マイクロマシンや原子力構造機器などの実用レベルの人工物を設計する際には、力学、熱・流体力学、電磁気学などが複合した現象を考慮した上で設計解を導き出す必要がある。従来の計算力学システム(CAEシステム)は単現象の解析という点では優れた性能を有するものの、複合現象を考慮することは労力がかかりすぎて事実上不可能であり、また、設計解の導出機能が欠けているなど大きな課題を抱えていた。 本研究では、新たに複合現象を考慮した設計を行える統合化CAEシステムの概念を提案し、具体的にシステムを構築し、それを用いてトンネル電流原理に基づくマイクロ加速度センサーの構造設計に適用し、本システムの実用レベルにおける有用性を実証した成果をまとめたものであり、全体で7つの章から構成されている。 第1章は、本研究の背景と目的、本論文の構成について述べており、特に複合領域を考慮した設計の重要性と難しさが述べられている。 第2章は、本研究で開発するCAEシステムの基本設計および具体的な実装法について述べている。特に、本システムでは、複合現象を考慮できるとともに、システムとしての柔軟性や拡張性を確保するために、3つの手法を新たに開発し、システムに実装している。第1に、多様な形式の設計問題に適用可能とするために、対象とする設計問題を複数の設計パラメータによってパラメトリックに表現する手法を採用した。設計パラメータとしては、設計対象の寸法、形状、材料特性あるいは他のフィーチャーなどを含めることができる。第2に、有限要素モデルを基本とする共通データ構造を導入し、多くの異なるファイル形式を理解することなく複数のモジュールを接続できるようにした。第3に、既存の工学ソフトウエアを適切に定義されたインターフェースの背後に隠匿することによってカプセル化し、システムへの接続・切り離しを容易に行えるようにした。 第3章は、設計解を効率的に探索するための並列最適化モジュールについて述べている。ここでは、勾配情報を用いる最適化手法にも進化的アルゴリズムのように勾配情報を用いない最適化手法にも適用できる並列処理モジュールとして、複数の探索点の評価を並列化し、しかもそれらをPCクラスターのように一般の分散並列処理環境に実装できるようにJAVAを使い構築している。JAVAの利用によって、この並列処理モジュールをはじめシステムの各構成要素をネットワーク中で自在に稼働させることが可能となっている。 第4章は、本システムに具体的に実装した最適化モジュールである進化的アルゴリズムについて述べている。これは、連続変数からなる個体を基本としつつ、交叉や突然変異、淘汰などの遺伝的アルゴリズムのオペレーションを実現しており、連続探索空間の最適化問題に適用できる。しかも、勾配情報を必要としないため、多峰性があったり非連続のような悪構造の問題に適用でき、また、並列処理とも相性がよい。 第5章では、構築したCAEシステムの実用レベルでの有用性を確認するために、これをトンネル電流原理に基づくマイクロ加速度センサーの構造設計問題に適用した。このセンサーは、シリコン微細加工技術により製造されるものであり、その構造設計では、センサーの静的変形挙動、振動挙動、強度、制作コスト、そして制御性などの複合的設計要求が含まれ、その評価には、4種類の3次元有限要素解析(1つの固有値解析と3つの静応力解析)が必要となる。そこで、本章では、まず本設計問題の説明ののち、最適問題としての定式化を示している。 第6章は、具体的に本システムを適用し得られた結果と考察が述べられている。その結果、異なるトポロジーの複数の設計候補に対して設計解を得ることができ、しかもそれらはほぼ類似の形状となることが分かったことが述べられている。また、本システムでは数千回の3次元有限要素生成や解析が必要となる問題であったが、32個のプロセッサーからなるPCクラスター上にシステムを実装し、稼働させることにより、大幅な設計時間の短縮が可能であり、その際の並列処理効率は60-90%であったことも述べられている。このシステムは拡張性や柔軟性を確保するための様々な工夫が取り入れられており、さらにJAVAによりシステムを構築することにより、各部の処理の質や量を勘案しながら、適切な並列分散環境に容易に実装可能となっている点に最大の特色があるとまとめられている。 第7章は、本論文の結論がまとめられている。 以上を要するに、本論文は複合領域を考慮する設計が必要となるマイクロマシンなどの人工物設計問題への適用を目指して開発された統合型CAEについて述べたものであり、設計問題のパラメトリック表現、共通データ構造、既存ソフトウエアの隠匿、JAVAによる構築、並列最適化手法の技術を統合化することにより柔軟で拡張性があり、しかも実用レベルの悪構造設計問題を効率的に解くことができるシステムを開発し、マイクロ加速度センサーの最適設計への適用を通してその実用レベルでの性能を実証した研究成果をまとめたものであり、計算力学および人工物設計工学の発展に寄与するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |