近年、ブロー成形、熱成形が急速に発展してきた。これらの手法は従来簡単な形状の中空製品を作るために用いられていたが、今では非常に複雑な形状の製品が作られている。例えば,自動車の燃料タンク、冷蔵庫のインナー・パネル,などがあげられる。これらの製品では一般にコーナー附近で肉厚減少が発生し,それが製品の肉厚最適化のための大きな障害となっている。現在は工程設計及び金型設計において最適化をはかるためにはトライ・アンド・エラーが必要で,それには長い時間と多額の費用を要する。そのためこれをシミュレーションに置き換えたいという要望が関連企業から強く出されている。 この要望に応えるのには有限要素法が有効であるが,しかしこの様に複雑な現象を解析するためのプログラム開発を行うのは容易ではない。その主な原因は高度な非線形性にある。すなわち,ブロー成形解析においては次の様な三つの異なる非線形を考慮しなくてはならない。第一の非線形は運動学的非線形で、物体が受ける大変位,大回転,大歪みによるものである。第二の非線形は材料構成式の非線形によるもので,材料が粘塑性挙動を示すために起こる。第三の非線形は,境界条件の非線形に基づくもので,成形過程中にパリソンと工具との間の接触領域が刻々変化して行くことによる。 ブロー成形,真空成形のシミュレーションに関する研究は10年ほど前から世界の各所で行われる様になり,有限要素法プログラムも開発されている。しかし,いずれのプログラムも計算の精度,信頼性などに問題があり,いまだに広く実用化されるに至っていない。 本論文の目的は,ブロー成形,真空成形過程のモデリングに必要な定式・アルゴリズムの研究を行い,それをもとに高精度,高機能のシミュレーションが可能な有限要素法プログラムを開発することである。このため論文は次の様な構成からなる。 第一章:はじめに 第二章:粘塑性材料モデリング 第三章:FEM定式 第四章:接触アルゴリズム 第五章:実験検証 第六章:アプリケーション 第二章:材料挙動を正確に表すために新型のMeissner式rheometerを使ってABSとPETの材料試験を行った。この二つの材料はブロー成形・真空成形に最も良く使われる材料である。 材料試験で得られたデータに基づいてABS樹脂の変形挙動を表すための新しい材料モデルを提案した。提案したモデルでは,応力に対応する加工硬化,歪み速度,温度の影響が陽的な形で正確に表現できる。この新しいモデルを二つ既存のモデルと比較した結果新しいモデルは実験値を高精度に近似していることが分かった。 PET材料の材料試験データでは,応力がある歪みのところから急に立ち上がる様な特徴が見られる。この様な現象をモデル化するために,two-stageモデルを提案した。このモデルでは応力-歪み関係を二段階に分けて扱う。成形温度範囲でPETはの結晶化が起こり温度の影響は非線形となる。そのため材料パラメタは温度に関して四乗の多項式で表している。 第三章:新しい材料モデルを用いた粘塑性FEM方程式を定式した。FEM定式にあたっては,エネルギ関数を運動学的許容速度に関して極小化し,その式を離散化するという手法をとった。弾性変形と重力に基づく物体力の項は省略した。 四節点のシェル要素を導入した,この要素は一つの節点につき五つの自由度をもつ。それは三つの変位自由度と二つの回転自由度である。この要素は延伸だけではなく,曲げ変形も精度良く計算できる。効率と精度の評価のため膜要素との比較を行った。 第四章:大変形の接触問題を扱うための接触探索を効率良く行うため,五種類の全体探索アルゴリズムを比較した。その内の三種類は新たに提案したものである。計算時間を比較した結果新しく提案したSorted moving box法が一番効率が良いことがわかった。この手法は特に大規模な計算に向いている。 局部探索のために,二種類の接触アルゴリズムを開発した。第一は固着接触で,工具に接触したパリソンの節点はそのまま工具面上に固着するものと仮定した。第二は,滑り接触で,接触した節点はその後接触面上をすべりながら移動することができる。 第五章:新たに開発したプログラムに,新提案の材料モデルを組み込み異なる初期温度を持つABS材料の真空成形過程をシミュレートした,各断面に沿う厚さ分布は実際の測定と非常に良く一致した。次に,PETに関して新しく提案したtwo-stageモデルを用いて,PETボトルの延伸ブロー成形をシミュレートした。実験データとの比較を行い,これまでに従来の材料モデルと比べて進歩した結果が得られた。実際の工程に生じるしわも良く予測できた。 第六章:開発したプログラムの実用性を調べるために,熱成形と延伸ブロー成形の異なる成形条件についてシミュレーションを用いて定性的な検討を試みた。 熱成形における異なるアシスト工程をシミュレートした,最終の肉厚分布と成形性に対する影響を検討した。 三種類の延伸ブロー成形のシミュレーション結果について比較した。実際の工程におけるしわの発生原因について定性的に分析した。 以上のように,新しく提案したモデル化手法に基いて開発したFEMプログラムは,PET及びABSのブロー成形,熱成形過程を高精度で解析可能であることが確認でき,また,その機能・信頼性も実用化の域に達していることが証明された。 |