学位論文要旨



No 113858
著者(漢字) 薦田,康夫
著者(英字)
著者(カナ) コモダ,ヤスオ
標題(和) 酸化チタン粒子が分散した流体の光電気粘性現象
標題(洋)
報告番号 113858
報告番号 甲13858
学位授与日 1998.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4255号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤嶋,昭
 東京大学 教授 澤田,嗣郎
 東京大学 教授 篠田,純雄
 東京大学 教授 橋本,和仁
 東京大学 助教授 宮山,勝
内容要旨 1。緒言

 電気粘性現象(Electrorheology,ER)とはある流体に電場をかけるとその粘性が変化する現象を示す。特に微粒子分散系のERはその粘性変化が大きく、現在ブレーキやクラッチへの応用研究がなされている。これは分散粒子が強電場下で分極し、電場方向に架橋構造をつくることに起因する。ところで酸化チタンは約3eVのバンドギャップを持つ半導体で紫外光照射によって光電荷分離がおこる。そこでER流体の分散粒子に酸化チタンを用い光照射すると、その粘性に光電気粘性現象(Photoelectrorheology,PER)が現われるものと考えられた。これはER現象を光で変化させるという、新しいERの制御法として意義がある。また酸化チタンは紫外光照射下において強い酸化力を示す。この性質を利用し酸化チタンを使った環境中の悪臭、有害物質の分解、除去が実用化されている。酸化チタンは建材の表面等に薄膜化され用いられるが、微視的には微粒子の集合体である。酸化チタン微粒子上の光電気化学反応は、溶液中に分散した酸化チタン粒子の電気泳動速度の光変化や、検出される光電流より研究され、スラリー電極法として知られている。この方法により、光照射下における酸化チタン微粒子の電位浮遊効果が確認されている。ER現象の起動力は粒子の分極によるものと考えられるので、ER流体に酸化チタン粒子を用いることで、スラリー電極とは異なった酸化チタンの光電気化学反応の知見が得られることが期待できる(光電荷分離能等)。

 本研究では酸化チタン粒子をシリコンオイルに分散させた流体を用い自作の粘度計で、印加する電圧や照射光の波長、強度をかえてそのPER効果について調べた。その結果、この流体に紫外光照射すると粘性が増大または減少することを確認した。この効果の違いは粒子中の含水量や光強度、回転粘度計の回転速度に依存した。さらに、電極間の粒子運動を顕微鏡観察し、PERの発現機構について明らかにした。また、流体に2-プロパノールを添加して、酸化チタン表面でおこる光触媒反応とERとの関係を調べ、酸化チタンの光触媒反応の研究にこのPERが応用できることを示した。

2。縦型粘度計を用いたPER効果3)2-1 PER実験と結果1)2)

 図1のように導電性ガラスで電場と共に紫外光照射ができるような反応セルを作製した。この隙間(0.25mm)に酸化チタン分散流体を目盛り付ガラス管から流体自身の静水圧で流し込んだ。流体の粘性はその流速で評価した。速く流体が流れる程粘性が低い(図2参照:より上に示されるグラフ程粘性が低い)。光源には500Wの超高圧水銀ランプを用いた。流体は酸化チタン粒子をシリコンオイル(20cP)に超音波分散させ調製した(0.2wt%)。酸化チタンにはP-25(アナタース型、粒径29nm、比表面積50m2g-1、含水量0.6wt%)とST-01(アナタース型、2次粒径20nm、比表面積320m2g-1含水量8wt%)を用いた。紫外光照射によって前者は粘性が増大し、後者は粘性が減少した(図2)。またこの実験において暗、光電流が観察されたので、これらの電流と流体の粘性の関係を調べた。その結果、P-25では光照射されてない状態では電場起因の応力と電流量が比例し、電流が電極間にできた酸化チタン粒子の架橋構造を伝わって流れていることを示した。しかし光照射下ではこの二者に直線関係は見られなかった。これは応力増大には寄与しない(架橋構造には参加しない)酸化チタン粒子の光電気泳動による電流が流れている為と考えられた。光照射で粘性が減少したST-01では、光があたっていない場合ではP-25同様に応力と電流量に比例関係がみられたが、光照射下では電場や光起因の応力が小さいにもかかわらず、多量の電流が観察された。これは電極間で多くの酸化チタン粒子が架橋構造を造らずに、光電気泳動をしている為と考えられた。

図1 PER用縦型粘度計図2 PERセルを通過したPER流体量の時間変化(電場強さ1.6kVmm-1)
2-2 電極間の粒子運動の顕微鏡観察

 流体の粘性変化は電極間の粒子の挙動に起因するので、電極間の酸化チタン粒子の運動を直接観察した。短冊状の2枚の導電性ガラスを両面テープで貼り合わせ、その隙間に流体を注ぎ込んだ。上部から顕微鏡を通してCCDカメラで観察、録画した。観察は主に流体が静止した状態で行なった。P-25,ST-01流体それぞれについて、電場印加時、光照射時で粒子の運動を観察した。その結果、P-25,ST-01とも電場を印加すると粒子が電極間を往復運動し始め、一部、電極間に架橋構造が見られた。この状態で光照射すると、粒子の往復運動がさらに激しくなった。P-25の場合は光照射によって架橋構造が増加した(図3)。またST-01の場合は光照射によって電場印加で形成した架橋構造が崩れて細い架橋構造が再形成された。これらの観察結果はP-25,ST-01の光粘性の増減効果と一致する。また粒子運動を定量的に調べるため、粒子濃度を下げて観察しやすくし、シリコンオイルの粘性を上げて泳動速度を下げ、粒子の泳動速度と電極上での滞在時間の光効果について調べた。その結果、粒子の泳動速度やカソード上での滞在時間は光照射によって大きく変化しなかったが、アノード上での滞在時間が光照射で短くなることがわかった(表1)。またST-01の方がP-25と比べ、アノード滞在時間の光短縮効果が大きい。これはST-01では光電気泳動による電流がP-25よりも多いという前項の実験結果と一致する。これらより粘性に対する光効果の違いはこのアノード滞在時間の光効果の差によるものと考えられた。

図3 電極間の粒子運動の様子(P-25酸化チタン)表1 酸化チタン粒子aの泳動速度と電極上での滞在時間の光照射効果
2-3 酸化チタン粒子中の含水量とPER效果4)

 P-25とST-01はPERで反対の現象を示したが、その原因を調べる為に12種の酸化チタンについてPERを調べた。その結果、粒子中の含水量が少ない(<2wt%)と光によって粘性が増大し、含水量が多いと(>3wt%)粘性が減少または効果がないことがわかった。

2-4 光電気粘性現象の機構

 光照射で粘性が増大する効果と減少する効果の機構についてそれぞれ考察した。

a.光によって粘性が増大する効果

 ERの理論的な研究より、印加される電場(E)と発生する応力(f)には次の関係があることが知られている。

 

 ここでKrは分散溶媒の誘電率を示し、(dipole parameter)は次の様に現わされる。

 

 

 はそれぞれ粒子と溶媒の誘電率と電気伝導度を示す。酸化チタンは光照射によって電気伝導度が上がるので、光照射による粘性増大は酸化チタン粒子の電気伝導度の増大によるものと推測できる。

b.光によって粘性が減少する効果

 ST-01の顕微鏡観察より、光によって粘性が減少するのは架橋構造形成よりも光電気泳動が支配的になるためであることが分かった。これは粒子のアノード上の滞在時間が減少することが直接の原因であった。また粒子の含水量が多いと光照射で粘性が減少することより、図4に示す様に酸化チタンの表面で水が関与した光電気化学反応がおこっているものと考えられた。光照射時においてのみアノード電流が流れ、アノード上で酸化チタン粒子が電子を失い易くなり滞在時間が短くなる。その結果粒子の光電気泳動が活発になり、光によって粘性が減少したと考えられた。

 PERには二種類の効果があり、粒子の含水量に依存した。粘性増大は光電荷分離による粒子の分極増大を反映し、粘性減少は電極上に滞在する酸化チタン粒子表面でおこる光電気化学反応を反映していると考えられた。

図4 光照射による酸化チタン粒子のアノード滞在時間短縮効果の機構
3。回転粘度計を用いた光電気粘性現象5)3-1 回転粘度計

 縦型の粘度計では二種の光効果がみられたが、酸化チタン粒子の電極への接触を制御できれはこの二つの効果を分離して評価できると考えられる。そこでPER用の回転粘度計を作製し、回転体の回転数を変化させ、分散粒子の電極への接触頻度を変えて試験を行なった。また、ERを応用したデバイスでは縦型粘度計タイプの他に回転粘度計のタイプのものも多く提案されているので、このタイプの粘度計での光効果を調べることは重要である。

3-2 光電気粘性現象の回転粘度計の回転数依存性

 P-25,ST-01の酸化チタンをシリコンオイル(100cP)に分散させた流体(10wt%)についてPERを調べた。その結果P-25の流体は光照射によって粘性が増大したが、ST-01の場合、光効果は粘度計の回転体の回転数(ずり速度)によって、粘性が増大または減少した(図5)。この回転数依存は、光による粘性減少が粒子の電極間を往復する光電気泳動に起因することより説明できる。粘度計の回転数が速い場合、回転数が遅い場合に比べ電極内の酸化チタン粒子が電極に接触する機会が少なくなる。その結果光電気泳動する(電極間を往復する)粒子が少なくなり、粘性を弱める要因が少なくなるためと考えられた。

図5 PER効果の回転粘度計のずり速度依存性
3-3 光電気粘性現象の光強度依存性

 光照射による粘性の変化は(1)(3)式で現わされる粒子間の引力の増大と電極間を粒子が往復する光電気泳動現象とのバランスで決定されていることが分かった。そこで今度は照射する光強度を変化させてそのPERについて調べた。ここでは2-3の試験で一番光による粘性増大効果が大きかったTOT-S(ルチル型、粒径580nm,比表面積2.5m2g-1含水量0.6wt%)を20cPのシリコンオイルに分散させた流体(10wt%)を使用した。その結果照射する光強度が強いと光照射によって粘性が増大したが、光強度が弱いと光照射によって粘性は減少した。これは(1)(3)式で現わされる粒子間の引力と、アノード滞在時間の短縮効果の光強度依存性が異なる為と推測した。

4。2-プロパノールを添加したER流体の光電気粘性効果6)

 PERの光触媒反応研究への応用の可能性をみるため、2-プロパノールをER流体に添加し流体内の酸化チタン粒子上でおこる光触媒反応とPERとの関係について調べた。酸化チタンはP-25を用い、20cPのシリコンオイルに分散させた(10wt%)。そこへ2-プロパノールを0から8wt%まで段階的に添加した。回転粘度計を用い、その回転数は光電気泳動の効果を避けるために最大速(180rpm)とした。結果を図6に示す。2-プロパノールを添加した流体では光照射によって粘性が増大した。この粘性増大の機構として酸化チタン表面で2-プロパノールが酸化され、その結果粒子回りの電気二重層の電気容量が増大して静電誘導による分極が強まった、または酸化チタン粒子に電子が蓄積され、粒子の電気伝導度が上昇して静電誘導による分極が強まったためと推測した。

図6 流体中2-プロパノール濃度とPER効果(電場0.6kVmm-1,180rpm)
5。結言

 本研究では、酸化チタン粒子がシリコンオイルに分散した流体を用い、電気粘性が光照射で変化することを見い出した。この光効果には粘性を強める効果と弱める効果の両方ある。さらにその機構について明らかにした。この光による粘性変化を追跡することにより酸化チタン粒子上でおこる光触媒反応の研究に応用できる可能性を示唆した。また光によるERの制御が可能であることを示した。

公表論文

 1)Komoda,Y.;Rao,T.N.;Fujishima,A.Langmuir 1997,13,1371.

 2)Rao,T.N.;Komoda,Y.;Sakai,N.;Fujishima,A.Chem.Lett.1997,307.

 3)Komoda,Y.;Sakai,N.;Rao,T.N.;Tryk,D.A.;Fujishima,A.Langmuir,submitted.

 4)Sakai,N.;Komoda,Y;Rao,T.N.;Tryk,D.A.;Fujishima,A.J.Electroanal.Chem.,to be published.

 5)Komoda,Y.;Rao,T.N.;Tryk,D.A.;Fujishima,A,in preparation.

 6)Komoda,Y.;Rao,T.N.;Tryk,D.A.;Fujishima,A,in preparation.

 (総説)薦田康夫、藤嶋昭、光化学、1997,24,32.

審査要旨

 本論文は5章より構成されており、酸化チタン微粒子がシリコンオイルに分散した流体の光電気粘性現象について論じている。第1章で本研究の目的と背景について述べ、第2章、第3章で、電気粘性現象の光効果とその機構について考察している。また、第4章ではこの光電気粘性現象を用いて、酸化チタンの光電気化学反応のキャラクタリゼーションへの応用が試みられている。そして最後の章では全体の総括をおこなっている。

 第1章では序論として、本研究の目的と意義について述べられている。この研究の基盤となっているのは酸化チタンの光触媒反応と電気粘性現象であることが説明されている。両者においてそれぞれこれまでの開発研究の流れが示され、最近その技術の応用が実現しつつあり、世の中から注目を集めていることが述べられている。この二つの現象とも粒子が分散した系で作用する共通点があり、そこに着目して、電気粘性現象の光制御と、光触媒反応の電気粘性現象によるキャラクタリゼーションを本研究の目的としたことを説明している。

 第2章では、酸化チタン微粒子とシリコンオイルで構成する流体の電気粘性が、光照射によって強められることが示されている。これは光電荷分離した正孔と電子が外部電場によって粒子の両端に極在し、粒子の分極が強められた為と考察されている。

 次に酸化チタン粒子中の吸着水が光電気粘性現象へ及ぼす影響について論じられている。粒子中の含水量が多いと、光照射で今度は逆の効果、つまり、電気粘性が弱まることが示されている。この機構を考察する為に、電極間の酸化チタン粒子の運動が顕微鏡にて観察されている。これらの実験・観察結果より、酸化チタン粒子表面で水が関与した光触媒反応がおこり、電極と粒子間で電荷移動がおこり易くなり(光電気泳動現象)、電極間の粒子の架橋構造形成が抑制されるメカニズムが示されている。

 3章ではさらにこの酸化チタン粒子流体の光電気粘性現象を詳しく調べる為に、回転粘度計を用いた実験について述べられている。最初に回転粘度計の特徴が示され、回転粘度計では流体にかかる応力を自由に制御でき、またこれまでの電気粘性現象の理論的な知見を活かせる利点があることが説明されている。

 はじめに、光電気粘性現象のずり速度(回転粘度計の回転速度)依存性について述べられている。ずり速度が速いと光照射によって電気粘性は増大し、ずり速度が遅いと、電気粘性は減少することが示されている。このずり速度依存性は粒子の電極への衝突頻度の違いが原因であると考察されている。これらの衝突頻度と光電気粘性現象、光電気泳動現象の関係が整理されて説明されている。

 またさらに、光電気粘性現象の照射光強度依存性について調べられている。光強度が強いと粘性は増大したが、光強度が弱いと逆に、電気粘性は減少する結果が示されている。この原因は光照射による粒子の分極の増大と、粒子の光電気泳動の光強度依存性が異なる為と考察されている。

 4章では光電気粘性現象を酸化チタンの光触媒反応のキャラクタリゼーションへの応用を念頭に、アルコールが添加された流体の光電気粘性現象について論じられている。流体にアルコールを添加するとより大きな光効果(粘性増大)が認められ、これは、共存するアルコールが電子、正孔をtrappingし、または正孔のscavengerとなり、再結合反応を抑制し光電荷分離状態を長く維持するためと考察されている。本法は無水系での酸化チタンによる有機物の分解や、その系で微量に存在する水分の効果等の、これまでにない新しい半導体粒子のキャラクタリゼーションとして応用できることが示唆されている。

 第5章では本研究で得られた結果の総括が行われている。

 以上述べた様に、本論文では酸化チタン粒子がシリコンオイルに分散した流体の光電気粘性現象を初めて明らかとし、その光効果とその多様性が示された。これは、電気粘性現象の新しい制御法として有用と認められる。また、酸化チタン粒子上でおこる光触媒反応と電気粘性現象の関係を明らかとし、光触媒反応の新しい研究手法として応用できることが示された。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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