学位論文要旨



No 113847
著者(漢字) 王,松
著者(英字) Wang,Song
著者(カナ) ワン,ソン
標題(和) ブロー成形・熱成形シミュレーションのための3D FEMモデリングに関する研究
標題(洋) Numerical Modeling for 3D FEM Simulation of the Blow Molding and Thermoforming Processes
報告番号 113847
報告番号 甲13847
学位授与日 1998.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4244号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中川,威雄
 東京大学 教授 鯉渕,興二
 東京大学 教授 中桐,滋
 東京大学 教授 横井,秀俊
 東京大学 助教授 柳本,潤
内容要旨

 近年、ブロー成形、熱成形が急速に発展してきた。これらの手法は従来簡単な形状の中空製品を作るために用いられていたが、今では非常に複雑な形状の製品が作られている。例えば,自動車の燃料タンク、冷蔵庫のインナー・パネル,などがあげられる。これらの製品では一般にコーナー附近で肉厚減少が発生し,それが製品の肉厚最適化のための大きな障害となっている。現在は工程設計及び金型設計において最適化をはかるためにはトライ・アンド・エラーが必要で,それには長い時間と多額の費用を要する。そのためこれをシミュレーションに置き換えたいという要望が関連企業から強く出されている。

 この要望に応えるのには有限要素法が有効であるが,しかしこの様に複雑な現象を解析するためのプログラム開発を行うのは容易ではない。その主な原因は高度な非線形性にある。すなわち,ブロー成形解析においては次の様な三つの異なる非線形を考慮しなくてはならない。第一の非線形は運動学的非線形で、物体が受ける大変位,大回転,大歪みによるものである。第二の非線形は材料構成式の非線形によるもので,材料が粘塑性挙動を示すために起こる。第三の非線形は,境界条件の非線形に基づくもので,成形過程中にパリソンと工具との間の接触領域が刻々変化して行くことによる。

 ブロー成形,真空成形のシミュレーションに関する研究は10年ほど前から世界の各所で行われる様になり,有限要素法プログラムも開発されている。しかし,いずれのプログラムも計算の精度,信頼性などに問題があり,いまだに広く実用化されるに至っていない。

 本論文の目的は,ブロー成形,真空成形過程のモデリングに必要な定式・アルゴリズムの研究を行い,それをもとに高精度,高機能のシミュレーションが可能な有限要素法プログラムを開発することである。このため論文は次の様な構成からなる。

 第一章:はじめに

 第二章:粘塑性材料モデリング

 第三章:FEM定式

 第四章:接触アルゴリズム

 第五章:実験検証

 第六章:アプリケーション

 第二章:材料挙動を正確に表すために新型のMeissner式rheometerを使ってABSとPETの材料試験を行った。この二つの材料はブロー成形・真空成形に最も良く使われる材料である。

 材料試験で得られたデータに基づいてABS樹脂の変形挙動を表すための新しい材料モデルを提案した。提案したモデルでは,応力に対応する加工硬化,歪み速度,温度の影響が陽的な形で正確に表現できる。この新しいモデルを二つ既存のモデルと比較した結果新しいモデルは実験値を高精度に近似していることが分かった。

 PET材料の材料試験データでは,応力がある歪みのところから急に立ち上がる様な特徴が見られる。この様な現象をモデル化するために,two-stageモデルを提案した。このモデルでは応力-歪み関係を二段階に分けて扱う。成形温度範囲でPETはの結晶化が起こり温度の影響は非線形となる。そのため材料パラメタは温度に関して四乗の多項式で表している。

 第三章:新しい材料モデルを用いた粘塑性FEM方程式を定式した。FEM定式にあたっては,エネルギ関数を運動学的許容速度に関して極小化し,その式を離散化するという手法をとった。弾性変形と重力に基づく物体力の項は省略した。

 四節点のシェル要素を導入した,この要素は一つの節点につき五つの自由度をもつ。それは三つの変位自由度と二つの回転自由度である。この要素は延伸だけではなく,曲げ変形も精度良く計算できる。効率と精度の評価のため膜要素との比較を行った。

 第四章:大変形の接触問題を扱うための接触探索を効率良く行うため,五種類の全体探索アルゴリズムを比較した。その内の三種類は新たに提案したものである。計算時間を比較した結果新しく提案したSorted moving box法が一番効率が良いことがわかった。この手法は特に大規模な計算に向いている。

 局部探索のために,二種類の接触アルゴリズムを開発した。第一は固着接触で,工具に接触したパリソンの節点はそのまま工具面上に固着するものと仮定した。第二は,滑り接触で,接触した節点はその後接触面上をすべりながら移動することができる。

