学位論文要旨



No 113878
著者(漢字) 須藤,康彦
著者(英字) Sudo,Yasuhiko
著者(カナ) スドウ,ヤスヒコ
標題(和) ナルコレプシーのムスカリン性アセチルコリン受容体に関する研究
標題(洋) Muscarinic Cholinergic Receptors in Human Narcolepsy : A Positron Emission Tomography Study
報告番号 113878
報告番号 甲13878
学位授与日 1998.11.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1373号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 杉下,守弘
 東京大学 教授 栗田,廣
 東京大学 助教授 郭,伸
 東京大学 助教授 関根,義夫
 東京大学 助教授 西川,潤一
内容要旨

 ナルコレプシーは日中の耐えがたい眠気とレム睡眠障害を症状とする比較的まれな傾眠性疾患で、動物モデルを用いたこれまでの研究では複数の神経伝達物質系の異常、とりわけムスカリン性アセチルコリン、セロトニン、ノルアドレナリン系の異常が報告されてきた。現在、レム睡眠障害治療の第一選択薬としては、抗うつ薬の一種であるクロミプラミンが用いられているが、クロミプラミンはこれら3種の伝達物質系それぞれに作用を有していると考えられており、ナルコレプシーの病態や薬物治療の本体がどの伝達物質系の異常にあるのか不明な点が多い。

 本研究では、ナルコレプシーの病態および薬物治療の作用機序において、ムスカリン性受容体の果たす役割りを明らかにすることを目的に

 1)ナルコレプシー患者の脳内ムスカリン性受容体の測定

 2)脳内ムスカリン性神経伝達に対する薬物治療の影響

 について調べた。11名の未服薬ナルコレプシー患者および21名の健常被験者を対象に、[11C]-N-メチルピペリジルベンジレート(NMPB)をトレーサーとしたポジトロンCT(PET)計測を行ない、脳内ムスカリン性アセチルコリン受容体を定量した。関心領域は橋、視床、線条体および大脳皮質に設定し、小脳を参照領域としたグラフ解析法を用いて各関心領域の時間放射能曲線から速度定数k3を算出し、これをムスカリン性受容体機能の指標として用いた。ムスカリン性受容体は加齢に伴い減少することが知られているため、両群の年齢差を補正した後、k3値の比較を行なった。その結果、今回関心領域を設定した領域内で、[11C]-NMPBのk3値には統計的な有意差を認めず、ムスカリン性神経伝達の異常は検出されなかった。これらの結果から、動物モデルとヒトのナルコレプシーの間に病因的相違がある可能性も考えられた。

 次に、患者群のうち治療により症状の軽快をみた7名について、再度PETスキャンを行ない、治療量の薬物によるムスカリン性受容体への影響を調べた。その結果、橋、線条体、大脳皮質では治療前後のk3値に変化はなく、視床でのみ治療によるk3値の阻害傾向が認められた。しかし、その阻害の程度は通常、臨床量の抗コリン薬による阻害に比してはるかに小さかった。

 これらの結果はナルコレプシーの薬物治療がムスカリン性受容体以外の系を介して効果を発揮していることを示唆しており、治療薬である抗うつ薬の作用部位、とりわけセロトニン、ノルアドレナリンの再取り込み部位が薬物の作用部位として重要であると考えられた。

審査要旨

 本研究は、傾眠性疾患でおるナルコレプシーにおいて、動物モデルで異常が示唆されてきたムスカリン性アセチルコリン受容体の役割を明らかにするため、ポジトロンCTを用いた受容体測定を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.未服薬のナルコレプシー患者11例と対照健常被験者21例を対象に、脳内ムスカリン性アセチルコリン受容体の定量を橋、視床、線条体、大脳皮質で行なった。各部位での受容体結合能は、年令依存性の有意な低下を示した。この結果を基に、両群の年令による差を補正し、受容体結合能を比較したところ、両群間に差異は認められなかった。

 2.患者群中、治療により症状の軽快をみた7例について、ムスカリン性アセチルコリン受容体への服薬の影響について調べたところ、橋、線条体、大脳皮質では薬物の影響は認められず、視床でのみ8%の受容体占有が見られた。

 以上、本論文はポジトロンCTを用いて脳内ムスカリン性アセチルコリン受容体を定量することで、ヒトのナルコレプシーの病態および治療において同受容体の関与が少ないことを示した。本研究は、これまで動物モデルでしか調べられていなかったムスカリン性アセチルコリン受容体について、実際の疾患での役割りを定量的に報告しており、今後、ナルコレプシーの病態の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54668