炭化水素とポリエチレンは共に水素と炭素からのみ構成され、最も簡単な構造を持つ典型的な有機物であるため長年にわたりその放射線効果は研究されてきた。しかし、これまでの研究は主に低温から室温まで、もしく100℃を少し超えたポリエチレンの融点程度までは行われてきたが、より高温(200℃以上)での実験は少ない。長鎖パラフィンの熱分解では、放射線による分解の加速についての現象論的な報告が二、三あるが、生成物の分布、反応機構などは明らかではなく、相の違い(液相と気相)の効果も検討されていない。また、最近では室温照射で崩壊するあるいは架橋しにくい高分子が高温照射により架橋型になるも報告されている。従って、高温での放射線効果の検討は放射線の温度効果の理解に不可欠で、今後の新しい放射線利用の可能性を考える上でも重要である。そこで本研究では、パラフィンとしてn-ヘキサデカン、高分子としてポリエチレンを選び、真空下各々330-400℃と30-360℃で照射を行い、生成物の分析に基づいて放射線照射効果を調べた。 n-ヘキサデカンの熱分解は気相と液相で行った。試料はガラスアンプル密封しオートクレーブを用い330-400℃で行われ、放射線はコバルト60ガンマ線を用いた。分解後、ガスと液体生成物の成分と量をガスクロマトグラフィで測った。ポリエチレンも同様に30-360℃で照射を行い、発生ガスの分析、ゲル分率、分子量変化を測定した. n-ヘキサデカンの熱分解生成物の分布は気相と液相で異なる.気相ではn-アルカンより1-アルケンの収量が多く、ヘキサデカンの分子量のより大きい生成物は形成されないのに対し、液相では、n-アルカンより1-アルケンの方が少なく、炭素数が18から30までの生成物が多く観測された。しかし、全分解速度定数は相に依存しないことが明らかになった。生成物の相依存性は反応物の濃度の依存性で説明できる。これに放射線を導入しても生成物の分布とパターンは全く変わらないが、分解は著しく加速された。効果は相に依存せず、線量の増加につれ効果が大きくなるものの、温度が上昇するとその効果は小さい。 炭化水素の熱分解は連鎖反応であり、放射線を加えた場合でも同じ機構が働くと考え、放射線により生成したラジカルが開始剤のごとく連鎖反応を引き起こすと説明した。照射によるラジカル生成G値は温度に依存しないと仮定し、液相と気相に対応する連鎖反応機構を提案し、動力学的な解析を行って得られた数値は文献値と良く一致した。水素の330℃でのG値は室温より少し高いが、さらに高温になると急速に増加するが、あまり相に影響されない。この原因は熱分解によりできた不飽和生成物からの水素の引き抜きの増大によるもので、実験的に確認した。 気相中酸素存在下の熱分解の生成物も調べた。生成物にアルカン、アルケンのほか、芳香族化合物(ベンゼン、トルエン、ナフタレンなど)と酸化物(アルコール、ケトン、アルデヒド、有機酸など)が現れ、場合により、固体生成物も確認された。また、水素発生の量が無酸素下に比べ、100倍以上多いことも分かった。ところが、微量の水分を添加すると、芳香族化合物の量が大幅に減少し、水素の量も著しく減少した。この現象の機構については明確でない。 ポリエチレンの照射実験から昇温により架橋の促進とガスの発生の増加の二つの効果が現れることを明らかにした。温度が高くなると、ポリエチレン分子は動きやすくなり、高分子ラジカルとラジカルの再結合あるいはラジカルと高分子末端の二重結合の付加反応が加速され、架橋が進む。ある温度では、架橋の効率が低下し分解が進み、さらに高温でゲル分率がゼロになる。水素と炭化水素ガスの収量は温度の上昇につれ増えた。炭化水素には飽和と不飽和成分が含まれ、照射温度が高いほど、不飽和成分の割合が多く、主にポリエチレン分子の分岐鎖の切断でできたものと考えられる。 以上、n-ヘキサデカンを用いて液相と気相で熱分解を行い、生成物の分布や分解速度定数などに対する放射線照射効果を調べた。n-ヘキサデカンは高温放射線照射により分解速度が著しく加速されるが、生成物の分布が変わらないことを明らかにし連鎖反応に基づく解析を行った。さらに、酸素存在下では酸化反応によって芳香族化合物の生成や、多量の水素の発生を観測した。さらに、ヘキサデカンの高温放射線効果の知識をもとに、ポリエチレンに対する放射線照射効果の温度依存性を調べ、温度の上昇によって、架橋とガスの発生が加速されることを見い出した。 |