学位論文要旨



No 113850
著者(漢字) 青柳,稔
著者(英字)
著者(カナ) アオヤギ,ミノル
標題(和) 半導体デバイスに使用される金属配線におけるストレスマイグレーションのメカニズムに関する研究
標題(洋) Mechanism of Stress-Induced Migration in Metal Interconnections on Semiconductor Devices
報告番号 113850
報告番号 甲13850
学位授与日 1998.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4247号
研究科 工学系研究科
専攻 電子情報工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浅田,邦博
 東京大学 教授 西永,頌
 東京大学 教授 鳳,紘一郎
 東京大学 教授 岡部,洋一
 東京大学 教授 柴田,直
 東京大学 助教授 平本,俊郎
内容要旨

 半導体集積回路デバイスに使われている金属配線の信頼性上の問題の一つとして、ストレスマイグレーションがある。これは、デバイスを高温に放置するだけで、その金属配線に図1に示すようなボイドや、図2に示すような断線を生じる現象である。先達の研究により半導体集積回路デバイスに使用される金属配線におけるストレスマイグレーションは、配線とその保護膜の材料の熱膨張の違いにより生じる、配線内部の熱応力により引き起こされる、空孔の移動/集積である事が現象的に明かになっている。またこの現象を抑制する方法について、従来金属配線材料として主に用いられてきたAl,Al-Siに替わりAl-Si-Cu,Al-Si-Pb,Al-Cu等の合金材料配線の採用や、TiやW等の高融点材料とAl系配線の積層構造化等が提案/実用化され効果を上げている。しかしながら、ストレスマイグレーションの詳細メカニズムについては明確になっていないのが実情である。本研究の目的は、ストレスマイグレーションのメカニズムをその根本原理から検討し明確化する事である。

 ストレスマイグレーションにより引き起こされるボイドや断線は、空孔の移動/集積により引き起こされる現象であると考えられるから、そのメカニズムを明確にする為には金属配線内部における空孔の濃度分布を知る事が重要である。その為には先ず配線内部における空孔の形成エネルギーを知らねばならない。金属学の分野においては既にバルクの純金属材料中(応力が印加されていない金属塊中)における空孔の形成エネルギーは実験的に得られており、また、空孔濃度を理論的に計算するモデル式についても確立している。しかしながら、半導体集積回路デバイスに使用される金属配線(応力が印加された薄膜配線)における空孔濃度を計算するモデル式については確立されておらず、また、空孔の形成エネルギーについても判っていない。

 我々はクエンチと呼ばれる、高温雰囲気中に放置された金属材料中において発生した空孔を急冷凍結する実験方法により、図3に示す様な構造の半導体集積回路デバイスに使用される金属配線(Al-2wt.%Si)の空孔濃度と温度の関係を求め、空孔の形成エネルギー:0.60(eV)を得た。

 また、応力が印加された状態にある合金配線中の空孔濃度を計算するモデル式(1)を提案し、この式を用いた計算により空孔の形成エネルギー:0.59(eV)を得た。この理論値0.59(eV)は実験値0.60(eV)と一致している。

 これら応力が印加された状態にある配線内部の空孔の形成エネルギーの値は、バルク材料中の空孔の形成エネルギー0.64(eV)よりも小さい。この空孔の形成エネルギーの違いは、SiN膜(保護膜)を成膜した時の温度におけるAl-2wt.%Si配線中の熱応力を零とした場合において、それよりも温度が下がった時、Al-2wt.%Si配線はパッシベーション膜と下地に囲まれている為に収縮することができず、これにより配線内部に引っ張り応力が生じ、この引っ張り応力による分、空孔の形成エネルギーがバルク材料の場合に比べて小さくなる為であると考えられる。この空孔の形成エネルギーの理論値を用いて、半導体集積回路デバイスに使用される配線内部の空孔の濃度分布を式(1)を用いて計算した。空孔の形成エネルギーが小さくなると、空孔の形成が容易になるから、バルク材料の場合に比べて空孔濃度は高くなる。ここで式(1)において用いられる配線内部の応力

 

 は、有限要素法(FEM)による3次元の熱応力シミュレーションを図3に示した構造の配線に対して行い、配線内部の各部の主応力を求め、その平均値を用いた。

 空孔濃度分布の計算結果の一部を図4に示す。各種の厚み,幅を持った配線についても定性的に同様の空孔濃度の分布形状が得られている。空孔濃度は配線の側面付近において高く、その空孔濃度勾配は配線の側面やコーナー部分の方向に大きくなっている。配線内部の応力分布も同様である。この事は、配線内部において形成される空孔は配線の側面付近で多く発生し、応力勾配と空孔濃度勾配により、配線の側面やコーナー部分の方向に移動しやすい事を示している。ボイドの形成については、ボイド核の形成場所と大きさを考慮しなければならないが、ボイドが配線の側面やコーナー部分で観察されやすいという観察結果(図1)と一致している。

 ストレスマイグレーションにより、配線内部に図1や図2に示すようなボイドが形成されたり断線を生じるが、これらは空孔シンクへの空孔の移動/集合に起因すると考えられる。半導体集積回路デバイスに使用される配線のように、周囲がパッシベーション膜や下地で囲まれていて、それらとの間に熱膨張係数の違いが有り、それに起因して配線内部に応力が存在している場合には、配線内部の空孔の移動を引き起こす現象として、次の2つが考えられる。(1)空孔の濃度勾配に起因する空孔の拡散(2)応力勾配を駆動力とする空孔のドリフト。このうちドリフトについては、引っぱり応力の配線内部の分布の不均一により、式(2)で示される空孔の自由エネルギーに不均一が発生し、それを駆動力として空孔の移動が起こる現象である。これらを考慮してストレスマイグレーションによる空孔の拡散Jdi,ドリフトJdrを記述するモデル式(3),(4)を得た。これらを加え合わせる事でストレスマイグレーションによる空孔の輸送現象Jtotalを記述する式(5)が求まる。そして、これらの式を基礎として空孔の連続の式(6)を導出した。このモデル式を提案するに当たり、保護膜を形成する際に配線内部に発生した空孔は消滅し、評価時における雰囲気温度に対応した空孔が発生すると仮定した。何故ならば、金属学におけるクエンチ実験や我々のクエンチ実験において、空孔の寿命は高々数分間である事が知れているからである。

 以上のモデル式(1),(6)と熱応力計算モデルをストレスマイグレーションを記述するモデルとして提案した。

 これらのストレスマイグレーションのモデル式をボイド形成に適用した。その結果を図5に示す。この図は横軸に温度を縦軸にJtotal/Dを示してある。空孔の輸送現象は約300℃において最大になり、また、その配線形状の依存性は細く薄い配線程ボイドが形成されやすい事が理論的に明らかになった。この結果は、試料を高温に放置した時に形成されるボイド濃度を求めた実験結果と一致している。

 この空孔の輸送現象が約300℃でピークを持った山型になるのは、(1)温度上昇により空孔濃度が式(1)に従って高くなる事による濃度勾配の増加と、(2)配線内部の応力が小さくなる事による応力勾配と濃度勾配の減少の競合過程の結果であると考えられる。

 さらに、ボイド形成の自由エネルギーを計算した所、ボイド形成の初期の段階においては、ボイドが引っ張り応力下において形成される事によるボイドの形成エネルギーの減少と、ボイドの表面積が増加する事によるボイドの表面エントロピーの増加の競合現象である事が明らかになった。この結果、ボイド形成の初期においてはボイドの表面エントロピーの増加が、ボイドの形成エネルギーの減少よりも大きく、ボイドの成長には大きなエネルギーが必要になり、配線内部にある大きさ以上の初期ボイドが存在しないと、ボイドの成長がなされない事が明らかになった。つまり、図1に示すようなボイドが観察される為には、デバイスが高温に放置される前の初期の状態において、金属配線中にある大きさ以上のボイドが既に形成されている必要があるという事である。

 配線幅1.0〜3.0um,配線厚0.2〜0.8umの配線を、125〜250℃の高温で放置した時の配線寿命(断線寿命)を測定した結果を図6に示す。その結果、1.0um幅,0.2um厚の配線のみ断線が発生し、その他の配線については断線は発生しなかった。提案したストレスマイグレーションのモデル式を配線の断線に適用した結果、断線についてもボイドの形成モデルによって、断線の配線形状依存性の実験結果(図6)を説明できる事を示した。

 しかしながら、理論的に得られる空孔輸送のピーク温度は約300℃であり、実験値により得られた断線による不良率のピーク温度150〜200℃に対して違いがある。この違いは先に述べたように、実試料の配線内部に存在する初期ボイドの大きさや、理論モデルにおいて用いた配線内部の応力計算では配線形成時における配線とその下地との間の熱応力を考慮していない、等に起因していると考えられる。

 本研究により、半導体集積回路デバイスに使われている金属配線におけるストレスマイグレーションのメカニズムを明確化する事ができた。また、本研究において提案したモデルや考え方は、本研究で用いた試料よりも、より複雑な構造を持つ実デバイスにおけるストレスマイグレーションを解析する場合に、基礎的な理論/考え方として役立つであろう。

Fig.1.Micrographs of voids using a scanning electron microscope(SEM),for the sample of 0.8 um thickness kept at 200℃ for 5000 hours:(a)microscopic voids at 45℃ angle,(b)wedge-shaped void,(c)chamfer-like voids and(d)slit-like voids.Fig.2.SEM micrographs of fractures in interconnections.Fractures were generated during 200℃ storage for 5000 hours.Interconnections are of 1.0 um width and 0.2 um thickness.Fig.3.Schematics of the structural model for experiments and FEM.Only the right half of the model is shown,because of the symmetrical-geometry.Fig.4.Vacancy concentration distribution in an interconnection with 0.2 um thick and 1.5 um width at 100 and 200℃.Fig.5.Total vacancy flux normalized by D in the temperature range of 25 to 335℃:(a)0.8-um-thick interconnections with width of 0.8 to 2.0 um and(b)1.5-um-wide interconnections with thickness of 0.2 to 0.8 um.Fig.6.Cumulative failure rate vs storage time during high-temperature storage tests.The interconnection width is 1.0 um and thickness is 0.2 um.Passivation layer is 1.0-um-thick SiN.
審査要旨

 本論文は"Mechanism of Stress-Induced Migration in Metal Interconnections on Semiconductor Devices"(和訳:半導体デバイスに使用される金属配線におけるストレスマイグレーションのメカニズムに関する研究)と題し、半導体集積回路の配線の長期信頼性を決める要因の一つであるストレスマイグレーション現象についてそのメカニズムを研究したもので、8章からなり英文で書かれている。

 第1章は「序論(INTRODUCTION)」であり、ストレスマイグレーション研究のこれまでの経緯を述べ、すでに明らかになっている研究成果をまとめるとともに、未解決の問題としてメカニズムの解明が不十分であることを指摘している。また将来の微細化配線における信頼性向上の指針が未だに明らかとなっていないことを述べ、本研究の目的と意義を明らかにしている。

 第2章は「ストレスマイグレーションの初期過程(INITIAL STAGE OF STRESS-INDUCED MIGRATION)」と題し、高温放置により発生する断線の原因であるストレスマイグレーションを、高温放置直後の比較的短時間に発生する初期過程とその後の長期的かつ定常的ストレスマイグレーション過程とに分けて解析する必要性について述べ、まず初期過程のメカニズムについて研究している。配線の電気抵抗、残留ストレス測定実験、および結晶粒径の観察実験を通じて、初期過程では(1)結晶粒径の拡大と転位の減少による抵抗率減少効果および粒界の拡張と転位のパイルアップによる抵抗率増加効果との競合現象、(2)空孔が集積しボイド化することによる応力緩和効果および粒径の拡大と粒界面積減少による応力増加効果との競合現象、の2つの競合現象が初期過程を支配していると推論し、高温放置条件と競合現象の関係を実験的に明らかにしている。

 第3章は「配線内部の空孔の形成エネルギー(VACANCY FORMATION ENERGY)」と題し、空孔のクエンチ実験を通じて集積回路上の配線では空孔形成エネルギーがバルク材料に対し報告されている値よりも小さめの値(0.60±0.07eV)となることを示している。またエントロピー計算によりこの原因が配線中の引っ張り応力で説明できることを示し、ストレスに起因する空孔濃度のモデル式を提案している。さらにこの理論に基づく形成エネルギーが0.59eVとなり実験値(0.60eV)とよい一致をみたことを示している。

 第4章は「空孔の濃度分布(VACANCY DISTRIBUTION)」題し、有限要素法による配線内の残留応力の計算値に前章のストレスに起因する空孔濃度のモデル式を組み合わせて、サンプル形成温度の異なる配線内部の空孔分布を理論的に推定する手法を示している。ここでは保護膜(SiN)形成温度での内部応力を0とした上で熱応力計算を行い、配線のサイドウオール付近で空孔濃度が極大値をとりコーナに向かって大きな勾配で減少していることを示している。

 第5章は「ストレスに起因するマイグレーションモデル(STRESS-INDUCED MIGRATION MODEL)」と題し、配線内部の空孔の移動を拡散現象とドリフト現象とでモデル化し、第3章のストレスに起因する空孔濃度のモデル式と組み合わせることでストレスに起因するマイグレーションモデル式として提案・定式化している。このモデル式により与えられた応力場における空孔の移動現象が統一的に記述されている。

 第6章は「ボイドの形成(VOID FORMATION)」と題し、空孔の拡散・ドリフトにより空孔が配線コーナ部に移動することで配線コーナにボイドが形成されるというモデルを提唱している。理論計算した空孔の流れと顕微鏡観察したボイドとの間によい一致が見られることを述べている。またボイド成長に伴う自由エネルギーの変化をもとにボイド成長が自立的に成長するには当初からクリティカルサイズ以上のボイドの核が存在する必要性があることを定量的に示し、そのクリティカルサイズが残留応力に依存して変化することを示している。これらを総合しストレスマイグレーションの抑制の手段として(1)低温プロセスによる残留応力の低減、(2)クリーンプロセスによるクリティカルサイズ以上の初期ボイド核の低減、(3)単結晶配線によるボイド核の低減、および(4)配線と保護膜との密着性の改善によるボイド核の低減を提唱している。

 第7章は「断線(FRACTURE)」と題し、粒界に成長したボイドにより残留応力が加速度的に集中増加することで断線に至るとするモデルを提唱している。また理論モデルでは摂氏300度が最短寿命温であるが、他の研究者等のいくつかの異なる結果の配線断線寿命試験と比較し、一つのグループの実験結果とよく一致することを述べている。さらに他の食い違う実験は初期ボイド核の差で理解できることを述べている。

 第8章は「結論(CONCLUDING REMARKS)」であり本論文の研究成果をまとめている。

 以上要するに、本論文は半導体集積回路の配線の長期信頼性を決める要因の一つであるストレスマイグレーション現象に関し、その初期過程、ボイド発生原因となる空孔の形成エネルギーと濃度分布、空孔のマイグレーション、およびボイドの成長過程と断線寿命との因果関係を実験および理論的に研究・検証したものであり、電子工学の発展に寄与する点が少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格したものと認められる。

UTokyo Repositoryリンク