分けられる。(2)ドライバの操舵挙動は、「回避できた」と判断する前の反射的な回避操舵とその後の予測的な収束操舵の2つの段階に分けられる。(3)ドライバは、注視点での予測偏差がゼロになった時点で、「回避できた」と判断する。その瞬間で、ドライバは視線を障害物から次の収束コースに移す同時に、操舵動作を回避操舵から収束操舵に切り替える。

 これら実験結果をもとに、ファジィ論理を用い障害物回避時のドライバの注視挙動と操舵動作をモデリングしている。さらに、構築したドライバモデルを用いシミュレーションを行っている。シミュレーション結果は実験データとよく一致している。このことから、ファジィ推論を用いドライバモデルを構成することにより障害物回避実験で得られたドライバの注視挙動と操舵動作を模擬することができることがわかった。ドライバモデルの注視パターンを変化させるシミュレーション結果から、ドライバの注視挙動がドライバの操舵動作に大きな影響を与えることを示している。また、ファジィドライバモデルと二次予測モデルのシミュレーション結果を比較し、ファジィモデルの方がより人間の操作挙動に似ていることがわかった。

 第6章では、複雑な判断と高度な運転技術が必要とする追越場面を取り上げ、ドライバの追越行動を分析したうえで、追越時のドライバの階層モデルを提案している。また、ドライバの状況判断行動を中心にファジィ論理を用いモデル化している。提案したドライバモデルを用いて、様々な状況をもとにシミュレーションを行っている。これら状況において、ドライバの判断モデルは適当に対応でき、判断及び追越行動を実行させるタイミングが常識に合っている。また、ドライバの操作モデルは指令とおりに働いて、選択された走行行動をスムーズに遂行させることができる。このことから、追越時のドライバの行動をファジィ論理を用いモデリングする手法が適当であることが検証されている。

 第7章では、ドライバが複雑な判断をしており、交通安全上も重要と考えられる高速道路の合流部での合流する場面を取り上げている。ドライバの合流特性を把握するために、画像解析により実際の合流行動の調査分析を行い、次のことがわかった。(1)合流時の合流車ドライバの操作挙動としては、合流区間に着く前の速度調整行動、合流区間に入った時点の合流可否判断行動、「合流可」と判断した場合の加速合流行動と、そうではない場合の減速待機行動の4つである。(2)合流車ドライバの合流可否判断は合流車と周囲の他車両、特に本線後車との相対速度及び車間距離の2つの要因の影響を受けており、相対加速度にも関係している。(3)本線車の合流区間での避走行動は、追い抜き、減速と車線変更により構成され、本線車のドライバは、合流車及び周囲の道路状況により避走行動を選択していると思われる。

 この調査結果に基づき、合流車と本線車のドライバの判断及び操作動作モデルはファジィ論理を用い構築され、そのうちの判断モデルは次のようになっている。(1)合流車の合流判断モデルは、本線前車との相対距離・相対速度に基づく合流加速度を見積もりモデルと、予測された合流加速度と本線後車との相対距離・相対速度に基づく合流安全判断モデルの2段階の判断モデルにより構成される。(2)本線車の避走判断モデルは、ファジィ多目標意思決定方法を用いて表現される。即ち、各走行行動の避走可能性・走行安全性・乗り心地の3つの判断への達成度により実行すべきの避走行動を選択するものである。(3)合流車も本線車も相手の影響を受けて、各自のロジックにより判断を行い、協調的に合流行動を遂行している。

 構築したモデルにより実際に観測したドライバの合流挙動がよく説明できることを示している。また、シミュレータを用いて、様々な条件をもとで合流実験を行い、実験結果はシミュレーション結果とよく一致している。このことから、本論文で提案した合流時のドライバモデルの妥当性を検証している。

 第8章では、以上の結果を総括している。

審査要旨

 本論文は「ファジィ論理を用いたルールベース・ドライバモデルに関する研究」と題し,8章からなる.

 交通安全問題は環境問題と並んで非常に重要な課題になる。交通事故の原因の大半はドライバの誤りと言われていることから、交通事故減少のためにはドライバの特性に対する研究が必要不可欠である。人間の運転行動としては、技能ベース行動、ルールベース行動、及び知識ベース行動の三つの階層に大別する考え方がある。ドライバモデルに対する研究はすでに40年の歴史をもつことになり、様々なモデルを提案されたが、これらはほとんど技能ベース行動のドライバモデルであり、ルールベースなどの上位レベル行動のドライバモデルについてはまだ体系的な研究は少ない。本論文では、ドライバのルールベース行動に絞り込み、いくつかの場面におけるドライバの状況判断および運転操作特性を解明した上に、ルールベース行動を含むドライバモデルを構築することを目的としている。

 第1章では、従来のドライバモデルに関する研究を概説し、本研究の背景、目的および本論文の構成を述べている。

 第2章では、ドライバモデルの構築に用いられるファジィ制御の基礎理論を概説している。まず従来の制御方法との比較によりファジィ制御の特徴を述べる。次にファジィ論理における基礎理論、ファジィ制御の推論方法、ファジィ意思決定の扱い方などを概説する。最後にドライバモデルを構築する際の問題点とファジィ制御の適応の可能性について検討する。

 第3章では、本研究で使用されるドライビング・シミュレータについてその概要を述べている。

 第4章では、本論文で提案したドライバモデルを概説している。実際のドライバの運転特性を分析した上に、ドライバの階層構造モデルを提案し、さらに各階層の役割及び扱い方を考察している。このモデルは4つの階層により構成され、それぞれはタスク選択(Task Selection)、計画(Planning)、行動(Maneuver)、動作(Action)である。ドライバは、タスク選択階層では、決められた走行経路と当面の交通状況により適当なタスクを選択する。計画階層では、状況判断に従い実行すべき走行行動とタイミングを計画する。さらに変化している交通状況に応じて計画を調整する。行動階層では、具体的な走行目標を設定し、決められた順番で操作動作を実行する。動作階層では、ドライバは操作動作によって車を直接制御する。基本操作動作は、先行車追従、目標速度追従、車線変更、車線維持、定位置停止などが挙げられる。

 第5章では、障害物緊急回避する場面を取り上げ、回避する際のドライバの注視挙動と操舵動作の関係に着目し、ドライビング・シミュレータでの障害物回避実験によりドライバの注視挙動と操舵動作を調べ、ドライバの障害物回避時の予見、判断及び操舵動作の関係を明らかにしている。実験結果をもとに、ファジィ論理を用い障害物回避時のドライバの注視挙動と操舵動作をモデリングしている。さらに、構築したドライバモデルを用いシミュレーションを行っている。シミュレーション結果は実験データとよく一致している。このことから、ファジィ推論を用いドライバモデルを構成することにより障害物回避実験で得られたドライバの注視挙動と操舵動作を模擬することができることがわかった。ドライバモデルの注視パターンを変化させるシミュレーション結果から、ドライバの注視挙動がドライバの操舵動作に大きな影響を与えることを示している。また、ファジィドライバモデルと二次予測モデルのシミュレーション結果を比較し、ファジィモデルの方がより人間の操作挙動に似ていることがわかった。

 第6章では、複雑な判断と高度な運転技術が必要とする追越場面を取り上げ、ドライバの追越行動を分析したうえ、追越時のドライバの階層構造モデルを提案している。また、ドライバの状況判断行動を中心にファジィ論理を用いモデル化している。提案したドライバモデルを用いて、様々な状況をもとにシミュレーションを行っている。これら状況において、ドライバの判断モデルは適当に対応でき、判断及び追越行動を実行させるタイミングが常識に合っている。また、ドライバの操作モデルは指令どおりに働いて、選択された走行行動をスムーズに遂行させることができる。このことから、追越時のドライバの行動をファジィ論理を用いモデリングする手法が適当であることが検証されている。

 第7章では、ドライバが複雑な判断をしており、交通安全上も重要と考えられる高速道路の合流部での合流する場面を取り上げている。ドライバの合流特性を把握するために、画像解析により実際の合流行動の調査分析を行った。この調査結果に基づき、合流車と本線車のドライバの判断及び操作動作モデルはファジィ論理を用い構築されている。構築したモデルにより実際に観測したドライバの合流挙動がよく説明できることを示している。また、シミュレータを用いて、様々な条件をもとで合流実験を行い、実験結果はシミュレーション結果とよく一致している。このことから、本論文で提案した合流時のドライバモデルの妥当性を検証している。

 第8章では、以上の結果を総括している。

 以上、要するに、本論文ではルールベース行動と技能ベース行動を含むドライバの階層モデルを提案し、実態交通分析または実験結果に基づき、ファジィ論理を用いてルールベースでのドライバモデルを構築する手法を示している。提案したドライバモデルが実際交通現象をよく説明でき、シミュレータ実験結果とよく整合することにより、モデルの妥当性が検証されている。本論文で提案したドライバのモデルは、交通事故の原因解析に対して寄与するところが大きい。また、現在実用しつつある「危険警告システム」、「運転補助システム」の判断アルゴリズムの構築、将来実用目指す混合交通の自動運転システムの制御アルゴリズムの構築に対しても十分なポテンシャルを有する。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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