学位論文要旨



No 113859
著者(漢字) 鄭,敬勲
著者(英字)
著者(カナ) チョン,キョンフン
標題(和) 設計における予測的試行錯誤法としてのFMEAの再構築
標題(洋)
報告番号 113859
報告番号 甲13859
学位授与日 1998.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4256号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 飯塚,悦功
 東京大学 教授 小山,健夫
 東京大学 教授 小宮山,宏
 東京大学 教授 定方,正毅
 東京大学 教授 富山,哲男
 東京大学 講師 平尾,雅彦
内容要旨

 科学技術の進歩と顧客ニーズの多様化に伴い、新製品開発が活発に展開されることになり、ユーザーのニーズに応えて、多様な機能を一つのシステムに集積し、優れた性能を発揮する複雑かつ高度化した製品が増加している。これらの製品にひとたびトラブルが起きると、その影響は大きく、経済的・社会的にかなりの損害を与えうる。それゆえに、企業の中では開発期間の短縮、品質や信頼性の確保が重要な課題になっており、開発の初期段階から品質を作り込み、トラブルの未然防止を図ろうとする動きが盛んになっている。特に、PL(製造物責任)法の適用などによりトラブルの未然防止の重要性がますます高まっていくにつれ、トラブルの事後解析ではなく、予測的な考え方を導入した事前解析活動の発展が望まれており、FMEA(Failure Mode and Effects Analysis)のようなトラブルの事前解析に使われるツールの有効な活用が求められている。

 FMEAは、トラブルの事前解析に利用される代表的な手法の一つで、システムや製品の構成要素を対象に「故障モード」という考え方を用いて、事前に起こりうる問題を抽出し、問題の重要性を影響解析により明らかにし、設計改善に結び付けていく手法である。特に、FMEAは信頼性解析のための一手法として知られているが、より広く予測的試行錯誤法としてとらえれば、設計における有力な手段となる。設計の際に設計者は、設計対象の果たすべき機能に対する最適な実現手段を選んでいく上で予測的な試行錯誤の過程を繰り返す。FMEAはこの過程の中で実行されるもので、製品に要求されている品質を設計中にできるだけ確実に作り込むための有効な手法である。しかし、FMEAは設計の各段階で適用可能な有効な手法にもかかわらず、現実には実施にかかる膨大な工数の問題や、故障モード予測における抜け落ち、重要度評価における誤り、実施結果の再利用性の問題などの問題点があり、充分に活用されていないのが現状である。そこで本論文では、設計におけるFMEAの役割について考察するとともに、従来のFMEA実施における問題点を改善することによって、FMEAを設計における有力な手段として再構築することを試みた。そのため、本論文では、従来のFMEA実施における問題点がなぜ起こるかその原因を明らかにするとともに、明らかになった原因をもとに対策案を求めた。また、求められた対策案をもとに効果的FMEA実施のために必要な重要概念を導き、それらの概念に基づくFMEA実施方法を提案することによってFMEAを再構築した。本論文の主な内容を以下に示す。

 まず、FMEA実施において最も重要な実施項目である故障モードの予測を取り上げ、設計者がどのように故障モードを思いつくかを調べ、故障モード予測の流れをモデル化した。そして、設計の現場で故障モード予測における抜け落ちの原因を調べるとともに、明らかになったいくつかの重要な原因をもとに「階層」概念に基づく故障モード予測、「連想」概念に基づく故障モード予測、FMM(Failure Mode Mechanism)図の作成という3つの対策案を提案した。本提案は、予測の際に用いられる故障に関する知識を予測の際にどのように十分に発揮させるか、その方法論を現実の設計・開発の場の観察に基づいて考察した結果として得られたもので、故障モード予測における抜け落ちを減らし、的確な故障モードを容易に予測するための方法論の一つである。

 次に、FMEA実施の際に行う故障モードの原因および影響解析を対象に、その実施における問題点とその発生原因を調査した。そして調査の結果もとに、故障モードの原因および影響解析の際にFMM図を作成することを提案した。FMM図は、故障モードの原因および影響解析における問題点がなぜ起こるかを考察し、すでに提案されていたFailure Mode Tableの検証と改善の結果として得られたもので、従来の故障モードの原因および影響解析における問題点を防ぎながら、より効果的に解析を行うための方法論の一つである。

 また、本論文では、これまで行ってきた研究の成果をもとに効果的FMEA実施のための重要概念として「階層」、「連想」、「発生・影響メカニズム」、「標準化」、「重点指向」という5つの概念を抽出し、これらの概念に基づくFMEA実施方法を提案することによってFMEAを再構築した。本提案は、FMEA実施における問題点がなぜ起こるかをFMEAという手法の本質と実用性という側面から考察し、現実の場における検証と改善の結果として得られたものである。再構築したFMEA実施方法は、従来のFMEA実施における問題点を防ぎながら、設計においてFMEAをより効果的かつ効率的に活用するための方法論の一つであり、設計の各段階における品質の作り込み、故障に関する知識の文書化、共用化のための有力な手段となる。

審査要旨

 本論文は「設計における予測的試行錯誤法としてのFMEAの再構築」と題し,全6章から成っている.

 科学技術の進歩と顧客ニーズの高度化・多様化に伴い,優れた性能を発揮する複雑かつ高度化した製品・システムが増えており,その品質と信頼性を設計・開発プロセスにおいて作り込むこと,とくにトラブルの未然防止を図ることが重要な課題となっている.そのためには,トラブルの予測と解析による設計への反映が必要であり,FMEA(Failure Mode and Effects Analysis)はその有効な手段となりうる.FMEAにおいては,システム,製品,部品,工程などを対象に「故障モード」という考え方を用いて,起こりうるトラブルを予測し,予測されたトラブルの重要性を影響解析によって明らかにし,設計改善に結びつける.設計において,設計者は目的達成のための効果的な実現手段を選び,選択した手段からトラブルの発生可能性を検討する過程を繰り返す.FMEAはこの過程で適用されるもので,製品・システムに要求される品質・信頼性を設計・開発プロセスで確実に作り込むための有効な手段となりうる.

 FMEAは設計の各段階で適用可能な有効な手法としての可能性を持っているにもかかわらず,現実には実施にかかる膨大な工数や,故障モード予測における抜け落ち,重要度評価における誤り,実施結果の再利用性などに問題があり,十分に活用されているとはいえない.本論文は,これらFMEA実施上の問題点の原因を明らかにするとともに,その対応策を考察し,さらに効果的なFMEA実施のために必要な概念を抽出し,それらの概念に基づく新たなFMEA実施方法を提案するものである.

 第1章は序章で,本研究の背景,研究の対象であるFMEAという手法の概要,FMEA実施における問題点を整理して,設計における予測的試行錯誤法とも位置づけられるFMEAを有効活用するための方法を開発するという本研究の意義と位置づけを明確にしている.また,現実にFMEAを実施している技術者へのインタビューに基づいてFMEA実施上の問題を明らかにし,技術者との議論および論理的考察に基づいて原因分析を行い,これに基づいて新たな方法論を提案し,さらにこの方法論を検証するという,本研究が採用した研究の方法論について述べている.

 第2章では,研究対象としたFMEAのトラブル予測の方法論としての基本事項を見通しよく整理し,設計内容の分解のあり方,トラブル予測の対象とすべき設計対象の階層レベル(解析レベル),トラブルの影響解析の範囲(影響解析レベル),FMEAにおける中心的概念となる「故障モード」の意義について論じている.FMEAにおける故障モードは,システムや製品に起こりうる欠陥を容易に連想させる故障形態の一般化・抽象化表現である.予測とは連想であるとの考え方を受け入れるなら,設計中の製品・システムに起こるかもしれない不具合を具体的に連想させるような不具合現象を抽象化・一般化して表した用語としての故障モードの重要性は明らかであると論じている.

 第3章では,FMEAにおいて最も重要な故障モード予測を効果的に行うための方法を提案している.FMEAにおいては予測できた故障モードの影響を解析するため,そもそも故障モードを予測できなければ効果的なトラブル事前解析にはなり得ない.本研究では,設計者がどのように故障モードを思いつくかを調査し,故障モード予測をモデル化している.また,設計の現場における故障モード予測の抜け落ちの原因を調べるとともに,明らかになったいくつかの重要な原因をを考察して,「階層」概念に基づく故障モード予測,「連想」概念に基づく故障モード予測などの対応策を提案している.

 第4章では,FMEAにおいて故障モード予測に次いで重要な,効果的な故障モード影響解析の方法論を提案している.FMEAにおいては,想定された故障モードの影響解析にあたって,故障モードの発生確率と影響の大きさを評価する.この解析を妥当なものとするためには,故障モードの発生に至るメカニズムと影響の連鎖を明らかにする必要がある.本研究では,その図的表現としてFMM(Failure Mode Mechanism)図を考案し,提案している.FMM図は,取り上げた故障モードの原因系(発生メカニズム)および結果系(影響メカニズム)を木構造で表現する図である.この図の作成によって,これまでのFMEAにおいて不十分であった故障モードの原因および影響の連鎖を体系的に検討することができるとしている.実際,このFMM図を現実の新規設計部分に適用し,期待した効果が得られたことを確認している.

 第5章では,第3〜4章の考察を基礎として,FMEAという方法論の設計プロセスにおける意義,FMEAの効果的な実施において持つべき視点について論じている.FMEAは,信頼性工学手法の一つと位置づけされるのが通常であるが,本論文においてはむしろ,FMEAを設計という逆問題解析(要求を満たすような手段の指定)において本質的な,予測的思考実験を支援する方法と位置づけ,その重要性,手法の核心,とくに故障モードの意義について論じている.そして,こうした(潜在)能力を秘めたFMEAを効果的に活用する際に有すべき視点として「階層」「連想」「発生・影響メカニズム」「標準化」「重点指向」の5つを提示し,これらの視点を具現化する新たなFMEA実施方法の提案をするとともに,自動車部品を対象とする現実のFMEAにおいて適用し,提案の有効性を検証している.

 第6章では,本研究を通じて得られた成果をまとめ,今後の展開の方向を示している.

 以上要するに,本研究は,FMEA実施における問題とその原因の究明を実証的に行い,FMEAという手法の本質を考察し,効果的なFMEAの実施に必要な重要概念を明確にし,それら明らかにされた問題を克服するための方法を提案したものである.現在開発中の自動車部品の設計に適用して実証された効果は,提案する方法の有効性を強く支持している.提案への考察の過程において,本論文は,配慮の行き届いた設計のためには設計対象に起こりうるトラブルの予測が重要であり,効果的なトラブル予測のためにはトラブルを想起させる一般化・抽象化した用語群が必要であるとし,FMEAにおける故障モードがこの用語の役割を果たすとしている.さらに,FMEAが単なる信頼性工学の一手法にとどまらずに,設計における重要プロセスを担うべき手法であると主張しており,FMEAの位置づけに関して新たな視点を与えている.本研究の延長線上に,設計に必要な知識をどのような構造で持つかという課題があること,そしてこの課題に対するアプローチをも示唆しており,本研究の工学的価値は高い.

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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