学位論文要旨



No 113855
著者(漢字) ポパ ラドゥ・クリスチャン
著者(英字)
著者(カナ) ポパ ラドゥ・クリスチャン
標題(和) 渦電流探傷法における最適き裂診断と逆問題
標題(洋) Optimized Crack Detection and Inversion in Eddy Current Testing
報告番号 113855
報告番号 甲13855
学位授与日 1998.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4252号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮,健三
 東京大学 教授 中澤,正治
 東京大学 教授 班目,春樹
 東京大学 教授 前田,宣喜
 東京大学 助教授 吉村,忍
 東京大学 助教授 上坂,充
内容要旨

 蒸気発生器(Steam Generator:SG)における配管検査の高度化は加圧水型原子炉(Pressurized Water Reactors:PWR)の安全性と経済性の観点から非常に重要である。供用中検査(In-Service Inspection:ISI)シナリオの最適化のためには、損傷が壁を貫通する前の初期段階での検出、及び検出された構造欠陥の位置及び形状の特定、の両方において検査時間及び信頼性の向上が要求される。重要構造物の迅速かつ正確な検査システムの考案を目的としたR&D活動において渦電流(Eddy Current:EC)非破壊検査はその大きな特徴のために、重点的に検討されている。この検査法はSG管のISIに既に用いられているが、徐々に老朽化し、未だにその劣化が予測不能なこれらの構造物に対しては、渦電流検査法のより機能的な応用のための継続した開発が必要である。最近の関連した研究では(i)優れたき裂検出能力と高いS/N比をもつECTプローブの設計、(ii)検出されたき裂の形状評価のための高速で正確な逆解析アルゴリズムの開発、の2点を中心に研究が進められている。本論文は(i),(ii)の問題に関連し、主にPWR中のSG管のためのECT技術の向上を図る。

 本論文の主な目的は次の2項目である。

 ・ECTプローブ設計の最適化のための効果的な手法を開発する。計算機を用いた解析では2つの問題、即ち(i)き裂に等価な効果とプローブの検出システムの最適化連成によるき裂検出の可能性の最適化、及びプローブの感度と逆解析における安定性向上の対応関係、(ii)プローブのリフトオフや傾きの変化によるノイズによって生じる場の評価、及び傷によって生じる場との違い、について取り上げ検討する。これらの研究は新しい高性能プローブ設計の考案のための定性的、定量的な判断基準を確立することを意図している。

 ・渦電流探傷データによるき裂形状再構成のための高速逆解析アルゴリズムを開発する。提案したアプローチにはデータ処理モジュール、及びニューラルネットワークに基づいた逆解析マッピングが含まれている。逆問題の性質を改善し、また対象とするき裂の形状再構成を可能とするために"shifting aperture"法を提案した。

 本論文はの構成は以下の通りである。

 第1章では、まずはじめに研究の背景と目的について述べる。次に、非破壊検査分野、渦電流探査、その蒸気発生器の検査における応用について概観する。

 第2章ではECTの現在の状態の詳細なレビューを行なう。この分野における重要な研究の方向、即ち数値解析、プローブ設計、逆問題解法、信号解析やインテリジェント検査システムの開発等について述べる。

 第3章では第1の目的であるECTセンサー設計の最適化のための先進的な数値計算手法を提案している。この研究は与えられた励磁システムから始まり、き裂により誘起される渦電流場の乱れのパターンを解析することにより検出センサー、即ちピックアップコイルの最適配置が得られることを明らかにしている。これに基づき2つの新しいプローブ配置が提案され、その性能パラメータの特性は本アプローチの有効性を示している。ここで重要なのは、浅いき裂の存在やプローブのリフトオフや傾きの変化によって生じる電流場の乱れの解析であり、き裂に等価な効果に対するモデルを提案し数値結果によって有効性を検証した。このモデルはき裂に等価なソレノイドの分布を移動コイルの断面積の範囲と関係づけており、等価ソレノイドとプローブの配置の最適連成の保証が可能であることが示されている。この目的を満足することで検出能力の最大化と逆解析の高い安定性が得られる。この研究で用いた2つのソースによるノイズは非常に不利な挙動を示した。それらの等価場のパターンは(特にリフトオフによるノイズが)き裂による場と非常に酷似しておりその振幅はき裂による場の振幅よりも大きい。これらのことから、高いき裂検出能力を有しノイズの影響を受けないか、もしくは識別することが可能な従来と異なる性能のプローブが必要であることが判る。ここでは秀れた逆解析能力を得るために円筒対称性を採用した。またノイズの遮断を最適化するためにさらに解析を行なったところ、単純かつ有効なプローブ口径の解が得られ、最終的な設計パラメータでは他のプローブに対して著しい改善が見られた。

 第4章では第2の目的について述べている。この論文の主要な2つの検討項目はECT研究の分野ではその傾向が異なっている。しかし、前章で設計したプローブを第4章で逆解析用データの収集に用いることによりこの2つは関係づけられている。このプローブを用いると逆解析のために良い性質を持つデータを得ることができることが分かった。この章における逆解析研究の主要な目的は、回帰法の発展、即ちECTスキャンデータの空間とき裂パラメータの空間のあいだのモデルに依存しない統計的な関係を確立することである。電磁場逆解析問題の低周波領域における固有のill-posednessを扱うためにデータ処理ステップを導入した。それは多変数解析、即ち主成分分析(Principal Component Analysis:PCA)によって実現された。このモジュールによって生のデータの相互線形性を取り除いた後、変形されたデータはニューラルネットワーク(Neural Network:NN)に送られ、そこで実際のマッピングが実現される。ここでECTにおける新しいアプローチ、即ちshifting aperature法を導入する。このアプローチは基本的にデータの集合の部分化と移動から成る。これによりマップの射影状態は影響を受けるが、より良い性質の問題が得られる。ノイズを受けたデータの集合と初期のノイズの無い集合を参照することでより高い質のマップが得られている。これによりノイズが25%の場合においても、再構成の結果は良好であった。

 最後に、本論文の結論及び今後の展望が第6章にまとめられている。本論文は以下の2項目について重要な成果を挙げたといえる。

 ・計算機を用いた新しいECTセンサーの設計手法を提案し、それに基づきセンサーの最適化を実施した。き裂とノイズによる場のパターンの解析から定性的、及び定量的な設計基準が得られた。さらに2つの新しいプローブを提案し、そのパラメータにより本手法の有効性を明らかにした。

 ・渦電流データの逆解析によるき裂形状再構成のための新しい高速アルゴリズムを開発した。これは多変数データ解析とニューラルネットワーク技術に基づいている。本手法により、信号の空間とき裂のパラメータの空間とのロバストな統計的逆解析マッピングが作成された。

審査要旨

 加圧水型原子力発電所の蒸気発生器はこれまで粒界腐食損傷による微小クラックの発生に悩まされ、7年前には、疲労き裂の検出に失敗して細管が破断し微小量の放射能が大気中にもれた。蒸気発生器細管破断事故は世界的に数年に一度の頻度で発生している。これに関連して2つの対策がとられた。検出技術の高度化のための研究開発と旧式の蒸気発生器の取替えである。新型の蒸気発生器では、旧式に比べてクラック発生に対する耐性は一段とすぐれていると評価されている。

 本論文は細管の欠陥検査として適用されている渦電流探傷法(ECT:eddy current testing)の高度化について研究したものである。本論文は、5章より構成されており、その概要は以下の通りである。

 第1章は、本論文の背景と目的について述べ、渦電流探傷法の原理を簡単に紹介し、蒸気発生器への適用の状況、要件などについて述べている。

 第2章では、100以上の論文を調査してECTに関する研究の現況を、数値解析技術、プローブ設計、逆解析手法、信号解析手法及び知的検査システムの開発に着目しながら紹介している。

 第3章と4章では、本論文の中心的内容が記述されており、センサーの高度化と逆解析手法の構築に関して独創的な方法が提案・実現されている。第3章では渦電流を媒介として、き裂と検出コイルとノイズの3者の複雑な相互関係に着目し、数値解析結果を援用し、ノイズ抑制効果を考慮しながらECTプローブの最適化を追求している。数値解析は3次元のA-法に基づいている。欠陥は細管中に導入されており、欠陥周りに検出するのに適した渦電流を発生させるため励磁コイルの形状を工夫した。そしてそれに依存して高感度の検出コイル形状を決定している。このような最適化の妥当性は次の第4章で検証されている。

 ノイズはさまざまな要因に依存し、それを完全に除去するのは困難であるが、ここでは欠陥の作る磁場の幾何形状を考慮しながら適切なコイルの配置と組み合わせを採用しノイズを極小に押さえている。評価の適正化のため新しい較正法を適用し、世界的に評価の高いセンサーであるプラスポイントに比べて遜色のないS/N比を得ている。

 第4章では、高感度センサーとして提案した2つの方法のうち、十時型に組み合わせた励磁・検出コイルを採用した。第4章の主な目的は、回帰法に基づいた逆解析手法を発展させ、ECTの測定データとき裂情報の統計的関係からき裂形状を決定するものである。このとき、ニューラルネットワークを応用する。従って本逆解析手法はき裂のモデルに関する制約条件はなく、自然欠陥の接触問題までも解くことが出来るのが今までのコードにない、大きな特長といえる。多くのシミュレーションの結果が得られており、この種の問題の解析としては良好な結果となっている。実験結果との一致も良好である。また最大25%のノイズを入力データに加えたときにも、良好な結果が得られている。

 第5章は結論であり、次のように要約される。

 1)渦電流の励磁と信号の検出の結合特性を最適化して、渦電流センサーの設計に応用しその妥当性をシミュレーションによって確かめた。

 2)高感度センサーとして2種類提案して、新しい較正法を工夫してノイズを最小化し、高いS/N比を実現した。

 3)多重解像化法とニューラルネットワークを組み合わせて新しい逆解析法を提案した。測定結果などの逆解析を実施して良好な結果を得ている。

 以上を要するに、本論文は渦電流探傷技術において、高感度センサーの最適設計と自然き裂を含めた欠陥のすぐれた逆解析手法を提案しており原子力工学の発展に寄与するところ大なるものがあると認められる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク