学位論文要旨



No 113853
著者(漢字) 呉,国忠
著者(英字) Wu,Guozhong
著者(カナ) ウー,クゥオツゥン
標題(和) 長鎖パラフィンとポリエチレンの高温放射線照射効果
標題(洋) Radiation Effects on Long-Chain Paraffin and Polyethylene at Elevated Temperatures
報告番号 113853
報告番号 甲13853
学位授与日 1998.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4250号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 勝村,庸介
 東京大学 教授 石榑,顕吉
 東京大学 教授 山脇,道夫
 東京大学 教授 堀江,一之
 東京大学 助教授 寺井,隆幸
 東京大学 助教授 伊藤,泰男
内容要旨

 炭化水素とポリエチレンは共に水素と炭素からのみ構成され、最も簡単な構造を持つ典型的な有機物であるため長年にわたりその放射線効果は研究されてきた。しかし、これまでの研究は主に低温から室温まで、もしく100℃を少し超えたポリエチレンの融点程度までは行われてきたが、より高温(200℃以上)での実験は少ない。長鎖パラフィンの熱分解では、放射線による分解の加速についての現象論的な報告が二、三あるが、生成物の分布、反応機構などは明らかではなく、相の違い(液相と気相)の効果も検討されていない。また、最近では室温照射で崩壊するあるいは架橋しにくい高分子が高温照射により架橋型になるも報告されている。従って、高温での放射線効果の検討は放射線の温度効果の理解に不可欠で、今後の新しい放射線利用の可能性を考える上でも重要である。そこで本研究では、パラフィンとしてn-ヘキサデカン、高分子としてポリエチレンを選び、真空下各々330-400℃と30-360℃で照射を行い、生成物の分析に基づいて放射線照射効果を調べた。

 n-ヘキサデカンの熱分解は気相と液相で行った。試料はガラスアンプル密封しオートクレーブを用い330-400℃で行われ、放射線はコバルト60ガンマ線を用いた。分解後、ガスと液体生成物の成分と量をガスクロマトグラフィで測った。ポリエチレンも同様に30-360℃で照射を行い、発生ガスの分析、ゲル分率、分子量変化を測定した.

 n-ヘキサデカンの熱分解生成物の分布は気相と液相で異なる.気相ではn-アルカンより1-アルケンの収量が多く、ヘキサデカンの分子量のより大きい生成物は形成されないのに対し、液相では、n-アルカンより1-アルケンの方が少なく、炭素数が18から30までの生成物が多く観測された。しかし、全分解速度定数は相に依存しないことが明らかになった。生成物の相依存性は反応物の濃度の依存性で説明できる。これに放射線を導入しても生成物の分布とパターンは全く変わらないが、分解は著しく加速された。効果は相に依存せず、線量の増加につれ効果が大きくなるものの、温度が上昇するとその効果は小さい。

 炭化水素の熱分解は連鎖反応であり、放射線を加えた場合でも同じ機構が働くと考え、放射線により生成したラジカルが開始剤のごとく連鎖反応を引き起こすと説明した。照射によるラジカル生成G値は温度に依存しないと仮定し、液相と気相に対応する連鎖反応機構を提案し、動力学的な解析を行って得られた数値は文献値と良く一致した。水素の330℃でのG値は室温より少し高いが、さらに高温になると急速に増加するが、あまり相に影響されない。この原因は熱分解によりできた不飽和生成物からの水素の引き抜きの増大によるもので、実験的に確認した。

 気相中酸素存在下の熱分解の生成物も調べた。生成物にアルカン、アルケンのほか、芳香族化合物(ベンゼン、トルエン、ナフタレンなど)と酸化物(アルコール、ケトン、アルデヒド、有機酸など)が現れ、場合により、固体生成物も確認された。また、水素発生の量が無酸素下に比べ、100倍以上多いことも分かった。ところが、微量の水分を添加すると、芳香族化合物の量が大幅に減少し、水素の量も著しく減少した。この現象の機構については明確でない。

 ポリエチレンの照射実験から昇温により架橋の促進とガスの発生の増加の二つの効果が現れることを明らかにした。温度が高くなると、ポリエチレン分子は動きやすくなり、高分子ラジカルとラジカルの再結合あるいはラジカルと高分子末端の二重結合の付加反応が加速され、架橋が進む。ある温度では、架橋の効率が低下し分解が進み、さらに高温でゲル分率がゼロになる。水素と炭化水素ガスの収量は温度の上昇につれ増えた。炭化水素には飽和と不飽和成分が含まれ、照射温度が高いほど、不飽和成分の割合が多く、主にポリエチレン分子の分岐鎖の切断でできたものと考えられる。

 以上、n-ヘキサデカンを用いて液相と気相で熱分解を行い、生成物の分布や分解速度定数などに対する放射線照射効果を調べた。n-ヘキサデカンは高温放射線照射により分解速度が著しく加速されるが、生成物の分布が変わらないことを明らかにし連鎖反応に基づく解析を行った。さらに、酸素存在下では酸化反応によって芳香族化合物の生成や、多量の水素の発生を観測した。さらに、ヘキサデカンの高温放射線効果の知識をもとに、ポリエチレンに対する放射線照射効果の温度依存性を調べ、温度の上昇によって、架橋とガスの発生が加速されることを見い出した。

審査要旨

 1895年のX線の発見以来、放射線の引き起こす反応について多くの研究がなされてきた。なかでも、炭化水素とポリエチレンに関わる研究は、これらが炭素と水素からのみ構成され、種々の有機物や有機材料のモデルとみなせることから、低温から室温まで数多くの報告がなされている。しかし、高温における放射線照射効果の報告は少なく、今後の新しい放射線の利用の可能性を検討する上で、高温放射線反応の理解は重要である。本研究は飽和炭化水素としてn-ヘキサデカン、高分子としてポリエチレンを選び、高温400℃までの様々な条件下での照射実験を実施し、高温放射線反応の特徴を明らかにすることを目的としている。

 論文は5章から構成され、第1章では上に述べたような研究の意義を述べるとともに、飽和炭化水素、ポリエチレンに対する放射線分解や熱分解について、これまでの研究をレビューしている。

 第2章ではn-ヘキサデカンの熱分解に対する放射線照射効果について述べている。まず、放射線照射効果を議論する前に熱分解の特徴を整理する必要があると考え、液相と気相での熱分解による生成物の分析の実験を行っている。n-ヘキサデカンの分解が進むと、気相では炭素間結合の解離による生成物のうち、n-アルカンより1-アルケンの収量が多いこと、ヘキサデカンの分子量より大きな生成物は形成されないのに対し、液相ではn-アルカンより1-アルケンの収量が少ないこと、ヘキサデカンの分子量より大きな生成物が出現するなどの特徴を明らかにしている。この系に放射線を導入すると、気液両相とも生成物の分布とパターンは変化しないが、分解速度は著しく加速され、温度により100倍も増大することを見い出している。また、水素の発生G値の増加も観測している。これらの結果を従来の熱分解の知見に基き説明した。まず、液相中では、熱による炭素間結合の解裂や放射線照射によって生成したラジカルによるヘキサデカンからの水素引き抜き反応で、鎖上にラジカル点が存在するヘキサデカンのラジカルを形成し、同時にアルカンが生成する。次に、このラジカルは-解裂を起こし、炭素数の少ないアルケンとアルキルラジカルに分解する。このアルキルラジカルは新たな水素引き抜きで再びヘキサデカンのラジカルをもたらし、これが再び-解裂することにより、分解のサイクルが繰り返されるという、連鎖反応機構を提案している。さらに、この反応機構を用いて、気相中の生成物分布が液相中と異なる原因は、気相ではヘキサデカンの濃度が液相より低くなるため、ラジカルの水素引き抜き反応が生ずる前に-解裂する割合が増すためと説明している。この提案に基づいた動力学的解析により、実験結果から各反応過程の活性化エネルギーや連鎖長を導出している。これらの値は従来の熱分解研究の報告とよく一致し、熱分解反応過程の解明に放射線の手法が有効であることを示している。さらに、水素発生の増大については、生成物中のオレフィン蓄積量と相関があり、増大の一因はオレフィンの含有量の増加であると推定するとともに、これを実験的に確認している。

 第3章は、気相放射線熱分解時の酸素効果について検討した結果を述べてある。酸素が存在すると、これまでの分解生成物以外に、ベンゼン、トルエン等の芳香族化合物、アルコールやケトンその他の酸化物が現われる。水素発生は無酸素下に比べ100倍以上も増加する。ところが、少量の水分添加により芳香族化合物生成は大幅に抑制され、水素の量も著しく減少することを見い出した。これら酸素や水添加による特異な現象に対し、考えうる反応について考察しているが、詳細な機構解明は今後の課題としている。

 第4章では高分子の代表であり、ヘキサデカンの鎖長を延ばしたとみなせるポリエチレンを扱っている。良く知られているように、室温では照射により架橋反応が進みゲルが形成する。高温になるに従い、ゲルの形成効率が増し、ゲル化線量は減少する。同時に、低線量域では水素発生のG値が2倍となる。しかし、線量増加に伴って水素収量は減少し、室温のG値に収束して行くことなどを見い出している。これらから高温では放射線架橋反応が効率的に進行していると結論している。さらに温度を上げると、290℃をピークにして、より高温ではゲル生成は減少する。この原因は熱分解反応が優勢になるためであることを、分子量分布変化の測定により実験的に確認している。

 第5章はヘキサデカンとポリエチレンの高温放射線分解反応の共通点と相違点をまとめ、本研究の総括を行っている。

 以上、要すれば、高温放射線反応の特徴は室温での放射線反応や通常の熱反応を加速することであり、これを用いると効率のよい新しい放射線プロセスの生まれる可能性があることを明らかにし、システム量子工学、特にビームや放射線利用分野の新しい展開に寄与するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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