学位論文要旨



No 113867
著者(漢字) 黄,旭文
著者(英字)
著者(カナ) フゥアン,シーウェン
標題(和) 蛍光法による主鎖芳香環をもつ液晶高分子の凝集構造の研究
標題(洋) Fluorescence Study on Aggregation Structure of Main-Chain Aromatic Liquid-Crystalline Polymers
報告番号 113867
報告番号 甲13867
学位授与日 1998.10.08
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4261号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堀江,一之
 東京大学 教授 西郷,和彦
 東京大学 教授 小宮山,真
 東京大学 教授 相田,卓三
 東京大学 助教授 加藤,隆史
内容要旨

 液晶高分子の構造及び物性研究については、偏光顕微鏡、DSC、あるいはX線回折法を用いて、光学組織、熱特性、及び分子配置などについて調べるという手法が一般的に行われている。これに対して、本研究では、微視的な観点から、最も感度の良い検出手段である温度可変の蛍光法を液晶物性研究に導入して、従来の液晶高分子の解析手法と異なり、メソゲン基間の分子間相互作用による凝集構造を焦点として、様々な主鎖芳香環を持つ液晶高分子及びポリイミドの凝集構造についての研究を行った。

 まず、典型的な主鎖型液晶ポリエステルのpoly[(ethylene terephthalate)-co-(p-oxybenzoate)](PET40/OBA60)(OBA含量:60mol%)の分子間基底状態コンプレックスの形成及び25〜450℃の蛍光挙動の変化についての研究を行った。

 

 dimethyl terephthalate(DMT)とmethyl methoxybenzoate(MMB)をモデル化合物として用い、分子間基底状態コンプレックスはテレフタレート部とOBA部間の相互作用によるものが分かった。分子間基底状態コンプレックスの相転移過程中の蛍光挙動の温度依存性によると、Tgを超えると、テレフタレート部とOBA部の間で、励起状態での電子分布変化が起こり始め、より安定な励起状態が形成し、液晶相になると、ある安定な励起状態をとることが分かった。しかし、昇温過程中の励起スペクトルのピーク波長はシフトしなかった。これより、蛍光ピーク波長の変化は励起状態での変化によるものであり、基底状態と無関係であることが確認された。また、相転移過程中のArrhenius型蛍光強度の温度依存性によると、熱処理と等方相温度の間での微少の増加以外に、温度の増加に伴って失活過程が強くなるため蛍光強度が徐々に減少し、各相転移温度でも大きく変化した。これは、各相での失活過程が異なるためと考えられる。

 次に、4,4’-dihydroxybiphenylメソゲン基を持つ主鎖型液晶ポリエステル(PB-10)の凝集構造及び相転移過程中のメソゲン基間の分子間相互作用の変化についての研究を行った。

 

 diacetoxybiphenylとbiphenylをモデル化合物として用い、二つのビフェニル基が完全に重なった分子間基底状態コンプレックスの蛍光は約360nmであることが分かった。PB-10結晶の室温での蛍光スペクトルによると、モノマー蛍光を除いて、365〜469nmの蛍光は励起波長に依存して、異なるピーク波長の蛍光を示している。そして、蛍光励起スペクトルの波形については、モノマー発光と365〜469nmでモニターした部分は異なることを示している。これより、365〜469nmの蛍光は分子間基底状態コンプレックスによるものであることが分かった。以上の結果より、メソゲン基間のより低い重なりの程度を持つ様々な凝集構造は365nmより長波長に蛍光を示していることが分かった。これは、メソゲン基間の重なり程度が低い凝集構造のビフェニル部とエステル部の電子分布の変化があるためと考えられる。PB-10の昇温過程中での様々な波長で励起された蛍光ピーク波長の温度依存性から、主なメソゲン基間の分子間相互作用は二つの完全に重なったビフェニル基間の相互作用からエステル部とビフェニル部の間の相互作用へと変化したことが分かった。また、様々な波長で励起された分子間基底状態コンプレックスのArrhenius型蛍光強度の温度依存性より、それぞれの蛍光強度の温度依存性は大体K1-SH及びSH-I転移温度の付近で大きく変化した。これは、PET40/OBA60と同じように、各相での失活過程が異なるためと考えられる。

 さらに、主鎖型液晶ポリエステル(PB-n,n=7-18)の昇温過程中におけるメソゲン基間の相互作用の変化とスペーサー鎖長の関係について研究した。

 PB-n(n=7,8,16,18)の結晶相から等方相までの蛍光スペクトルの変化は、スペーサーの長さと関係なく、全てのPB-nは蛍光の励起波長依存性を示し、昇温過程中のモノマー蛍光はシフトせず、320〜360nmで励起された蛍光ピーク波長は、昇温と共に415〜430nmの波長領域ヘシフトした。これより、鎖長と関係なくメソゲン基間の主な分子間相互作用は二つの完全に重なったビフェニル基間の相互作用からエステル部とビフェニル部の間の相互作用へ変化し、そして、等方相での分子間相互作用は同じ状態に収束することを反映している。これは、流動性が高い等方相では、鎖長による分子配置の違いがなくなるためと考えられる。昇温過程中におけるPB-nの様々の波長で励起された蛍光ピーク波長の温度依存性より、室温から結晶-SH転移温度までのビフェニル基間の重なり程度の減少に対しては、PB-16及びPB-18はPB-8及びPB-10より大きいことが分かった。これは、スペーサーが長いほど、剛直性が少なくなり、メソゲン基間による分子パッキングがより移動しやすくなるためと考えられる。また、PB-nのArrhenius型蛍光強度の温度依存性によると、鎖長と関係なく、PB-10と同じように、各相での失活過程が異なるため、大体相転移温度付近でプロットが折れ曲がることを示している。

 蛍光の励起波長依存性の原因を解明するために、PB-nと似たメソゲン基を有する4,4’-biphenyldicarboxylateメソゲン基を持つ主鎖型液晶ポリエステル(BB-n,n=5,6)の凝集構造及び分子間相互作用について研究した。

 BB-nの室温での蛍光スペクトルによると、BB-5とBB-6はそれぞれ390nmと384nmの蛍光だけを示している。これは、BB-nの結晶構造の均一性はPB-nより高いためと考えられる。BB-5の異なる濃度の溶液(1.77×10-6〜0.09base M)のUV吸収及び蛍光スペクトルを比較すると、BB-nの結晶相の蛍光は4,4’-biphenyldicarboxylateメソゲン基間による分子間基底状態コンプレックスであることが分かった。

 

 BB-nの昇温過程中の蛍光ピーク波長の温度依存性は、PB-nの波長変化と全く異なっていて、BB-nの蛍光ピーク波長は加熱に伴って徐々に短波長ヘシフトした。これは、BB-nの結晶相と液晶相の分子配置は大体一致しており(X線回折の結果)、温度増加に伴って熱揺らぎが徐々に強くなり、分子間相互作用が徐々に弱くなり、分子間基底状態コンプレックスが徐々にモノマーに近い状態になるためと考えられる。そして、BB-5とBB-6の液晶相での蛍光ピーク波長は大体それぞれ376nmと360nm付近であることより、ビフェニルメソゲン基を持つ主鎖型液晶ポリエステルのSCA型とSA型はそれぞれ376nmと360nmの蛍光を示すことが分かった。また、BB-nの各相での失活過程が異なるため、Arrhenius型蛍光強度の温度依存性は大体各相転移温度で変化することを示している。

 液晶高分子の相転移過程中の分子間相互作用変化のパターンを解明するために、エステル結合より相互作用のより強い、イミド結合を有するterphenyldiimideメソゲン基を持つ主鎖型液晶ポリイミド(P-11TPE)の凝集構造及び分子間相互作用について研究した。

 

 モデル化合物(N,N’-diundecylterphenylbisimide,11TPI)の異なる濃度の溶液(1.39×10-7〜1.39×10-2M)、結晶のUV吸収、蛍光スペクトル、及び蛍光寿命の結果より、P-11TPEの438nmの蛍光はterphenyldiimideメソゲン基間による分子間基底状態コンプレックスであることが分かった。

 P-11TPEの加熱過程中の蛍光ピーク波長の温度依存性より、結晶化転移温度(117℃)を超えると、分子配置が大きく変化して、異なった分子間相互作用が形成することが分かった。この結晶状態から液晶状態を通って等方相転移温度(240℃)になるまでは、熱揺らぎが激しくなり、分子間相互作用が弱くなることが分かった。等方相転移温度を超えると、蛍光ピーク波長がモノマーの発光波長(410nm)ヘシフトすることより、等方相では分子間基底状態コンプレックスの相互作用がなくなることが分かった。そして、各相での失活過程が異なるため、P-11TPEのArrhenius型蛍光強度の温度依存性も各相転移温度付近で変化することを示している。

 芳香族ポリイミド(PI)について、異なる前駆体から合成したPIの熱特性、熱機械特性、及び分子配置構造についての研究が盛んに行っている。そこで、蛍光法を用いて、分子間電荷移動(CT)コンプレックスを焦点として、異なる前駆体から合成したPI(BPDA/PDA)の熱機械特性及び分子間CTコンプレックス特性について研究した。

 

 PI(BPDA/PDA)のpolyamide acid(PAA)、polyamide allyl ester(PAAE)、及びpolyamide benzyl ester(PABE)三種類の前駆体を合成した。同様なイミド化条件(50℃,24hr;150℃,1hr;450℃,1hr)からイミド化したPI(BPDA/PDA)のFTIR及びTG測定より、置換基の種類に関係なく、異なる前駆体からのPI(BPDA/PDA)のイミド化の程度、熱安定性、及び化学構造均一性は同じであることを確認した。しかし、これらのPI(BPDA/PDA)の密度については、PAAからのもの(1.4555g/cm3)はPAAE(1.4480g/cm3)及びPABE(1.4463g/cm3)からのものより大きいので、分子パッキングの違いがあることが示唆される。なお、PAAからのPIはPAAEからのPIより高いTg及び小さい熱膨張係数を示していることより、これらのPI(BPDA/PDA)の分子パッキングについては、PAAからのPIはPAAEからのPIより高い秩序性があることが分かった。

 これらのPI(BPDA/PDA)のいくつかの波長で励起された蛍光スペクトルによると、長波長側で励起された基底状態CTコンプレックスについては、PAAE及びPABEからのPIはPAAからのPIより長波長側を示していることから、それぞれのミクロ的な凝集構造が異なることが分かった。これらのPI(BPDA/PDA)の全体的な蛍光ピーク波長分布範囲を見ると、PAAからのPI(525〜567nm)はPAAE及びPABEからのPI(525〜600nm)より狭いことから、PAAからのPI(BPDA/PDA)の凝集構造の種類の数はPAAE及びPABEより少ないことが分かった。そして、イミド化反応中のPAAE及びPABEの大きな置換基が立体障害になり、よりたくさん種類の凝集構造を形成したことも分かった。

 結論として、液晶高分子の昇温過程中の蛍光ピーク波長の温度依存性については、分子配置が大きく変わる際には、長波長側ヘシフトし、分子配置が変わらない際には、短波長ヘシフトすることが分かる。蛍光強度の温度依存性は大体相転移温度で大きく変化した。また、異なる前駆体からのPI(BPDA/PDA)の分子間CT相互作用による凝集構造の相違点も明らかにした。本研究は、液晶高分子のメソゲン部分の凝集構造の変化と分子間コンプレックスの形成を蛍光法で解明し、相転移過程中の相互作用変化の挙動の特徴を明らかにした。

審査要旨

 主鎖型液晶高分子は熱特性および機械特性に優れた高分子化合物であるので、その物性および構造の解明は、学問的にも応用上も重要な課題である。従来の液晶高分子の構造および物性研究においては、偏光顕微鏡、DSC、およびX線回折法を用いて、光学組織、熱特性、および分子配置などについて調べるという手法が一般的に行われている。しかし、これらの手法では、液晶高分子の物性および構造に大きく影響する因子であるメゾゲン基間の凝集構造および相互作用についての情報を得ることは難しかった。

 本論文は、微視的な観点から、最も感度の良い検出手段である温度可変の蛍光法を液晶高分子の構造および物性研究に導入して、メゾゲン基間の分子間相互作用による凝集構造を対象として、様々な主鎖芳香環を持つ液晶高分子について、メゾゲン基間の凝集構造の形成および昇温過程中での相互作用の変化の挙動を、明らかにしたものである。また、異なる前駆体から合成した芳香族ポリイミドの熱機械特性および凝集構造の相違点についても蛍光法により明らかにしている。

 第1章では、本研究の背景、高分子のミクロ構造およびダイナミックスにおける蛍光法の特徴、および各章の目的を述べている。

 第2章は、液晶高分子の物性および構造の研究における蛍光法の役割をまとめた概論であり、蛍光法で調べることができると期待されるミクロ構造の情報について述べ、また、従来の解析法と比較した蛍光法の役割について、強調点をまとめている。

 第3章では、比較的単純な液晶相(SAとSCA)を示し、ビフェニルジカルボン酸エステルメゾゲン基を持った液晶高分子(BB-n)の蛍光挙動について調べている。BB-nの昇温過程中の蛍光ピーク波長はブルーシフトを示している。これは、メゾゲン基間の格子配置は変化せず、加熱にともなってビフェニル基の回転揺らぎが増すことにより、相互作用が弱くなって、分子間基底状態コンプレックスがモノマーに近い状態になるためと考えている。

 第4章では、温度上昇とともに層間距離が変化し、格子配置の変化する典型的な例として、ビフェニルオキシカルボニルメゾゲン基を持つ主鎖型液晶高分子(PB-n)の蛍光挙動を調べている。第4.1節ではメチレン鎖の長さnが10の場合を詳しく調べ、PB-10の結晶相で蛍光スペクトルが著しい励起波長依存性をもつことから、メゾゲン基間の微視的な凝集構造が秩序のくずれた結晶の状態になっていると推測している。また、PB-10の全ての蛍光ピーク波長は温度上昇とともにレッドシフトを示している。これは、液晶相になると、層間距離が急に減少して、メゾゲン基間の重なりの配置も変わり、ビフェニル基とカルボニル基間の電荷移動(CT)相互作用が強くなったためと考察している。

 第4.2節では、PB-10の蛍光スペクトルの励起波長依存性の発見を踏まえて、PB-n(n=7〜18)の昇温過程中におけるメゾゲン基間の相互作用の変化とスペーサー鎖長の関係について研究している。様々な波長で励起された蛍光のピーク波長の温度依存性から、室温から結晶-SH転移温度までのビフェニル基間の重なりの配置の変化は、PB-16およびPB-18ではPB-8およびPB-10より大きいことが分かった。これは、スペーサーが長いほど、剛直性が少なくなり、メゾゲン基間の分子パッキングの状態がより変化しやすくなったためと考えている。

 第5章では、アモルファス性の強い典型的な主鎖型液晶ポリエステル(PET40/OBA60)の分子間基底状態コンプレックスの形成および25〜450℃での蛍光挙動の変化について研究している。分子間基底状態コンプレックスの蛍光は昇温過程中でレッドシフトを示し、Tgを超えるとテレフタレート部とオキシベンゾエート部の間で励起状態での電子分布変化が起こり始め、液晶相になるとある安定な励起状態をとるとみなしている。しかし、昇温過程中の蛍光励起スペクトルのピーク波長はシフトせず、蛍光のピーク波長の変化は励起状態での変化によるものであり、基底状態とは無関係であることを確認している。

 第6章では、芳香族ポリエステルの場合よりも分子間相互作用の強いと予想される、主鎖型液晶ポリイミド(P-11TPE)の蛍光挙動について研究している。P-11TPEは昇温過程中で蛍光ピーク波長のレッドシフトおよびブルーシフトの両方を示し、結晶-結晶転移温度(117℃)を超えると、分子配置が大きく変化して、異なった分子間相互作用が形成することを明らかにした。第二の結晶状態から液晶状態を通って等方相転移温度(240℃)になる過程は、ブルーシフトを示し、熱揺らぎが激しくなって分子間相互作用が弱くなることに対応している。等方相への転移温度を超えると、蛍光ピーク波長はモノマーの発光波長(410nm)に等しくなり、等方相では分子間基底状態コンプレックスの相互作用がなくなると述べている。

 第7章では、蛍光法を用いて、異なる前駆体から合成したポリイミドであるPI(BPDA/PDA)の熱機械特性および分子間CTコンプレックスについて研究している。これらのポリイミドの蛍光スペクトルの違いから、それぞれのミクロな凝集構造が異なることを解明し、大きな置換基を持つ前駆体の場合は、イミド化反応中に立体障害を示し、不均一な凝集構造が形成したものと考えている。

 第8章は、本論文のまとめであり、液晶高分子の構造および物性研究における蛍光法の現状の位置づけと、これから解決していくべき課題を要約している。

 以上のように、本論文では、広い温度範囲にわたる蛍光測定から、相転移過程中の液晶高分子のメゾゲン基間の重なり配置の変化と分子間相互作用の変化の挙動を明らかにし、蛍光法が、DSCやX線解析法とならんで、相補的に液晶高分子のメゾゲン基間の微視的構造を明らかにする手法となり得ることを、初めて系統的に解明したものである。このような知見は、液晶高分子および高分子固体の機能と構造の研究の発展にとって意義深いものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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