学位論文要旨



No 113852
著者(漢字) コヴァルチック,トマッシュ
著者(英字) Kowalczyk,Tomasz
著者(カナ) コヴァルチック,トマッシュ
標題(和) 複合領域を考慮した構造設計のための統合型CAEシステム
標題(洋) Integrated CAE System for Multidisciplinary Structural Design
報告番号 113852
報告番号 甲13852
学位授与日 1998.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4249号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 矢川,元基
 東京大学 教授 岩田,修一
 東京大学 助教授 古田,一雄
 東京大学 助教授 吉村,忍
 東京大学 助教授 上坂,充
 東京大学 講師 古川,知成
内容要旨 1.はじめに

 マイクロマシンや原子力機器などの人工物を設計する際には、力学、熱・流体力学、電磁気学などが複合した現象を考慮する必要がある。既存の計算力学ソフトウェアはこれらの個々の現象の解析機能をサポートしているものの、これらを複合現象の設計解析に適用しようとすると、膨大な出力結果の処理法やそれに基づく具体的な設計法の欠如という問題に遭遇する。

 このような問題については、構造挙動の統合化(シンセシス)という視点から、様々な研究開発が行われてきた。まず制約された設計変数空間における構造の挙動について情報を収集し、最適解あるいは満足解を求めるという観点から、固定したトポロジーのもとでサイズや形状を最適化する手法や、固定したサイズのもとでトポロジーを最適化する手法について報告されている[1]。また、人間の専門的・経験的知識や進化的アルゴリズムを利用して、局所的な応力の制約条件に基づく計算を行なうシステムも研究されている。また、デザインウインドウ探索法[2]のような、設計変数空間の中で設計条件を満足する領域を効率的に探索する方法も研究されている。

 しかしながら、複合領域を考慮した設計問題においては、現在までのところ扱える設計変数の数に限界があり、比較的単純な2次元の問題にとどまっている。その大きな理由の一つとして、各設計評価点において、多種類の計算コストの高いシミュレーションを必要とすることが挙げられる[1]。

 本研究では、新たに複合現象を考慮した設計を行える統合化CAEシステムの概念を提案し、具体的にシステムを構築した。本システムは、複合現象を考慮した解析に柔軟に対応しながら種々の設計最適化手法を簡単に実装することもでき、さらに、並列計算にも対応できるように、設計問題のパラメトリック表現、共通データ構造、オブジェクトライブラリ、既存の工学ソフトおよび可視化ソフトの利用法などが統合されている。また、本システムはJAVA[3]により構築されているため、ほとんどあらゆる種類のハードウェア上で動作可能であり、アプレット、サーブレット、分散オブジェクト、モバイルエージェントなどのネットワーク関連技術もそのまま利用することができる。本システムを、トンネル電流原理に基づくマイクロ加速度センサーの構造設計に適用し、その結果、本システムの実用レベルにおける有用性を実証した。

2.システム設計と実装2.1設計対象のパラメトリック表現

 本システムでは、幾何形状などの設計対象が設計パラメータの組によってパラメトリック表現により定義される。設計パラメータには設計対象の寸法、形状、材料特性あるいは他のフィーチャーなどが含まれる。

2.2共通データ構造

 共通のデータ表現はモジュール間をつなぐ共通言語である。これを導入することにより多くの異なるファイル形式を理解する必要がなくなる。

2.3既存ソフトウェアの利用

 本システムでは、既存の工学ソフトウェアを適切に定義されたインターフェースの背後に隠匿することによってカプセル化し、再利用を可能にする。このインターフェースは、各モジュールを機能によって分類し、様々なシステムへの同様なアクセスを許す。これによって、設計者は異なる解析モジュールの詳細を考慮する必要がなくなる。

2.4分散処理

 JAVAの利用によって、システムの各構成要素をネットワーク中で自在に稼働させることが可能となる。本研究では、JAVA環境として、優れた性能を有し最も広範に適用可能なVoyagerライブラリを採用した。

2.5最適化計算の分散処理

 悪構造の設計問題に適用可能な最適化設計機能として、進化的アルゴリズムをJAVA環境用に改良し実装した。これによって、個体の型、交叉・突然変異の起こり方、淘汰の方法、適応度関数を独立に指定することが可能となった。さらに、適応度関数の並列評価も可能となった。

3.トンネル電流原理に基づくマイクロ加速度センサーの最適設計への応用3.1操作原理と製作

 構築されたCAEシステムをトンネル電流原理に基づく超小型加速度センサーの設計問題に適用し、その実用レベルでの適用性を検討した[4]。図1は、センサーの設計候補の一つの平面配置と断面図を示している。本センサーは、シリコン板間に絶縁体を配したSOI(Silicon On Insulator)ウェファーを開始物質として用い、シリコン微細加工技術によって製造されるものである。

