学位論文要旨



No 113871
著者(漢字) 齊藤,恵理香
著者(英字)
著者(カナ) サイトウ,エリカ
標題(和) PAF(Platelet-activating factor)受容体のリガンド結合とシグナル伝達に関する研究
標題(洋)
報告番号 113871
報告番号 甲13871
学位授与日 1998.10.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1370号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 教授 脊山,洋右
 東京大学 助教授 岩田,力
 東京大学 助教授 森田,寛
 東京大学 講師 矢野,哲
内容要旨 <緒言>

 PAF(platelet-activating factor)は、血小板凝集因子として発見された強力かつ多彩な生理作用をもつリン脂質で、アラキドン酸代謝物とともに炎症やショック、気管支喘息などに関与する主要な脂質メディエーターとして位置づけられている。PAFは細胞膜上の特異的受容体に作用し、生理作用を示す。モルモット、ヒト、ラット、マウスの4動物種からクローニングされたPAF受容体は細胞膜7回貫通型構造をとると推定されるGタンパク質共役型受容体であることが明らかになっている。4種間のアミノ酸相同性は全長で73%、膜貫通部位で79%であるが、特に膜貫通部位に存在する23個の極性アミノ酸は完全に保存されており、PAFの結合に関与すると推定される。これら極性アミノ酸の変異PAF受容体におけるリガンド結合の解析とバクテリオロドプシンの骨格をベースにしたPAF受容体の3次元モデルでは第5膜貫通部位、第6膜貫通部位にある3つのヒスチジン残基(His-188,His-248,His-249)がPAFのリン酸基の結合に関与していると考えられている。このモデルでは3つのヒスチジン残基は近接しており、亜鉛イオンが配位し得る構造をしているため、亜鉛イオンによるリガンドの結合阻害をうけると予想される。従来、亜鉛イオンは、ヒト、ウサギの血小板の凝集や、セロトニンの放出を阻害することが報告されていたが、そのメカニズムは不明であった。PAF受容体がクローニングされ、哺乳動物細胞発現系でのリガンド結合の解析が可能になったため、そのメカニズムの解析が可能となった。

 次に、多くのGタンパク質共役型受容体においてアゴニスト刺激の数分後に細胞内移行が観察されるが、PAF受容体に関しては報告がほとんどなかった。膜タンパク質の細胞内移行の機構としては、クラスリンを介するものと、カベオラを介するものが知られている。受容体のクラスリンを介した細胞内移行に関しては2アドレナリン受容体で解析が進んでおり、アゴニスト刺激により受容体の細胞内カルボキシ末端がリン酸化され、このリン酸化部位に結合する蛋白質と細胞膜被覆小胞の構成成分であるクラスリンとの相互作用により、細胞内移行することが報告されている。受容体の細胞内移行は脱感作の機序の一部と考えられていたが、脱感作には受容体のリン酸化の方が迅速であり、むしろ細胞内移行は受容体のリサイクルや再感作のために重要な役割を果たしていると考えられている。

〈実験方法〉

 PAF受容体のリガンド結合とシグナル伝達を解明する目的でCHO細胞にPAF受容体を安定発現し、解析した。まず第5、第6膜貫通部位の3つのヒスチジン残基がPAF結合に関与している可能性を確かめるためにPAF結合に対する亜鉛イオンの影響について調べた。さらに亜鉛イオンがPAFによるシグナル伝達に影響を与えるかどうかを、PAFによるアラキドン酸の放出に対する影響で調べた。PAF受容体の細胞内移行の有無とその性質、リサイクルの有無とその意義を明らかにする目的でモルモットPAF受容体の細胞外アミノ末端に標識ペプチド(tag)を導入する変異を行い、細胞表面への抗tag抗体結合量を測定し、細胞膜受容体量を測定しその動態を解析し、蛍光顕微鏡による観察も併せて行った。

<結果>

 4種のPAF受容体の[3H]PAF結合のスキャッチャード解析ではいずれにおいても直線に回帰され、リガンドの結合部位は一つと考えられた。アラキドン酸の放出は4種ともPAF0.1nMでみられ、10nMで最大に達した。また、4種において亜鉛イオンによりリガンド結合が阻害された。リガンド結合は亜鉛イオンによりBmaxをほとんど変えずにKd値を上昇させたことより、リガンド結合に対する亜鉛イオンの阻害作用は競合阻害と考えられる。この結果より亜鉛イオンの配位し得ると考えられる3つのヒスチジンの部位がPAF結合に重要な部位である可能性を示した。PAFによるアラキドン酸の放出についても亜鉛イオン濃度依存性に阻害され、亜鉛イオンによるリガンド結合の阻害が、シグナル伝達に関わることを示した。

 アゴニスト刺激によりPAF受容体は、アゴニスト濃度依存的、時間依存的に細胞内へ移行した。この移行はクラスリン被覆小胞の形成を阻害する各種前処理によりほぼ完全に阻害されることより、クラスリンを介した経路によると考えられた。また、PAF受容体は細胞内移行後、PAF受容体のアンタゴニストである、WEB2086、TCV-309によるアゴニスト除去により細胞膜に再分布することが観察された。蛋白合成阻害剤のシクロヘキシミドによりこの再分布は阻害されず、再分布した受容体は細胞内移行した受容体のリサイクルと考えられた。再分布した受容体にPAF刺激をしたところ、再度細胞内移行が観察された。

<考察>

 亜鉛イオンによりリガンド結合が阻害されることより、PAF受容体へのPAFの結合部位に3つのヒスチジン残基(His-188,His-248,His-249)が関与している可能性が示され、以前提唱されたモデルを支持する結果が得られた。亜鉛イオンによるPAF作用の阻害の生理的意義は明らかではない。血清中の亜鉛はほぼ生理的濃度でPAFによる血小板凝集を阻害することが報告されている。さらに亜鉛は海馬や前脳の神経細胞のシナプス小胞に高濃度蓄えられていることが報告されている。亜鉛は脱分極刺激により、シナプス間隙に放出され、その濃度は300Mに達すると言われている。PAF受容体が海馬の神経細胞に存在することを考えると、亜鉛はPAFの神経作用を調節している可能性も考えられる。

 今回の研究において、リガンド刺激によるクラスリン依存性のPAF受容体の細胞内移行を初めて明らかにした。さらにPAF受容体はアンタゴニストによるアゴニスト除去によりリサイクルし、再感作されていた。今後はCHO細胞で観察されたこれらの機構が実際の炎症細胞においても同様に働いているかどうかを調べる必要がある。

 以上PAF受容体のリガンド結合とシグナル伝達に関して、PAF受容体の亜鉛イオンによる阻害の解析、およびリガンド依存性細胞内移行のメカニズムとその意義に注目し、いくつかの新しい知見を得ることができた。

審査要旨

 本研究はPAF受容体のリガンド結合とシグナル伝達を解明する目的でCHO細胞にPAF受容体を安定発現し、PAF受容体の構造、PAF受容体の細胞内移行について解析し、下記の結果を得ている。

 1.モルモット、ヒト、ラット、マウスの4動物種のPAF受容体の[3H]PAF結合のスキャッチャード解析ではいずれにおいても直線に回帰され、リガンドの結合部位は一つと考えられた。アラキドン酸の放出は4種ともPAF0.1nMでみられ、10nMで最大に達した。また、4種のPAF受容体において亜鉛イオンによりリガンド結合が阻害された。リガンド結合は亜鉛イオンによりBmaxをほとんど変えずにKd値を上昇させたことより、リガンド結合に対する亜鉛イオンの阻害作用は競合阻害と考えられた。この結果より亜鉛イオンの配位し得ると考えられる3つのヒスチジンの部位がPAF結合に重要な部位である可能性が示された。PAFによるアラキドン酸の放出についても亜鉛イオン濃度依存性に阻害され、亜鉛イオンによるリガンド結合の阻害が、シグナル伝達に関わることが示された。亜鉛イオンによりリガンド結合が阻害されることより、PAF受容体へのPAFの結合部位に3つのヒスチジン残基(His-188,His-248,His-249)が関与している可能性が示され、以前提唱されたモデルを支持する結果が得られた。

 2.PAF受容体の細胞内移行の有無とその性質を明らかにする目的でモルモットPAF受容体の細胞外アミノ末端に標識ペプチド(tag)を導入する変異を行い、細胞表面への抗tag抗体結合量を測定することにより細胞膜受容体量を測定してその動態を解析し、蛍光顕微鏡による観察も併せて行っている。アゴニスト刺激によりPAF受容体は、アゴニスト濃度依存的、時間依存的に細胞内へ移行した。この移行はクラスリン被覆小胞の形成を阻害する各種前処理によりほぼ完全に阻害され、クラスリンを介した経路によると考えられた。

 3.PAF受容体は細胞内移行後、PAF受容体のアンタゴニストである、WEB2086、TCV-309によるアゴニスト除去により細胞膜に再分布することが観察された。蛋白合成阻害剤のシクロヘキシミドによりこの再分布は阻害されず、再分布した受容体は細胞内移行した受容体のリサイクルと考えられた。再分布した受容体にPAF刺激をしたところ、再度細胞内移行が観察された。

 以上本論文は、PAF受容体へのPAFの結合部位に3つのヒスチジン残基(His-188,His-248,His-249)が関与している可能性が示し、リガンド刺激によるクラスリン依存性のPAF受容体の細胞内移行を初めて明らかにした。さらにPAF受容体はアンタゴニストによるアゴニスト除去によりリサイクルし、再感作されていた。PAF受容体のリガンド結合とシグナル伝達に関して、PAF受容体の亜鉛イオンによる阻害の解析、およびリガンド依存性細胞内移行のメカニズムとその意義に注目し、新しい知見を得ており、学位の授与に値するものと考えられる。

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