 第五章:新たに開発したプログラムに,新提案の材料モデルを組み込み異なる初期温度を持つABS材料の真空成形過程をシミュレートした,各断面に沿う厚さ分布は実際の測定と非常に良く一致した。次に,PETに関して新しく提案したtwo-stageモデルを用いて,PETボトルの延伸ブロー成形をシミュレートした。実験データとの比較を行い,これまでに従来の材料モデルと比べて進歩した結果が得られた。実際の工程に生じるしわも良く予測できた。

 第六章:開発したプログラムの実用性を調べるために,熱成形と延伸ブロー成形の異なる成形条件についてシミュレーションを用いて定性的な検討を試みた。

 熱成形における異なるアシスト工程をシミュレートした,最終の肉厚分布と成形性に対する影響を検討した。

 三種類の延伸ブロー成形のシミュレーション結果について比較した。実際の工程におけるしわの発生原因について定性的に分析した。

 以上のように,新しく提案したモデル化手法に基いて開発したFEMプログラムは,PET及びABSのブロー成形,熱成形過程を高精度で解析可能であることが確認でき,また,その機能・信頼性も実用化の域に達していることが証明された。

審査要旨

 本論文は、プラスチックのブロー成形と熱成形において、近年益々複雑な形状体成形に応用されるようになると共に、肉厚の精密な制御が必要とされる事態に対し、有限要素法解析によって事前シミュレーションを行う技術を開発することを目的としている。本論文は第1章の序論と第6章の応用例を含め、全体で6章と結論より構成されている。

 第1章ではブロー成形と熱成形が実際にどのような成形工程で行われているかを述べ、またその成形に対するこれまでに行われた各種の有限要素法解析について材料のモデル化と定式化および接触問題と、さらには実験的確認についてどのようなものがあるかを調査し、その不十分さを指摘すると共に、本研究の目的と目標を明らかとした。

 第2章では使用する粘塑性体材料のモデリングを扱っている。正確な解析においては材料の変形挙動の把握が欠かせないことは明らかであり、ここではまず広い温度とひずみ速度領域で材料挙動をより正確に求めることができる最新式のMeissner式rheometerを使って、異なる挙動を示す2つの樹脂材料ABSとPETについて、実験的に材料挙動を調べている。次にその結果よりABS樹脂については、応力に対する加工硬化と歪速度と温度の影響を正確に表現できる材料モデルを提案している。同じくPET樹脂についてはより複雑な挙動を示すため、応力と歪の関係を二段階に分けて扱うtwo-stageモデルを提案している。いずれの新しい材料モデルも従来モデルに比較してより複雑と言えるが、材料挙動をより正確に表現していることは明らかで、またその材料モデルを使ってシミュレーション可能なことより、後に述べる解析精度向上に大いに役立っている。

 第3章は、上記の材料モデルを用いた粘塑性構成式を提案している。定式化に当たっては、エネルギー関数を運動学的許容速度に関して極小化し、その式を離散化している。要素に関しては、各々の節点につき5つの自由度を持つ4節点のシェル要素を導入し、伸び変形だけでなく曲げ変形も考慮できるようにし、プラスチック成形シミュレーションに適す形としている。

 第4章は接触問題を扱い、考えられる幾つかの接触探索方法を相互に比較し、計算時間が短いSorted moving box法が適していることを明らかにしている。さらに局部探索のため、固着接触と滑り接触の各々について接触アルゴリズムを開発し、有効に利用できることを明らかとしている。

 第5章は前章までの新たに開発した粘塑性有限要素解析法の適用性を調べるため、実際の成形実験と解析効果の比較を行っている。ABS樹脂については真空成形をPET樹脂については延伸ブロー成形を行い、実験データと解析結果が肉厚分布において極めて良く一致していることを確認している。延伸ブロー成形においてはしわの発生も予測できることを明らかとしている。

 第6章では、開発した粘塑性FEM解析プログラムの実用性を調べるため、成形条件を種々変化させ、予測される現象がこれまでの経験的な知識と定性的に一致していることを示し、十分に実用に供し得るものであることを示している。

 結論では、以上の研究結果をまとめ、今後の課題と将来の展望を述べている。

 以上、要するに本論文は、省資源や軽量化の観点より肉厚の均一化が問題とされるプラスチック材のブロー成形と熱成形において、有限要素解析シミュレーションをより正確に行うことを目指したもので、その実現のために基本に立ち戻って再検討を加え、新しい材料モデルの提案とその定式化、接触問題の解法に工夫を加えることにより、これまでの類似の解析法に比較して大幅な精度向上を達成し、実用性の高い粘塑性有限要素解析プログラムの研究開発を行ったもので、工学および産業技術上に貢献するところ大である。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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