学位論文要旨



No 113860
著者(漢字) コールベッカー,ファイト イグナツ
著者(英字)
著者(カナ) コールベッカー,ファイト イグナツ
標題(和) セルラーオートマトンに基づく分散搬送システムの制御とその遺伝論的設計
標題(洋) Evolutionary Design of Cellular Automata Based Controller for a Decentralized Conveyance System
報告番号 113860
報告番号 甲13860
学位授与日 1998.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4257号
研究科 工学系研究科
専攻 情報工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤田,博之
 東京大学 教授 井上,博允
 東京大学 教授 合原,一幸
 東京大学 助教授 下山,勲
 東京大学 助教授 新,誠一
内容要旨

 本研究では、自律分散システム(Autonomous Decentralized Systems-ADS)のコントローラに関し、それを構築するための設計法を提案するものである。例えば群れをなして飛ぶ鳥や昆虫の組織的行動等のように、自然界には、ADSとして捉えることのできる現象が、数多く存在する。生物学的ADSの中には、自己組織化self-organizationや創発Emergenceのパターンを認めることができるが、これは進化のメカニズムにより獲得されたものである。また、分散システムは、例えばネットワーク構築、協調ロボット、セル型製造設備の制御等のように、人工システムに適用されている。

 本論文では、進化的手法を応用した自律分散システムの分散コントローラの設計法について論じ、その実現可能性を示す。この目的を実証する研究対象として、本研究では、セル型搬送システム(cellular part conveyor-CPC)を採用する。CPCとは、アクチュエータactuators,センサーsensor、制御器controllersをアレイ状に配列したシステムであり、これらの協調動作によって、二次元的に物体を操作するものである。これまでも、多数のアクチュエータの協調動作によるシステム開発が試みられており、特にmicro electromechanical systems(MEMS)の分野において、多くの研究がある。CPCもMEMSの技術で作ることが考えられる。CPCは、物体の位置決め、分類、整列等を行うシステムであり、ガラス基板のような壊れやすいパーツの操作、または、電子部品の組み立て、細胞操作機器への部品供給等に応用される。

 CPCの個々のセルには、有限オートマトンとして機能するロジックが与えられているものとする。セルラーオートマトンを応用して制御論理を構成するために、外界の相互作用を含む『拡張型セルラーオートマトン』を導入する。セルオートマトンの発展ルールは決定木の構造を持ち、その決定木の内容は、近傍セルの状態から得られた、高次の情報から形成される。高次の情報は、システムの特徴が反映されるように設計者が決定する。

 制御ルールの性能を評価するために、外界の機械的モデリングが必要である。モデルでは、連続事象を数値解析するために離散化する必要がある。特に考慮すべきことは、二次元動作によって生じる摩擦のモデル化である。

 本論文に示される方法の新規性は、セルオートマトンに基づく制御論理、高次情報へのデータ処理、進化アルゴリズム(evolutionary algorithm-EA)を結合したことである。この方法を、正方形物体の目標セルへの搬送、位置決め問題に適用した。EAは、ルールサイズの肥大化を防ぐと共に、位置決め精度が向上するように、決定木を進化させる。この場合、EAが処理する『世代』は、候補となる決定木(ルール)の集合から成り、それぞれの決定木が、CPCにおいてセルがどのように動くかを表す。それぞれの決定木に基づくCPCのシミュレーションを行い、決定木を評価する。評価付けされた決定木の集合から、エリート保存に基づく世代交替を行い、次世代を構成する。この場合、世代交替で使用される『交叉』や『突然変異』は、決定木の構造に基づいて定義した。CPCのシミュレーションの評価は、搬送物の目標位置からのずれや決定木の大きさ等の関数として定義される。

 EAの実験は、3つの異なる初期世代について行った。一つは、決定木が完全にランダムである集合、二つ目は、一つ目の集合にCPCシミュレーションの評価の高い決定木を加えた集合、三つ目は、決定木の形状が固定され、内容(葉)だけが進化するもの。EA実験の多くの場合において、進化による評価の向上がみられた。この実験は開発した専用ソフトウェアによって行われ、実験結果はCPCのアニメーションによって可視化することができる(図1)。

 実験の結果、EAによって進化されたルールには、一般的に二つのタイプが見い出された。これらの二つのタイプは搬送物の回転の動作において大きな差があった。特にそれらの一方は、波状に伝播するのパターンによって大局的な情報交換が生じており、興味深い。

 本論では、分散コントローラーの一般的な設計論を提案した。まずシステムの振る舞いから直接始めて、それを評価関数へと変換する。EAによる探索の効率的にするために、アプリオリなシステムの知識をデータの縮約に使用する。これによって、探索空間を構造化することができる。その後、ルール設計、評価関数、システムの機械的モデルを用いて、EAにより、ルール空間の探索が行われる。EAによる結果を解析した後、更には、実際のシステムへコントローラーを組み込むことによって、ルール設計、評価関数、システムの機械的モデルの再評価をすることができる。この方法は、人間による設計と計算機による自動処理とを、開発の様々な局面において結合することができ、したがって、他のADSにも適用できる、非常に自由度の大きな方法といえる。

図1:分散コントローラを用いてセル型搬送システムの動作。(a)搬送物はターゲットのセルに向いて動作を始まります。(b)搬送物の周り波状のパターンが生じており、搬送物の回転に影響あります。
審査要旨

 本論文は、「Evolutionary Design of Cellular Automata Based Controller for a Decentralized Conveyance System(セルラーオートマトンに基づく分散搬送システムの制御とその遺伝論的設計)」と題し、面状に分布したセンサとアクチュエータを用いて物体を検知し運搬するシステムについて、進化型最適計算を応用して分散コントローラを設計する手法に関して研究した成果をまとめたものであり、英文9章から構成されている。

 第1章は「序論」であり、本研究の背景である自律分散システムの概念とマイクロマシン技術によるセンサとアクチュエータのアレイ化について説明した後、本研究の目的が自律分散システムの分散制御器を進化型手法で求めることにあると定めている。

 第2章は「セル型部品搬送システム」と題し、センサ、電子回路、アクチュエータを備えたセルを単位として、そのセルを敷き詰めた平面上で物体を搬送する分散搬送システムの特性、遂行できる作業、および応用が期待される分野について述べている。

 第3章は「セルラーオートマトンに基づく制御器」と題し、従来のセルラーオートマトン理論を拡張し、外界との物理的相互作用のあるシステムの制御器として用いる方法について論じている。

 第4章は「機械的モデル」と題し、制御ルールを進化型計算で最適化するときの評価に必要な物体搬送の動力学的モデルの構築について述べている。

 第5章は「進化型アルゴリズム」と題し、様々なルールを持つ制御器の候補をその制御特性で評価し、さらにルールを擬似的な遺伝子とみなして交叉や突然変異によってルールを試行錯誤的に改善することで制御器を最適化する方法について説明している。このとき制御ルールを決定木で表し、探査空間を構造化することで最適化の効率を著しく向上できることを示している。

 第6章は「シミュレーションシステムの実装」と題し、上記の最適化手法を分散搬送システムの制御器の設計に適用するための計算環境の実装について述べている。

 第7章は「実験結果」と題し、シミュレーションにより得られた結果から、上記手法を用いて分散制御器の設計が可能であることを示している。

 第8章は「設計方法論」と題し、分散搬送システムの設計で得られた知見を一般化し、ある与えられた目的を遂行するように、自律分散システムの分散制御器を設計する手法を論じている。

 第9章は「結論」であり、本研究の成果が要約されている。

 以上これを要するに、本論文はセンサ、電子回路、アクチュエータを備えたセルを単位として、そのセルを敷き詰めた平面上で物体を搬送するシステムの分散制御器を、設計者が進化型最適計算の支援を受けつつ設計する手法を提案し、その有効性を計算機シミュレーションによって検証したもので、情報工学上貢献するところが少なくない。

 よって、本論文は東京大学工学系研究科情報工学専攻における博士(工学)の論文審査に合格と認められる。

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