学位論文要旨



No 113884
著者(漢字) 藤本,健一郎
著者(英字)
著者(カナ) フジモト,ケンイチロウ
標題(和) メタンの低温酸化反応におけるパラジウム担持触媒の特性および反応機構
標題(洋)
報告番号 113884
報告番号 甲13884
学位授与日 1998.12.11
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4265号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤元,薫
 東京大学 教授 篠田,純雄
 横浜国立大学 教授 辰巳,敬
 東京大学 助教授 水野,哲孝
 東京大学 講師 范,立
内容要旨 1.緒言

 地球規模の環境破壊が叫ばれて久しいが、中でも地球温暖化の進行は年々深刻の度を深めている。天然ガスを燃料とする機関からは未燃のメタンが排出されていることが判明しており、二酸化炭素と比較して温暖化寄与率が桁違いに大きいメタンを、より環境負荷の少ない物質に転換する必要がある。そのためには、メタンの完全酸化を行い、二酸化炭素に転換するのが最も有効かつ現実的な手段であると考えられ、様々な機関で検討が行われている。排ガス程度の低温下(約300℃)で反応を進行させるためには触媒の選択が鍵となるが、このような条件下ではパラジウム担持触媒の活性が最も高いことが知られている。しかし、反応活性のパラジウム粒径依存性、反応初期に観察される活性向上、高温熱処理が活性に及ぼす影響、燃焼ガスに大量に含まれている二酸化炭素、水による反応阻害などの、本反応系において観察される特徴的な現象の解釈に関しては、統一的な見解が得られていないのが実状である。そこで、本研究では、これらのパラジウム担持触媒が示す特徴的な挙動のメカニズム、反応機構を明らかにすることを目的として検討を行った。

2.実験

 触媒は、所定濃度のPd(NH3)2(NO2)2硝酸溶液を前駆体に用いて、含浸法により調製した。焼成は、100〜110℃で12時間乾燥した後、500℃にて24時間行ったが、2通りの方法を採用した。即ち、500℃まで10℃/minにてマッフル炉内で昇温-焼成したものと、250℃まで0.5℃/min、その後500℃まで10℃/minにて乾燥空気流通下、管状炉内で昇温-焼成したものを準備した。Pdの分散度、粒径は水素-酸素滴定法により、分散したPdの形状を半球形と仮定して算出した。メタンの酸化反応は、固定床流通式反応装置(リアクター内径8mm、触媒量20mg)を用い、常圧下、2%CH4/20%O2/78%Heを流速100ml/minで流通し、280℃を標準条件として行い、各触媒の活性を評価した。また、XRD、TPR(Temperature Programmed Reduction)、TPD(Temperature Programmed Desorption)、超高分解TEMなどにより触媒のキャラクタリゼーションを行った。

3.結果と考察3-1.反応初期の誘導期に関する検討

 過去にも、反応開始時に活性向上が観察されるとの報告が多数見受けられるが、本研究においても、速い昇温速度(10℃/min)を採用して焼成した触媒では、反応初期(〜5時間)に活性向上が認められ、その後定常状態に到達した(Fig.1,Catalyst A)。反応前後での触媒の状態変化を把握するため、水素-酸素滴定、高分解能TEM観察、COの酸化反応を試みたが、両サンプル間に差は認められず、メタンの活性変化を検出するには至らなかった。本研究で用いた前駆体は200℃で爆発的に発熱分解するため、前駆体の分解温度付近での昇温速度を抑えて(0.5℃/min)触媒焼成を行ったところ、反応初期の活性向上は観察されず、逆に活性が徐々に低下するという興味深い結果となった(Fig.1,Catalyst B)。PdOは空気中でも779℃以上でPdへ分解し、このような熱処理が活性低下を引き起こすことが報告されている。速い昇温速度を採用した場合には(Catalyst A)、前駆体が分解する際、局所的にPdが高温にさらされて酸素が欠乏した状態となり、その結果、表面Pd-Oの結合エネルギーが高くなったために、後述する理由で初期活性は低下するものの、反応中に徐々に酸化されて活性が定常状態まで回復しているものと考えられる。また、遅い昇温速度を採用した場合には(Catalyst B)、このような局所的な発熱を抑えることができ、Pdの酸化反応が十分に進行した結果、酸素リッチな状態、即ち表面Pd-Oの結合エネルギーが低くなるため初期活性が高く、その後、定常状態で落ち着くものと推定された。Catalyst Aを700℃にて焼成するとCatalyst Bと同様の経時変化を、またCatalyst Bを500℃にて水素還元するとCatalyst Aと同様の経時変化を示すことからも、この推定が支持される。

Figure 1. Methane oxidation rates during initial contact of(1.0%wt.)Pd/ZrO2 catalysts with CH4/O2(2kPa/20kPa)at 553K[Pd precursor decomposition procedures:Catalyst A-10 K min-1 to 773 K in air,hold for 24h;Catalyst B-0.5K min-to 523K,10K min-1 to 773K in air,hold for 24h).
3-2.ターンオーバー速度に及ぼすPd粒径の効果

 Pdの担持量を変化させること、また焼成時に異なる昇温速度を採用することにより、分散度0.11(11nm)〜0.38(2.9nm)のPd/ZrO2を調製することができた。これら触媒を用いてメタンの酸化反応を行い、定常状態におけるターンオーバー速度の粒径依存性をFig.2に示した。本研究で調製した触媒の粒径範囲内では、ジルコニアに担持したPdの粒径が大きくなるにつれてほぼ直線的にメタンの酸化活性が向上していることがわかる。アルミナを担体とした系でも同様の傾向が観察された。メタンの低温酸化反応におけるPd触媒活性の粒径依存性に関しては、全く相関関係を認められなかったとするものと、本研究と同様の傾向を報告しているものとがあるが、後者でも、Fig.2のように直線的な高相関は認められていない。後述するように、本系における反応次数はメタン:1次、H2O:-1次となっているため、系内のメタン分圧、H2O分圧を一定とした条件で反応速度を比較する必要がある。今までの報告例では、メタン分圧の変化を少なくするために、非常に低い転化率で比較検討を行っていたが、転化率を低下させてもH2Oの分圧は転化率に比例するため、厳密なターンオーバー速度の比較ができていなかった。Fig.2はこれらの外乱を除外するために、反応ガス中のメタン濃度を全て2%とし、メタン転化率を5%に補正して表示している。これらの補正により、メタン酸化のターンオーバー速度は強くPdの粒径に依存することが明らかとなった。しかし、このような直線的な関係はstructure sensitivityとして理解することは困難である。一方、アルミナに担持したPdでは、粒径が小さくなるほど表面Pd-Oの結合エネルギーが高くなるという報告があり、後述する反応機構で示すように、小粒径のPdOでは、表面Pd-Oの高い結合エネルギーにより、本系における律速反応の進行に必要な、表面上のoxygen vacanciesの濃度と安定性を低下させるため、このような結果となったと考えられる。Fig.3に粒径(分散度)の異なる触媒を用いてTPRを行った結果を示すが、粒径が大きい系では水素による還元の開始温度が低下していることがわかる。これも、小粒径のPdOではPd-Oの高い結合エネルギーにより、水素分子の解離吸着に必要なoxygen vacanciesの生成が困難になっていることを示唆する結果となった。

Figure 2.Crystallite size effects on methane oxidation turnover rates(based on Pd dispersion measured by H2-O2 titration method) and activation energies [553K,2kPa methane,20kPaO2,5% methane conversion;crystal size from H 2-O2 titration dispersion values assuming quasi-spherical particles,0.120-0.381 dispersion range].Figure 3.Temperature-programmed reduction(TPR)with 20% H2 in Ar on PdOx/ZrO2(50cm3 min-1,3K min-1,0.107-0.381 dispersion range).
3-3.反応機構に対する検討

 すでに報告されているように、本研究での速度論解析でも以下の速度式を得た。

 

 実験から得られた速度式を説明するために、様々な反応機構を検討した結果、Scheme2に示した素反応ステップが、式1と良い一致を見ることが判明した。一連の素過程では、隣り合ったPdのsurface vacanciesとPd-O speciesとのサイトペアへのメタンの解離吸着を律速段階としている(Scheme 1)。律速反応以外に擬平衡を仮定して、L-H速度式にて反応速度を表すと次式を得る。

Scheme 1.Methane dissociation on a surface Pd-PdO site pair.

 

 この速度式で、OH*種、CO2*或いはCO3*種が最も豊富な触媒表面上の反応中間体と仮定すると、それぞれ次式を得る。

 

 

 式3は式1に示した実験による速度式と一致することがわかる。また、反応速度はCO2濃度が3%程度まで濃度の0次、3%以上の高濃度では-2次に比例するとの報告があるが、式4はこの実験結果とも一致した。この反応機構では、CO2とH2OはPdO表面の吸着酸素およびoxygen vacanciesに吸着することにより、可逆的に反応を阻害する(Steps 5-7,Scheme 2)。結果として、律速段階となるメタンの解離吸着に必要な、上述したサイトペアの濃度はこれらの生成物により強く影響を受けることになる。また、高速昇温焼成した触媒上の酸素欠乏状態にあるPdOx、あるいはPd粒径が小さな触媒上のPdOxの表面で、Pd-O結合エネルギーがより大きくなるとすると、本反応機構における活性サイトである表面のoxygen vacanciesの濃度は低下すると考えられ、高速昇温焼成された触媒、およびPd粒径の小さな触媒において観察されたメタン酸化反応速度の低下は本反応機構により解釈することが可能である。

Scheme 2.Proposed reaction pathways for the oxidation of methane on PdOx crystallites[(*)stands for the coordinatively unsaturated surface Pd atoms shown schematically in the Scheme].
4.結論

 反応初期に観察された活性誘導期、反応活性のPd粒径依存性は、PdOx表面上のoxygen vacanciesの濃度と密度の変化に起因していると考えられる。定常状態におけるoxygen vacanciesの濃度は表面Pd-Oの結合エネルギーに依存しており、PdOxが酸素欠乏の状態になる、あるいはPdOx粒径が小さくなると、このPd-O結合エネルギーは大きくなり、その結果、メタンの活性化に必要なoxygen vacanciesの濃度が低下するため、反応活性が低下したと考えられる。また、PdOx表面の酸素原子とoxygen vacancyからなるサイトペア上でのC-H結合の活性化を律速段階とする新たな反応機構を提唱し、この機構に基づき導出される計算式が実験的に求めた速度式とよい一致を見ることが明らかとなった。この反応機構では、oxygen vacanciesの濃度が低下すると、反応速度が低下することになり、上述した結論を裏付ける結果となった。

審査要旨

 本論文は、メタンの低温酸化反応におけるパラジウム担持触媒の特性と反応機構を検討したものであり、全体で5章からなる。

 第1章は、緒言であり、今後のエネルギー源シフトにより重要性を増すことが想定される、メタンの低温酸化反応による排ガス浄化に関する背景を述べ、最も活性が高いとされるパラジウム触媒の特徴的な挙動、活性比較等に関する過去の報告例やその問題点についてまとめている。特に、水などの反応阻害物質の反応速度への影響補正がなされた上で検討された例が殆ど無いこと、活性化が不十分な状態で反応速度が測定されている可能性があることなど、過去の報告例における問題点を指摘し、その重要性に言及した上で、本研究では、これらの問題点解消に特段の注意を払いながら、本反応系におけるパラジウム触媒の特性、挙動に関して改めて検討を行い、これら現象の原因を解明するとともに、反応機構を提唱することを目的とすることを述べている。

 第2章においては、未だ統一的な見解が得られていないメタン酸化反応速度のパラジウム粒子の粒径依存性に関し、担持したパラジウム粒子の粒径を系統的に変化させ、反応阻害物質の影響を補正して、メタン酸化反応の速度を比較検討した。その結果、活性化エネルギーは一定のまま、パラジウム粒径が大きくなるにつれて、反応速度が直線的に増大することが明らかとなり、他の解析結果と併せて、Pd-Oの結合エネルギーがその粒径が大きくなるにつれ減少し、反応活性サイトの安定性、濃度が向上したためにこの様な粒径依存性が観察されたと推定した。

 第3章においては、未だ具体的な報告が見られない本反応系における反応機構の提唱を目的に速度論解析を行った。その結果、反応速度はメタン濃度の1次、酸素濃度の0次、水濃度の-1次に比例し、過去の報告例と一致することが確認され、パラジウム金属空きサイトとPd-Oサイトからなる表面サイトペアー上へ、メタンが解離吸着する素過程を律速段階とする一連の反応機構を新たに提唱した。本反応機構による一連の反応素過程から導かれる理論式は、確認された実験式と合致し、本反応機構によれば、水、二酸化炭素による反応阻害は、これら物質が上記活性サイトペアーをメタンと競争吸着することによると説明できた。

 第4章においては、メタン酸化反応初期に観察される活性向上の原因を、触媒調製法にも注目つつ、種々の解析手法を組み合わせて検討した。その結果、触媒調製の際、触媒前駆体の分解速度を低減して発熱を制御することにより、活性向上挙動を消滅させ、逆に活性低下挙動を示す触媒が得られることを見出すに至った。これら触媒に水素による還元処理および十分な酸化処理を行い、反応初期の挙動を比較検討し、この活性向上挙動は不完全な酸化状態にあるPdOxの酸化進行に起因して発現していると推定した。また、773Kにて24時間にも及ぶ空気焼成処理を施した反応に未使用の触媒表面上において、PdOx表面にPd金属が相当量残存していること、また、メタン酸化反応による活性化処理に伴い表面が徐々に酸化されていることが、吸着COのIR観察により明らかとなり、上記推定を裏付ける結果を得た。更に、この触媒がメタン酸化反応による活性化処理後に見かけの活性化エネルギーが減少していることが判明し、活性化処理によりPd金属上での反応からPdOx上での反応へと推移していく中で、反応機構が変化していると推定した。

 第5章では、全体総括を行っており、過去の研究例における問題点を注視しつつ詳細な検討を行うことにより明らかとなった事象がまとめられている。

 以上述べたように、本研究は低温メタン酸化反応による排ガス浄化触媒の実用化に向けて重要な知見を与えるものであり、特にパラジウム担持触媒の挙動解明という基礎的な見地から、この分野における今後の発展に寄与すると認められ、高く評価できる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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