学位論文要旨



No 113856
著者(漢字) ラジャパクセ,アール・エム・アトゥラ・ディー
著者(英字)
著者(カナ) ラジャパクセ,アール・エム・アトゥラ・ディー
標題(和) 遺伝的アルゴリズムとファジー論理による非線形システムの適応制御
標題(洋) Application of Genetic Algorithms and Fuzzy Logic Techniques for Adaptive Control of Nonlinear Systems
報告番号 113856
報告番号 甲13856
学位授与日 1998.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4253号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 近藤,駿介
 東京大学 助教授 古田,一雄
 東京大学 助教授 上坂,充
 東京大学 助教授 岡本,孝司
 東京大学 講師 羽島,良一
 東京大学 講師 古川,知成
内容要旨

 システムの挙動を記述する方程式が非線形であったり、パラメータの値が不明な複雑なシステムの制御では、適応制御が必要とされる。適応制御は、制御を実行しながら制御対象の特性を把握し、その情報にしたがって制御則を修正変更するようなシステムである[1]。このような柔軟なシステムを旧来の制御手法だけで構築するのは困難である。しかし、ファジー論理、ニューラルネットワーク、遺伝的アルゴリズムなどの自己学習・探索型のアルゴリズムを組み合わせれば、柔軟な適応制御システムを実現できる。

 また、複雑なプラントでは、サブシステム毎に局所的な制御装置を備えていることが多いが、このようなシステムでは個々の制御装置が適応し協調して働く必要がある。さらに、大きな擾乱や故障が生じた場合に局所制御装置の能力を越えてしまわないように、全体レベルでの適応戦略も同時に必要となる。

 本研究の目的は、局所レベルの適応制御と全体レベルの適応戦略を実現することである。局所レベルにおける適応制御問題では、特性の与えられていない非線形システムを対象にし、ファジー論理に適応性を持たせるために、ニューラルネットワークによるオンライン・プロセス・モデルと遺伝的アルゴリズム(GA)によるファジーパラメータ調節器を用いる。全体レベルにおける適応戦略では、二層構造の制御構造(下層は局所制御、上層は故障診断と制御パラメータ調節器)を提案し、その有用性を確認する。

1非線形システムのGeno-Fuzzy適応制御

 ファジー制御はロバスト性を持っているが適応性には欠けるので、プラントの変動に実時間で追随することはできないが、学習能力を持っているニューラルネットワークやGAを組み合わせることで、ファジー制御に適応性を持たせられる[3][4]。このとき、GAの計算時間が実時間制御の障害となる点、GAがシミュレーションモデルを必要とする点を解決しなければならない。

 本研究では、図1のような制御システム(geno-fuzzy適応制御システム)を提案し有用性を確認する。このシステムは、ニューラルネットワークによるオンライン・プロセス・モデル、固定及び可変ファジー制御装置、GAによる調節器から構成される。多入力・多出力システムの記述にはNARXモデルを用いる。

 図2は、PID型のファジー制御装置である。ファジー制御装置の設計では、入出力を規格化するためのスケールファクター、ファジーパーティション、メンバーシップ関数、ルールベースを決定しなければならない。ここでは、図3に示したようなファジー論理パラメータをGAで最適化することにより、ファジー制御に適応性を取り入れる。

 適応性を実現するためには、GAによるファジー制御パラメータの最適化を実時間で行なう必要があるが、この時、GAの計算時間が適応制御の実時間性を損なわないように注意しなければならない。本研究では、図4に示すアルゴリズムを用いて、実時間の適応性を実現する。図5は、目標値とプラント出力の差の大きさによってGAのシミュレーション時間が決定されることを示している。(差が大きい時には、少ない計算で適当な解を選び、差が小さい時には計算を進めてさらに最適な解を探索する)

 提案した手法の有用性を確認するために、連続撹拌炉と加熱装置からなる化学合成プラントを例にとり、適応制御のシミュレーションを行なった結果を図6に示す。流入量の擾乱、ステップ応答、いずれの場合についても、提案した適応制御手法が有効であることがわかる。さらに、モデル化されていない擾乱(加熱量の変動)を加えた場合でも、適応制御システムが優れた特性を示すことが確認できる(図7)。

2ファジー論理による故障・擾乱適応制御

 運転中のプラントに予想しなかった大きな擾乱や故障などが生じた時に、末端の制御システムを監視・統制する上位のシステムが存在すれば、人間の手を介さずに適切な制御が行なえる。本研究では、この監視・統制システムをファジー論理を用いて実現する。

 提案するシステムは、2層構造を持った制御システムである(図8)。第1層は局所制御システム、第2層はカルマン・フィルターによる擾乱・故障検出機構を備えた監視・統制システムである。この監視・統制システムは、大きな擾乱・故障を検出した時に、ファジー調節器によりプラントの新しい操作点を決定し、プラントに大きな損害を与えずに運転を続行できるようにするものである。

 連続撹拌炉からなる化学プラントに本システムを適用したシミュレーション結果を図9に示す。t=60で加熱装置が故障し、t=300で濃度設定値の変更があった場合について、第2層(監視・統制システム)が制御特性の向上に大きく寄与していることがわかる。

3結論

 本論文では、複雑なシステムの制御問題について、局所レベルと全体レベルの両者を対象にし、適応制御の手法を提案した。局所レベルでは、ファジー制御のパラメータを遺伝アルゴリズムを使って実時間で最適化し、制御装置に適応性を持たせることができた。全体レベルでは、ファジー論理を使った監視・統制システムを局所制御装置の上位に配置することで大きな擾乱や故障に対して適応制御が可能であることを示した。

参考文献[1]Isermann R.,Lachmann K.H.,Matko D.,Adaptive Control Systems,Prentice Hall,London,UK,1992.[2]Linkens D.A.,Nyongesa H.O.,"Learning Systems in Intelligent Control:An Appraisal of Fuzzy,Neural and Genetic Algorithm Control",IEE Proc.on Control Theory,Vol.143,No.4,July 1996.[3]Larr C.L.,Jain L.C.,"Genetic Learning in Fuzzy Control"and"Case in Geno-Fuzzy Control",Hybrid Intelligent Engineering Systems,Editors Jain L.C.and Jain R.C.,World Scientific,Singapore,1997.[4]Dumitrache I.,Buiu C.,"Fuzzy Controllers:From Manual Design and Tuning to Geno-Fuzzy Control",Preprints of IFAC Symposium on Artificial Intelligence in Real Time Control ’97,22-25 September 1997,Kuala Lumpur,Malaysia.[5]te Braake H.A.B.,van Can H.J.L.,van Straten G.,Verbruggen H.B.,"Two Step Approach in Training of Regulated Activation Weights Neural Networks",Internal Report R95.043,Control LAboratory,Dept.of Electrical Engineering,Delf Univ.of Technology,1995.[6]Proll T.and Karim N.,"Model Predictive pH control Using Real-Time NARX Approach",AIChE Journal,Vol.40,No.2,Feb.1994.Fig1 Architecture of the proposed adaptive control systemFig2 Fuzzy logic controllerFig3 Granularity density function and method of computing membership functionsFig4 Outline of the proposed algorithm for adaptive fuzzy controlFig5 reference trajectory for simulation and determination of the length of simulationFig6 Variation of concentration(set point changed at 800 min and 1800 min.,feed flow disturbances occur at 200 min.and 1100 min)Fig7 Variations of concentration(set point changed at 800 min and 1800 min.,unmodeled disturbances occur at 200 min.and 1200 min)Fig.8 Functional block diagram of the proposed hierarchical controllerFig9 Variations of concentration and level(a fault occurs at 60 min,concentration set point change at 300 min)
審査要旨

