学位論文要旨



No 113874
著者(漢字) 曺,長鉉
著者(英字) Jang-hyun Cho
著者(カナ) ジョウ,ジャンヒョン
標題(和) 抗菌ペプチド,KLKLLLLLKLK-NH2による好中球活性化メカニズム
標題(洋) Activation of human neutrophils by a synthetic antibacterial peptide,KLKLLLLLKLK-NH2
報告番号 113874
報告番号 甲13874
学位授与日 1998.10.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第852号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 名取,俊二
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 嶋田,一夫
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 助教授 仁科,博史
内容要旨

 KLKLLLLLKLK-NH2(以下L5)とKLKLLLKLK-NH2(以下L3)は両端の塩基性リジンモチーフと中央の疎水性ロイシンの連なりから構成される抗菌ペプチドである。これらのペプチドはセンチニクバエの抗菌ペプチド、sapecin Bの活性コアの配列をもとに改良したペプチドであり、グラム陽性菌、グラム陰性菌、真菌に対して殺菌的に作用する。

 私は博士課程において、これらのペプチドを医薬として応用することを目的として、in vivoにおける感染防御効果とその作用メカニズム、さらに、構造活性相関を解析した。

 その結果、L5には優れた治療効果があることが分かった。また、その作用メカニズムの解析から、L5は好中球を速やかに活性化することを見出した。これらの結果を以下に報告する。

1.L5の感染防御効果

 まず、L5とL3に感染防御効果があるかどうかを検討した。方法は、マウスにあらかじめサイクロフォスファミドを腹腔に投与して免疫力を低下させた。MRSAを静注して感染させ15分後、ペプチドを1回静注し、その後の生存数を調べた。その結果、Table1で示すようにL5には明確な治療効果があることが示された。ところが、興味深いことにL5よりも抗菌力の強いL3には治療効果がないことが分かった。従ってL5による治療効果は、直接の抗菌力だけでは説明できず、マウスの免疫力を高めて作用していることが予想された。そこでいくつかの免疫細胞に対する効果を見たところ、L5は好中球を活性化し、活性酸素を産生させることが分かった。しかし、L3にはこのような活性はなく、in vivoにおける、治療効果と相関性があることが分かった。このことから、L5による、治療効果の原因の一つはこの好中球の活性化に由来していることが示唆された。

Table1.Effects of antibacterial peptides on MRSA-infected mice
2.L5によるヒト好中球の活性化

 好中球走化性ペプチドのひとつ、fMLPはG蛋白質を介して作用することが知られている。そこで、L5の作用にもG蛋白質が関与しているかどうかを検討した。方法は、ヒト好中球に百日咳毒素を4時間反応させて、L5による好中球の活性化が阻害されるかどうかを調べた。産生された活性酸素量は、活性酸素と反応したルシゲニンが放出する化学発光を測定することによって行った。その結果、百日咳毒素を前処理しておくと80%以上反応が阻害されることがわかった。このことからL5による好中球の活性化にはG蛋白質が関与していることが明らかとなった。

Fig.1 SDS-PAGE of L5 binding protein
3.L5結合蛋白の精製

 次に、好中球に対するL5のリセプターを同定するために好中球細胞膜分画を調製して、L5結合蛋白を精製した。方法は、好中球膜分画をTriton X-100で可溶化し、L5を結合させたレジンを用いてアフィニティークロマトグラフィーを行った。その結果、Fig.1で示すようにSDS-PAGE上分子量55kDaの蛋白が溶出された。次にこの蛋白のN末端からのアミノ酸配列を決定したところ、ヒトcalreticulinの18番目から32番目の配列と完全に一致することが分かった(FIG.2)。このことはL5の結合蛋白がcalreticulinそのものか構造的に似た蛋白であることを示している。calreticulinは、多機能性蛋白として知られ、細胞内局在も小胞体、細胞質、核と変化することが知られているが、これらの結果はcalreticulinが細胞膜にも存在しL5と結合することを示唆している。

Fig.2 Amino-terminal sequences of 55-kDa protein and human calreticulin
4.好中球の活性化におけるcalreticulinの関与

 そこで、次にL5によるヒト好中球の活性化に細胞膜上のcalreticulinが関与するかどうかを検討した。方法はcalreticulinのN domainとC domainに含まれるアミノ酸配列に対する抗ペプチド抗体を細胞培養系に添加することで、L5ペプチドによる好中球の活性化が阻害されるかどうかを調べた。その結果、Fig.3で示すようにL5による活性化は、N,Cの2つのドメインに対して調製したいずれの抗体によっても阻害されることがわかった。このことからL5による好中球の活性化には、細胞膜に存在するcalreticulinが必要であることが明らかとなった。さらににcalreticulinの細胞膜上での結合様式を知る目的で可溶化条件を次に検討した。好中球膜分画にそれぞれTriton X-100,2 M KCl,Pl-PLCを加えて超遠心し、上清と沈殿に分けてイムノブロットを行った。その結果、Triton X-100処理したものでは、上清に回収されたが、2 M KClやPl-PLC処理したものでは、ほとんど可溶化されず沈殿に回収された(Fig.4)。このことから細胞膜分画に存在するcalreticulinは、膜貫通ドメインを持ったファミリー蛋白として存在するか、または、GPlアンカー以外のアンカーによって膜に結合していることが考えられる。

Fig.3 Effects of antihuman calreticulin antibodies on superoxide generation of human neutrophilsFig.4 Solubilization of calreticulin on human neutrophils membranesS:Supernatant P:Precipitate
5.L5の好中球活性化における構造活性相関

 L5による好中球の活性化に重要なアミノ酸を知る目的で構造活性相関を解析した。Table2に様々なペプチドの好中球に対する活性化能を、L5の場合を100として比較して示した。その結果、中央部のロイシンの数が4個、3個に減るとまったく活性化能がなくなることが分かった。逆にロイシンの数を6個、7個に増加させていくと5個ときと同じか、やや活性が増加する傾向が見られた。一方、両端のリジンモチーフをロイシンに変換していくと、C末端のリジンがロイシンに変わるとほとんど活性がなくなること、またN末端側の2個のリジンをそろってロイシンに変えるとやはり活性がかなり低くなることが分かった。このことから中央部のロイシンの数と両端部のリジンモチーフが共に好中球活性化において重要であることが明らかとなった。

Table2.Structure-function relationships of L5 on superoxide generation
6.まとめ

 本研究で私は、L5ペプチドには、優れた感染防御効果があることを示した。また、治療効果の原因の一つと考えられる好中球の活性化にはG蛋白質が関与し、細胞膜上に存在するcalreticulinと結合することが活性化に必須であることを示した。また、構造活性相関の解析から中央部のロイシンの数と両端部のリジンモチーフの重要性を示した。これまでcalreticulinの機能としてこのような細胞外からのシグナルを伝達する機能は全く報告されていない新しい機能である。したがって、今後、膜結合ドメインを持ったcalreticulinの存在や、アンカーされたcalreticulinと会合して細胞内に情報を伝達する蛋白の存在を示すなど、その情報伝達の詳細を解析することは大変重要である。またL5-ペプチドをさらに改良して宿主介在型の作用メカニズムを持つ優れた感染症治療薬として応用することも大切な問題であると考えられる。

審査要旨

 この研究は、センチニクバエの抗菌蛋白ザーペシンBの活性中心を形成する、アミノ酸11残基よりなるペプチドをもとに二つの抗菌ペプチド、KLKLLLLLKLK-NH2(L5)およびKLKLLLKLK-NH2(L3)をデザインし、その作用様式について検討を加えたものである。

 まず、in vitroにおける抗菌活性はL3の方がL5に比べて数倍高いのに、L3には感染防御効果が全く認められなかった。したがって、L5の感染防御効果は宿主介在型のメカニズムであることが示唆された。種々検討した結果、L5は好中球を活性化して活性酸素を産生させるが、L3にはこのような活性は認められないところから、ペプチドの感染防御能と好中球活性化能の間に正の相関があることが分かった。そこでまず、ヒトの好中球を用いてL5との相互作用を検討した。その結果、(1)好中球上にL5の特異的なリセプターが存在すること、(2)このリセプターはG蛋白とカップルしていること、(3)またこのリセプターはFMLPのリセプターとは明らかに異なること等が明らかになった。

 ついで、ヒトの好中球の膜画分けからL5に対するアフィニティーを利用して、L5結合蛋白(リセプターの候補)の精製を試みた。その結果、分子量55kDaの蛋白の精製に成功した。この蛋白のN末端側のアミノ酸配列を決定した結果、この蛋白がERに存在する分子シャペロンの一つカルレティキュリンであることが示唆された。そこで、好中球の細胞膜にカルレティキュリンが存在するかどうか、またカルレティキュリンがシグナル伝達に関与するかどうかについて詳細に検討した。

 まず、カルレティキュリンの抗体を調製し、免疫蛍光染色を行った結果カルレティキュリンが好中球の細胞表面に検出された。また細胞分画をすると3%程度のカルレティキュリンが膜画分に回収され、このカルレティキュリンは界面活性剤によって膜から溶出されることが示された。以上の結果は、カルレティキュリンの一部が膜に結合して存在することを示している。次に、L5による好中球の活性化がカルレティキュリンの抗体により阻害されるか否かを調べたところ、カルレティキュリンのN末端側のペプチド抗体によって、L5による好中球の活性化が明確に阻害されることが分かり、カルレティキュリンを介したシグナル伝達の経路が存在することが明らかになった。

 以上のように、この研究は昆虫由来の抗菌ペプチドがカルレティキュリンを介して好中球を活性化し、感染防御効果を示すことを明らかにした独創性の高い研究であり、博士(薬学)に値するものと判断される。

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