1序論 近年、マイクロマシンの組立や物理学実験の微小実験デバイス製作のために高い精度・信頼性・再現性で数mあるいはそれ以下の微小物体を操作する微細作業自動化技術(マイクロオートメーション技術)が求められている。 その自動化技術の確立のために、現在までに微小物体の力学的挙動の解明やそれに基づいた工具の開発、物体操作手法の提案などがなされているが、従来手法には、複雑な工具や操作が必要であったり、電顕環境下では困難な対象物の電位制御が必要とされるなど問題点があった。また、数mあるいはそれ以下の微小物体の位置・形状を自動で計測し、操作する手法に関する研究は見あたらない。 そこで、本論文では、微細作業自動化を実現するために、走査型電子顕微鏡(以下、走査電顕)画像計測を基本とした対象物位置自動計測手法の開発をおこなった。さらに、その計測手法を用い、電顕環境下における微小物体挙動を考慮した微小物体操作手法として、「高信頼度Pick手法」と「高精度Place手法」を提案し、その有効性を実験により検証した。 2 電顕環境下における微細作業自動化 微細作業高精度自動化を実現するためには、微小物体における以下の性質を考慮した物体操作手法を確立する必要がある。 ●微小物体に働く力は重力よりも静電力、分子間力等の表面付着力のほうが支配的である。 ●微小物体の接触に関しては点接触ではあり得ず、接触部分において有限の接触面積が生じ、そこにおいて転がりに抵抗するモーメントが発生する。 これらより、微小物体はグリッパのようなエンドエフェクタではうまく操作できないこと、工具への物体の付着や離脱を制御することが必要であることがわかる。さらに、走査電顕環境下における付着力の実測により以下のことが明らかになった。 ●電顕環境下では電子ビームの影響により微小物体の付着力は時間的に増大する。 ●電顕環境下では高倍率観察時に単位面積あたりのビーム電流量が大きくなるため付着力増大の影響がより大きくなる。 また、宮崎らの実験から、走査電顕での高倍率観察時の汚染物析出の影響は無視できない程大きいことがわかっている。これらのことから、高精度の微小物体操作を実現するためには、高倍率で短時間に作業を遂行する必要があることから、一回の画像計測、一回の操作で確実にPick、正確にPlaceすることを可能にする手法が理想的であることがわかる。そこで、本研究では、「高信頼度Pick手法」として100%の成功確率、「高精度Place手法」として100nm〜200nmの精度を具体的目標とする。 以下において微小物体の操作は電顕、微細作業マニピュレータ、画像処理用計算機等の機器を統合用計算機によって結びつけたシステムにおいて実現されている。 3電顕環境下における対象物自動位置計測手法 電顕環境下での対象物自動位置計測は、画像計測による2次元情報、高感度力センサ式接触検知プローブによる奥行き計測情報、対象物形状の知識を相補的に組み合わせて実現する。図1に示すように、1)高感度力センサによって基板が工具に対してどのような位置に存在するかを計測し、2)工具先端を粒子直径分だけオフセットした後、3)電顕画面上の目標点に工具先端が重なるようにフィードバックすることによって、微小球の頂点に工具先端を位置決めすることが可能になる。 図1:対象物自動位置計測の手順 図2に高感度力センサの概要を示す。この力センサは平行板バネ構造のカンチレバーの変位をレーザ干渉式変位計によって計測することにより力を測定するもので180nNの力分解能を実現している。 図2:工具先端接触検知用高感度力センサ 画像計測は、電顕画像から抽出したエッジ画像を予め用意した線画モデルと一般化Hough変換によってマッチングをとることによって行なう。画像計測精度は1〜2画素程度であるため、作業用高倍率観察時(25,000倍)における位置計測精度は実質8nm、低倍率観察時(5,000倍)においては実質40nm程度となる。 4電顕環境下における微小物体操作手法 電顕環境下における微小物体の力学的挙動を考慮した微小物体操作手法、具体的には微小球の「高信頼度Pick」および「高精度Place手法」を実現する。 4.1対象物・基板間接触面破壊による高信頼度Pick手法 走査電顕環境下においては物体(高分子やセラミックなどの微小球)の付着力が時間とともに増大する性質をもっていることをFig.3に示すようにレーザ干渉式の変位計を用いた微小力測定装置による測定によって明らかにした。対象物は直径2.0mの高分子球および同径のセラミック球で基板はガラスに金コーティングを施したものである。グラフ横軸は電子ビーム照射時間、縦軸は付着力の大きさを表している。 この性質を考慮して、図4に示すように微小球(対象物)・基板間の接触面を破壊することで付着力の減少を図り高信頼度Pickを可能にする手法を提案した。図は時刻tBにおいて工具・微小球間付着力ftが工具・基板間付着力fBより小さいとしても工具・基板間接触面を破壊し、工具・基板間付着力をfB→fAと減少させることでPickが可能になることを示している。 図3:付着力の時間的変化図4:対象物・基板間接触面破壊によるPick手法 具体的には図5に示すような工具を微小球の頂点から距離xだけ偏心距離をとって押し込むことによる「偏心押込法」によってPickを行なう。偏心距離xとPickの成功確率の関係を直径2mの高分子球について調べた結果を図6に示す。この結果から0.1m<x<0.2mの偏心距離をとる場合に最も成功確率が高く、100%の確率でPickできることがわかる。また、この時の接触面破壊における力は数N程度(5〜10N)であった。 図5:偏心押込法によるPick図6:偏心距離xとPick成功確率の関係4.2接触点に応じた工具軌道制御による高精度Place手法 微小球の性質として、その表面エネルギが重力に対して無視できない大きさであり、接触面の弾性変形が無視できないとすると接触面において、摩擦力における最大静止摩擦力の概念に対応する「最大転がり抵抗モーメント」(微小球が転がり始めるモーメントのスレショルド値)なるものが存在することが理論的に導かれる。この性質を考慮してPlace手法について力学的に分析した結果、図7に示すように工具・微小球の接触点における接線方向に工具軌道を制御することがPlaceにおいて有効であることが示された。ここでkの値は工具の微小球に対する押し込みの方向を表すパラメータで、k<0は微小球を押し込む方向、k=0は接線方向、k>0は微小球から離れる方向を表している。微小球を押し込むことで突発的な動きを引き起こしたり、Place時に微小球が目標置からズレる現象が起こる場合をmode A,正確なPlaceが実現される場合をmode B,工具が微小球を引きずる現象がおこる場合をmode Cとする。 図7:Place手法の力学的分析の結果 また、直径2.0mの高分子球について、画像計測によって計測された工具先端と微小球の接触位置に対して工具の軌道角度を与え、place結果の違いを観察する実験を行なった。具体的には、画像計測により工具先端と微小球の接触位置を計測し、その微小球の頂点からの角度(対頂角)をとする。このに対して、軌道角度’を与えるが、与え方として押込角=’-が-10°から+30°まで10°おきになるようにする。図8に実験結果から与えられた押込角とPlace結果の関係を示す。結果は+10°から+20°までの押込角となるように軌道角度を与えれば高精度なPlaceが実現されることを示している。図8におけるのmode B(高精度なPlaceが実現されている場合)に関してPlaceの目標位置と実際にPlaceされた位置について画像計測を行なった結果、140nm以内の精度でPlaceが実現されていることが示された。 図8:押込角とPlace結果の関係5結論 本論文では数mから数100nmの大きさの対象物を再現性高く、高精度に操作するための微細作業の自動化を目的として、対象物位置自動計測手法と微小物体操作手法を実現した。得られた成果は以下のようにまとめられる。 ●電顕環境下における微小物体の力学的挙動にもとづいた物体操作手法(「高信頼度Pick手法」および「高精度Place手法」)を提案し、その有効性を直径2mの高分子(ポリスチレン)球を対象とした実験により検証した。高信頼度Pick手法とは具体的には、「対象物・基板間接触面破壊によるPick手法(偏心押込法)」、高精度Place手法とは「接触点に応じた工具軌道制御によるPlace手法」である。 ●電顕画像処理による画面内位置計測と高感度力センサをもちいた工具先端接触検知による深さ(奥行き)方向計測の相補的組み合わせによる対象物位置自動計測手法を実現し、その計測精度評価を行なうことで、数mの大きさの対象物の高精度物体操作実現に有効であることを示した。 ●電顕環境下での微小物体付着力測定によって「付着力が時間的に増大する」性質を明らかにした。また理論的な考察により微小球における「最大転がり抵抗モーメント」の存在を示した。 |