学位論文要旨



No 113881
著者(漢字) 鄭,眞英
著者(英字)
著者(カナ) チョン,ジンヨン
標題(和) Streptomyces galilaeusのアントラサクリン生合成遺伝子系の解析
標題(洋)
報告番号 113881
報告番号 甲13881
学位授与日 1998.12.09
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第853号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 海老塚,豊
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 助教授 藤井,勲
 東京大学 助教授 折原,裕
 東京大学 助教授 久保,健雄
内容要旨

 アントラサイクリン系抗生物質は強力な抗腫瘍活性を持ち、臨床的にも重要な抗生物質であるが、中でもStreptomyces galilaeusの生産するアクラシノマイシンはドキソルビシンなど他のアントラサイクリン類に比べて低心毒性であり、また、急性白血病に著効を示すことが知られている。ドキソルビシン、ダウノルビシン生合成遺伝子系についてはHutchinson(Univ.of Wisconsin)、Strohl(Ohio State Univ.)らのグループにより、それぞれStreptomyces peucetius、Streptomyces strain C5を材料として解析が進められているが、一方、当研究室においても、S.galilaeusより、アクラシノマイシン、特にそのアグリコンであるアクラビノンの生合成遺伝子を中心として、解析を進めてきた。

 本研究において私は、アクラビノン-アクラシノマイシン生合成遺伝子クラスターを構成するORFの同定を進めるとともに、アクラビノンの炭素骨格形成を担うTypeII型ポリケタイド合成系各酵素の発現とその機能解析を試みた。

Fig.1 Aclacinomycin and doxorubicin1.S.galilaeusのアクラビノン-アクラシノマイシン生合成遺伝子クラスター

 当教室の塚本らによりクローニングされた3.4kb BamHI断片を中心とする領域には、-ketoreductase(KR;aknA)、-ketoacyl synthase(KS;aknB)、chain-length factor(CLF;aknC)、acyl carrier protein(ACP;aknD)及び、機能未知のaknXの各ORFが見いだされていた。今回、cosmid vector pOJ446を用いて新たにgenomic DNA libraryを構築、スクリーニングし、3.4kb BamHI断片を含む約40kbの領域をクローニングした。各種制限酵素による切断、サブクローニングと塩基配列の決定を行い、得られた制限酵素地図と推定されたORFをFig.2に示す。上記の既知ORFに加え、新たにaknE〜acrPの存在を明らかにした。各ORFの機能については、ドキソルビシン生合成遺伝子との比較検討から次のように推定された:aknE、polyketide cyclase;aknF、-ketoacyl synthase;aknG、acyltransferase;acIH、glycosyltransferase;aknJ、methyltransferase;acIK、TDP-4-keto-6-deoxyglucose 3,5-epimerase;acIL、TDP-4-keto-6-deoxyhexulose reductase;acIM、unknown function;acIN、TDP-glucose synthase;acrO、ATP-binding hydrophilic protein probably involved in anthracycline export;acrP、hydrophobic membrane spanning protein probably functioning in export。

Fig.2 Aklavinone-aclacinomycin biosynthesis gene cluster

 アントラサイクリン抗生物質のアグリコンはいずれもアクラノン酸を共通の前駆体とし、そのアンスロン体がポリケタイド合成酵素(PKS)系で合成される最初の閉環化合物と考えられる。その生合成各酵素をコードするPKS gene clusterの構成は、S.galilaeus(akn)、S.peucetius(dps)およびノガラマイシン生産菌S.nogalater(sno)でそれぞれ特徴的なORFの配置を持っているが、対応するORFは存在しており、いずれの菌株においても基本的に同様のPKS反応系により合成されるものと考えられる。(Fig.3)ただし、S.Peucetiusの生合成アクチベーターとされるdnrlに相当するORFは、今回クローニングしたS.galilaeusの遺伝子中には見いだされていない。

Fig.3 Comparison of PKS gene clusters for aklanonic acid biosynthesis
2.アクラノン酸合成系を構成する各酵素タンパクの発現と機能解析

 アクラノン酸の生成のためには、TypeII型PKSを構成する-ketoacyl synthase(KS;AknB)、chain-length factor(CLF;AknC)、acyl carrier protein(ACP;AknD)と、スターターであるプロピオニル基の導入に関わると考えられているAknF、G、生成したポリケトメチレン鎖の還元、閉環に関わるAknA、E、また、アンスロンからアントラキノンへの酸化酵素が必要と考えられる。(Fig.4)

Fig.4 Biosynthetic pathway of aklanonic acid

 そこで、私はPKS反応系のin vitroでの再構成と、これを利用した各酵素タンパクの機能解析を目的として、各酵素タンパクの発現を試みた。

1)AknB(KS)、AknC(CLF)、AknD(ACP)の発現

 各タンパクの大量発現、精製を目的として、大腸菌での発現を行った。発現ベクターにはT7 RNA polymeraseを利用したpET22bを使用し、また、N末のアミノ酸コドンを大腸菌で使用頻度の高いコドンに変え、発現プラスミドを構築した。KS、CLFはIPTGによる誘導の際の濃度、温度を種々検討したが、いずれもinclusion bodyとしてしか得られなかった。一方、ACPは可溶性タンパクとして発現できた。KS、CLFについては、inclusion bodyとして回収、8M Ureaで可溶化後、透析して徐々にUreaを除去し、refoldingを試みたところ、KSのみ可溶化することができた。KS、CLFは遺伝子上translationalにcouplingしていることから、タンパクとして1:1で存在し、PKS反応に関与しているものと考えられている。そこで、KS、CLFを1:1の共存下でrefoldingを試みたところ、可溶化することができた。また、抗KS抗体を用いた免疫沈降により、refoldingした溶液中でKSとCLFは1:1でassociateしていることが確認された。各発現タンパクを用い、PKS反応系を再構成することが今後の課題である。

2)AknXの発現と機能解析

 aknX遺伝子は塚本らにより、aknB(KS)の直ぐ上流にその存在が見出されたが、当初その機能は未知であった。後にテトラシノマイシン生合成のtcmH遺伝子との相同性が認められ、類似の酸素添加酵素をコードするものと推定された。これを確認するため、AknXタンパクの大腸菌での発現を行った。1)と同様にN末側のアミノ酸コドンを置き換えることにより、AknXタンパクの高発現が認められた。ついで、エモジンアンスロンを基質として酵素活性を検討したところ、アントラキノンエモジンの生成を確認し、AknXタンパクがアンスロンからアントラキノンへの酸素添加酵素であることを確認することができた。また、AknXタンパクにHis-tagを付加し発現させることにより、アフィニティーカラムで容易に活性タンパクとして大量精製することができた。

 精製したAknXタンパクは高い熱安定性を示し、また、金属キレート剤による阻害は見られなかった。類似のTcmHタンパクにおいても、金属、補酵素の関与は認められておらず、その触媒する酸素添加反応の反応機構に興味がもたれた。そこで、AknXタンパク中、AknX、TcmH、DnrG各タンパク間で良く保存されたアミノ酸残基について、部位特異的変異導入を行い、変異タンパクの酵素活性を検討した。作製した5つの変異体のうち、W67Fにおいて、Vmax/Kmの顕著な低下が認められ、Trp-67が酸素添加酵素活性に重要な役割をしていることが推定された。(Table 1)これまで、金属、補酵素などの関与しない酸素添加酵素はAknX類似タンパク以外に知られておらず、その反応機構は興味深い。そこで、結晶構造解析による3次元構造の解明を目的として、現在、AknXタンパクの結晶化を試みている。

Table 1 Kinetic analysis of mutated AknXs
3.まとめ

 S.galilaeusからgenomic DNA libraryを構築し、アクラビノン-アクラシノマイシン生合成遺伝子クラスター約40kbの領域をクローニングし、PKS反応に関わるakn ORFs(A〜G,X)、糖の生合成、付加に関わるacl ORFs(K〜N)、また、自己耐性遺伝子のacr ORFs(O,P)の存在を明らかにした。また、PKS反応系のin vitroでの再構成と、これを利用した各酵素タンパクの機能解析を目的として、KS、CLF、ACPの各タンパクを大腸菌で発現させ、KSとCLFが溶液中で1:1でassociateして存在することを示した。各発現タンパクを用い、PKS反応系を再構成することが今後の課題である。機能未知であったAknXタンパクがアンスロンからアントラキノンへの酸素添加酵素であることを同定し、AknXタンパクを大腸菌で高発現させ、大量精製した。また、部位特異的変異導入により、Trp-67が酸素添加酵素活性に重要な役割をしていることを明らかにした。

 アントラサイクリン系抗生物質など臨床上重要な化合物の生合成遺伝子の解析は、PKS反応など生合成基本反応の理解を深めるだけでなく、従来のstrain improvementや変異株の検索に代わる新しい有用抗生物質生産系開発への展開が期待される。

謝辞

 AknXタンパクの結晶化実験において御指導いただきました本学蛋白構造化学研究室の佐藤先生、原田先生に感謝します。

審査要旨

 本論文はアントラサイクリン系抗腫瘍抗生物質アクラシノマイシン生産菌であるStreptomyces galilaeusにおけるアクラシノマイシンの生合成過程を遺伝子、酵素レベルで解明することを目的として、アクラシノマイシン、および、そのアグリコンであるアクラビノンの生合成遺伝子系をクローニングし、コードされる生合成関連タンパクの機能を解析したものである。

 アントラサイクリン系抗生物質は強力な抗腫瘍活性を持ち、臨床的にも重要な抗生物質であるが、中でも放線菌S.galilaeusの生産するアクラシノマイシンはドキソルビシンなど他のアントラサイクリン類に比べて低心毒性であり、また、急性白血病に著効を示すことが知られている。日本の土壌より分離された本菌のアントラサイクリン生合成遺伝子については、断片的にクローニング、解析されてはいたが、その全容の解明にはほど遠く、また、酵素レベルでの検討もなされていなかった。

 本論文は主に2つの部分からなり、1)S.galilaeusのアクラビノン-アクラシノマイシン生合成遺伝子クラスターのクローニングとその解析、および、2)アクラビノンの生合成前駆体であるアクラノン酸合成系を構成する各酵素タンパクの発現とその機能解析である。

1)S.galilaeusのアクラビノン-アクラシノマイシン生合成遺伝子クラスター

 アクラビノン-アクラシノマイシン生合成遺伝子クラスターをクローニングするため、コスミドベクターpOJ446を用いて、S.galilaeusのゲノムDNAライブラリーを構築、コロニーハイブリダイゼーションならびにPCR法によるスクリーニングを行い、既知の3.4kb BamHI断片を含む約40kbの領域を取得した。各種制限酵素による切断、サブクローニングと塩基配列の決定から、Fig.1に示す制限酵素地図とOpen Reading Frame(ORF)の存在が明らかにされた。各ORFの機能の推定から、アグリコンであるアクラビノン生合成のタイプII型ポリケタイド合成酵素系を構成するaknA〜G,J,X、糖部分の生合成に関わるaclH,K〜N、および、自己耐性遺伝子と考えられるacrO,Pの3つの機能部位からなることが示された。

Fig.1.Aclacinomycin biosynthesis gene cluster of S.galilaeus,Sp,Spe l;E,Eco RI;N,Ncol;S,Sph I;X,Xba I.

 アントラサイクリン抗生物質のアグリコンはいずれもアクラビノンを共通の前駆体として生合成されると考えられており、関連のダウノルビシン、ノガラマイシンなどのポリケタイド合成酵素遺伝子クラスターにおいては、それぞれ特徴的なORFの配置が見られるものの、対応するORFは存在しており、いずれの場合も基本的に同様のポリケタイド合成酵素反応により生合成されるものと考えられる。

2)アクラノン酸合成系を構成する各酵素タンパクの発現とその機能解析

 アグリコンであるアクラビノンの前駆体であり、タイプII型ポリケタイド合成酵素系の反応により生成する最初の安定な中間体はアクラノン酸と考えられているが、アクラノン酸生合成のポリケタイド合成酵素の反応系をin vitroで再構成し、各酵素タンパクの機能を解析することを目的として、各酵素タンパクの発現を試みた。

 まず、アシルプライマーとマロニル単位の縮合による炭素鎖伸長反応に関与すると考えられている-ketoacyl synthase(KS)であるAknB、chain length factor(CLF)のAknC、およびacyl carrier protein(ACP)のAknDの大腸菌での発現を試みた。T7RNA polymeraseを利用して発現させたAknB(KS)、AknC(CLF)はいずれもinclusion bodyとしてしか得られず、8M ureaで可溶化後、refoldingを試みたところ、AknB(KS)のみ可溶化することができた。AknB(KS)、AknC(CLF)は遺伝子上、translationalにcouplingしており、タンパクとして1:1で存在し、ポリケタイド合成酵素反応に関与しているものと考えられる。そこで、AknB(KS)、AknC(CLF)を1:1共存下でrefoldingを行うことにより、これを安定に可溶化できることを示した。また、抗AknB(KS)抗体を用いた免疫沈降により、refoldingした溶液中でAknB(KS)とAknC(CLF)が1:1でassociateしていることを確認した。また、AknD(ACP)は、phospho-pantetheine転移酵素をco-expressionすることにより、holo-ACPとして得ることができた。以上により、炭素鎖伸長反応に関与する基本タンパクであるKS、CLF、ACPを調製することができたことは、in vitroでのポリケタイド合成酵素反応系再構成に向けての重要な成果と考えられる。

 また、aknB(KS)の直ぐ上流に位置するaknX遺伝子について、当初その機能は未知であったがテトラシノマイシン生合成のtcmH遺伝子との相同性が認められたことから類似の酸素添加酵素をコードするものと推定し、その確認のため、AknXタンパクの大腸菌での発現を行った。本来の基質と考えられるアクラノン酸のアンスロン体が入手できなかったため、エモジンアンスロンを基質として発現タンパクの酵素活性を検討し、これがアンスロンからアントラキノンへの酸素添加酵素であることを明らかにした。また、類似のTcmHタンパクと同様に金属、補酵素の関与が認められておらず、AknXによる酸素添加反応の反応機構を探るため、部位特異的に変異導入した変異タンパクを発現させ、その反応の速度論解析を行った。その結果、Trp-67が酸素添加活性に重要な役割をしていることが明らかになった。このTrp-67の関与を含め、AknXタンパクの3次元構造の解明を目的に本酵素の大量精製を行い、種々結晶化条件を検討したが、現在のところ、X線結晶構造解析に適する結晶を得るには至ってはいない。

 以上のように本研究は、アントラサイクリン系抗腫瘍抗生物質アクラシノマイシンの生合成遺伝子クラスターのほぼ全容を初めて明らかにするとともに、アグリコンであるアクラビノン生合成に関与する基本酵素タンパクを発現させ、in vitroでの再構成系確立への途を拓いたものと考えられ、更に詳細な解析と新たな抗生物質生産系開発へと展開することが期待される。このように本研究は天然物化学、抗生物質学に寄与するところが大きく博士(薬学)の学位に値すると認めた。

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