 近年、ファジー論理・ニューラルネットワーク・遺伝的アルゴリズム(以下、GAと記す。)などの新しい工学技法を活用して適応制御系を実現する可能性が注目され研究されている。Application of Genetic Algorithms and Fuzzy Logic Techniques for Adaptive Control of Nonlinear Systems」(和訳遺伝アルゴリズムとファジー論理による非線形システムの適応制御)と題する英文で書かれた本論文は、この可能性を具体的に検討することを目的として、特性の知られていない非線形システムや異常の起き得るシステムをロバスト性に優れるファジー制御系で制御することを基本としつつ、この制御系のパラメータをこれら技法を組み合わせてその時々のプラント状態や制御目標を踏まえて自己調節する方法について数理工学的な検討を行った成果をまとめたものであり、全体は8章から構成されている。

 第1章では本研究の背景、目的、前提などを序論として述べている。

 第2章では制御技術の高度化の動向、特にファジー論理、ニューラルネットワーク、遺伝アルゴリズム等の技法を利用した制御系設計に関する既往の研究のサーベイを行っている。

 第3章では上に述べた目的を達成する制御方式として、固定ファジー制御器、可変ファジー制御器、漸進型調節器、オンラインニューラルネットワークプロセスモデルから構成される適応制御方式を提案している。固定ファジー制御器は当該システムの制御の基本となる制御器、可変ファジー制御器は運転条件の変更に応じてパラメータが適応的に変化される制御器であり、著者の最も工夫した漸進型調節器は、ニューラルネットワークに基づくオンラインプロセスモデルを用いたシミュレーション結果をもとにGAを用いて可変型ファジー制御器のパラメータを制御目的に合わせて絶えず調節する機能と固定/可変制御器を適宜選択する機能を有するものである。

 第4章では提案された制御系の重要な開発課題の一つである非線形動的システムのニューラルネットワークプロセスモデルによるオンライン同定法について検討し、過去の入出力双方を回帰に使う非線形自己回帰法による学習法を提案している。そして二つの例題でこれが計算時間の点からもシステム特性の変化への追随性の観点からも満足できる性能を有していることが確められたとしている。

 第5章では可変ファジー制御器のパラメータの最適化をGAによって行うこととし、この進化過程においてパラメータの全数を同時に探索できるよう固定長遺伝子のパラメータコーディングに工夫を凝らし、これを二つのシステムに対して適用して他の方法によった場合と比較して優れた漸近特性を有することが示されたとしている。

 第6章では、運転中のプラントで予想しなかった擾乱や故障などが生じた時にこのファジー制御器のパラメータを変えて引き続き適切な制御を維持していくために、このGAによるパラメータ最適化をオンライン・リアルタイムで行う方法を検討している。そして、計算時間がばらつくこと、進化過程に揺らぎがあることなどの性質があるGAをオンライン・リアルタイムで使うことに伴う問題点を克服できる方式として、過去によい成績を収めた解を維持・発展させること、探索に入った時点の状態を出発点に制御目的を達成する解を捜し、時間内で進化させることができた範囲で最適な結果を与えるパラメータセットを制御器に渡すという方針に基づく「絶えざる漸進」と名付けた方式を提案し、この提案に基づいて作成された適応制御系をいくつの例題に適用した結果、望ましい特性を有していることが確認できたとしている。

 第7章では各サブシステムに制御系を分散配置している制御系について、拡張カルマンフィルターでオンライン・リアルタイムに異常を検出し、ファジー論理によりその異常が問題をもたらさない新しい操作点を決定してプラントに大きな損害を与えずに運転を統行できるようにする大局的な適応制御系を提案して、これを簡単な化学プラントの制御系に適用して、加熱用ヒーターが切れるという異常に適切に対応できることを示して、このアプローチは故障耐性を備えた適応制御系の設計法として有用であることが示されたとしている。

 第8章は結論であり、以上の研究成果を要約するとともに、提案された方式を一般的な適応制御系設計法とするために残されたいくつかの課題を述べている。

 以上を要すれば、本論文はGAを学習技法に用いた非線形適応制御系など機械学習技法に基づく適応制御系の設計方法に関する研究成果をまとめたものであり、その内容は複雑なシステムに対する頑健な適応制御系設計技術の向上に貢献し、システム設計工学の発展に寄与するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク