学位論文要旨



No 113865
著者(漢字) 趙,皙永
著者(英字)
著者(カナ) チョ,ソクヨン
標題(和) 遷移金属錯体を活用する触媒的不斉合成 : 新規不斉配位子BINAPAsと触媒的不斉鈴木-宮浦クロスカップリング反応の開発
標題(洋)
報告番号 113865
報告番号 甲13865
学位授与日 1998.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第851号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 助教授 遠藤,泰之
 東京大学 助教授 小田嶋,和徳
 東京大学 助教授 樋口,恒彦
内容要旨 【新規不斉アルシン-ホスフィンリガンド(BINAPAs)の合成と機能】

 当柴崎研究室の小島らは新規不斉アルシンリガンドBINAsの合成に成功し、アルケニルヨーディドを用いた不斉Heck反応において、BINAsはBINAPをはるかに凌駕する結果を与えることを見出した。一方、アルケニルトリプラートを期質とした場合は、BINAPのほうが良い結果を与えた。この理由については現時点では明らかではないが筆者はアルシンとホスフィンのHetero配位子がアルケニルトリプラートを基質とした場合、より効率的ではないかと予想し、まずこのHetero配位子を効率的に合成することを計画した。

 林らによって報告されたMOPの合成法を参考にし光学活性なBINOLのジトリプラート体にパラジウム触媒存在下、Ph2P(O)Hを作用させることで化合物2を得、HSiCl3により還元し、O価のニッケル触媒存在下、Ph2AsHを作用させることで光学活性なBINAPAsを得ることに初めて成功した(Figure1)。その光学純度は、BINAPAsを対応するジオキドに導した後、キラルカラムを用いたHPLC分析により決定している。

Figure1.Preparation of BINAPAs

 得られたBINAPAsを用いてアルケニルヨーディドを基質とした不斉Heck反応を行ったところ、収率29%、不斉収率24%で成績体が得られることにとどまった(Table1,entry1)。一方アルケニルトリプラートを基質とした場合、BINAPAsを用いた時収率36%、不斉収率88%で成績体が得られ、BINAP、BINAsより高い反応性を示した(Table1,entry3)。さらにBINAPAsの有用性を検討する目的でTable2に示したようなアリルトリプラートを基質とした不斉Heck反応を行ったところ、BINAPAsはBINAPに比べて、明らかに反応を加速させており、不斉収率の低下をもたらすことなし、反応性の向上を実現したと考えられる。

Table1conditions:5mol%Pd2(dba)3,15mol% ligand a:2 equiv Ag3PO4,2.2 equiv CaCO3 in 1-methyl-2-pyrrolidinone b:2 equiv K2CO3 in tolueneTable2conditions:5mol%Pd2(dba)3,15mol% ligand 5equiv K2CO3,40℃,24h DCE:1,2-dichloroethane

 一方Table3に示したような分子間不斉Heck反応の場合にBINAPAsはBINAPと比べて、成績体の比率が逆転することがわかった。これらの知見から分子内不斉Heck反応にBINAPAsを用いた場合の加速効果のメカニズムの説明が可能であると考えられる。

Table3Initial condition:7/8/base/Pd(OAc)2/chiral ligand=1/5/3/0.05/0.1aBase;N,N-diisopropylethylaminebIsolated yield by silica gel column chromatography cDetermined by 1H NMR analysis using an optically active shift reagent Eu(hfc)3
【触媒的不斉鈴木-宮浦クロスカップリング反応の開発】

 鈴木-宮浦クロスカップリング反応は有機合成上重要な炭素-炭素結合生成反応である。しかしながら一般に鈴木-宮浦クロスカップリング反応の成績体は不斉点を有さないため今まで触媒的不斉反応例は少ない。そこで筆者は対称なbis-Olefine体(12)をデザインしプロキラルな基質として用いることにより分子内不斉鈴木-宮浦クロスカップリング反応の開発を計画した(Figure2)。

Figure2

 まずScheme1のようにethylacetoacetateを出発原料とし、分子内に二つのolefine部分を有する三級、あるいは四級の基質を合成し、カップリング反応の検討を行った。BINAPをリガンドとして13aの反応を試みたが目的物は得られなかった(Table4,entry1)。そこでリガンドをMonodentateリガンドのMopにかえったところ、化学収率60%、不斉収率14%で目的物が得られることを見出した(Table4,entry5)。この反応は、まだ不斉収率は低いが従来の鈴木-宮浦クロスカップリング反応とは異なったはじめての不斉クロスカップリング反応であり、また新しい炭素骨格形生反応としても有用なものになりうると考えられ、さらなる検討を行った。

Scheme1Reaction conditions:(a)allyl chloride(2.5equiv),BnEt3NCl,KOHaq,benzene,rt(b)LiCl,DMF,reflux,(c)1)ethylene glycol,TsOH,benzene,reflux2)LiAlH4,Et2O(d)1)TBDMSCl,Imidazole,DMF,2)FeCl3,SiO2,acetone(e)2,4,6,triisopropyl sulfonyl hydrazide,MeOH,H+,(f)1)2eq BuLi,-78℃〜0℃ TMEDA/pentane,2)BrCh2CH2Br,0℃,(g)KHMDS,PhNTf2,THF,-78℃Table4

 まず現在よく知られており、容易に入手できる範囲で種々の不斉リガンドを本反応に試したところ、結果として(S)-(R)-BPPFOAcを用いたときに収率58%で目的物が得られ、パラジウム源、塩基、溶媒等の最適化により不斉収率が28%まで向上することを見い出した(Table4,entry4)。一方基質13cを用いた場合、(S)-(R)-PPFAをリガンドとして用いた時化学収率42%、不斉収率31%で目的物が得られた(Table5,entry6)。以上のような反応条作を用いると本反応は種々の基質にも適用できることがわかり新規骨格構築法として有用であると考えられる。

Table5
審査要旨 【新規不斉アルシン-ホスフィンリガンド(BINAPAs)の合成と機能】

 柴崎研究室の小島らは新規不斉アルシンリガンドBINAsの合成に成功し、アルケニルヨーディドを用いた不斉Heck反応において、BINAsはBINAPをはるかに凌駕する結果を与えることを見出した。一方、アルケニルトリフラートを基質とした場合は、BINAPのほうが良い結果を与えた。この理由については現時点では明らかではないが趙 皙 永はアルシンとホスフィンのHetero配位子がアルケニルトリフラートを基質とした場合、より効率的ではないかと予想し、まずこのHetero配位子を効率的に合成することを計画した。

 Figure1に記すルートで合成されたBINAPAsを用いてアルケニルヨーディドを基質とした不斉Heck反応を行ったところ、収率29%、不斉収率24%で成績体が得られるにとどまった(Table1,entry1)。一方アルケニルトリフラートを基質とした場合、BINAPAsを用いた時収率36%、不斉収率88%で成績体が得られ、BINAP、BINAsより高い反応性を示した(Table1,entry3)。さらにBINAPAsの有用性を検討する目的でTable2に示したようなアリルトリフラートを基質とした不斉Heck反応を行ったところ、BINAPAsはBINAPに比べて、明らかに反応を加速させており、不斉収率の低下をもたらすことなく、反応性の向上を実現したと考えられる。

Figure1.Preparation of BINAPAsTable1conditions:5 mol%Pd2(dba)3,15 mol% ligand a:2 equiv Ag3PO4,2.2 equiv CaCO3 in 1-methyl-2-pyrrolidinone b:2 equiv K2CO3 in tolueneTable2conditions:5 mol%Pd2(dba)3,15 mol% ligand 5equiv K2CO3,40℃,24h DCE:1,2-dichloroethane

 一方Table3に示したような分子間不斉Heck反応の場合にBINAPAsはBINAPと比べて、成績体の比率が逆転することがわかった。

Table3Initial condition:7/8/base/Pd(OAc)2/chiral ligand=1/5/3/0.05/0.1 aBase;N,N-diisopropylethylamine bIsolated yield by silica gel column chromatography cDetermined by 1H NMR analysis using an optically active shift reagent Eu(hfc)3
【触媒的不斉鈴木-宮浦クロスカップリング反応の開発】

 鈴木-宮浦クロスカップリング反応は有機合成上重要な炭素-炭素結合生成反応である。しかしながら一般に鈴木-宮浦クロスカップリング反応の成績体は不斉点を有さないため今まで触媒的不斉反応例は少ない。そこで趙 皙 永は対称なbis-olefin体(12)をデザインしプロキラルな基質として用いることにより分子内不斉鈴木-宮浦クロスカップリング反応の開発を計画した(Figure2)。

Figure2

 BINAPをリガンドとして13aの反応を試みたが目的物は得られなかった(Table4,entry1)。そこでリガンドをMonodentateリガンドのMOPにかえたところ、化学収率60%、不斉収率14%で目的物が得られることを見出した(Table4,entry5)。この反応は、まだ不斉収率は低いが従来の鈴木-宮浦クロスカップリング反応とは異なったはじめての不斉クロスカップリング反応であり、また新しい炭素骨格生成反応としても有用なものになりうると考えられ、さらなる検討を行った。

 まず現在よく知られており、容易に入手できる範囲で種々の不斉リガンドを本反応に試したところ、結果として(S)-(R)-BPPFOAcを用いたときに収率58%で目的物が得られ、パラジウム源、塩基、溶媒等の最適化により不斉収率が28%まで向上することを見い出した(Table4,entry4)。一方基質13cを用いた場合、(S)-(R)-PPFAをリガンドとして用いた時化学収率42%、不斉収率31%で目的物が得られた(Table5,entry6)。以上のような反応条作を用いると本反応は種々の基質にも適用できることがわかり新規骨格構築法として有用であると考えられる。

Table 4Table 5

 以上、趙 皙 永は不斉配位子の開発と新規触媒的不斉反応の開発で大変興味深い結果を得た。本研究は博士(薬学)に十分相当すると判断される。

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