論文題目:新しい活断層調査法の開発と断層運動に伴う地盤変形に関する研究 提出論文は、新しい活断層調査手法の開発に関する前半部分と断層運動に伴う周辺変形帯に関する後半部分にまとめられている。 第一の成果は、実務の中で考案し様々な工夫の後実用化した新しい活断層調査手法である。従来、活断層の変位量、変位速度などを正確に見積もるために、地下地盤中にトレンチ(溝)を掘り地層を露出させ直接観察する方法が取られているが、調査可能な地域が限られ、多大な費用・時間がかかる欠点があった。同氏の考案したロングジオスライサーは、地層を定方位でスライスして乱さず採取する装置で、費用・時間の大幅な低減、さらに今まで不可能であった水底などでの地層採取まで可能にしたものである。開発した装置は実際の活断層上や河床底での地層採取に使用され、迅速にサンプリングが可能であることを実証すると共に、採取された地層の変形状態や履歴などを再現するための分析技術として年代測定技術、堆積物の顕微X線画像、樹脂による包埋技術などを組み合わせ緻密な評価を実施し提案している。このようなサンプリングから分析まで含めた調査法の実用化は、断層活動履歴を精緻に捉える手段として地震防災・予知等の面で大いに貢献するものと期待される。さらに地盤環境の新しい調査法として他分野での発展的応用も考えられている。 第二の成果は、断層周辺の変形領域に関するものであり、1)活断層周辺変形帯の基本相関、2)地震断層周辺の変形領域の推定、の2つの事象に分けて論じられている。活断層周辺変形帯の基本相関に関する研究では、変動地形学的観点から、四国中央構造線、米国サンアンドレアス断層沿いの横ズレ谷、米国カラベラス断層において、断層変位量と変形帯幅を測定している。その結果、断層変位の累積に対して変形帯幅は両対数上で直線的に増加する傾向を見せるものの、その傾きは0.4程度であり、変形帯幅の増大率がべき関数の形で減少する傾向があることを示した。中央構造線やサンアンドレアス断層は断層変位量が数十m〜数百mであり、経験的に時間領域は過去数千年〜数万年(最大10万年)間に相当する事象を見ていることになるので、この関係は放射性廃棄物の地層処分で対象とする今後10万年間程度での変形帯成長を評価する上で有用な関係を提示している。次に、地震断層の一回の活動による断層周辺の変形域(地割れや引きずりなどの地表変動の及んでいる範囲)を推定するため、1995年兵庫県南部地震:野島地震断層、1990年Central Luzon地震:Digdig地震断層、1896年陸羽地震断層のデータが解析されている。その中で地震断層による構造物被害、被害の地震断層からの距離相関に関する検討などが行なわれ、変形域形成に未固結被覆層が大きく影響する事が示された。さらに、地震断層沿いの被覆層の変形について、断層タイプ別に国内の活断層トレンチ断面を解析した結果から、被覆層厚Hと変形域Weのプロットの上限値を包絡するラインが、横ズレ断層 We=1.5H(適用範囲H≦15m)、逆断層We=2.1H(適用範囲H≦10m)であることが経験的に示された。日本国内の活断層は平地と丘陵、山地との境界部に位置し、被覆層厚は通常数mの事が多いことから、それらの関係は構造物の地震断層からの安全距離を考える上での有用な指針を与えるものと考えられる。 以上のように本研究の成果は、新しい活断層調査手法を開発し実地に適用すると共に、分析・解釈までの一連の手法を提案したこと、活断層近傍地盤の安全評価のために、今後10万年間程度の長期の変形領域の推定のための基本相間を提示したこと、および短期的な地震断層による表層地盤の変形城の予測に関する新たな評価指針を示したことが挙げられる。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |