学位論文要旨



No 113877
著者(漢字) 蔡,容基
著者(英字)
著者(カナ) チェ,ヨンギ
標題(和) WSix及びCu CVDの速度論的解析による反応器設計方法論
標題(洋) Methodology of Reactor Design Using Simple Tubular Reactor Analysis for the WSix and Cu CVD systems
報告番号 113877
報告番号 甲13877
学位授与日 1998.11.12
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4262号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小宮山,宏
 東京大学 教授 中尾,真一
 東京大学 教授 吉田,豊信
 東京大学 助教授 霜垣,幸浩
 東京大学 講師 大島,義人
内容要旨 1.緒言

 CVDはLSI作成プロセスにおける薄膜作成法として広く用いられているが、CVD反応器の設計はまだ論理的に確立されてない。CVD反応器を効率的に設計するためには三つの分野、化学反応、移動現象と装置形状を考慮する必要があるので反応器の設計は簡単な作業ではない。この複雑性のため、従来のCVD反応装置は経験的に作成されている。まず最終製品と同じ大きさの試作機を作製し、その装置での最適操作条件を試行錯誤的に検討するというアプローチが一般的である。この様な方法は装置形態が比較的単純かつ小型の場合には簡単で、時間効率も良いものであるが、近年の300mm直径のようなウェハー大口径化に対応する大型反応器設計には十分対処できるものではない。そこで反応工学的な装置設計方針の確立が望まれている。本研究では下記のような手順でCVD装置の最適設計をすべきであると考えている。

 1.解析が比較的単純な反応器(円管やMicro/Macro Cavity(MMC)等)内の製膜速度、膜組成分布を基にした速度論的解析から反応モデルを立てて、反応速度定数、物性定数(気体反応速度定数kg,拡散係数D、表面反応速度定数ks)を求める。

 2.設計対象となる反応器内のガスの流れ、圧力と温度分布のシミュレーションを行う。

 3.1と2を組み合わせて新しい装置を効率的に最適設計する。

 本研究では上記の手法を確立する際のモデルケースとしてSiH4/WF6を用いたWSix-CVDÅA(hfac)Cu(tmvs)を用いたCu-CVDプロセスについての反応器の設計を行った。その結果、単純な円管型反応器から求めた速度データから実用反応器の結果を予測することが可能であった。

2.反応器設計の方法論

 反応メカニズムは円管型反応器を用いた反応器内の成膜速度分布から決定した。管径、圧力、濃度などのパラメータを変化させたときの成膜分布の違いから律速段階を求め、反応メカニズムの予測と予想さてた反応経路の速度定数(気相反応速度、表面反応速度、拡散係数)を求めた。表面反応速度はトレンチを用いたステプカバリッチの解析から求められる。さらに、MMC法を用いて提案された反応のメカニズム、速度定数の妥当性と反応物或いは中間体の濃度、分子サイズなどの決定ができる。

 円管型反応器から求めた反応メカニズムと速度定数を用いて、設計対象である形状の違う反応器内(基板加熱型反応器など)のシミュレーションを行うと反応物、中間体と生成物の濃度分布が求められ、基板上の成膜速度分布も得られる。このシミュレーション結果を実験値と比較することで提案されたモデルの妥当性が分かる。尚、様々なパラメータ(反応器の形状、滞留時間、入口と出口の形状、位置など)を変化させたシミュレションを行い、最適な反応器の形状が求められるし、ウェハ上の均一な膜が得られる条件を探して反応条件の最適化も可能であることから効率的な反応器の設計が実現される。

3.WF6/SiH4を用いたWSixCVD

 斎藤らはWF6/SiH4によるWSix-CVD反応プロセスを円管型反応器をもちいて解析した。反応温度120〜360℃ではWSix膜が形成されるが110℃以下ではまったく成膜が認められなかった。この反応は熱活性化型ではなく、ラジカル連鎖反応の関与がある結論した。しかし、このラジカル反応は反応速度が速いため測定されていなかったが、系を把握するためにはこの反応の速度定数も求める必要があった。本研究では円管型反応器を用いた解析からこの反応速度を求めた。既往の研究から得られた表面速度定数とラジカル連鎖反応速度定数を使用して、シミュレーションを行い、基板加熱型反応器の成膜速度と膜組成の予測を行った。

ラジカル連鎖反応の速度定数の測定

 以下の方法により、速いラジカル連鎖反応速度を求めた。

反応器の入口の立ち上がりからkgを求める方法

 反応器の下流部分は拡散と表面反応律速段階になっているが、温度が徐々に上がる上流の立ち上がりの部分は気相反応が起こる部分であるため、実験値にシミュレーション結果を合わせることによって気相反応の速度定数が求められることに着目した。立ち上がりの部分での成膜分布の傾きが急なため、シミュレーションと実験データの比較が困難であったため連鎖反応速度定数を求めることはできなかった。

流速を速くする方法

 流速を速くしても立ち上がりの部分の傾きが急なことと、反応器内部への熱伝導の問題点が生じるため困難であった。

管径を細くする方法

 大きい管径の場合は下流で物質移動速度と表面反応速度が律速になっているが、管径を細くしていくと物質移動速度と表面反応速度が増大し(kd’,ks’>kg)気相反応が律速段階になる。そのため反応器下流部の傾きから気相反応速度定数を求めることができる。しかし、細い管径では反応管内に圧力損失(20%位)が生じて、線速度の勾配も無視できないので成膜速度の下流の傾きだけでは速度定数を求めることはできない。そこで、圧力、速度、温度分布を全て考慮した2次元の計算が必要となる。そこで熱流体解析プログラム(Fluent)と細い管径(内径2.4-4mm)を用いて、解析から速いラジカル連鎖反応の速度を求めた(図1)。尚、低圧では物質移動速度が大きくなるため気相反応速度定数、或いは表面反応速度定数を求めることができる。本研究では0.5Torr以下の低圧条件で気相反応速度定数を求めた。

 反応管管径、圧力変化によっても速度定数が一定であったため、求めた速度定数は妥当だと考えられた。原料が最初の中間体になるため必要な活性化エネルギーは28kJ/molであるが、この低い活性化エネルギーは気相反応がラジカル連鎖反応によって進行していることを示している。尚、反応速度はSiH4の濃度に依存せず、WF6の濃度に1次に比例した。このことから求めた気相反応速度はWF6が熱分解する速度だと考えられた。

逐次反応の速度定数の測定

 逐次反応の速度定数は反応器内の温度、速度、圧力一定と仮定した1次元近似の下で、流れ方向の組成分布に関して解いた方程式を実験データと比較することから求められる。しかし、実際の反応器は上流の立ち上がりの部分で温度分布があるので、正確な速度を求める為には温度分布の影響を考慮した2次元シミュレーションが必要であった。シミュレーション結果からみると2次元から求めた速度定数が1次元近次から求めた速度定数より約3倍大きいことが分かった。尚、シミュレーションと実験結果を合わせるために反応確率以外に立体障害の効果も考慮した(図2)。

4.WSix系において基板加熱型反応器反応器への適用

 円管型反応器から求めた反応メカニズム、気相反応速度定数kgと表面反応速度定数ksを用いて基板加熱型反応器のシミュレションを行った結果、図3のように成膜速度と組成分布はシミュレション結果とほぼ一致している。これは求めた反応メカニズムと速度定数の妥当性を示している。

成膜速度と境膜厚み

 成膜速度はシャワーヘッドとウェハとの距離によって変化した。即ち、距離5cmの場合の成膜速度は距離10cmの成膜速度と比べて速かった。これは基板とシャワーヘッドとの距離が短い時にはウェハ付近での流速が速いので境膜厚みが薄くなって成膜速度が上がったためであると考えられる。そのため,ウェハエッジの方が中心より流速が速いので成膜速度が速くなった。

組成分布と滞留時間

 基板中心よりエッチの方の組成比(Si/W)は低くなったが、シミュレーション結果も同じ傾向を示していた。基板のエッジ側にガスの出口があり、ガスの線速度が中心より速いため、滞留時間が短くなり、結局逐次反応が進まなくなる。このためエッジの方が中心よりW量が多いと考えられる。この現象は反応が逐次反応で進行していることを示唆している。尚、出口の位置を側面にすると、基板エッチの滞留時間を長くすることができてエッジにSi量が多い膜が得られると予測された。

 尚、円管型反応器から求めた反応メカニズムと速度定数を用いて形状が違う基板加熱型反応器での成膜速度と組成が予測できたことは論理的に反応器の設計が可能であることを示しているので従来の手法のように非効率的な方法を脱皮して、効率的に反応器を設計することができたと考えられるし、さらにもっと種々の形状の反応器の設計に適用できると考えられる。

5.(hfac)Cu(tmvs)を用いたCu(I)CVDのメカニズムの解析

 ここでは既存の反応メカニズムの妥当性を再評価することと、シミュレーションに必要な速度定数を求め、問題になっている基板上の膜の均一性を高める条件を求めることを目的とした。

反応のメカニズムの解析

 高温(180℃以上)では管径変化によって成膜速度が比例して上がることと、成膜分布の傾きが変わらないことから気相反応が律速になっていることが分かった。尚、低温(145℃以下)での成膜速度は管径変化によらず一定であることから表面反応が律速になっていることが分かった。各段階で速度定数を求めると図4のようになり、気相反応と表面反応の活性化エネルギーは41と70kJ/molであった。そのため今までは考えてなかった気相反応がCu-CVD系にも存在していることと、原料の表面への直接反応は考えにくいことが分かった。尚、気相反応の活性化エネルギーは大体Cu-(tmvs)の結合エネルギ(54kJ/mol)と等しいということから、気相での熱分解によってCu-(tmvs)の結合が切れ、中間体Cu-(hfac)が形成され、この中間体が実際に表面反応によって膜を形成すると考えられた。高温側では原料が中間体になる気相反応が律速になって、低温側では中間体の表面反応が律速になると考えられた。

マクロキャビティーと熱流体解析プログラム(Fluent)の解析

 求めた反応メカニズムと速度定数を用いて、マクロキャビティーとFluentを利用したシミュレーションを通して、提案したメカニズムと求めた速度定数の妥当性を検討した。マクロキャビティー内部の成膜速度はウェハの間隔の増加によって増大することから気相反応が存在することが明らかになり、実験値とシミュレション値が一致していることから反応速度定数の妥当性を確認した。尚、Fluentによるシミュレーション結果は円管内部の成膜分布を再現していることから、求めた反応メカニズムと速度定数の健全性を確認した。このモデルを用いて基板上の膜の均一性を向上する指針が得られると考えられた。

図1.気相反応速度の温度依存性図2.反応器内の組成分布図3.基板加熱型反応器内の成膜速度と組成分布(ラインはシミュレション結果を示している)図4.反応速度の温度依存性
審査要旨

 本論文は、超LSIの金属電極・配線形成に必要なWSixおよびCu薄膜のCVD(Chemical Vapor Deposition)プロセスを対象とし、速度論的な解析に基づき反応器を設計する方法について検討したものである。英文140ページからなる本論文は、「Methodology of Reactor Design Using Simple Tubular Reactor Analysis for the WSix and Cu CVD Systems」(和訳:WSix及びCu-CVDの速度論的解析による反応器設計方法論)と題し、全6章から構成されている。

 第1章はイントロダクションであり、CVDプロセスの装置設計および開発の現状とその問題点について述べている。今後ますます複雑化するCVD装置の開発においては、最適な装置設計の方法論を確立し、開発効率の向上を図るべきであるとし、実験室規模のCVD反応器を用いた速度論的解析を基に大型反応器の設計を行うという本論文の研究意図および目標を示している。

 第2章は、本論文で用いたCVDプロセス反応機構解析手法についてまとめている。まず、円管型反応器を用いた成膜速度分布から、反応機構および律速段階が推察できること、また、2次元流体シミュレーションを併用することによって、成膜種(中間体)を生成する気相反応速度定数や成膜種の拡散係数などの速度パラメータを実験的に評価することが可能であることを示している。さらに、ステップカバレッジ解析法、MMC(Micro/Macro-Cavity)法などの手法を用い、表面反応速度定数の推算や反応機構の検証を行う方法についても解説を行っている。

 第3章は、WF6(六フッ化タングステン)とSiH4(シラン)を原料としたWSix(タングステンシリサイド)薄膜形成CVDプロセスの反応機構を、主に円管型反応器を用いて解析した結果についてまとめている。本反応系は、WF6とSiH4の気相反応により活性な中間体が生成し、さらにこの中間体に逐次的にSiH4が反応することによりSi組成の多い中間体が形成されて成膜種となり、生成されるWSix薄膜の組成が変化することが分っている。本論文ではこれらの気相反応速度を円管型反応器内での成膜速度分布および薄膜組成分布から測定することを試みている。実際には細いガラス管(内径2mm以下)を用いて物質移動抵抗の影響を除去し、気相反応律速となる状況で成膜を行い、成膜速度分布と熱流体解析ソフトを用いた2次元シミュレーションとの比較から気相反応速度を正確に定量している。

 第4章では、5インチシリコンウェハーを収用できる基板加熱型反応器を作製し、本反応器を用いてWSix薄膜のCVD合成を行った結果を、前章で得られた速度パラメータを基にシミュレーションした結果と比較している。5インチシリコンウェハー内の成膜速度分布、薄膜組成分布の実測値とシミュレーションによる予測値は10%程度の誤差で良い一致を示した。このことから、等温かつ小型な円管型反応器を用いた速度解析を基に、基板加熱型の反応器の性能を予測することができ、効率的な装置設計が可能であることを示している。反応器改善の一例として、ガス排気口を基板フォルダーと同じ水平面内に形成し、鉛直方向に排気するよりも、反応器壁面に排気口を設け、ガスを水平方向に排気することにより、成膜速度分布と組成分布が均一化することを計算により示している。

 第5章では、Cu(銅)薄膜形成プロセスについて検討を行っている。超LSIの高集積化に伴って、低抵抗Cu配線の必要性が高まってきていることなど、Cu-CVDの現状と課題についてまとめた後、WSix-CVDプロセスの解析と同様に円管型反応器を用いた解析結果についてまとめている。Cu-CVDの原料ガスには(hfac)Cu(tmvs)(ヘキサフルオロアセチルアセトナート-銅-テトラメチルビニルシラン)を用い、水素をキャリヤーガスとして120〜240℃での成膜を行った。その結果、145℃以上の温度領域では円管型反応器内の成膜速度分布の傾きが反応管径に依存せず、成膜速度の絶対値が管径に比例して増大する現象を見いだしている。これは気相反応による成膜中間体の生成が成膜過程の律速段階であることを示している。一方、120℃以下の低温領域では成膜速度分布の傾きが管径の逆数に比例して変化することから成膜種の表面反応律速であることを見いだしている。これらの情報を基に、気相での中間体生成速度および表面での中間体反応速度を求め、さらに、これらの速度パラメータを基にしてマクロキャビティ内の成膜速度分布を予測するシミュレーションを行った。シミュレーション結果は実験結果と良く一致し、反応機構と速度定数の妥当性を示すことに成功している。

 第6章では本研究成果をまとめており、本論文で提案するCVD反応器設計方法論の有効性について論じている。

 以上、本論文は超LSI作製に重要なCVDプロセスの反応機構解析方法と装置設計手段の体系化を行ったものであり、化学システム工学の発展に大いに寄与するものである。よって、博士(工学)として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク