学位論文要旨



No 113882
著者(漢字) 扶,正宇
著者(英字)
著者(カナ) フ,ゼンユ
標題(和) 筋かい付半剛接鉄骨架構の地震時弾塑性挙動に関する研究
標題(洋) A Study on Inelastic Behavior of Semi-rigid Steel Frames with Braces under Seismic Loading
報告番号 113882
報告番号 甲13882
学位授与日 1998.12.11
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4263号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 大井,謙一
 東京大学 教授 秋山,宏
 東京大学 助教授 桑村,仁
 東京大学 助教授 中埜,良昭
 東京大学 助教授 川口,健一
内容要旨

 地震力を受ける筋かい付き半剛接鉄骨架構においては、骨組の部材、特に半剛接合部は曲げモーメントや軸力などによって複合応力状態となり、さらにこの曲げモーメントおよび軸力は外力としての地震力によって変動する。

 本論文は半剛接合部および筋かいを有する鉄骨架構の地震時弾塑性挙動に関する研究である。実験的研究では、柱-はりの半剛接合部としてスプリットティーによる接合とアングル金物による接合の2種類を取り上げて研究の対象としており、変動軸力を受ける半剛接鉄骨架構の部分構造地震応答実験システムを開発した。数値解析では、接合ボルトのすべりを考慮したはり端の半剛接合部の復元力履歴モデルを提案し、半剛接合部の力学的特性を含むハイブリッド要素を導入した弾塑性地震応答解析を行う。上記の実験および解析を通じて、はり端の半剛接合部および筋かいを有する鉄骨架構の地震時弾塑性挙動を調べ、構造全体の耐震性能に対する半剛接合部および筋かいの影響を検討した。

 第1章では、本論文の目的および関連する過去の研究成果を研究の背景として述べ、本論文の構成について説明する。

 第2章では、スプリットティー接合およびアングル金物による接合の2種類の柱はり接合部に対して、単調載荷実験と繰返し載荷実験を行いはり端の半剛接合部の復元力履歴特性を調べた。載荷実験では両タイプともにボルトの滑りによる逆S字形の履歴特性(pinching現象)の発生が観察された。繰り返し載荷実験では、はり端の曲げモーメントがあるレベルに達すると、接合部の摩擦ボルトの滑りが頻繁に発生して復元力履歴におけるスリップ区間が形成される。アングル金物による接合の場合では、圧縮軸力が大きいほど、接合ボルトのすべりによるスリップ区間が顕著となるが、復元力履歴に対する軸力の影響はそれほど大きくなっていない。一方、スプリットティー接合の場合では、2段階の滑り耐力とスリップ区間が形成されており、軸力がない場合の履歴特性と大きく異なっている。この2段階の滑り耐力の発生は接合部の簡単な力学モデルで説明できる。これらの半剛接合部の実験で観察された初期剛性については、Frye、Morrisらの提案する既往の実験式との比較を行い、概ね良好に一致することを確認した。また接合部の簡単な力学モデルに基づく極限解析を行い、半剛接合部の最大耐力を安全側に評価するがことを確認した。

 第3章では、半剛接鉄骨架構における部分構造地震応答実験システムについて述べている。変動軸力を受ける半剛接合部を鉄骨架構の部分構造として載荷実験に供し、残りの部分をコンピュータ内でシミュレートする実験システムを開発した。本章では、この部分構造ハイブリッド地震応答実験システムを半剛接架構に適用できることを例証し、弾性ならびに弾塑性範囲において半剛接合部が全体骨組の地震応答に対する影響を実験的に検討した。ここでは下記2種類の地震応答実験を行った。(1)半剛接架構の弾塑性挙動の解明を目的として、大地震と想定した1層筋かい付き半剛接骨組の弾塑性地震応答実験、(2)構造物が弾性範囲にとどまるような中小地震と想定した1層半剛接骨組の弾性地震応答実験。(1)の実験は半剛接骨組の弾塑性地震応答、特に応答に及ぼす筋かいの付加による軸力の影響を調べるためのものである。(2)の実験は半剛接合部が鉄骨骨組の弾性振動に与える減衰効果を考察するためのものである。本実験システムの適用によって、曲げモーメントと変動軸力を受けるはり試験体およびはり端の半剛接合部だけを実試験体として載荷実験を行い、全体構造の地震応答実験の困難を克服している。本実験システムによれば、半剛接骨組の地震時挙動を簡便にシミュレートできることが確認された。弾塑性地震応答実験においても、半剛接合部の履歴特性におけるpinching現象が観察されている。仮想筋かいからの付加軸力の影響については、半剛接合部に変動付加軸力を与える応答実験と軸力を与えない応答実験の2種類の応答実験の結果を比較している。仮想筋かいの全体耐力に占める分担率は6割程度としているが、このような条件下での付加軸力変動は、半剛接架構の応答変位に殆ど影響を与えないことが確認された。

 弾性地震応答実験においては、200分の1程度の層間変形角応答に対する半剛接合部の疑似線形範囲でのエネルギー散逸による減衰効果をオンライン応答実験で調べた。スプリットティー接合の場合は等価減衰定数にして約1%となり、アングル金物による接合の場合は約2%となる。半剛接鉄骨架構の疑似線形範囲の応答を求める場合には、非構造材等のエネルギー散逸に期待して仮定される減衰の他に、半剛接合部の疑似線形範囲での履歴に基づく減衰に期待できる可能性がある。

 第4章では、筋かい付半剛接骨組の弾塑性非線形解析方法を提案し、いくつかの静的及び動的解析例を用いて半剛接骨組の構造挙動を示した。変位法による構造解析に半剛接合部の力学的特性を導入するため、ハイブリッド要素を用いて半剛接合部の非線形性とはり端の材料非線形性をまとめて扱う。ハイブリッド要素は有限長さを持つ弾塑性要素とゼロ長さの回転ねじり要素で構成されている。回転ねじり要素においては、pinching現象を考慮したスリップ・トリリニアモデルを半剛接合部の履歴モデルとして提案した。一方、筋かい部材については両端ピンの単一の履歴軸ばねで置換する。本章では、まず他の研究者による既往の半剛接架構の静的解析結果との比較を行い、本解析方法に基づく数値解析プログラムの妥当性を検証した。さらに、弾塑性地震応答解析を行い、前章で記述した地震応答実験結果との比較を行い、精度良く半剛接架構の弾塑性地震応答を再現できることを確認した。

 第5章では、パラメトリックスタディの方法を用いて、一般的な半剛接鉄骨架構の地震応答に及ぼす半剛接合部および筋かいの影響を調べる。第4章で検証された数値解析手法を用いて、(1)入力地震波の種類(エルセントロあるいは八戸),(2)骨組モデルの固有周期,(3)全体架構の終局耐力と弾性地震荷重効果との比,(4)全体架構の終局耐力に占める筋かいの耐力分担率,(5)筋かいの細長比,(6)半剛接合部の履歴におけるスリップの有無,を解析変数として設定し、広範な数値実験を行った。層間変形角、はり端の累積塑性変形角、塑性率および筋かいの累積塑性率などに着目して、この数値実験結果の相互比較を行った。筋かいの耐力分担率が小さい場合には、半剛接合部における復元力のスリップ現象は、一般に架構の最大変位応答および損傷を増加させることが解析結果より示されている。一方、筋かいの分担率が大きい場合には、スリップ現象の考慮の有無は、一般に応答に大きな相違を生じさせないことも判明した。半剛接合部のpinching現象に関わる履歴モデルを精度良く構築することは、現状では実験資料不足で困難な面があるが、概ね耐力分担率50%以上の筋かい部材との併用を考える場合には、半剛接合部の履歴特性のpinching現象を無視して耐震設計を行っても構わないと考えられる。すなわち筋かいの導入によって、大地震に対して半剛接合部の履歴特性におけるpinching現象の影響を軽減させる傾向があり、また中小地震に対して変位応答は抑制する効果もある。以上より、半剛接架構にある程度以上の筋かいを加えて設計すれば、地震に対して剛接骨組と同等あるいはそれ以上の耐震性能が実現できると考えられる。

 第6章では、前の各章で得られている知見をまとめて、本論文の結論として記している。

 本論文による新しい技術的提案を以下に列挙する。

 (1)変動軸力を受ける半剛接合部を鉄骨架構の部分構造として載荷実験に供し、残りの部分をコンピュータ内でシミュレートする実験システムを開発した。

 (2)筋かい付半剛接架構の弾塑性非線形解析を行うため、半剛接合部の非線形性とはり部材の材料非線形性をまとめて扱うハイブリッド要素を提案した。

 (3)pinching現象を考慮したスリップ・トリリニアモデルを半剛接合部の履歴モデルとして提案した。

審査要旨

 本論文は"A Study on Inelastic Behavior of Semi-rigid Steel Frames with Braces under Seismic Loading"(筋かい付半剛接鉄骨架構の地震時弾塑性挙動に関する研究)と題し、建築鉄骨架構における柱-梁の半剛接合部として、スプリットティーによる接合とアングル金物による接合の2種類を研究の対象としている。変動軸力を受ける半剛接鉄骨架構の部分構造地震応答実験、数値解析による弾塑性地震応答解析を行うことにより、この種の接合部を用いた筋かい付き鉄骨架構の耐震性能を検討した論文で、全6章より成っている。

 第1章"Introduction"(序章)では、本論文の目的および関連する過去の研究成果を研究の背景として述べている。

 第2章"Monotonic and Cyclic Loading Tests on Semi-rigid Connection"(半剛接接合部の単調載荷実験と繰返し載荷実験)では、スプリットティー接合およびアングル金物による接合の2種類の梁端接合部模型試験体に対して、単調載荷実験と繰返し載荷実験を行い、復元力特性を調べた結果を述べている。実験で観察された滑り耐力ならびに最大耐力について、接合部の簡単な力学モデルに基づく解析で説明しており、初期剛性については、既往の実験式との比較を行っている。

 第3章"Pseudo-dynamic Tests on Semi-rigid Connection Frames"(部分構造法による半剛接鉄骨架構の地震応答実験)では、 この種の半剛接合部を用いた筋かい付き鉄骨架構を想定した部分構造オンライン地震応答実験の結果について述べている。筋かいの影響で変動軸力を受ける梁端半剛接合部を部分構造模型試験体として載荷実験に供し、残りの部分はコンピュータ内で数学モデルを仮定して、両者を結合して全体系の地震応答をシミュレートするシステムを開発している。このシステムを利用して、(1)大地震を想定した1層筋かい付半剛接架構の弾塑性地震応答実験、(2)頻繁に発生するような中小地震を想定した1層半剛接架構の弾性地震応答実験、という2種類の地震応答実験を行っている。前者の実験(1)では、筋かいからの付加軸力が弾塑性地震応答に及ぼす影響を調べるため、載荷実験において仮想筋かいからの付加変動軸力をオンラインで実際に模型試験体に加える場合と、付加変動軸力を与えない場合との2種類のオンライン地震応答実験結果を比較している。後者の実験(2)では、半剛接合部が鉄骨骨組の弾性振動に与える減衰効果を考察するため、200分の1程度の層間変形角応答を対象として、半剛接合部の疑似線形範囲でのエネルギー散逸による減衰効果をオンライン応答実験で調べている。

 第4章"Non-linear Analysis on Static and Dynamic Response of Semi-rigid Frames with Braces"(筋かい付半剛接鉄骨架構の静的及び動的数値解析)では、筋かい付半剛接骨組の弾塑性非線形解析方法を提案している。変位法による構造解析に半剛接合部の力学的特性を導入するために、半剛接合部の非線形性と梁部材端の材料非線形性の双方を考慮した解析モデルを用いている。既往の半剛接架構の静的解析結果との比較を行い、本解析モデルに基づく数値解析プログラムの妥当性を検証している。さらに、弾塑性地震応答解析を行い、第3章の地震応答実験結果との比較を行い、精度良く半剛接架構の弾塑性地震応答を再現できることを確認している。

 第5章"Influence of Connection and Brace on the Seismic Performance of Steel Frames"(半剛接鉄骨架構の地震応答に及ぼす半剛接合部および筋かいの影響)では、鉄骨架構の弾塑性地震応答に及ぼす半剛接合部および筋かいの影響を調べるために、(1)入力地震波、(2)骨組モデルの固有周期、(3)全体架構の終局耐力と弾性地震荷重効果との比、(4)全体架構の終局耐力に占める筋かいの耐力分担率、(5)筋かいの細長比、(6)半剛接合部の履歴におけるスリップの有無、を解析変数として設定し、数値実験を行っている。層間変形角、梁端の累積塑性変形角、塑性率および筋かいの累積塑性率などに着目して、この数値実験結果を相互比較している。

 第6章"Conclusion"(結論)では、前の各章で得られている知見をまとめて記している。

 以上のように、本論文では、半剛接合部模型試験体に対する載荷実験と計算機による地震応答解析とを結合した地震応答実験システムを用いて、地震応答実験によって妥当性が検証された半剛接合部の解析モデルを開発するとともに、構造全体の耐震性能に及ぼすこの種の接合部および筋かいの影響について検討した有用な研究資料を提供している。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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