学位論文要旨



No 113857
著者(漢字) 原口,強
著者(英字)
著者(カナ) ハラグチ,ツヨシ
標題(和) 新しい活断層調査法の開発と断層運動に伴う地盤変形に関する研究
標題(洋)
報告番号 113857
報告番号 甲13857
学位授与日 1998.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4254号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 登坂,博行
 東京大学 教授 正路,徹也
 東京大学 教授 堀井,秀之
 東京大学 助教授 金田,博彰
 東京大学 助教授 茂木,源人
 東京大学 助教授 福井,勝則
内容要旨

 日本列島には数多くの活断層があり、従来の研究によりその概略の位置は特定されているものの、構造物単位の詳細位置については対象サイトごとに調査しその活動度を評価する必要がある。この際活断層を発掘して直接調べるトレンチ法が現在最も優れた手法であるが、土地利用の進んだ都市域では調査の優先度が高いものの用地問題などから調査を断念することが多く、これを解決するための新たな調査方法の開発が求められていた。

 一方、活断層が動いて発生する内陸直下地震では、地震時の地震動と地震断層のズレ変位に伴う地盤破壊と地盤変形が発生する。地震動については耐震設計によって対処されるが、地震断層のズレ変位に伴う地盤破壊と変形に対しては基本的には構造物を断層直上から避ける必要がある。国内で活断層への考慮を求めた公的機関の指針には、原子力発電所、超高層ビルおよびダムの3つの構造物に対するものがある。しかし、いずれも断層のズレに伴う変位の影響から構造物をどれだけ離せばよいかと言ったことに関して明文化されていない。さらに放射性廃棄物の地層処分の問題では、今後10万年間程度の期間を対象とした活断層近傍の変形領域の適正な評価が必要となってきている。

(1)新しい活断層調査法の開発 1)定方位連続地層採取装置の開発

 トレンチ法に代わる新たな活断層調査法として定方位連続地層採取装置(ロングジオスライサー:LGS)を開発し、その適応性を実証した。LGSの原理は、2つに分割したサンプラーを2段階に分けて地盤の中に差し込んで、地盤中で閉合した断面を完成させ、それを同時に地盤から引き抜くことにより、その間に挟まれた地層を乱さずに抜き取る方法である。その主な特徴は次の通りである。

 (1)通常のトレンチ法に比べ、より深くより広範囲かつ水深のある河川や湖沼での調査が可能。連続した地質断面が得られ、この断面を平行あるいは直交して数多く採取することで3次元的な調査が可能となる。

 (2)作業の多くが機械化され、短時間で安全な調査が可能でトータルコストが安い。

 (3)調査時の地盤掘削面積の大幅低減が可能。

 例)深さ10m延長10mの地下断面の観察に要する掘削面積

 ・トレンチ法;30m×20m(600m2)程度

 ・LGS法 ;0.5m×10m(5m2)程度

 このように今回開発したLGSを用いた調査法は、現在のトレンチ法の隘路を切り開くための画期的な新しい調査法の一つといえる。今後、多くの活断層調査に適用することが可能で、ほかに一般の地質・地盤調査にも応用できると考えられる。

2)新しい調査法の活断層調査への適用性の実証

 本方法を、糸魚川-静岡構造線(糸静線)活断層系・神城断層と都市域の伏在活断層が指摘されている東京都旧江戸川の2つのサイトに適用した。

 糸静線活断層系はわが国で初めて地震の長期評価がなされた場所で、神城断層はその重要な位置を占める。神城断層ではこれまでのトレンチ調査で断層位置と活動の一部は解明されていたが、その情報は表層部に限られており完新世全体の活動履歴が未解明であった。ここでは地下20m、延長30mの地下断面をLGSとコアボーリングにより調査した。得られた地層に対して40カ所以上の年代測定と層相区分から、断層を挟んだ両側の地層を詳細に対比した。その結果、神城断層の逆断層形状と過去約1万年間のスリップレートが解明された。その成果は活断層による地震評価に対して有用な情報を提供し、断層運動に伴う地層の変形構造も明らかにした。

 東京都旧江戸川では、水深5mの川底から深さ約9mにわたって完新世の軟弱な未固結堆積層を幅30cmの鉛直地層断面として合計10本採取し、延長約20m区間の地下断面を示した。本調査は安政江戸地震の地震断層を探す目的で実施され、採取された地層中に縦ズレ約25cmの連続する正断層状の地割れを発見した。X線CTや顕微X線画像等の観察の結果、地震と関連した地割れであることが判明した。これまで、水深のある河川でのトレンチ掘削は不可能だった。この事例は初めて川底から地下断面をそのまま取り出すことに成功したもので、水底下の地下断面の観察を飛躍的に容易にした。さらにこの方法は軟弱な未固結堆積物の定方位連続地層採取方法として広範に有効であり、今後液状化調査などの地盤工学的な調査やこれまで不可能であった沖積層の露頭レベルでの堆積環境調査に応用することが可能となろう。

 なお開発したLGSには実用化に向けて専用機の製作や他の調査法との組み合わせによる活断層調査システムの開発などがあるが、今後の課題として残しておく。

(2)断層運動に伴う地盤変形に関する研究

 断層運動に伴う変形領域部分に着目し、1)活断層周辺変形領域の基本相関、2)地震断層周辺の変形領域の推定、の2つの事象に分けて研究を行った。

1)活断層周辺変形領域の基本相関に関する研究

 活断層周辺変形領域の基本相関について、横ズレ・縦ズレ断層の2つに分けて検討した。この際断層運動に伴う変形領域を、変動地形学的な知見を踏まえて「変形帯:W」と定義した。目標は、放射性廃棄物の地層処分問題で対象とする今後10万年間程度での活断層周辺変形領域の変形帯の変動予測とした。

 横ズレ活断層では,活断層ストリップマップ,クリープ断層,断層の模型実験などについて,断層のズレに伴う地盤の変形帯の視点から再解析した。粘土や砂でのリーデルせん断実験では,変位の累積に伴いそれぞれの条件で変形帯が「しきい値」に近づく傾向があることを示した。米国カラベラス断層の断層クリープ変位による構造物の影響範囲、四国中央構造線活断層(MTL)と米国サンアンドレアス断層活断層(SAF)沿いの横ズレ谷を用いた解析結果から、断層変位の累積に対して変形帯の増大率が減少する傾向があることを示した。ここで用いたMTLやSAFなどの累積断層変位量は数十m〜数百mである。これらの地震時の単位変位量は経験的に知られているので、その変位量に対する時間領域は過去数千年〜数万年(最大10万年)間に相当する。この時、変形帯は変位量のべき関数(式-1)で近似される。

 

 さらにこの関係は、ナチュラルアナログ的には今後10万年間程度の横ズレ活断層周辺変形領域の変動を予測する指標となると考えられる。

 縦ズレ活断層の断層運動に伴う地盤変形に関して、陸羽地震断層沿いの地形解析、都市圏活断層図を用いた地形解析、ニュージーランド南島の逆断層の事例および海底活断層の音波探査断面で計測・観察を行った。いずれも撓曲帯の幅など断層変位に伴う変形の及んでいる範囲は、断層運動に伴う上下方向の累積に伴いほぼ一定の値に近づく傾向があることを示した。

2)地震断層に伴う周辺の変形領域の推定

 地震断層が現れる時の断層周辺の変形領域を推定する事を目的とし、まず地震断層の地表形態の実態を調べた。事例として1995年兵庫県南部地震:野島地震断層、1990年Central Luzon地震:Digdig地震断層、1896年陸羽地震断層である。その中で地震断層による構造物被害、被害の地震断層からの距離相関に関する検討などを行った。その際地震断層に伴う地割れや引きずりなどの地表変動の及んでいる範囲を「変形域:We」を定義し、変形域形成に未固結被覆層が大きく影響する事を示した。

 次に、地震断層沿いの被覆層の変形について断層タイプ別に検討した。模型実験と国内の活断層トレンチ断面の再検討結果から被覆層厚に着目し、変形域の分布を求めた。この中で変形域の上限値を包絡するラインを考え、

 横ズレ断層 We=1.5H(適用範囲H≦15m)

 逆断層 We=2.1H(適用範囲H≦10m)

 の経験的な関係を示した。

 日本国内の活断層は平地と丘陵、山地との境界部に位置し、その際被覆層厚は通常数mの事が多く、ほぼ適用範囲内である。この関係から地震断層に伴う周辺の変形領域の外力的な推定が可能と考える。

 なお、断層運動に伴う地盤変形に関する研究では主に変動地形学的な立場から解析したが、地下地質のデータも加えて検討していくことも必要で今後の課題である。

 以上のように本研究の成果は、ロングジオスライサーを考案しこれ使った新しい活断層調査手法を開発したこと、その適用事例を通じて日本の主要な活断層の活動性評価のための研究を行ったこと、さらに活断層近傍地盤の安全評価のために、今後10万年間程度の期間を対象とした断層の累積変位に伴う変形帯の変動と、地震断層のズレによる表層地盤の変形域の予測に関する新たな考え方を示したこと、と要約される。

審査要旨

 論文題目:新しい活断層調査法の開発と断層運動に伴う地盤変形に関する研究

 提出論文は、新しい活断層調査手法の開発に関する前半部分と断層運動に伴う周辺変形帯に関する後半部分にまとめられている。

 第一の成果は、実務の中で考案し様々な工夫の後実用化した新しい活断層調査手法である。従来、活断層の変位量、変位速度などを正確に見積もるために、地下地盤中にトレンチ(溝)を掘り地層を露出させ直接観察する方法が取られているが、調査可能な地域が限られ、多大な費用・時間がかかる欠点があった。同氏の考案したロングジオスライサーは、地層を定方位でスライスして乱さず採取する装置で、費用・時間の大幅な低減、さらに今まで不可能であった水底などでの地層採取まで可能にしたものである。開発した装置は実際の活断層上や河床底での地層採取に使用され、迅速にサンプリングが可能であることを実証すると共に、採取された地層の変形状態や履歴などを再現するための分析技術として年代測定技術、堆積物の顕微X線画像、樹脂による包埋技術などを組み合わせ緻密な評価を実施し提案している。このようなサンプリングから分析まで含めた調査法の実用化は、断層活動履歴を精緻に捉える手段として地震防災・予知等の面で大いに貢献するものと期待される。さらに地盤環境の新しい調査法として他分野での発展的応用も考えられている。

 第二の成果は、断層周辺の変形領域に関するものであり、1)活断層周辺変形帯の基本相関、2)地震断層周辺の変形領域の推定、の2つの事象に分けて論じられている。活断層周辺変形帯の基本相関に関する研究では、変動地形学的観点から、四国中央構造線、米国サンアンドレアス断層沿いの横ズレ谷、米国カラベラス断層において、断層変位量と変形帯幅を測定している。その結果、断層変位の累積に対して変形帯幅は両対数上で直線的に増加する傾向を見せるものの、その傾きは0.4程度であり、変形帯幅の増大率がべき関数の形で減少する傾向があることを示した。中央構造線やサンアンドレアス断層は断層変位量が数十m〜数百mであり、経験的に時間領域は過去数千年〜数万年(最大10万年)間に相当する事象を見ていることになるので、この関係は放射性廃棄物の地層処分で対象とする今後10万年間程度での変形帯成長を評価する上で有用な関係を提示している。次に、地震断層の一回の活動による断層周辺の変形域(地割れや引きずりなどの地表変動の及んでいる範囲)を推定するため、1995年兵庫県南部地震:野島地震断層、1990年Central Luzon地震:Digdig地震断層、1896年陸羽地震断層のデータが解析されている。その中で地震断層による構造物被害、被害の地震断層からの距離相関に関する検討などが行なわれ、変形域形成に未固結被覆層が大きく影響する事が示された。さらに、地震断層沿いの被覆層の変形について、断層タイプ別に国内の活断層トレンチ断面を解析した結果から、被覆層厚Hと変形域Weのプロットの上限値を包絡するラインが、横ズレ断層 We=1.5H(適用範囲H≦15m)、逆断層We=2.1H(適用範囲H≦10m)であることが経験的に示された。日本国内の活断層は平地と丘陵、山地との境界部に位置し、被覆層厚は通常数mの事が多いことから、それらの関係は構造物の地震断層からの安全距離を考える上での有用な指針を与えるものと考えられる。

 以上のように本研究の成果は、新しい活断層調査手法を開発し実地に適用すると共に、分析・解釈までの一連の手法を提案したこと、活断層近傍地盤の安全評価のために、今後10万年間程度の長期の変形領域の推定のための基本相間を提示したこと、および短期的な地震断層による表層地盤の変形城の予測に関する新たな評価指針を示したことが挙げられる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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