図1.センサーの設計候補の一つの配置と断面。3m厚のSiビーム(A)が、Si基盤の4m上に支持されている。ギャップ(C)がトンネル接触部の間に存在し、付加質量(D)が設置されている。

 センサ平板部はSi基盤(B)の4m上方に3m厚のSi梁(A)によって支えられている。センサー平板部先端には、200nm幅の空隙が集束光イオンビーム・エッチング[4]によって加工される。(A)(B)間に電圧をかけることによって生じる静電力によって、空隙(C)がトンネル効果が起こる2nmにまで縮められる。付加質量(D)は加速度センサーの応答性を高めるために必要であり、これは、表面活性化接合技術[5]を用いて平板上部に接着される。

3.2設計要求と設計問題の定式化

 表1に本超小型加速度センサーの設計要求の詳細を示す。ここにはセンサーの静的及び動的挙動、強度、コスト、そして制御性などへの設計要求が含まれる。この設計要求に対して最小二乗目的関数を次の様に定式化する。

 

 ここで、fは目的関数、viはi番目の設計要求の値、vi0はviに対する設計満足値である。

表1.加速器の設計要求Notes:di:加速度ai=lgのときのトンネルギャップでの移動量x3 ai:xi軸方向の加速度

 それぞれの設計要求の評価には、4種類の3次元有限要素解析(1つの固有値解析と3つの静応力解析)が必要となる。有限要素モデルの総節点数は500-1500節点になるように制御されており、計算時間は、一般的なワークステーションSUN SPARC Station20(1CPU)で2-5分、Pentium 133MHzのPCで1-2分である。

3.3寸法の最適化}

 設計候補の平面形状と設計変数を図2に示す。図3は本システムを用いて得られた最適解を示している。

図2設計候補の平面形状と設計変数。図3設計候補Cに対して得られた最適解と性能評価値(目的関数の値は0.0258)
4.結論

 本研究では、複合領域を考慮した構造設計のための統合型CAEシステムを開発し、トンネル電流原理に基づくマイクロ加速度センサーの設計の最適化に応用した。本システムでは、第一に設計対象をパラメトリック表現によって抽象的に表現することによって様々な種類の設計問題へ適用することが可能となった。第二に、共通インターフェース技術によって既存の工学ソフトウエアを隠匿し、容易に使用できるようになった。今回開発したバージョンには、商用有限要素法解析システムMARC、今回独自開発された有限要素解析コード、層状構造のための3次元メッシュジェネレーターが採用されている。本システムの優れた拡張性ゆえに、新しいモジュールが必要ならば、容易につけ加えることが可能である。

 本システムには、JAVAの技術を利用することにより、マルチプラットフォームや分散計算における最新の成果が取り込まれている。このため、本システムは、非均質なマルチプラットフォームのネットワーク環境上で実行可能であり、さらにJAVAに基づく分散オブジェクトライブラリを利用することもできる。

 本研究では、さらに、並列進化的アルゴリズムを開発し、本システムに実装した。この最適化エンジンは、PCクラスター32台の分散環境において、高い並列効率で稼働し、効率的にマイクロ加速度センサーの最適解をえることができた。この結果、本システムの実用レベルでの有用性が実証された。

[1]M.Papadrakis,Y.Tsompanakis,E.Hinton and J.Sienz;Advanced solution methods in topology optimization and shape sensitivity analysis;Engineering Computations,pp.57-90,Vol.13,No.5(1996)[2]Y.Mochizuki,S.Yoshimura and G.Yagawa;Automated System for Structural Design Using Design Window Search Approach:Its Application to Fusion First Wall Design,Advances in Engineering Software,pp.103-113,28(1997)[3]J.Gosling,H.McGilton;The Java Language Environment;http://java.sun.com/docs/white/langenv/[4]D.Moore,S.Burgess,H.Chiang,H.Klaubert,N.Shibaike and T.Kiriyama,Micromachining and Focused Ion Beam Etching of Si for Accelerometers,Symposium on Micromachining and Microfabrication,SPIE,(1995)[5]T.Suga and N.Hosoda,A Novel Approach to Assembly and Interconnection for Micro Electro Mechanical Systems,Proc.IEEE MEMS,pp.413-418,(1995)
審査要旨

 マイクロマシンや原子力構造機器などの実用レベルの人工物を設計する際には、力学、熱・流体力学、電磁気学などが複合した現象を考慮した上で設計解を導き出す必要がある。従来の計算力学システム(CAEシステム)は単現象の解析という点では優れた性能を有するものの、複合現象を考慮することは労力がかかりすぎて事実上不可能であり、また、設計解の導出機能が欠けているなど大きな課題を抱えていた。

 本研究では、新たに複合現象を考慮した設計を行える統合化CAEシステムの概念を提案し、具体的にシステムを構築し、それを用いてトンネル電流原理に基づくマイクロ加速度センサーの構造設計に適用し、本システムの実用レベルにおける有用性を実証した成果をまとめたものであり、全体で7つの章から構成されている。

 第1章は、本研究の背景と目的、本論文の構成について述べており、特に複合領域を考慮した設計の重要性と難しさが述べられている。

 第2章は、本研究で開発するCAEシステムの基本設計および具体的な実装法について述べている。特に、本システムでは、複合現象を考慮できるとともに、システムとしての柔軟性や拡張性を確保するために、3つの手法を新たに開発し、システムに実装している。第1に、多様な形式の設計問題に適用可能とするために、対象とする設計問題を複数の設計パラメータによってパラメトリックに表現する手法を採用した。設計パラメータとしては、設計対象の寸法、形状、材料特性あるいは他のフィーチャーなどを含めることができる。第2に、有限要素モデルを基本とする共通データ構造を導入し、多くの異なるファイル形式を理解することなく複数のモジュールを接続できるようにした。第3に、既存の工学ソフトウエアを適切に定義されたインターフェースの背後に隠匿することによってカプセル化し、システムへの接続・切り離しを容易に行えるようにした。

 第3章は、設計解を効率的に探索するための並列最適化モジュールについて述べている。ここでは、勾配情報を用いる最適化手法にも進化的アルゴリズムのように勾配情報を用いない最適化手法にも適用できる並列処理モジュールとして、複数の探索点の評価を並列化し、しかもそれらをPCクラスターのように一般の分散並列処理環境に実装できるようにJAVAを使い構築している。JAVAの利用によって、この並列処理モジュールをはじめシステムの各構成要素をネットワーク中で自在に稼働させることが可能となっている。

 第4章は、本システムに具体的に実装した最適化モジュールである進化的アルゴリズムについて述べている。これは、連続変数からなる個体を基本としつつ、交叉や突然変異、淘汰などの遺伝的アルゴリズムのオペレーションを実現しており、連続探索空間の最適化問題に適用できる。しかも、勾配情報を必要としないため、多峰性があったり非連続のような悪構造の問題に適用でき、また、並列処理とも相性がよい。

 第5章では、構築したCAEシステムの実用レベルでの有用性を確認するために、これをトンネル電流原理に基づくマイクロ加速度センサーの構造設計問題に適用した。このセンサーは、シリコン微細加工技術により製造されるものであり、その構造設計では、センサーの静的変形挙動、振動挙動、強度、制作コスト、そして制御性などの複合的設計要求が含まれ、その評価には、4種類の3次元有限要素解析(1つの固有値解析と3つの静応力解析)が必要となる。そこで、本章では、まず本設計問題の説明ののち、最適問題としての定式化を示している。

 第6章は、具体的に本システムを適用し得られた結果と考察が述べられている。その結果、異なるトポロジーの複数の設計候補に対して設計解を得ることができ、しかもそれらはほぼ類似の形状となることが分かったことが述べられている。また、本システムでは数千回の3次元有限要素生成や解析が必要となる問題であったが、32個のプロセッサーからなるPCクラスター上にシステムを実装し、稼働させることにより、大幅な設計時間の短縮が可能であり、その際の並列処理効率は60-90%であったことも述べられている。このシステムは拡張性や柔軟性を確保するための様々な工夫が取り入れられており、さらにJAVAによりシステムを構築することにより、各部の処理の質や量を勘案しながら、適切な並列分散環境に容易に実装可能となっている点に最大の特色があるとまとめられている。

 第7章は、本論文の結論がまとめられている。

 以上を要するに、本論文は複合領域を考慮する設計が必要となるマイクロマシンなどの人工物設計問題への適用を目指して開発された統合型CAEについて述べたものであり、設計問題のパラメトリック表現、共通データ構造、既存ソフトウエアの隠匿、JAVAによる構築、並列最適化手法の技術を統合化することにより柔軟で拡張性があり、しかも実用レベルの悪構造設計問題を効率的に解くことができるシステムを開発し、マイクロ加速度センサーの最適設計への適用を通してその実用レベルでの性能を実証した研究成果をまとめたものであり、計算力学および人工物設計工学の発展に寄与するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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